2021年09月01日

210901 パラリンピック

パラリンピックも終盤を迎えた。コロナ騒動の収束が見えない中、パラリンピック開催の意味は何だろうと 私は偏見を持っていた。しかしパラ五輪の実況を見て大いに反省させられた。       
                                           
開会早々の水泳競技で、両手 両腕が無く 足もごく短い女子中学生 山田美幸が100m背泳ぎで見事に2着にゴールし 銀メダルを獲得した件だ。14才の少女が、大衆注目の中で 50mプールを懸命に往復した。TOPから大きく離されてゴールしたが 彼女は 全く恥じることなく自己の水着姿をテレビに曝しながら大はしゃぎだった。花も恥じらう乙女が 自己の不格好な体躯を世界に見せるのは パラ以外では考えられないだろうと思った。 
                                                                          
開会式の入場パレードも同様で 顔だけは大人だが、身長1m余りの超短躯な白人や黒人選手が次々と登場して、国旗を振り回しながら自国選手団をリードするのも驚きだった。異常な低身長に生まれて人生を恨んでいる筈の彼や彼女達が 何ら臆することなく、堂々と行進を先導する姿は パラ五輪以外ではあり得ない光景で、この点だけでもパラ開催の価値はあると私は思い直した。正常人でも厳しい競争社会で、極端な片輪に生まれた彼らは日常生活でどれほどの辛酸をなめているだろうか想像しながら、私は茫然とテレビを見ていた。彼らは異常な体形を世界にカミングアウトし、精神的な安らぎに浸れる祭典だと思った。        
                                           
社会人の15%は身体障害者だと新聞は書いている。7人に1人とは余りにも高過ぎると思うが、昔時代は 産婆さんが出産を全て取り仕切り、もし指が欠けていたり 身体に欠陥がある赤ん坊が生まれたら 即座に言い訳しながら 残念ですが死産でした、と葬っていたと聞いたこともある。パラ出場者は 国内の予選を通過して本大会に出場してきた選手であり、不具合者のごく一部で、陰に隠れて苦しんでいる仲間達が世界には沢山いる筈だ。
                                                                  
五体健全な私も 子供時代は小さな悩みに苦しんでいた。背丈が低く、不器用、鈍足、口下手、吃音などなど、ハンディーのデパートだと悩み続け、世を恨み、小さな胸を痛めてきた。中学時代に順番に起立して国語本の朗読に四苦八苦するのが 私には地獄の苦しみだった。運動会で壇上に上がり 赤組白組の得点発表さえ満足にできなかった屈辱は 決して忘れられない。自己のハンディーを克服するには、人一倍に努力する以外にないと 刻苦勉励が身上になったが、パラ出場者を見ると、私の悩みなどは取るに足らない低次元だと思った。
                                                                                    マスコミが喧伝する 8050問題:無気力で働かない50代息子を 80代の親が養う 問題家庭が増加していると聞く。お偉い先生方が、うつ病、統合失調症、双極性障害、アジソン病、アパシー症候群
燃尽き症候群などなど 立派な病名をつけて 治療を試みているが、彼らはパラ出場選手に比べると全く五体健全で、 単なる怠け病ではないかと私は思い始めた。自宅に籠ってゲームに耽る時間があれば、パラ五輪を見れば、自分の苦しみが如何に取るに足らない子細問題であるかが分かる筈だ。政府も 彼らに医療費や生活保護を支給するより 2〜3年 自衛隊に入れて 徹底的に精神を鍛え直すのが最良の治療ではないかと私は思う。                              


mh3944 at 10:39│Comments(0) 政治 

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