ダンス

2008年06月18日

ナントカ先生ですか?

私が社交ダンスを習っていることは以前書いた。外資系の社長をやっていた12年間、毎年ハワイや大西洋の保養地で、長期バケェーション旅行があり、世界中から家族連れが数百人ほど参加するが、日本と韓国だけはいつも社長自身が単身で出席していた。バケーション期間中、毎夜ディナーのあとのパーティーは夜中まで長々と続き、ダンスが踊れない私には本当に屈辱の時間であった。

会社を定年退職したあと、ヨット仲間で社交ダンスを習う話が持ち上がり、20余名の大きなサークルができ、私がその世話役となって3年間猛特訓した。ご他聞にもれず当初はShall We Danceそのもので、劣等感に苛まされ続けた数ケ月であったが、幹事役の立場もあり頑張り抜いて、終にカベを乗り越え、ワルツ、タンゴ、ルンバなどのメインの種目が人前で踊れるようになった。好きな言葉ではないが有森裕子の自分を褒めてやりたい気持ちも少しある。
ご参考までに、ブルースやジルバ、マンボなどは初心者向けのダンスでありここでは論外、やはりダンスの本命はワルツ、タンゴ、ルンバなのである。チャチャチャもいい。

会社勤め私には自由時間が少なく、ダンスを練習する時間がないので、独自の練習方法を編み出している。即ち毎朝早朝出勤して近くの臨海公園に自転車で出かけて練習している。家族も殆んどの社員も余り知らないが、練習場所は会社から少し離れたところで、やや人気の寂しい臨海公園だ。ターンやスピンでヒザを痛めないようタイル張りの滑らかな場所で海面に近いところだ。

500mぐらい離れた対岸には、豊洲や有明の高層マンション群が立ち並んでいる。毎朝練習をしているから、高層住いのマンションのOLやサラリーマン達には、出勤前の忙しい時間だが、私のダンスに多分気付いていると思う。しかし折角習得したダンスを忘れないように恥を承知で私は練習を続けている。
朝の運動は気分も爽快になる効果もあるが、長い間練習しているといろいろな出来事がある。 

あるときは早朝ジョッギングの若い女性が近寄ってきて、タンゴですね!と言って笑いながらまた走り去った。 一見しただけでタンゴと分かるのだから、まあ自分のダンスも捨てたものではないかなーと、少しだけ嬉しくなった。

また最近の出来ごとだが、ある朝練習を終えて会社に帰ろうと自転車の乗りかけると、恐らく待っていたらしい散歩風の中男性が近寄って来て、貴方はテレビ朝日のレッスンのナントカ先生ですか?と話しかけて来た。 驚いた! イヤ違いますと私は答えたが、ナントカ先生でしょう?と 更に畳み掛けて来た。 いや違います本当に!と答えて、私は自転車で走り去ったが、内心は穏やかではなかった。

会社に帰って、早速インターネットを開いてみた。すると確かにテレビ朝日はいろいろダンス教室をやっており、先生が何人かおられる。しかし古希を過ぎた小生とは違い、ダンスの先生だから皆さんはきっと若い素敵な方に違いない。

私はワルツもタンゴでもルンバでも人前で踊って見せることはできるようになったが、まだまだ中級レベルだ。しかし、ナントカ先生では?と言われたのは初体験だった。やりとりの状況から、先方は真面目に質問しているらしい。しかしせめてお上手ですね!程度ならお世辞だと分かるが、ナントカ先生ですか?とまで言われると、間違いと分かっていても、少しは真剣に考えるようになった。


変な話だが正直なところ私はイケメンダンサーが余り好きではない。若い男のダンサーは年をとったらどうするのかと心配にもなる。しかしひょっとして自分がイケメン的な振る舞いになり始めているのではないかと少し不安になる。しかし高齢でボケて老醜を見せるよりは、ダンスでもやって気取ってでも老いに抵抗しようとするほうが、少しは感心できるのではないかともいろいろ思いは揺れる。

兎に角、友人達はなかなか信用してくれないのだが、70才を超えた私が人様の前でワルツ、タンゴ、ルンバを披露できるようにまでなったことは、生来恥ずかしがり屋で地味な技術屋気質の私には本当に大事件であることは確かなのだ。 
しかし私も年には勝てず、ボケの兆候が出始めたのかも知れない。
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2007年12月27日

実録 Shall We Dance?

私が3年前にダンスを始めたことは先般紹介した。具体的には我孫子市内の会員25名のダンスクラブの会長を務めている。当初はダンスが上手だから会長なのではなく、単に雑用担当の会長役であった。

この年齢でいつまでも雑用係りでは気が済まないので、猛烈に練習を始めた。しかし高齢になるともの覚えが悪い。グル-プレッスンは毎週1回土曜日午前で、1回1,000円と安く、月4回のレッスンを20余名の男女の仲間たちと団体で一緒に練習する。
しかし習ったばかりのステップも、練習ホールから出ると直ぐに忘れてしまう、翌日になると全く記憶に残っていないから、もう挫折感と恐怖感の繰り返しであった。 やはり復習が非常に重要だと判り始めた。

平日私は会社勤務でなかなか練習する機会がない。しかし幸い、私の事務所は東京湾近郊で、歩いて10分のところに臨海公園があり、そこで朝早く、青空練習をする方法を編み出した。特に早朝の散歩者が少ない時間を狙って毎日30分程度、ステップの練習を続けた。それでも定年退職者や、犬の散歩に歩く人がチラチラ見ながら通り過ぎるのは、なかなか気恥ずかしい。年甲斐もないおじさんがダンスの練習をやっていらっしゃるとか!

多分、対岸の高層マンションから望遠鏡でも見られているだろうが、もう人目には構っては居られない気持ちで、3年間練習を積み重ねた。するとどうだ!段々と踊れるようになったではないか! 
終に私は、ワルツ、タンゴ、ルンバ、ジルバの各曲2分30秒のステップを殆ど覚えてしまった。体が覚えてしまえばもう楽なものだ。何故あのように苦しんだが、自分でも不思議な感じがするようになってしまったのだ。

しかし、次の課題は如何に優雅に踊るかである。これは難しい! 何しろこちとらは70才で、文句のつけようのない高齢である。この年齢でひと様から美しく見えるダンスをマスターするのは至難の技である。荒川静香のイナバウアーの難しさを身に浸みて感じ、私もビデオを見ながら訓練を重ね続けた。変な癖が身につくと、その矯正は至難だから、当初は出来るだけオーソドックスなダンスを覚えるよう努めた。
 
そして年月が経ち私は、週1回のグループレッスンでも滑らかに踊れ始めたと自分でも自覚でき始めた。女性群からも感嘆の声が聞こえるようにもなった。ここまで来るともうシメタものだ。 かくして、私はワルツ、タンゴ、ルンバという代表的な社交ダンスを一応人様の前で踊れるようになってしまったのだ。
 
勿論ダンスは奥深く、いろいろなバリエーションもあり、習得したのはまだまだ部分的であるが、兎に角、1曲2分30秒でホールを2周するステップは立派に踊れるようになったのだ。このような苦しみと試行錯誤を経ながら3年間が経過し、今年のクリスマスイブに3周年記念の大パーティーを行うことになった。

我孫子市営の大ホールを6時間借り切って、チケット100枚を作ったが、何と150名が来場し、ホールは超満員となった、私は主催者側の会長としての挨拶、途中ではフォーメションダンス、最後は来客の送迎という、サラリ-マン人生では考えられない異次元の世界の超多忙なパーティーであった。 なかなかの充実感もあった 

そして終に私は、気分的にも何だか本物のダンス会長のような感覚で忙しい1日を終えたのであった。


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2007年07月04日

雨夜の品定め

源氏物語に雨夜の品定めという言葉がある。不勉強な私には受験勉強で少しかじった程度で、女性をいろいろ値踏みする程度と理解している。 即ち、平安時代の公家の娘はハナが高く風流ぶるが、本当に風情が分かり、素晴らしい和歌を読める謙虚な女性は、なかなか居ないという意味らしい。

実は私が社交ダンスを始めて2年半近くになり、当初は苦労したが、最近はかなり慣れて、ワルツ、タンゴ、ルンバを一応踊れるようになった。更に踊りながら、雨夜の品定めなる言葉が脳裏に浮かぶ余裕もでてきた。すなわちパートナーの品定めである。

ダンスのパートナーは否応なしに必ず異性である。従って普段では体験できない、いろいろな相手とペアーで練習することになる。我々の場合、多くは中年女性が相手だが、いろいろな性格の女性がおり、結論から先に言えば、今日でも平安時代と余り変わらず、いろいろな女性がいるということだ。

一般に日本では、ダンスをする女性は少々異なった意識の持ち主であろう。彼女達の多くはかなり勝手で自己中心的な考えの持ち主だと分かり始めた。実力以上に自分自身を高く評価する高慢ちきな女性がかなり多いと思われる。

例えば、男性パートナーにいろいろと注文をつける。なかには当方がミスして謝っても返事もしない女性もいる。彼女にも多分ご主人がいるのだろうが、一生涯をこんな女性に捕まった亭主族は本当に哀れなものだと思う。 一般にレッスンは不公平のないように、順番に相手を交代しながら練習するので、この種のパートナーとも必ず相手をする羽目になるが、1曲2分30秒が終わるとホットする気持ちになる。

ややプライバシーになるが、女性のスタイルも重要である。天賦の条件なので、ある程度は致し方ないだろうが、やはり適度にスマートであってほしい。背が低くて肥満だと、こちらも食欲(?)が生じず、重たくてスピンするにも大変だ。中年の彼女達にはダイエットという言葉は無意味なのかも知れないが、その上、文句でも言われるともう開いた口がふさがない。ダンスを練習する前にまずダイエットをしてほしいと思うのである。

しかし、少数だが謙虚で優雅でダンスが上手な女性も確実に居る。当方がミスしても、いいえ私も悪かったので、、と言ってくれると本当に心が休まる。踊って楽しいパートナーだ。 我々のサークルは女性が約20余名だが、この種の素敵な女性はほぼ1/3程度だろうか。割合からすると少なくない。従って男性クラブ員もなかなか辞めない。日本の中年女性も決して捨てたものではないと思う。

数は極く少ないが若くて謙虚な女性もいる。若いから身のこなしも柔軟で、当方も実力以上に軽やかに踊ることができる。彼女とワルツなどを踊るときは本当にダンスの醍醐味を味わう時間でもある。ダンスは必ずペアーで踊るのだから、素直で謙虚な性格は何よりも有りがたい。

しかし、何の目的でダンスに来ているのか判らない人もいる。例えば本当に不器用な女性とか、超高齢のおばあさんだ。ご自分の意思で不器用になったり高齢になったのではないのは分かるが、彼女達とペアで踊るのはやはり苦痛だ。ある時、超高齢の女性にダンスを始めた訳を聞いてみたところ、老後を楽しみたいからとの返事であった。頭脳も退化し始めているのだろうか、楽しくない相手の気持ちも、分かってもらいたいものだ。

勿論これは男性側の言い分で、女性側にも同様に言い分があるだろう。例えば、もっと上手にリードしてほしいとか、もっと上品に踊ってほしいとかいうことだろう。

主婦達は概して自由時間があり、ダンス歴10年選手のベテランが多い。また気まぐれでいろいろなダンスサークルを渡り歩くので、始めて2年程度の男性陣は幼稚に見えることもあるだろう。しかし我がサークルでは女性陣がなかなか辞めず、逆に増え過ぎていつも定員一杯の状態だから、案外、我々も捨てたものではないかと内心嬉しくなる。

紫式部の平安時代や、与謝野鉄幹の明治時代と同様に、才長けて見目麗しく情けある女性は、いつの時代にも、多くはないことを実感しながら、休日にはレッスンに励んでいるこの頃である。



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2006年11月30日

初めてのダンスパーティー

私はヨットクラブの仲間と一緒に1年前から社交ダンスを習い始めている。最初はなかなかステップを覚えられず、自分の不器用さに悲嘆に暮れ、恐怖感すら覚えた。しかし猛練習をしてステップをマスターすると、
今度は自転車にのるように面白くなってしまった。何故あんなに苦しんだのか分からないほど楽に踊れ始めた。しかしそれからは大変で、どう動けば美しく見えるかという永遠の課題が立ちふさがり、年甲斐もなくフギュアースケーターのご苦労が身にしみて分かる段階に入ってきた。

とことが、思わぬことに我孫子市主催の公式のダンスパーティーで、我がクラブも踊る羽目になった。余程断ろうと思ったが、若干の興味もあり、結局引き受けてしまった。特に見学者は殆ど居ないかも知れないと市担当者が心配していたので、それでは普段のレッスンの延長でやれそうと計算したのだった。

ところが予想に反して、当日はプロも含めた沢山の見学者が山のように集まり、その面前で未熟なダンスを披露する羽目になってしまった。講師の女性は、もう心ここに在らざる心境で青くなり震えていたが、ここでモタモタしては恥の上塗りとばかり、私は度胸を決めざるを得なかった。ここは会長としての私の非常に苦しい立場もあった。

時間が来てCDが鳴り始めても仲間は誰一人踊り始めない、仕方ないので私が仲間の女性の手をとって舞台の真ん中で踊り始めると、やっと仲間達も動き始めた。それからはもう無我夢中で、ワルツ、タンゴ、ルンバ、と踊りに踊った。年を食い鈍感なせいもあるだろうが、踊りながら見学者の顔が良く見えたのには我ながら驚いた。

当日の早朝30分ほど事前練習をしたためか、足がもつれることもなかった。会長だから上手だろうと誤解したのか、見学者のなかからプロ級の女性がお相手を希望したので組んで踊ったが、流石に相手は素敵だった。多分私が余り上手ではないことを感じとったに違いない。予定の1時間はかなり長く感じたが、兎に角、目立った失敗もなく、無事に踊り終えることができた。 
最後に、未熟な踊りにお付き合い頂いたお礼を申し上げてお開きにしたが、その日の夜はどっと疲れが出て、早々に眠った。

しかし冷静に考えると、やはり恥ずかしさで今でも顔がほてる。見学者をどう集めるかと、市担当者が心配していたので、引き受けたのだが、プロ級も含めた多数の見学者があると、最初から分かっていたら、とても引き受けられるしろものではなかった。
年賀葉書の一等賞Hawaii旅行と並んで、今年の私の思い出深い大事件のひとつとになった。
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2005年12月15日

ダンスを始めたら、

私はヨットクラブの友人10名と一緒に社交ダンスを始めて、10ケ月が経った。
スタンダード(Blues、Waltz, Tango)、とラテン(Jitterbug, Rumba、Cha Cha Cha)の両方で段々進んで行く。ラテンはかなり荒っぽく、集団で踊っていても少々の間違いはごまかすことが出来るから、習得が遅れてもあまり気にならないが、しかし
スタンダードはちっと間違うと集団のなかで目立ってしまい、修復するにはかなりの技量が要る。毎月2回の練習だから進捗は早くないのだが、10ケ月も経つと、段々と差が目立ち始める。

特に私はブル-スとワルツの練習で、何故かなかなかマスターできず、落ちこぼれになってしまった。本当に慌てた。   昨日習ったことが翌日には全く忘れて踊れないのだ。他の人はすいすいと踊れるのに私だけがマスターできず踊れない。
何十年振りに落ちこぼれの心境を味わってしまった。もう幹事を辞めて脱会しようとまで思った。

しかしもう1度だけと思って、熟練のSさんに懇願して、土曜日曜に、繰り返し繰り返し、懇切丁寧に教えてもらった結果、Bluesと Waltzを踊ることができ始めた。そこで今度は自分だけで猛練習を行なった結果、完全にマスターできてしまった。
そして今度は、何故あのように苦しんだのか訳が分からないほど、簡単に踊れるようになってしまったのだ。自転車に乗るのと変わらない簡単さになった。

先週の合同練習の時、うれしくて私は思いっきりワルツを踊っていたら、女性群から私に向かって拍手が起こり始めた。 初めての出来事だ。本当に驚いた。理由を聞くと、ダンスがきれいで踊りがリズミカルだとのこと、少々赤面したが、本当にうれしかった。 大人でも褒められるとつい練習に馬力がかかる。

一方、学業の落ちこぼれ率は、一般に言われているように小学校で2割、中学校で4割、高校で6割の高率になるという。 ダンスと違って、特に数学などは積み重ねの学問であり、一端落ちこぼれると、途中での修復が不可能で、終生落ちこぼれとなってしまう怖さがある。ダンスは一度落ちこぼれても、不明な点を懇切丁寧に教えれば修復できるが、学校では特定の個人に多くの時間を割くことは難しく、従って学年が進むに従って、落ちこぼれ問題は取り返しがつかなくなり、その人の人生まで左右してしまう。ここに学業の落ちこぼれ問題の怖さがある。

暇をもて余している優秀なシルバー人材を活用して、小中学校の早い段階で、落ちこぼれ生徒を個人指導で元の軌道に戻してやる工夫をしてみては如何だろうか?



mh3944 at 15:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

ダンスを始めたら、

私はヨットクラブの友人10名と一緒に社交ダンスを始めて、10ケ月が経った。
スタンダード(Blues、Waltz, Tango)、とラテン(Jitterbug, Rumba、Cha Cha Cha)の両方で段々進んで行く。ラテンはかなり荒っぽく、集団で踊っていても少々の間違いはごまかすことが出来るから、習得が遅れてもあまり気にならないが、しかし
スタンダードはちっと間違うと集団のなかで目立ってしまい、修復するにはかなりの技量が要る。毎月2回の練習だから進捗は早くないのだが、10ケ月も経つと、段々と差が目立ち始める。

特に私はブル-スとワルツの練習で、何故かなかなかマスターできず、落ちこぼれになってしまった。本当に慌てた。   昨日習ったことが翌日には全く忘れて踊れないのだ。他の人はすいすいと踊れるのに私だけがマスターできず踊れない。
何十年振りに落ちこぼれの心境を味わってしまった。もう幹事を辞めて脱会しようとまで思った。

しかしもう1度だけと思って、熟練のSさんに懇願して、土曜日曜に、繰り返し繰り返し、懇切丁寧に教えてもらった結果、Bluesと Waltzを踊ることができ始めた。そこで今度は自分だけで猛練習を行なった結果、完全にマスターできてしまった。
そして今度は、何故あのように苦しんだのか訳が分からないほど、簡単に踊れるようになってしまったのだ。自転車に乗るのと変わらない簡単さになった。

先週の合同練習の時、うれしくて私は思いっきりワルツを踊っていたら、女性群から私に向かって拍手が起こり始めた。 初めての出来事だ。本当に驚いた。理由を聞くと、ダンスがきれいで踊りがリズミカルだとのこと、少々赤面したが、本当にうれしかった。 大人でも褒められるとつい練習に馬力がかかる。

一方、学業の落ちこぼれ率は、一般に言われているように小学校で2割、中学校で4割、高校で6割の高率になるという。 ダンスと違って、特に数学などは積み重ねの学問であり、一端落ちこぼれると、途中での修復が不可能で、終生落ちこぼれとなってしまう怖さがある。ダンスは一度落ちこぼれても、不明な点を懇切丁寧に教えれば修復できるが、学校では特定の個人に多くの時間を割くことは難しく、従って学年が進むに従って、落ちこぼれ問題は取り返しがつかなくなり、その人の人生まで左右してしまう。ここに学業の落ちこぼれ問題の怖さがある。

暇をもて余している優秀なシルバー人材を活用して、小中学校の早い段階で、落ちこぼれ生徒を個人指導で元の軌道に戻してやる工夫をしてみては如何だろうか?



mh3944 at 15:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年03月14日

Wall Flowerってご存知かな?

皆さん  Wall Flowerってご存知でしょうか?  

私が外資系医薬品会社の社長を12年間勤めていた時代は
結構楽しみましたが、大きな苦しみがひとつありました。

毎年、夏にはHawaiiとかCanary Islandとか、Yellowstone
国立公園などの保養地で, 大会議があります(半分は遊びですが)。
その会議の後には毎回ディナーが続き、その後には大ダンス
パティーが必ずあり、夜更けまで欧米人は踊りまくります。
東南アジアからの参加者も生き返ってハシャギまくります。

しかし、日本代表と韓国代表だけは殆どダンスが踊れません。
従って隅の方で耐え忍んで、じっと夜更けまで待つわけです。
これをWall Flowerといいます(特に女性を指して)

本当に苦痛でした。 仕事では相手にもならない弱い相手でも
ダンスとなると生き返って、まるで生きていることを満喫する
かのように元気を出すのです。

つくづく生まれ育ちの違いを認識させられる時間でした。







mh3944 at 15:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)