2018年08月20日

180820 東大法学部

ど田舎から大学受験した私には、東大法学部などは夢のまた夢で、超秀才が学ぶ場だと思っていたが、そこで行われている講座は案外古臭くて問題が多いと、東大教授北岡伸一氏が面白い意見を新聞に載せていた。                                                         
                                      
羨望の東大法学部→ 高級官僚コースは、安月給で超激務の職場であり、昔ほどの羨ましい夢のコースではなくなっているという。講義内容も激動する国際社会で法律のあり方を考えるものとは言えず、憲法講座もその解釈だけであり、昏迷の時代に如何に対応するか等は殆んど議論されないらしい。東大法学部には外国人教授は不在で、外国語授業も殆ど無く、これも東大の世界ランキングが下がり続けている理由のひとつだという。確かにこれは重大な欠陥であり、日本人エリートの多くが内弁慶で社交下手、国際会議でも自由活発に発言せず、事前に準備した書面を読むだけで、世界の共感を呼ばないので仲間作りができず残念な現実である。 
                                      
                                      
北岡氏は、現在81人いる法学部教授,助教の数を減らして、客員教授や非常勤講師を増やせ!と提案する。高給の大学教授は1名の給料で客員教授10名が雇えるので、象牙の塔に育った世間知らずの学者より、実務経験豊かな学識者の方が興味深い講義を期待できるという。私も全く同感で、九州大工学部時代に同じ経験があり、鉄鋼製造の高炉材料に関する地味な講義を、大手メーカーの技術部長が客員講師として講義し、実体験に基づく話を聞き、面白く学んだ記憶がある。名門の神戸大学経済学部時代でも同様で、やる気のない高齢の教授が古いノートを取り出して、学生の顔を一瞥もせず、ボソボソとノートを音読するだけの単調な講義は、無味乾燥でただ書き取るだけに終わり、結果は単位稼ぎだけで、先輩から借りた古いノートと内容が全く同じだったのには呆れたことがある。                           
                                                                  
九大工学部時代の同期の友人N君は、静かで温厚な人柄だったが覇気が無く、ノートだけはピカ一だった。彼は大学院に進んで工学部の講師になり、助教授に昇格したが、彼の人生目標は、名誉ある安定職業としての大学教授になることだけで、何かを研究して社会に貢献しようとする意気込みや雰囲気は全く感じられなかった、何とか定年前に博士号を得てやっと教授になって定年退職した。同じくゴム専門のT教授も、人柄は円満だったが、閑さえあれば広いグランドでゴルフの練習に励む凡人学者だった。     
                                                                
私の経験は半世紀以上も昔の話で、一旦教授になれば、高給で終身安泰に暮らせただろうが、時代は変わって近年は、特に理系学科の環境は激変しているという。教授は別格かも知れないが、研究者は有期契約で、5年間で目立った業績がないと簡単にクビになってしまうと聞くが、一般社会からみれば当然のことである。法学部、経済学部、文学部などの文系学部は、業績の判定が困難で、依然として旧態依然たる古臭い権威主義が生き続けているのだろうか。                                    
                                                              
昔の法務大臣は総理大臣に次ぐ最も権威ある役職で、いつも総理の隣りにデンと偉そうに構えていたが、近年の法務大臣は影も薄くなり殆ど話題にならない時代になった。久し振りにオウム事件で死刑判決をうけた13名の刑を執行した上川陽子法務大臣の決断が脚光を浴びたが、象牙の塔の頂点に位置する東大法学部は、まだまだ深い井戸のなかの蛙で、 国際社会の厳しい風は届いていないのだろうか。





mh3944 at 12:25│Comments(0) 雑感 

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