May 19, 2012

ナマステです

5年ぶりにインドから書き込みしています。ログインするのも久しぶりで、ブログの書き込み方も忘れていました。ブログの機能も豊富になったようですが、今日は字だけですみません。

今 自分のブログを見てみると、内容は別としてよくこれだけ続けて更新したもんだなと自分で感心しています。中途半端に終わっている記事もありますが。こんなブログでも現駐在員の方には未だに好評を得ていたりします。

そしてプーさん! 3年も続けて誕生祝のコメント有難うございました! 後ほど挨拶に伺います。

今回、グルガオンのSiddharth Plaza(検索してもあまり出てきませんが)という所に一ヶ月の滞在予定です。一応日本食が食べられたりします。近くにはAju Hotelというのもあり、こちらも日本食が食べられます。最近のインドは凄い!

そのAju Hotelにて昨日はハンバーグステーキセットを食べました。お値段440ルピー。当時2.5円だったルピーが今では1.5円なのでかなりの割安感があります。駐在当時に良く通った たむらのハンバーグを思い出します。写真載せたいのですが、何故かうまく機能してくれない。

という訳で一ヶ月インド滞在記で、、、、、、



す。というのは現時点で書くのやめとこ。

miccha0320 at 00:25|この記事のURLComments(5)TrackBack(0)

May 08, 2008

メールアドレス変更

Welcome! の所に書いてあったメールアドレスを変更しました。

これまで miccha0320@pisces.livedoor.com でしたが、ログインしようとすると新サービスへ移行中でした。移行して新しいアドレスは取得出来ましたが、受信メールの転送期限が過ぎていたので、これまでの分が全部消えて無くなっていました…。

新しいアドレスは miccha0320@livedoor.com
ちょうど自分の星座と同じpisces(うお座)が入っていたのが無くなりました。
スッキリしましたが、なんだか寂しいような。

登録後最初のメールが「Gmailへようこそ」でした。なぜ??
Gmailは登録しようと思っていたのでついでに登録。
Welcome! の所はGmailアドレスを乗せておく事にしました。

という事で、miccha0320@pisces.livedoor.com へメール下さった方が居ればすみません。受信出来ていませんので、今度は下記Gmailアドレスまでよろしくお願いします。

miccha.co.in@gmail.com

miccha0320 at 00:37|この記事のURLComments(2)TrackBack(0)

May 06, 2008

高速道路 デリー〜グルガオン

かなり前に書いた記事になりますが、ここここでNH-8(国道8号線)の高架工事の状況を書いていました。その工事は既に終わって有料化されたようですが、デリーからグルガオンまでの通勤はかなり楽になったようです。

私がインドに駐在しており、毎日デリーからグルガオンまで通勤していた頃は工事の真っ只中。車線規制や強制迂回を強いられていた為、通勤時間が非常に長く良い睡眠時間となりました、はは。

それはそうと私、4年と少しのインド駐在を終え 去年の2月に帰任致しました。インドでの生活や仕事で支えてくれた皆様、お世話になりありがとうございました。

欲しい物、食べたい物は何でも手に入り、日本というのは本当に便利な国ですが、その便利さに疑問を持ったり。インドが「不便」か「便利」かどちらかの選択肢しかないとすれば「不便」を選ばざるを得ませんが、それなりに楽しんでやってきました。

え〜っと、その辺の話はまた今度にしましょう。

デリーに支店のある某日系の銀行の現地スタッフの方から頂いたメールにこう書いてありました。去年の3月ですが。

> The New expressway is almost complete and the flyovers are all open except the one near Vasant Vihar. Due to fast speed of vehicles about 60 people have died in accidents from january 1 2007. Terrible. Indiscipline on the roads is killing people.

3か月足らずで60人もの死者が出たそうです。良い道は出来たものの、みんながスピードを出して走る事により無秩序に更に輪がかかったようです。今でも相変わらずみんなが好き放題走っているのでしょうね。

よければこちらもどうぞ。

May 04, 2008

是正処置

このブログが機能しているように(機能して見えるように)してみよう。

まず、トウショウさんへ
この度、やっと「まさら通り」へのリンクを貼らせて頂きました。本当に長らく(本当に長い)お待たせ致しました。今後ともよろしくお願いします。

次に、アルカカットさんへ
ごめん! 「これでインディア ALL INDIA PERMIT」へのリンク、ず〜っと間違えていました。違う所に飛んでいました。修正したのでごめんなさい。

お気に入りのブログについて
My Blog Listなるものに登録してあって、お気に入りのブログが更新された情報が反映される機能を利用していたのですが、いつの間にか無くなっており何も表示されていない。見直すとしましょう。

Blog Petについて
何のために使っていたのか良くわからないので削除予定。


という訳で、また久々の更新。

miccha0320 at 17:09|この記事のURLComments(1)TrackBack(0)

February 06, 2008

いまさらなにか??

みなさま、こんにちは。
と、言ってももう誰も見てくれてないでしょうが…
いや、20人くらいのアクセスは毎日あるようです。

きちんと更新していた時は、一応3桁くらいのアクセスがあり、
いや、アクセス数を稼ぐために更新していた訳ではないのですが、
それが励みになり、またコメントを下さる方がいらっしゃるのが
続ける糧になっていたのは確かでした。

色々申す前に、私、すごく失礼な事をしていました。
ブログ放置後にもコメント下さった方々へお詫びと共に
今更ではありますがレスです。


マスターピース様
???
すみません。

いそた様
私よりも早く帰任されましたが、いかがお過ごしでしょうか?
私は帰国してからもうすぐ一年ですが、やっと調子が出てきたか??
いそたさんは、ブログを始めてから早期にお知り合いになった方です。
実際にお目に掛かるまでは時間がありましたが。

gambei様
ガ生活が終わり、日本に戻られたようで。
デリーのテニス同好会で知り合ったgambeiさん。
あなたのお陰で、私はみんなからブログのハンドル
"miccha"で呼ばれるようになりました。
しかし、日本に帰ってからは誰からもmicchaと呼ばれなくなり寂しい…。

hi-suke様
別の所でご挨拶させて頂きました。
家の近所に、といっても、hi-sukeさんと同じ市内にある
実家の方ではありませんがインド料理の店が出来ました。
もし良ければお目に掛かりたいです。
現在、近鉄YAG駅付近のNAR県KAS市に住んでいます。
わかります?

トウショウ様
リンクして頂きありがとうございました。
トウショウさんのサイトは、インド在住時にはよく拝見しておりました。
後ほど、こちらからもリンクさせて頂きます。
いや、ちょっと待って下さい!
長い間使っていなかったので、直ぐに出来ないかも…。
また覗かせて頂きます。

プーさま
Thank you.
いやあ、返事するのが遅すぎて、来月にはまた誕生日です。
プーさん、そしてJBMさんはお元気でしょうか?

Naresh様
???
すみません。

せり様
久々にコメントして頂き、ちょっとブログを書いてみようかという気になりました。
後ほど、メール差し上げます。



さて、これから久しぶりにリンク先に訪問してみます。

October 05, 2006

パキスタン旅行記 護衛付き移動

護衛なんて要るのかな? とか、その護衛って本物なのかと疑惑を持ちながら朝を迎えた。時間より少し早く昨日と同じ運転手と警察官が待機していた。ちなみに宿の名前はExecutive Guest House。ググっても出てこない。護衛に付くのはその警察官ではないらしい。出発前に握手して別れる。

さてモヘンジョダロに向けて出発。車と運転手は昨日と同じ。護衛と思われる車が後ろから付いて来る。タクシー代は2,500ルピーと高いが選択の余地無し。ちなみに護衛は政府からの派遣なのでタダらしい。

しかしこれってほんとにモヘンジョダロに向かっているのだろうか? 護衛と称した連中は実は悪人達で、変なところに連れて行かれて銃で脅かされ、身包みはがされるとか…。こわっ。というか、そんな事する位なら昨日のうちに襲われているだろうし、信じて良いのかもという気持ちが徐々に出てくる。タクシーのフロントガラスにはPAKISTAN ARMYと書かれたシールが貼られていた。この運転手、軍の人?

警察の先導道中は水田が延々と続き、農作業に従事する人や労働用の水牛の水浴びシーンが展開された。あるところで後ろを付いて来た護衛の車が先導に変わった(写真)。走った距離の感覚からするとそろそろモヘンジョダロか? ガソリンスタンドに寄った。銃を持った警備員がうようよしている。ひょっとしてここでやられる!

大丈夫だった。再び走り出して安心材料発見。モヘンジョダロまで7kmと書かれた標石があった。まさかこれが偽物って事は無いでしょ。間違いなくモヘンジョダロに向かっていた。そして、やっとモヘンジョダロのゲートが見えてきた。本当に来れたんだ、モヘンジョダロ!

入場料は外国人料金で200ルピー。なんだよインドと同じかよ(観光名所の殆どで高い外国人料金の設定がある)とぶつぶつ言いながら支払う。入場者リストに名前や国籍などを記入。「人数」の欄を見ると一人旅の人が殆ど。4日前には日本人が来ていたのもわかった。

まずは観光案内所で一息入れる。アリ(ALI)さんという責任者と思われる人と話をした。これまでの経緯などを説明すると「ここ(モヘンジョダロ)は警備的に問題ないので護衛の人はここで任務完了」という事になり、護衛に付いてくれた3人はサッカルへ戻る事になった。

いやぁ、本当に僕らを守ってくれていたんですよ。3人の護衛の人、護衛を手配してくれた警察官、空港であったパキスタン航空の係員、Executive Guest Houseの人達、そしてサッカル空港から宿 そしてモヘンジョダロへ連れて来てくれた運転手、みんなみんな僕らを守ってくれていたのです。みんなと一緒に写真撮りたかったよ〜。(唯一最初に連れて行かれたホテルの人だけ怪しさが残るが)

疑いまくっていたから親切にしてくれたみんなに悪い事したり言ったり…。事前にわかっていれば、もっとみんなと仲良くなって更に楽しい旅になっていたはず。しょうがないけど。

という訳で、張り詰めた空気はここで一気に解消。これ以降の旅は順調に楽しむ事が出来た。


サッカル事件簿終わり
旅日記はもう少し続く

October 04, 2006

パキスタン旅行記 正体不明の運転手

ホテルの人ともう一度話をしようと思いフロントへ。すると、

「今日は部屋が満室なので、他のホテルを探して下さい。」



はぁ



「つじつまが合わなくなって来たので見え透いたウソかよ」と、この時は思ったが今から思うにこのホテルの人は、

・純粋に我々を守ってくれようとした。

または、

・もし我々の身に何かが起こった時に「どうして自由にさせたのだ?」と政府からおとがめを受けるのを恐れた。

のどちらかだったのでは? と推測。パキスタン政府が観光客保護の姿勢にあるのが間違い無い事は、総領事館からの情報でわかっていたので。我々の抵抗にやむなく解放の道を与えてくれたのかも知れない。

あるいは、

・我々を本当に騙そうとした。

かである。


しかし未だにわからないのが、これからしばらく行動を共にする運転手。いったいこの人誰?


再び車に乗り込みホテル探しとなる。その前にサッカルバレッジの写真を撮っておきたかったので止まってもらう。撮影禁止の大きな看板があったがまあ良いだろうと思ってカメラを構えると、「写真ダメ!」との声がどこからか。恐らく一般の人だと思うが、そのような人から注意されるって事は、ここサッカルではもうちょっと慎重に行動すべきかなと感じた。

街の中にある宿の候補を運転手に告げるも、通じてないのか無視されているのか全然違う宿に連れて行かれる。最初に連れて行かれたところは満室、次も候補と全然違う所だったが新館に良い部屋があるという事でそこを勧められ見に行く事に。この宿の駐車場には国連の車が止まっていたのでまともなのかな? と少しの安心材料。新館は少し離れた場所にありそうだがどんなだろ? そこに行くのに警備のものが同行するとかまた訳のわからない話になっている…。

サッカルバレッジ途中で道を間違えたのかUターンしたりしている。どの道を辿ったのか我々にわからなくするような細工ではないかと疑ってしまう。ある交差点付近で急に止まった。ここに警備の人がやってくるという事で待っているみたい。写真を撮り損ねたサッカルバレッジが偶然窓から少し見えていたので隠し撮り。

さて新館に到着。少なくとも街からは外れているようで場所の検討が付かない。警備の人は警察官のようだが、運転手にしても警備の人にしてもみんな同じ服(インドにもあるクルタの白や水色のもの)を着ているので正体が全然つかめない。ホテルの人に「この運転手って何者?」と聞いてみても、これまた通じてないのか無視されているのか「心配するな。部屋はある。」とか、全然関係ない答えが返ってくる。何なんだよ〜、こいつら!

部屋を見せてもらったら悪くは無かったのでチェックインの手続き。コピーも無いのか、1枚は宿用 もう1枚は警察に渡さないといけないという事で同じもの2枚に記入した。ここで警察官の携帯を借りてカラチ総領事館の友人に状況報告。警察官がちゃんとIDを持っているかどうか確認した方が良いよという事で恐る恐る聞いてみた。もし持ってなかったらどうしよう…。一見本物っぽいIDカードを見せてくれた。しかし偽造である可能性はまだ残っている。疑いだしたらキリが無い。運転手が何者かは未だ不明。

チェックインしてからも何故か運転手に警察官、それと宿の人が我々の客室に居座っている。いつまでおるんじゃ! と思っていると明日の予定を尋ねられた。モヘンジョダロに行きますと答えた。「こいつらモヘンジョダロに行くみたいだけど、どうする?」みたいな会話が聞こえた。すると、

「モヘンジョダロは危険なので、銃を持った警備隊を護衛に付けます。」

え、何て言いました? また理解できないよ〜…。

しばらくして宿の人がコーラやスプライトを持って来てくれた。えっ、これって睡眠薬入ってるやつちゃうん! 寝ている隙に金品を奪われる事件は、海外安全情報でいやと言うほど聞いている。疑いだしたらもう止まらない。しかしコップでなく新しいビン入りで、空けたらシュポっといったので大丈夫そうだった。実際にも大丈夫だった。

みんなでジュースを飲んだらやっと開放された。と思ったら停電で真っ暗。

やばい、この隙に狙われるっ!

扉をノックされた。

開けたら襲われるのか?

開けてみた。

ろうそくを持って来てくれた。

ありがとう。


明日は今日と同じ運転手が来て、更に銃を持った護衛隊が付くらしいが果たしてモヘンジョダロには行けるのだろうか?

October 03, 2006

パキスタン旅行記 身柄拘束

地球の歩き方(迷い方ともいうらしい)によると、正確には覚えていないが「サッカルの空港から街に出るには、シャトルバスみたいなのを捕まえるか、バスが来なければ街に出る人に便乗(要はヒッチハイクか?)させてもらう事」と、何か意味不明の解説がある。それが本当だとすれば車の手配が勝手に出来た訳だし、300ルピーだけ支払って逃げられれば良いかなと無理やり前向きに考え不安をかき消そうとしてみたり。

サッカル車窓から見える住居か廃墟かわからない景色。出発前にネットなどで見ていたモヘンジョダロの遺跡に似た印象を受けた。数千年も前に四大文明の1つとして栄えた割には、今も昔も変わってないんだと思いながら。

何処に連れて行かれるかの心配をよそに、目的としていたサッカルバレッジに到着出来た。トランクから荷物を降ろして運転手に300ルピー渡し、ハイさよならしようとしたがダメだと言う。どうしてもホテルに連れて行かないと運転手の仕事は終わらないようだ。

ホテルとつるんでコミッションを取ろうとしているだけであれば、とりあえずホテルまで行けば開放されるはずだと思いホテルに行く事にした。ホテルはそこから目と鼻の先にあったし(地球の歩き方にも載っていたが名前忘れた)。早く開放されてインダス川の河原でサッカルバレッジを見ながら夕暮れを過ごしたかった。

ホテルに入った。まずは部屋を見せてもらう事にしたが、確か一部屋2,000ルピー以上と高いし街からも外れているので別の宿を探す結論に達する。ところが、

「君たちはここから移動する事は出来ない。ここ以外に泊まる事は出来ない。」



がっちょ〜ん



理由を聞くと「パキスタンは危ないからだ」と言う。このホテルは外国人観光者の安全を守るためにパキスタン政府から指定されていると説明を受ける。

それにしてもこのホテル一軒だけって事は無いだろうと信用できない。というか、一番危ないのは、パキスタンが危ないと言っているこのおっさんではないかと思ったり。マジでこのおっさん顔が恐いし、ホテルのスタッフを集めて突然囲まれたりするのではないかと。


しかし我々にはカラチ総領事館勤務の強い味方が居るのだ。ホテルの電話を借りて(70ルピー/分と高いがやむなし)そこの友人とコンタクト。何故かパキスタンでは海外何処でも使える携帯が使えず、いらだたしさを感じる。直ぐに明確な答えを得られる事が出来なかったが、少なくともサッカルで外国人が泊まれる宿はここだけではない事は確認できた。

ホテルから外に出て考えた。オートリキシャが止まっている。運転手に300ルピーさっと渡してあのリキシャに乗って移動しようと思うが、断固として運転手はお金を受け取ってくれないと同時に、拳銃で撃たれたり、警察に逮捕されたりするジェスチャーをする。

誰が誰に撃たれるのか、誰が逮捕されるのか全く理解できない。その標的が我々である可能性も否定できない状況にあるのだ。

September 19, 2006

パキスタン旅行記 ドラゴンクエストの街

6月26日

ラホール空港午前中はラホールの旧市街を散策しパキ帽子とパキ服を購入。この後はこのパキ服を着て行動。動きやすくて良い感じ。昼からはラホールを離れ飛行機にてモヘンジョダロ観光のベースになるサッカルという町を目指す。ラホールの空港きれい! デリー完全に負けてる…。しかし一見親切に見えた売店ではお釣りをごまかされそうになったりと油断はならない。

インダス川ラホールからサッカルまでの飛行時間は1時間20分。着陸手前でみたインダス川。左右に走っているのが本流で、上下に3本走っているのは人口の水路。サッカルバレッジ(ダム)にて塞き止められた灌漑用水が流れるようになっている。

ドラクエの街着陸寸前に見えた集落。広い平原の中に街がポツンと点在している。こんなまるでドラゴンクエストみたいな世界で起こった悲劇・・・にならなくて良かったが、ほんと死ぬんじゃないかと思った事件がここであったのであった。

それは、





モンスターに食べられそうになった。





いや、違う。






サッカルの空港に着いて、まずこの先のチケットのリコンファームのためにPIA(パキスタン航空)の窓口に行った。リコンファーム自体は問題なかったが、その後

PIA: 「今日の宿は?」

我々: 「これから探します。」

PIA: 「おっと、それはいけない。」

という事で、PIAのおっさんが勝手に宿の手配を始めるではないか。

我々: 「街までたどり着いたら何とかしますから、どう行けばいいかだけ教えて下さい。」

PIA: 「タクシーを手配しよう。料金は300ルピーね。」(パキスタン通貨: パキスタンルピー)

我々: 「おっ、何て親切! おっちゃんサンキュ!」(値段交渉までしてくれたのが雰囲気でわかった)

しかし、ここまでは良かったのだが自体は変な方向に向かっていくのに気付く。数人の関係者(善人か悪人か判別不能)が集まって我らを誘導しようとしている。

「この旅行者を、どこそこのゲストハウスまで連れて行け」と指示する人。

「俺は君らを守らないといけないから、君らのパスポートNo.を教えてくれ」と言う人。

その他、荷物運びの人など数人。

全く理解不能・・・

「もういいよ、勝手にするから放っといてくれ!」と思うも、どうしようもない状況に陥っていた。

仕方無しに用意された車に乗り込んだら、

人物A⇒運転手: 「この旅行者を○○ゲストハウスまで。」

運転手⇒人物A: 「了解。」

ちょっと待ってよ〜、宿に行く前に行きたい所があるんだよ〜!

我々: 「宿ではなくてサッカルバレッジ(飛行機から見えたダム)に連れて行って下さい。宿は自分たちで何とかしますから。」

人物A⇒運転手: 「サッカルバレッジに寄って、写真だけ撮ってからゲストハウスね。」

運転手⇒人物A: 「了解。」

俺ら無視して、勝手に話決めるなよ〜!

いったい何処に連れてかれるんだよ、俺ら・・・。

September 18, 2006

パキスタン旅行記 ラホール市内

無事に国境を越え目指したのはラホール。インドで初めて乗る事になるかと思われたバスには結局乗らなかったが、パキスタンに来て最初の乗り物がバスであった。席は男女が別れており(女性が前で男性は後ろ側)壁で仕切られていた。車掌さん(集金係?)は扉を開けて前後を行き来していた。

街のカレー屋さん道路状態はあまりよくなかったが、1時間くらいバスに揺られてラホール駅前に到着。まずは腹ごしらえしようと店を探すと、見た目も匂いもすごく美味そうな街のカレー屋さんを発見。おじさんの作るチキンカレーが最高に美味かった! 結局この店で昼も夜も食べる事になった。何故か周りのどの店よりも美味しそうに見えた。

モスクラホール市内を散策。まずはラホールフォートとそのすぐ隣にあるバードシャーヒーモスクへスズキでGO!。パキスタンではバイクの後ろに人が乗るスペースを引っ付けたようなリキシャが走っており、それをスズキと言うらしい。インドと同じようなオートリキシャもあった(これもスズキなのかな?)。

襲撃その後また別のモスクに行ったのだが、何十人かの大人子供があれやこれやと集まって来て取り囲まれた。モスクの外に出てもみんな付いて来る。スズキに乗って何とか逃れたがちょっと怖かったぞ。

しかし次の日、この怖さなど足元にも及ばない恐怖に襲われる事になる。