May 31, 2020

Taiwanese

かれこれ20年くらい前、17歳だった私は英語を学ぶため、アメリカに行った。

英語をこよなく愛してた私は、親の大反対を押し切って、二ヶ月間だけ、サンフランシスコの近くの大学へ語学留学に行った。

ひとりで、不安だらけだった私のルームメイトは台湾の女の子で、団体で台湾から旅行に来ていた。

日本人とは関わらないと決めていたので、私は毎日そのルームメイトを通じてできた台湾の子達と過ごした。

当時、アジアで日本人が一番だなんて無意識的にも思っていてた私は、彼らの語学力の高さや優しさに、感銘を受けた。そして風に無意識ながら、ほかのアジア人を見下していた自分を恥じた。

当時、ハリウッド映画の白人達を見て憧れて、アメリカまでやってきたが、私が住んでいた寮では銃声が聞こえたり、黒人の人が沢山住んでいて、サンフランシスコからのバスに乗る時は絶対に乗り過ごすことがないようにビクビクしながら乗っていた。

私の思い描いてたような留学ではなかったが、台湾の子達のお陰で、毎日楽しく、純粋に、今までの価値基準なんてアホらしいと思えるくらい、世界はひろく素晴らしいんだろうと思った。

私が日本に帰国するよりも2週間早く、彼らは帰っていった。私はこの世の終わりくらいに泣いて泣いて泣いた。次の日も次の日も1人ベッドで泣いたような記憶がある。

見かねた、日本人の大学生のお姉さま達がいろんなドライブへ連れて行ってくれたり、気持ちが少しは楽になった。

その後、msnやメッセンジャーで繋がっていたが、大学受験、大学での新生活、社会人生活で今までの人生を振り返ることなく、過ごし、遂に連絡先が分からなくなってしまった。

中国人の観光客がここ数年で増えて、旅行に行く先々で嫌な思いをする中、京都でベビーカーを下ろすのを手伝ってくれた外国人がいた。

どこから来たのかというと、台湾だという。

その台湾人の優しさにふれて、遠い昔の素敵な思い出が蘇った。

彼らは元気だろうか。Facebookで検索しようと思っても本名も忘れてしまって、出てこない。


香港のニュースを見ては、中国の歴史を知り、共和国と中華民国の違いを知り、彼らが心配になった。

みな元気だろうか、今後台湾まで武力行使されないだろうか。

韓国や中国の都合の悪いことはだんまりを決め込み、くだらない政府批判ばかりするマスコミは不気味を通り越して、異常。
新聞一面記事を報道しないワイドショーなんて、ワイドショーやる意味があるのだろうか。
日本は大丈夫なのだろうか。


やはり、情報にはお金を出すべきだとあらためて実感した。


中国共産党にお願いしたい。お願いだから、台湾を石垣島を戦場にしないでほしい。
世界から、表現の自由を奪わないでほしい。と。


micchan62 at 22:59│Comments(0)独り言♪ 

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Profile
みっちゃん
名古屋出身♪現在関西の大学に通う21歳の女子大生です☆母が慢性骨髄性白血病にかかり現在闘病中です。その母の状況や自分の趣味の事などを主に書いていきたいと思っています!!
Recent Comments