2022年04月13日

20413 ボクシング村田

世界ボクシング協会のミドル級王座統一戦で、村田諒太は敗れた。相手は世界最強の43戦41勝のゴロフキン(カザフスタン)で、激戦だったが9回TKO負けだった。強烈なフックを食らってダウンした瞬間の村田の顔が テレビに映し出されたが 意外にも微笑気味だったのには驚いた。  
                                               
翌々日の記者会見で、ダウン時の微笑の訳を聞かれた村田はその心境を、これで苦しいボクシング人生から解放されると思ったと言った。36歳の村田にとっては 世界最強のゴロフキン戦は 勝っても負けてもこれがボクシング人生の最終戦だと決めていたという。コロナの影響で2年間ほど試合ができなかったが、その長い2年間も世界王者として気楽な時間は全くなく、毎日が苦しかったという。ミドル級で18戦16勝(13KO)の素晴らしい戦歴を誇る村田でも、試合はいつも恐怖の舞台であり、練習も苦しい日々で、気の休まる日はなかったと明かした。
                                         
話は変わって、サラリーマンは気楽なものだという言葉がある。確かに公務員は一旦就職すれば、危険な行動さえ避ければ、かなり気楽な人生が過ごせるかもしれないが、一般サラリーマンや自営業者は結構厳しい日々を送っていると思う。例えば今回のコロナ来襲は、観光業者、飲食店、旅行業者などの自営業はダウン寸前のボディーブローの日々であり、お客様が突然消え失せて世界は真暗闇となり、生きた心地はなかっただろうと思う。
                                            
一般サラリーマンにも夢や苦痛がある。私も 当てもなく地方の漁港を訪ね歩いて、FRP漁船の売込みを担当した5年間は、地方の閉鎖社会に全く入り込めず、本当に辛い日々ばかりで、ごく小さな話題も 夜明け前の日の出のように輝いて見えた毎日だった。別の例では バブル最盛期の50才の時、東京日本橋の裏町の狭い事務所の家賃が高騰を続け、耐えかねてた私は、広々とした千葉海浜幕張のモダンな高層ビルに移転しようと計画した時だった。
                                            
狭くても便利で賑やかな都心事務所から 地方移転は殆どの社員`が反対して 社長の私一人が苦闘し続けた。もし本件移転計画が挫折したら、私は社長を辞任しようと迄思い詰めていたが、遂に最新の35F高層ビルに転居して、米国親会社も大いに喜んだ。今に思えば 私はもっと心に余裕をもって社員達と交渉できたかと思うが、全責任を背負った当時の私には心の余裕がなく、生きた心地のない苦しい団体交渉を繰り返した日々を思い出している。話は大きく飛躍するが 現在世界中から非難され`ているプーチン大統領‘は苦しいだろうが、彼の思想は独善的でリーダとしての人類愛に欠け 自己中心過ぎる。その残酷な思想は早急に改めるべきだ。







mh3944 at 11:18│Comments(0) 雑感 

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