2019年12月23日

191223 町内会の一斉掃除 

毎年、春と秋には町内会の一斉清掃があり、先週日曜も9:00~10:00に秋の掃除があった。都会のマンションは、お隣り同志の付き合いが極めて希薄だと聞くが、郊外も同様で 日常些事に追われて近所付合いが希薄になり、日々の挨拶も精々向三軒両隣程度、少し離れると殆ど顔も合さなくなる。付合いが薄くなるとお互いに感情も変化して 無関心から 険悪気味になり疑心暗鬼にもなる。しかし町内会清掃で顔を合わせとその嫌な雰囲気を一気に解消してくれる。  

今年は 早朝9:00〜スタートでやや気ぜわしかったが、人の話し声が聞こえ始めると 三々五々と隣近所が集まり始め 私も急いで参加した。まず初めに見たことのないご老体が黙々と枯草を刈りし始めているのに気付き、おはようございます、私は近くのHMですがお宅は?と声をかけると、先方は顔を上げて 私ですよと言う。よくみると向い隣りのKさんだったので 大恥をかいた。暫く会っていなかったが、お互いに風貌が本物の爺さんに変化しつつあるのを実感させられた。         
                                    
少し離れて若い女性が熱心に草取りしていたので声をかけると、今春に高校を出て英会話専門学校に通学し始めたと聞く 近くのM子ちゃんだった。彼女の家庭は開放的,社交的で、親子総出で参加するのでいつも感心する。ひと昔前なら英会話はビジネス社会に貴重な技能として重宝されたが、国際化が進んだ今日では、普通の英会話は多くの人々が話せる社会に変わった。M子ちゃんも本物の通訳を目指すなら、余程ハイレベルな英会話力が求められるだろう。またスマホにも自動翻訳機能がつくなど環境変化も激しい。もし私なら英語は当然として、スペイン語か、フランス語、中国語、或いは更にニッチな外国語を狙うだろうが M子ちゃんは初級英語の勉強に目を輝かせていた。彼女の幸運を祈る次第。 
                                     
少し離れて人付き合いの少ない家族があり 高齢の両親と中年の引籠り娘が住んでいる。引籠り娘は 超おてんばっ子で 小学校から帰宅すると 垣根を飛び越えて自宅の庭に入るほどの超活発な子供だったが、社会に馴染めなかったか 大学を終えると、自宅に引籠り 既に20年近く経過した。しかし毎年の町内清掃会には彼女は大喜びで参加する。閉じた心が解き放たれる貴重な機会なのだろうか 大変なお喋りで作業をリードするが 今年は姿が見えなかった。どうしたのか不安だったが 作業終了の直前に飛び込んできた。例年の10時スタートと勘違いしたそうだ。同居している親は 娘を起こさなかったらしい。親子関係が途絶して日常会話も無く、乾燥しきった家庭になっているのかと思うと恐ろしくなった。                  
反対側にも80過ぎの母親と50代の引籠り娘が住んでおり、母親の年金で暮らしているらしい。内閣府の発表によると 我が国には60万人という膨大な数の引篭り中高年がいると聞くが、人付き合いが濃厚な田舎育ちの私には、何故このような断絶社会になってしまったのか、何とも理解できない。 
                                     
道を隔てた反対側の家庭は、私大を今春卒業して地元市役所に就職した息子がいる。国家公務員の母親が 手練手管でやっと地元市役所に息子を押し込んだと 義理の父親が苦笑いしながら私に漏らした。我家のすぐ斜め隣りだが 私はその息子を殆ど見たことが無く 話したこともない。今日は話せるかと期待していたが、息子は姿を見せず、母親だけが参加していた。公務員の母は 息子が地元市役所に就職したことを 何故かひた隠しにしている。 息子もこれから地元サービスの要員として一生働く訳だから、町内会の清掃程度は参加して地元民の雰囲気を知っておくのもよい筈と思うが、サービス精神は皆無だ。母親は 地元サ-ビスではなく 倒産の危険がなく最も安定な就職先として息子を市役所に押し込んだのだろう。 国民に仕える公務員としては 何とも嘆かわしいことだ。青年時代に地元民と交流して市民感性を磨くなどは論外らしく 利己主義一辺倒で地元との接触を極力避ける家庭育ちは、これから長い公僕人生を如何に生きるのだろうか? 一般に日本の公務員の多くはこのように安定職業重視であり、わが国の将来は暗澹たるものだと思いやられた。


mh3944 at 12:58│Comments(0) 雑感 

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