2023年01月18日

230117 進学と就職 

今は受験シーズンたけなわで 本人も親も目の色を変えてウロウロしている。ある知人宅は医学部を目指して2浪中の受験生がいる。昨今のコロナ騒動をみると、医師が素晴らしい職業だとは私は思わないが、当人は夢の世界だと信じ込んでいるらしく、必死の苦しみの最中だろう。                   別の家庭ではT私大付属高校に進んだが、成績が目標以下で、系列大学に進学できないと言われて仰天した。受験勉強していないので進学する大学が無くないと 途方にくれた母親から必死の相談も受けた。  
                                                
心配無用ですヨ、と私は答えた。国家公務員を目指すなら話は別だけど、一般社会人なら普通の私大卒で十分、都内には山ほど私大があります、社会人になってからが本当の勝負で、2〜3流大学卒でもOK、問題は入学してから、何を勉強するかですよ!と話した。関東圏の大学受験生は本当に恵まれていると私は思っている。
                                                                      
70年近く前になるが、ど田舎育ちの私は、大学進学など殆ど考えていなかった。花に囲まれた農業高校が希望だったが、姉の嫁ぎ先に近いという都合で、何が普通なのかも理解せず 私は普通高校に進んだ。全校500名の田舎高校で、大学進学する者は合計でも10名に届かない高校だった。私は家族と大学進学の話は全く相談せず、近くの塩田会社にでも就職するつもりだったが、人生一度のチャンスで片道4時間の旧帝大工学部を受験したいと 担当のS先生に申し出た。仰天した先生は、あそこは東大レベルだぞ、受かる訳がないだろう!と大目玉を食らったが、そのまま受験した。
確かに試験は難題、特に数学は難かしく,合格できる訳はないと確信した私は、サクラサク、の電報も申し込まず帰郷したが、10日後に 名前が新聞に載っていると 隣のお婆さんが走り込んできて、やっと名門K大学工学部に合格したことを知った次第だった。
                                             
人生は面白くできており、同期生は優秀で殆ど超一流会社に就職し、大過なく過ごして平凡に退職し   既に半数は逝去したが、私は働き甲斐を思い、無名の新進会社に就職した。紆余曲折はあったが、日米合弁会社(50人)の社長を10年間務め 世界を股に仕事した私は退職して、更に自営会社を設立し13年経営して儲けたが、傘寿の高齢になり昨年引退して、今はIT分野の仕事を片手間にやっている。
                                            
今日はPC時代であり、真面目な人生を考えている限り、IT分野を勉強してプログラマーにでもなれば人生で食いはぐれることはあり得ない時代だ。極論すれば大学卒の肩書を得る為、貴重な青春時代を無駄な4年間を費やすのは無用で、情報専門高校に進学して4〜5年間、ITを勉強すれば、年収1,000万円以上の立派なプログラマーになれる時代なのだ。単なる大学卒の肩書は重要性が殆ど消えしまった。親は受験生と相談して貴重な青春時代を無駄にせず、人生進路を決めるよう話し合うことをお勧めする次第。                    


mh3944 at 13:02│Comments(0) 雑感 

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