2018年04月09日

180414 長寿時代の余生


人生100年時代と言われるが私も終に傘寿になった。大病や大事故にも遭わずまだ元気で働いていることを神様に感謝している。近隣の同年友人の多くは既に逝去してしまった。都庁勤務のお固いH技師は心臓マヒで急死、大手銀行のHさんは胃がんで長らく苦しみ死去、化学メーカー工場長の優しいNさんも10年近く胃がんを病み昨年死去、土木工学のお偉い学者Aさんは肝臓がんで2年前死去、ヨット仲間の豪快なOさんは泥酔して入浴中に溺死、コーラスのリーダーだった電気技師Cさんも東京公演が成功して騒ぎ過ぎ 未明の入浴中に溺死、南米で活躍した国際商社マンMさんは脳をウイルスに侵されて歩行不能、ヨット仲間の一級建築士Sさんは奥様がパーキンソンで重症、都銀専務の温厚なWさんは病弱でホーム通い中など、親しい友人の半数以上は既に死去か人生の瀬戸際にいる。私は40才半ばに脳外手術を受けたが幸運にも治癒して、今はROBOTのメンテ会社を自営し続けている。                                      
                                               
私も人生の重大事件が何回かあった。凡庸な私は大学受験で担当教師の制止を押し切って旧帝大工学部を受験し現役合格、卒業した同級生は全て財閥系の超有名会社に就職し小さな歯車として定年を迎えたが、私だけは小さな米国系企業に入り45才で米国臨床医薬DPC社の合弁会社に転職して社長業を12年務めた。60才で退職した後、自営の精密機器保守会社を20年間大過なく経営している。家族運にも恵まれて、家内や子供,孫達は病気や事故にも遭わず、各々の場所で立派に活躍しているのは家長としてこの上ない幸せを感じている。                                                                                        
                                
確かに私の若い時は高度成長期で社会は夢に溢れていた。毎年新入社員が入りトコロテン式に昇進した。不動産バブルに乗じて友人達は何件ものゴルフ会員権を買ったがバブルが破れて全てゼロになった。出遅れた私はつくば山麓に500坪の別荘地を入手し大喜びしていたがこれも暴落して塩漬け状態。勿論、まだ元気な友人も何人かいるが、彼らは閑をもて余し長過ぎる余生に苦闘している。何故彼らは現役時代に余生の暮らし方を考えなかったのだろうか? 多分仕事に忙殺されて将来を考える余裕もないまま定年を迎えたのだろう。                                        
                                                        
余生の過ごし方を熟考していた友人も何人かいる。例えば同僚のHさんは40才前に退職してダンス教室を開設し、今も結構繁盛している、当人は数年前に趣味の休日農業中に急逝し、引き継いだ長男は先月の全日本アマチュアダンス選手権で優勝したとも聞く。プロ級ゴルファーのKさんは最大手コンピューター会社の営業担当部長として活躍し、退職後の殆ど毎日をゴルフ三昧に暮らしている。よくも飽きずに続くものだと他人事ながら感心している。                                 
                                            
私は緊張感の無い余生は殆ど耐えられない性格で、他人のやらない仕事を見つけて自営する方法を選んだ。多くの起業家は失敗して全財産を失う話も聞いているので、私は住宅だけはに残そうと自宅を妻に生前贈与して身軽にスタートした。しかし昔と違って今日はIT時代になり、一人株主、一人取締役、1円資本金でも起業が可能になり、大損を出さずに撤退できる時代になった。長い余生を尊厳をもって生き抜くには、やはりユニークな起業がお勧めだと私は思うのだが。                 
                                               



mh3944 at 11:48│Comments(0) 雑感 

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