2020年01月09日

200109 銀座で歌舞伎を見た。

正月休みで久し振りに東京銀座の歌舞伎を観劇した。そして歌舞伎を見直した。武骨者の私は歌舞伎のような高邁な古典演劇には殆ど無縁だったが、息子夫婦から入場券を贈られて一心発起し、銀ブラも兼ねて新装の歌舞伎座に出掛けたが、予想に反して充実した内容だった。  
                                       
今回の出し物は、中村勘九郎、中村七之助、市川猿之助などの初春大歌舞伎公演4幕で, 特に2幕目の奥州安達原物語が良かった。平安朝廷から派遣された源義家によって滅ぼされた安達一族が再興を期して苦悩する物語で、安達一族の娘が駆け落ちし家出した相手が、敵方の武将と分かり、敵味方の狭間に挟まれた娘が苦悩の末に自害する物語りで、事前に予習しておけば、更に深い理解もできただろうが、久し振りに落涙し、歌舞伎を見直した。ストーリーの展開を助ける為にイヤホーン解説も用意され、独特な語り口調の理解も助けられた。近年増えたとも聞く外国人の観劇者は殆ど理解できないだろうと思ったが、英語のイヤホーンも用意されているという。  
                                     
西欧歌舞伎にも例えられるオペラは、小泉元首相も愛好家だと聞く。オペラも無縁な私は少々口幅ったいが、華やかなオペラ舞台には美くしい歌唱が付き物で、蝶々夫人とか、くるみ割り人形、オペラ座の怪人、トーランドット、仮面舞踏会….など、フィギュア-スケートでも聞く優雅なメロディーが沢山ある。しかし歌舞伎には歌唱がごく少なく、伝統的な形式で近代的な感覚に乏しく、若者達からも敬遠され現代歌劇に押されていると思う。確かに出演者は全員男性、家柄重視だが、時代が完全に国際的した今日では、歌舞伎だけが古色蒼然の感覚では、外国人旅行者からも煙たがられて今後の大きな発展はむつかしいと思う。高齢の私には説得力がないが、歌舞伎公演で周囲を見渡しても高齢者ばかりで空席も多く、若者達が見当たらなかったのは寂しい限りだった。 
                                     
確かに伝統最優先で近代感覚に乏しいままでは 自国の若者達からも煙たがられて大きな発展はむつかしい。国際化の良否も議論はあるだろうが、大胆な近代化が必要だと私は思う。30年以上大昔 私が現役時代 アイルランド-ダブリンに出張した時 英語の漫談を聞く機会があり、周囲の大爆笑に合わせて 私も空笑いを続けたが、全く何も理解できなかった苦い記憶がある。 しかし最後に演者が歌ったダニーボーイの素晴らしい美声は 今になっても忘れられない想い出だ。今回の安達一族の悲恋物語に、もし美しい歌唱でもあれば、歌舞伎愛好家はもっと増えるかもしれないと思った。  
例えば:人恋うは、悲しきものと平城山に もとほり来つつたえ難かりき、いにしえも、つまを恋いつつ越えしとう、平城山の路に涙落としぬ……のような美しく悲しい歌唱があれば、安達一族の悲恋物語は 更に一段と盛り上がったとも思う。   
                  




                  


mh3944 at 13:27│Comments(0) 雑感 

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