28日(水)大阪の天王寺七坂を歩いてきました。

千日前通り

 

 

 

 

 

 

 


大阪城付近から天王寺へ南北に伸びている台地を
上町台地といいます。

その台地の頂き部分にある上本町から千日前通りを
西に下りてきました。
カメラは下りてきた方向を見ています。

下りきった所が下寺町の交差点。
の、少し手前から天王寺七坂のコースに入ります。

真言坂

 

 

 

 

 

 

 


其の一の坂 真言(しんごん)坂です。短くてゆるやかな石畳の道です。
先ずは足慣らし程度にゆっくりと歩きますと
すぐに頂上です・・・・。

突き当りには生国魂(いくくにたま)神社があります。

真言坂 上から

上りきって振返っています。

はい、一つ目の坂は終り。

 

 

生国魂神社井原西鶴像

 

 

 

 

”いくくにたま神社??”??”ああ、いくたまさんか”地元ではこうです。
さすがに難波のお宮さんです、
井原西鶴さんがで〜んとお座りになっています。
西鶴さんと門左衛門さんのお墓はここから1・5キロ北東にあります。

源聖寺坂

 

 

 

 

 

 

 


天王寺に向って南下します。
其の二の坂、源聖寺(げんしょうじ)坂を下ります。
左右にはお寺の門や壁が続いている比較的長い坂です。

源聖寺坂 下から源聖寺

 

 

 

 

下りきったところから上を・・。
名前の由来となった「源聖寺」です。

松屋町筋

源聖寺あたりの
松屋町筋です。
お寺だらけです。
この道を北(奥)に進みますと
人形のまっちゃまち筋商店街が・。
あっ!北に行ったらあかんねん。
で、南に行きますね。

口縄坂

 

 

 

 

 

 

 


其の三 口縄(くちなわ)坂の上り口です。
口縄とは蛇のことらしいんです。
細い曲がりくねった坂を下から眺めると蛇の姿に見えるから・。

「口とじて 蛇坂(くちなはざか)を 下りけり」 芭蕉

口縄坂 上から

そんな蛇の背中を歩いてきて
見下ろしています。
上りきったところに
織田作之助の文学碑があり
芭蕉の供養塔があります。

 

織田作之助          芭蕉供養塔

愛染堂愛染堂

 

 

 


 

さらに南下して愛染堂です。
聖徳太子が四天王寺の一つ施薬院として建立されました。
「愛染堂」のHPでは日本最初の社会福祉施設だといっています。

多宝塔

太子創建の多宝塔ですが
焼失後秀吉により
再建されました。

 


愛染祭りについて・・・
太子が開いた日本最古の祭りで、大阪三大祭りで
大阪の夏まつりのトップバッターです。

門の近くに大きなノウゼンカズラの木があります、
多分カメラには収まっていないと思います。。。・。
が、帰宅してから、祖母に木のことをいうと
「なんで写してけえへんかったんや!
それが”愛染かつら”やんか!」 お分かりになる方だけに・・。

愛染かつらのもう一つのモデルだと云われている木は
長野 北向き観音にもあり、
共に縁結びの木として保存されています。

愛染坂

 

 

 

 

 

 

 


上がったりと下ったりを繰り返しています。
上がれば下りなければいけません。

その四 下りの愛染坂です。
何故愛染坂なのかは説明しません。

愛染坂

下から見ています。

あと、ひい・ふう・の・みい
三つ残っていますね。

 

 

                                    13枚の拡大画像は こちら で

愛染堂
天王寺七坂・愛染坂付近
右の30号線の谷町筋が上町台地で
高くなっています。
左(松屋町筋)へは下りになります。
 
それにしてもお寺の多い所です、
地図に載らない小さなのも含めるといかほどに・・。