2017年10月24日

171024 教育費補助

総選挙は自民党の圧勝に終わった。当然の結果であり、実現不能な空念仏ばかり叫ぶ野党のスローガンは我々国民も聞き飽きた。混成部隊で分かりにくかった民進党が右派と左派に分解整理されたのは大きな収穫だ。安倍首相が借金返済に充てる予定の消費税Upの一部を教育費の無償化に向けると言い始めたのは少々驚いた。勉強しない大学生の教育費援助は私も不賛成だが、ほぼ全員が進学する高校生の教育費補助は必要かも知れない。
  
大昔の話で恐縮でが私の高校時代も非常に厳しかった。父親が早世した我家は兄弟姉妹6人で、真ん中の私は4〜5キロ離れた普通高校に通い始めた。全員が自転車通学だが、終戦後間もない昭和20年代後半で、自転車は高く簡単には買えなかった。高校近くに嫁いでいた長姉が買ってくれたのは中古自転車をギラギラに塗装した再生品で、ひと目で質流れ品と分かり恥ずかしかったが、気にしない顔で乗り続けた屈辱の3年間だった。受験参考書も殆ど買えず、夜半12時半から始まる旺文社の受験講座を聞くことだった。勉強机も無く布団から頭を出して手製のスタンドにぶら下げた豆電球の薄明かりで勉強したので、直ぐに目が悪くなりメガネを着用する羽目になった。苦手な英語は単語の暗記に集中し100円の旺文社赤尾好夫の豆単をち切れるほど繰り返しめくって丸暗記した。ボロボロになった豆単は買い換えたが、その度にヤミ米を米屋に運んで代金を工面した。
                               
3年生になり恒例の修学旅行は京都だが、旅行費用が出る訳もなく親には話さなかった。幹事の同級生には、京大に進学するので京都見学は自由に出来るから旅行は行かないと言い訳した。しかし現実の大学進学は更に大金がかかるので家族にも相談できず、願書提出ギリギリに長兄に話して、受験だけやらせて欲しい、落ちたら平生の製塩会社に就職するから、と説明してやっと受験願書を提出した。  
                          
振り返えると私の青春時代は本当に貧乏だったが、金のない仲間は他にも結構多かったと思う。そのようなゲルヒン環境で育った為、ケチケチ精神が身に染みついてしまった。三つ子の魂百までの通り、傘寿になる今でも高級品を好きになれないブランド嫌いになった。高品質であることは認めるが、実質以上に価格を釣り上げて暴利を貪るブランド品を好きになれないのだ。ベンツなど高級車より半額以下の日本車が絶対に買い得だと今でも信じている。米国会長から時価80万円のRolex腕時計を贈られ仕方なく使っているが、重量感ある機械巻であり、1/10以下のセイコーの方が余程素晴らしいと思う。私はブランド好みの年配者の人格まで安っぽく見えて仕方ない。                  
                                 
                                
問題は大金を食う大学だ。高校生の殆どは自宅通学だろうが、大学生は下宿するので金がかかる。理系なら地方でも東京も大差なく学生のやる気次第だが、文系は様相は違って大都会の大学が就職にも有利だ。しかし地方から都会の私立大学に通学すると、年収1000万円の家庭も貯蓄を使い果たすという。増して2人以上が進学すると、家計は火の車で親は丸裸になってしまう。安く済む地方大学に進学するよう政府は勧めるが、地方の私大は万事について不利感があり、親は無理を重ねても都会の有名私大を狙うことになる。そして学生は生活費獲得のためアルバイトに明け暮れる日々が続き、それが教育格差を生む。その教育格差は親から子供へ、子から孫へと引き継がれて、貧困の再生産となる。公務員以外なら現実の社会はかなり実力主義が生きており、無理して有名私大を出る必要もなく、無駄な予算を使うこともないのだろうと私は思うのだが。




mh3944 at 09:51│Comments(0) 雑感 

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