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読書

芸術新潮2026年10月号

注文しておいた芸術新潮が届いた。
先週新刊が出たばかりの十二国記が特集。
やっぱり山田章博さんの美麗なイラストは大きなサイズの方がより楽しめる。
新刊の文庫の方は小さくてもったいないなと思っていた。
ゆっくり眺める。

マーブル館殺人事件 下5

若手作家エリオット・クレイスが〈名探偵アティカス・ピュント〉シリーズを書き継ぐことになり、長年前作家の担当でシリーズに関わって来たスーザン・ライランドにその編集が依頼された。
しかし作中登場人物とエリオットやその家族との間に多くの類似点に気付くと途中まで書きあげたこの作品に企みがあるのではないかと思う。
エリオットが言うように世界的な児童文学作家だった彼の祖母の死の真相と関りがあるのだろうか?
上巻のレビュー

前半なんやのなんやのの連続だったのですが、下巻にきて畳みかけるように色々な展開が。
エリオットの親族の名前と、作品のチャルフォント家の人々の性格や背景の設定は酷似しているといいながら、小さく変更されている点もある。
まずは役名を何度も確認しながら、そして実際の人物と作中の人物との相違点など考えながら読み進めていた上巻に比べると、かなり頭に入った状態の下巻は非常に読みやすく、また推理もしやすい。
特に上巻から「なぜこの人??」の連続だった人物が下巻で化けの皮がはがれるというか、いや〜な変貌ぶりを示してくれて、正直気持ちが落ち込みました。
元々ずっと疑いながら、そう、予想しながら読んではいたのですが、実際こんな人間だったのかと露呈すると残念というか、あぁやっぱりなと思うと同じくらい裏切られた感覚が強かった。
エリオットをはじめとするクライス家の人々の長年の苦悩を思えば、ラストのスーザンは意趣返しではあるのでしょうが、しかしこれもまたなんだかなぁという気持ちも。

しかしスーザンの行動がとにかく危なくて!
まぁこれでこそのヒロインなのでしょうが55歳にしてこれだけのことをやらかすというのは相当なものです。
かつてチャールズに殺されかけた事件に触れると、「なぜ告発なんかしたんだ」「散々お世話になりながら」みたいなお門違いな攻撃を仕掛ける人物もいて、気の毒には感じていましたが。
お金に余裕のある友人も多いスーザン。さすがの人脈なのですが、でももうちょっと慎重に生きて欲しいな。
あとね、小さな動物に刃物向けるのは人間のやることではない。これは本当嫌な気分になったし、悔しくてしかたなかった。

三部作で終わるのかなと思いきや。
しっかり続編があるという予告が。これもドラマ化が決まっているし楽しみだ!!

マーブル館殺人事件 上4

現在フリーランス編集者となったスーザン・ライランド。
若手作家が〈名探偵アティカス・ピュント〉シリーズを書き継ぐことになり、長年前作家の担当でシリーズに関わって来たスーザンにその編集が依頼された。
『カササギ殺人事件』『ヨルガオ殺人事件上・下』に続くシリーズ第3弾。

3巻でまず驚いたのは冒頭、スーザンがロンドンに戻ってきている事。
「ヨルガオ」のときのように、事件解決のためやむなく…ではなく、パートナーのアンドレアスとのクレタ島でのホテル経営での暮らしを清算してまた以前の自分の仕事に戻っている。
スーザンは確かに頭の良い人だし、行動力はあるし、クレタ島での最初は苦戦していた慣れないホテル業もなんとか軌道に乗った矢先というのに。
ストレスの多い場面では必ずアンドレアスが救いとなり癒されていたのに、そのアンドレアスの存在なくロンドンでまたひとりストレス生活に入ったスーザン。
55歳で新生活に突入。

「カササギ」で上司ともいえる(スーザンは同僚としか思っていないと断言)人物に殺されかけたスーザンは職場を失い、現在はフリーランスで以前とは違う出版社と仕事をしている。
そこがまた〈名探偵アティカス・ピュント〉シリーズを手掛けるという。
シリーズを産んだアラン・コンウェイ亡きあとを継ぐには、以前会った事のある素行のよくない若手作家でスーザンとしては納得できる人物ではなかった。
アランも悪意に満ちた行動、言動の人だったけれど、久しぶりに会っても若手作家のエリオット・クレイスもかなりアランと同類の人物。歪んでいる。
しかもスーザンとの打ち合わせの場に巧妙にエレインとの再会を仕込むなんて…。なんで?嫌な奴よねぇ。
アランを殺し、スーザンをも殺そうとしてスーザンに告発され逮捕されたチャールズの妻がエレイン。
もちろん二人は知り合いで何度も家に食事など招待され出掛けた事もあった。あの事件までは。
それがなぜ今更また交流を持とうというのか。
私だったら絶対再会したくないし忘れたいだろう。眼をそむける。
でもメールでの連絡も受け入れ、家にまでワイン片手に訪問するのがスーザンなのよね。大丈夫??って何度も思ったしずっとスーザンにハラハラ。

上巻ではエリオットによる新シリーズ『ピュント最後の事件』が書きかけの途中まで読める。
これを読んでスーザンは設定に実際のエリオット周辺の人々との酷似性を感じ、この事件で第一の犠牲者(第二があるのかは不明)となるレディ・マーガレット・チャルフォントの背景を追う。
裕福な彼女はエリオットの祖母ミリアム・クレイスがモデルと予想でき、彼女は世界中に知られ今でも根強く愛される児童文学作家だった。
アナグラムだったり名前を似せるなどのアランに見られる悪意がこの若手が書く作品にも見られ、そうなると祖母の死に事件性があるのかと疑う。

エリオットが語る祖母の姿は高名で愛される児童文学作家とはとても異なるイメージを与える。
もし彼が嘘つきでないのならと仮定し私はポアロの《死との約束》のボイントン夫人を連想してしまって嫌な気分になったり。
作品のアティカス・ピュントと実際のスーザンの探る事件と両方が楽しめるのはシリーズ1作目から変わらないスタイル。
下巻が楽しみ!!

秘仏の扉4

秘仏の扉 (文春e-book)
永井 紗耶子
文藝春秋
2025-01-08
現代では世界遺産に登録された奈良の「法隆寺」。
その建造物や宝物の多くが、国宝や重要文化財に指定され、なかでも聖徳太子の姿を模して造られたと言われる「救世観音像」は「夢殿」に収められ鎌倉時代以降固く秘仏とされていた。
「秘仏の扉を開けば直ちに仏罰が下る」
混沌の明治時代。様々な思いを胸に、その秘仏の厨子を開いた男たち、またその男たちに関わった女たちの話。

最近、みうらじゅん好きの息子のお付き合いで仏像を拝みに行ったり、TVで拝見することが多い。
とりわけ「秘仏」関連のものは私自身もとても興味深く見ていて、永井紗耶子さんのこの本もそれで知った。

アーネスト・フェノロサと岡倉天心(覚三)、当時宮内省図書頭だった九鬼隆一、後の東京国立博物館初代館長となる町田久成、そして夏目漱石を撮影した有名な写真師・小川一真、そして屈辱の壬申検査に立ち会わされた法隆寺の一臈法印・総代千早定朝らを中心に、秘仏を開いた彼らを描く連作形式の作品。

単純に思うのですよね。「なぜ秘仏なのか?」
私が子どもの頃からお花まつりや、七五三など一番親しんだお寺は長野市の善光寺。
7年に1度御開帳があり、それはそれは賑わう楽しみな時でもあるのですが、ご本尊は秘仏。しかも絶対秘仏。
そのお姿を見た人間はいないとされていて、「そうなんだ」と思っていた時期もあれば「お姿が見られないのにどう祈ればいいの?」と感じた事もある。
この夢殿の救世観音像は厨子を開けばお姿を拝見することができるわけで、そりゃぁ見たいですよねぇ。ありがたいお姿なら是非一度この目で見て、拝みたいと思うのは人間としてもっともな願いだと思う。

神仏判然令からの廃仏毀釈への流れは辛い歴史ですね。
現代ではあれほど人気の絶えない法隆寺がこんな目にあっていたなんて。
外国人であるフェノロサらが困窮する法隆寺に金にものをいわせて夢殿を開けさせたみたいな事になっていますが、その前なんですね壬申検査は。
フェノロサ先生が云々のストーリーにした方が国側は都合がよかったんでしょうね。

しかし、九鬼、岡倉天心…なぜに女性にだらしないのか??
まぁフェノロサも同じとみる向きもあるようですが、彼はメアリの尽力で日本に眠ることができたようで、リジーだったらありえない発想だと思うのでこれは貴重な出会いだったのではないかな。

7年

今月十二国記の新刊が出る。
7年ぶりってウソ〜と思い、前の巻を引っ張り出して確認。
本当だった・・!
その前がかなり空いていた事もあり待つのに慣れてしまったが
どうか最後まで読めますように!
コラボグッズまで出て可愛いし嬉しい。

台湾漫遊鉄道のふたり5

台湾漫遊鉄道のふたり
楊双子
中央公論新社
2023-04-20
昭和13年5月・台湾。
作家・青山千鶴子は自身の小説が映画化されてからというもの、編集から『南進政策』『日の丸帝国を宣揚する作品』を求められ費用は持つので連載をうちで是非といった話をもちかけられる。
台湾に興味はあるものの書きたくないものは書かない。
しかし台湾には行きたいが先立つものがないと考えていたところ、台湾総督府、現地の婦人団体からの招待を受け巡回講演会という企画が持ち込まれた。
台湾人通訳・王千鶴と出会い現地の食文化や歴史に通じるのみならず、料理の腕まで天才的な千鶴とともに台湾縦貫鉄道に乗りこみ、つぎつぎ台湾の味に魅了されていく。
非常に有能な千鶴に「友達」「親友」と千鶴子は信頼と心を寄せるが、その笑顔にはどこか貼り付いたものがありやがて二人の関係は…。

千鶴子はこの時代の女性には珍しく独立心が強く、一人で生きて行く事を決めている。そして食に関して異様な執着がある。
非常に豪快な人物でなんとなくサザエさんというか長谷川町子さんや林芙美子氏を連想していたが、実際林芙美子がモデルとなっているようだった。

千鶴に貼り付いた能面の謎はおいしいものを夢中になって食べ、旅公演をするうち深まり、ようやく千鶴子にも知るところとなる。
日本統治時代の台湾。
台湾に暮らす漢人のことを「本島人」、日本人のことは「内地人」と呼ぶ。
旅行者であり、自分は何の偏見も持ち合わせていない。現地のおいしいものが食べたいだけ!といった雰囲気が溢れる千鶴子。
本島人・千鶴にとっても千鶴子は「良い人」「優しい人」ではあるがその発言の自由さ、豪快さに傲慢を感じる。
自覚がなかっただけに大いに千鶴子は悩むが、ちょっと親戚のおばさん的な、「あんたのためよ」の押し付けのようなものを感じた。

私の母はふたりが出会った少しあとの台湾で生まれている。
そんな事もあり手に取った本。
時代が時代だったせいか、家族が台湾にいたのは数年のことでほどなく内地に帰っているが、「大きなヤシの木がたくさんあった」事を覚えているらしいが、怪しいな(笑)
台湾縦貫鉄道についてはとても興味があり、今どこにいるのか挿絵なり何かの図があるといいなぁと何度も思った。
ちょっと面白い仕掛けのある作品だったけれど、美味しいもの、鉄道旅だけでなく、ちょっとほろ苦いものも感じさせる作品だった。

レシピ大好き

大好きな雑誌が届いた。
3か月に一度出る雑誌なので、中に3か月分の毎日のおかずカレンダーが挟み込まれている。
これをカッターで切り冷蔵庫にマグネットで留める。
毎日のやる気を呼び覚ます重要アイテム^ ^
付録のシールはキャンボン的な奴ではないけど嬉しい。
文具の付録って楽しい。

君の不在の夜を歩く5

君の不在の夜を歩く
窪美澄
新潮社
2026-03-25
高校時代から続く仲の良い5人。
その中心にいつも輝いていた菜乃子が死んだ。
夫の達也から健太は連絡を受けた。
沙耶、倫子とともに大学が変わっても、就職しても何かと連絡を取り合っていた5人だったが…。

1話目は沙耶視点、2話目は健太、3話目倫子、4話目達也、そして5話目は亡くなった菜乃子視点。
独特な暗さが心地よい連作短編集。
菜乃子は美しく、勉強もでき、良い大学へ進みといつも憧れられる立場の人間。
高校時代から達也という恋人が常に側にいて、今は夫として支えてくれているがここ数年オーバードーズを繰り返し達也を悩ませていた。
菜乃子は生きるのに倦んでいて、側にいるだけでそれが皆わかるのに、どうしたら彼女を止められるのかわからない。

健太の宗教に狂っていく母も同じように止められない。
その被害はどんどん膨らみ、健太の妻にも口を出す。
「子どもができるいいところがある」
窪さんの作品には宗教二世を扱ったものが以前もあったけれど、ずぶずぶ感や家族など周囲の人間の話を聞かない感じが厄介に感じた。

菜乃子がこの世から消えたことでボロボロと崩れていく残された4人。
視点を変えることで「昔から嫌いだった」「昔から…」みたいな個々の仲間内に対する思いも吐露される。
ちょっと苦しい。
けれどちょっと視界が澄んで明るくなった。

時間を作る

お正月とお盆は休暇といえど本が読めない期間。
早めに図書館に返却に行ったら、予約した本の順番が来ていた。
諦めるのはまたリクエストし直して次いつになるかわからない。
かといってこの時期は読む時間が取れない。
うーと悩んで。
結局借りてきた。
早く読みたかったんだもん。頑張って時間みつける。

白百合5

「乙女の本棚」シリーズ第52弾。
徳田秋聲×イラストレーター・チェリ子の《白百合》(1902年「青年世界」初出)。

徳田秋聲作品って、しっかり記憶しているのは《あらくれ》くらいなんですが、すごく共感できるというか、納得できる人物像を書き上げるのが上手い人なんだなと感じている。
《白百合》は明治35年に書いた作品ながら、現代にも通じる清々しさを感じる。

山間の人目にもつかず咲いている白百合があまりに美しくて、ここでは不憫だと株毎根こそぎ抜いてこれはいいという場所に丁寧に植え替えた望太郎。
その夜、美しい乙女が望太郎の枕元に佇む。
その姿は悲し気で「おまえは誰だ」とたずねると…。

ちょっと《十二夜》を思わせる。儚げな幻想譚。
ミステリアスで美しき乙女に翻弄される青年という話がこの時代もいくつかありますが、そんなのが「夢」なのかな(笑)
自分で道をがんがん切り開く《あらくれ》のお島ちゃんとは対極的女性像ですが、まぁ《白百合》なんですし、望太郎頼みも当然かな。

チェリ子さんのイラストがいいんですよ。
可愛らしいのはもちろん表紙を見てわかりましたが、望太郎の願望を切り取るようにあちこちに満月が描かれてる。
ごわっとしたドレスの洋装だったり、着物だったり、女学生のような袴スタイルだったり、《白百合》を毎回素敵な姿で描くのもいい。
髪もよく巻きましたよね。この時代の女性なら乙女はサラサラストレートと思い込んでいましたが、このヒロインはロングで毛先くるくる。
レースにリボン、金平糖やサクマドロップかな?
障子戸の和室に散らばる物が可愛らしい。
こうみえて望太郎は誠実だし「幻想譚」といっていいのか迷うけれど、幻想的なだけではないお話。
尾崎紅葉や泉鏡花とはまたちょっとちがう武骨な面もあるけど美しい短篇。

最後の賭け 相続ゲーム3完結巻3

いきなりいわれのない莫大過ぎる財産の相続人に指名されたエイブリー。
大金持ちトバイアス・ホーソーンの遺産を相続する条件「テキサス州の大豪邸で1年間過ごすこと」が満たされるまであと数週間に迫っていた。
ホーソーン家の孫たち4兄弟ともめたり、助けられたり忙しすぎる毎日の中エイブリーは18歳になった。そんなある日、エイブリーに助けを求める訪問者が現れる。

この話。
一体どう収まるのか想像がつかなかったのですが、この最終巻では最初からなかなかきな臭い。
アメリカのティーンを描いたものではその家族関係、人間関係が複雑なものが多く、そこに鍵があったりする。
4兄弟は亡きトバイアスに可愛がられてはいたけれど、4兄弟全員の父親が違い、おまけに会った事もない父親の名前がそれぞれつけられている。
残酷な母親スカイにその自覚は全くなく、この巻でもまた自分勝手に新たな結婚をしている。
トバイアスから潤沢なお金と教育そしてゲームを与えられたお陰かそれぞれ伸び伸び育った4兄弟だけれど、長男ナッシュは自分だけでなく、以降3回も弟たちを顧みず奔放に振舞う母親の姿を見続けたわけで、それはそれは傷ついただろう。

ホーソーン家に長年使えるラフリン家も歪みのある家族で、ちょっと不気味だった。
レベッカが気の毒でならなかったけれど、今回またトラウマの原点みたいな人物が登場しどちらの家族も衝撃を受ける。

ようやくエイブリーに遺産が残された謎が解明するけれど、やっぱり気持ちのいいものではない。
エイブリーはこの短期間ですっかり成長してたくましくなっているけれど、トバイアスおじいちゃん!やっぱり酷いと思う。
うん、まぁ彼がここまでどうやってその財産を築いてきたのかというのも彼らは謎を解き追いかけるうち知るわけで、だからこぞ最後のエイブリーの単独発表は痛快だった。
あなたにはその権利がある!

たくさんの謎解きが登場し、アナグラム、大豪邸内に無数にある抜け穴や脱出部屋、自家用ヘリや飛行機を使った移動などゴージャスな仕掛けはかなり視覚的に想像して楽しめる作品。
年頃の男女が次々短期間でカップルになっていくのはあらあらですが、まぁそういうロマンス部分でも楽しめる作品でしょう。

神の蝶、舞う果て4

神の蝶、舞う果て
上橋菜穂子
講談社
2026-01-21
ラシェラン国の最も恐ろしい魔所であり、最も大切な聖地である〈闇の大井戸〉。
井戸の反対側にいる人間は豆粒ほどにしか見えない巨大な大穴。
この穴から数か月に1度〈神の蝶〉と呼ばれる金色の淡い光を放つ美しい蝶の群れがやってくる。
〈神の蝶〉は聖地の周囲に咲く花ラムラーを受粉させる。
1年に何度も花を咲かせるラムラーは滋養に満ちた実をつける。この花の受粉は〈神の蝶〉にしかできない貴重なもの。
しかしこの大井戸からは〈神の蝶〉を追ってよくないものも出てくる。〈蝶の影〉と呼ばれる蛾のような魔物であり蝶を喰ってしまう。
貴重なラムラーを〈神の蝶〉を守るため、選ばれた若者がこの聖地に常駐していた。
孤児たちの中から選抜された15歳から20歳の若者で《カタゼリム(降魔士)》と呼ばれる彼らは必ず男女1組のペアで行動していた。

上橋さんの神話的な作品の登場人物はカタカナが多い。
まだ漢字だと漢字の持つ意味合いからなんとなくその人となりを予想したりできるが、カタカナはそれが出来づらい。
が、すんなり入ってくるのだ。不思議な程個々の登場人物たちの立場だとか雰囲気が。
〈予兆の鬼火〉になぜか反応してしまうルクラン。
そんなルクランをいつも心配し守るペアのジェード。
ここには30人ほどの若者がいるが出身の異なるものも多く、それでもいつの間にか親しくなるラトゥール出身の知的なインガに無口なナシェムのペア。
HPなど見ると白浜鴎さんの素敵なイラストで人物紹介されていますが、私はその存在に気付いたのは読了してから。
既に頭の中にはそれぞれのイメージ映像が出来上がっていました。

これもあとがきで初めて知ったのですが、この作品上橋さん30代の頃ある雑誌に連載されたものなんだと。
当時上橋さんは「守り人」シリーズ執筆中だったと。
ただ、納得できるものにはならず単行本化を見送ってもらった経緯が綴られている。
それが20数年を経て、今の自分なら見直せると60代の上橋さんが修正し今回に至ったと。

子ども達にとって厳しい環境なのはいつもなのですが、この作品も読後感がとても良くて。
読む事ができてよかったと思う。

雪華邸美術館の魔女4

雪華邸美術館の魔女 (千夜文庫)
白川 紺子
U-NEXT
2025-08-20
昭和30年。
幼い頃攫われた小百合は空襲で一人生き残り養育院にいた。
16歳のある日、生き別れになった姉・撫子の弁護士が小百合を引き取りにくる。
御殿場の小さな別荘で暮らし今や当主となった撫子。
館の裏手にはまた似たような洋館があり、そこは《雪華邸美術館》と看板があった。
この美術館には雪宮家代々の当主が収集してきたいわくつきの品もあるようで…。

マツオヒロミさんの描く表紙の美少女が可愛らしくて、どんな話かわからず読み始めたけれど、読んですぐ白川紺子さんらしいお話だなぁと嬉しくなった。
撫子と小百合は双子。16歳になるこれまで会った記憶はない。
身体が弱く、御殿場の良い空気の環境でなかば静養状態の撫子。
髪は長く動揺しない性格だが、当主としての自覚も強いため気苦労が多い。
小百合は苦労なくおいしい食べもの、あたたかい住空間が提供されるだけで幸せ。
これまでろくに学校も行けなかったので学ぶべきことも多いが、丈夫な体が自慢で乾いたスポンジのように撫子の置かれた環境を把握していく。
そう、二人は仲良しなのだ。時折り言い合いにもなるが。

雪宮家は上流階級で、戦争を挟みまだ破産などの問題も起こさず、16歳の少女が当主ながら持ちこたえている家。
ここに蝿のように叔父だの親族が群がってくる。お金を引き出すために。
美術品の噂を聞きつけて御殿場まで訪ねてくる人もあり、撫子はなかなか気の抜けない毎日。
そこにやってきた小百合はなんの力も持ち合わせない自分と同じ16歳の少女だけれど、その存在は大きくこれからますます頼れる人になっていくのでは?と感じさせる。

白川さんの別シリーズ同様、これまで会った事がない人間だからと変なもめ方はしないのだ。
主人公たちに家族が増えて自分の取り分が減る的なギスギス関係はない。
互いを頼り、たくましく成長していくのではないかな!
そういう点でもとても清々しい作品。
そして美術品にまつわる「いわく」もまた違ったミステリー風味を味わえる。
でもタイトルの《魔女》はどうかな。
実際の撫子は16歳のまだお花なんかが大好きな十分可愛らしい少女だものね。

武蔵野4

武蔵野 (立東舎 乙女の本棚)
しまざき ジョゼ
立東舎
2026-04-10
「国民の友」1898年1月 - 2月発表国木田独歩の《武蔵野》。
「乙女の本棚」第53弾は国木田独歩×イラストレーター・しまざきジョゼさん。
国木田くんの《武蔵野》が乙女の本棚に入るなんて。ぴったりだ。

武蔵野を一人、時には友と歩きながら、感じた事、思う事、体験した事など、詩や句を引用したりしながら思うまま綴っている。
以前のレビューにも書いたのですが学生時代初めて『武蔵野』を読んだ時は「・・・」という感じで特に面白みを感じなかった。
明治時代には敵わぬまでも同じようにワイルドなところに当時は生活していたからでしょうか。
でも、当時の私はここまで自分の暮らす土地に愛着を持ってはいなかった。
国木田くんは自分の生まれた土地でもないのに、よくここまで当時の「自分の思う武蔵野」を愛したものだと思う。
土地にはちょっとした高低差があったり、林があったり、その林は松ではなく楢で、紅葉し、落葉し…というそういう自然の変化を楽しんでいる。
自然賛歌的要素が学生時代の私にはぴんとこなかったんだろう。
この本は美しいイラストがふんだんに盛り込まれているので、その点目でも《武蔵野》を愛でることができる。だからぴったり。
国木田くん的には武蔵野の定義に「東京」は入れられないとか、「八王子」は決して入れられないとか(この両者は別の理由で入れられないんだろうなぁ)ちょっと面倒くさい発言もあったりする。そんなのもいい。
渋谷もまだのどかな村の時代。
道玄坂、白金、甲州街道、中山道、世田谷街道などが「すこぶる自分の詩興を喚び起こす」というのも面白く、100年前の景色を姿を想像しつつ楽しむ。

ホーソーン家の遺産 エイブリーと秘密の家系図3

相続ゲーム2 ホーソーン家の遺産 エイブリーと秘密の家系図 (ぱらりBOOKS)
ジェニファー・リン・バーンズ
マガジンハウス/日之出出版
2025-12-18
たった一人の身内だった優しい母を亡くし、その後は義理の姉リビーが生活の面倒を買って出てくれたものの、いつもかつかつの生活だった女子高生のエイブリー。
が、いきなり見知らぬ大金持ち(とんでもない大金持ち)の遺産相続人に指名され、彼女の生活は一変する。
親しくもなかった人々がいきなり連絡をよこし、マスコミに追われる毎日。
中でも最悪なのが認知もしようとせず、一緒に暮らしたことすらなかった父親リッキーが突然現れた事。
17歳のエイブリーにはまだ保護者が必要ではあったが…。

2巻になっても相変わらずエイブリーは命を狙われ続け、危険な目に遭い続けている。
嫌だなぁ、こんな遺産相続。面倒でしかない。
遺産相続の条件としてホーソーンの大豪邸で1年間生活しなくてはならないというものがあり、この家はとんでもなく広く、しかもおかしな通路?抜け道?が無数にあり、それを知っている内部の人間から悪用されピンチに陥るエイブリーって気の毒過ぎる。
ホーソーン家の4人のイケメン孫たちとのあれこれというのもこの作品のお楽しみパートではあるのでしょうが、うーん。私はそこにはときめきが感じられず。
まぁ、こんなドキドキくらいなければ割の合わない大きすぎる遺産など放棄・・・いや。無理よねぇ。お金は大切。放棄なら正しい放棄で悩むべきだろうし。
しかしトバイアス、なぜエイブリーを選んだのかわかるかと思ったらまたわからなくなった。
2巻のラストでエイブリーは法的に成人となる。
これで自分の遺言状を書くことが可能になった。
さて、このお話どう収束するのか。3巻が最終巻みたい。

花菱夫妻の退魔帖 五4

神職華族当主の花菱孝冬と結婚した17歳の鈴子。
二人は共に『視える』人であり、お祓いを請け負う事も多い。

「月鈴子」
鈴子と似た名を持つ小鈴。彼女は一時は大変な人気を得た娘義太夫であったそうだが、今は根岸の貸家の仏壇前に座り一点を見つめる幽霊。
鈴虫柄の刺繍の単衣を着た小鈴は亡くなって12年にもなるが頑としてその家を離れなかった。
 この一件は花菱家当主に代々とり付く『淡路の君』の登場はなく、鈴子の語りかけに安心し、畳に手をつき成仏するという優しいものだった。
「星の川」
新婚夫婦は共に暮らし始めるのが早いなと思っていたら、華族会館でのお披露目はこれからのよう。
鈴子の実家が呉服屋を呼び豪華な衣装を仕立てている。
その大店のいつもはにこやかな昌江夫人の顔が冴えない。
彼女はお盆辺りから悪夢にうなされているという。
これは凄惨で嫌な事件でしたねぇ。
そして懸念材料である鴻夫人がまた絡んできた。夫妻が襲われたり剣呑。
「鬼子母の実」
今回、見開きすぐの人物紹介ページに初めて孝冬の昔馴染みで現在新聞記者の五十嵐のイラストが入ったのですが。
ムサクルシイ男と思っていたらイラストの斎賀時人さん、美しい男性に描いています。イメージが変わってびっくり(笑)
ザクロの実が欲しい男の子。
でも木の下からは赤ん坊の泣き声がして怖い。でも近くにうつむく女の幽霊は気にならないと。怖いよ。おぞましい事件だよ。
しかもどういうわけか孝冬の亡くなった兄がこの件に絡んでいた。
孝冬は兄が大好きだっただけに、兄がかつて鈴子が経験してしまった事件に絡んでいる?そんなわけない!という思いを繰り返し感じてきたが、ここにきてまた不安な方向に話が流れている。

周囲に負担を掛けまいと一人でなんでも抱えがちな孝冬。
若いながらすぐに感情を見抜く鈴子には嘘が付けず、かといって思いのたけを全てさらすわけにはいかない。
二人はいつもお互いを想い合い気配りを忘れない素敵な夫婦。
この件が早くすっきりするといいなぁ。

燻る骨の香り4

『透明な夜の香り』『赤い月の香り』に続く、「香り」シリーズ。
そして3冊目にして完結巻みたいです。

「香り」の持つ情報から、全く知らないこれまで会った事もない他人の生活ぶり、環境などがつぶさに読み取れてしまう小川朔。
特別な香りを求める客に応じるオーダーメイドの調香師をしている彼が、まだ大手企業で働いていて辞めるまでの過去の話。
今から15年位前と考えていいのかな。

舞台は京都。江戸時代から続く香老舗・瑞雲堂の社長の次女丹穂は特に香りに鋭い感覚を持ち敏感で、経営上も中心にいた。
その丹穂がある日突然亡くなった。
同族経営でかなり一族の関係は近いものがあるが、それゆえの歪みもある。
姉の真奈は妹の死を悲しむ間もなく社長代理の仕事に追われる。
妹が亡くなって以降、部屋に閉じこもってしまった社長の父の代わりに長女の真奈が仕事するしかなかった。
そこにやってきたのがまだ二十歳の小川朔。
同じように香りに敏感で絶対的な嗅覚を持つ彼に、「自分にもしものことがあったら家業を助けて欲しい」と生前依頼していたという。

このところ淡路島のお香についてだったり、分骨した骨を砕き「骨は匂う」という場面が出てくる本を読んでいたせいか、今回のこの本は良いタイミングで読めた本だと思えた。
楊貴妃の「挙体芳香」だの、「反魂香」だの言葉が登場してくるとやはり「香り」は深く記憶に残り案外執念深いもののように思えた。
エレベーターに残る知らん香水の香りは鼻を塞ぎたくなるし、だけどなぜかケンタやらマックの匂いは笑ってしまう。
そこまで香りに敏感な人間でなくとも匂ったその一瞬には様々な思いがよぎる。不快感も幸福感も。

このシリーズ、硬質な静かな感じが好きだったな。
でもそこに江戸から続く老舗(あ、江戸から続くのでは京都では老舗いわんらしです)を背負う人々の話はかなり生々しく、もう崩壊してるんでは??と何度も感じた。
でも真奈さん、立て直したのね。その点だけはほっとした。

信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ4

信州のおいしいものといえば。
まず蕎麦、林檎が挙がると思う。最近はおやきもかな。
でも『お茶うけ』ってまたちょっと違うかも。
私は18歳までしか住んでいなかったので、現在の信州を知らないのかもしれないとこちらでの暮らしが長くなるにつれいつも感じていた。
が、この本に掲載されたものはうんうんと思うものばかりでちょっと安心。
私にとってはなかなか郷愁を誘う1冊だった。

農作業の合間に、公民館での集まりに、長く厳しい冬を乗り越えるために『お茶うけ』は存在し広がったようだ。
長野県は広く、しかも高い山に区切られているせいか、暮らしぶりが違ったり、食べものが違ったり、また方言も結構違う。
私は中信といわれる松本で生まれ、北信といわれる長野市に育ったので学校ではスキー教室・スケート教室が何度かあったが、山の中ではないのでバスで1時間程移動して山に行ったりスケート場に行った。
もっと山よりで生活していた友達は学校までスキーをはいて行き、体育はクロスカントリーばかりだったとか。
また東信と呼ばれる軽井沢なんかがある方に住む友達は冬場はスケートばかりで凍った田んぼでもスケートをしたという。まぁ時代的違いはあるのかもしれないなぁ(笑)

長野といえばビタミンちくわ、塩丸いか、あとはかんてんぱぱ。
他県から来た人にはちょっと違和感あるもののようで、特に塩丸いかは
「あんなしょっぱいイカ、何に使うの!?」とお怒りだった人もいた(笑)
いや、その前にあんな見た目のいかと書いてあるものをよく買ったなと思う!
文字通り塩漬けされたイカなので真っ白で、刺身用などと比べたら透明感ゼロで違和感しかない。
あれを見ると本当『お茶うけ』という言葉が浮かぶのだけど、塩抜きし水洗いした塩丸いかときゅうりをスライスしたものを母は必ず家庭訪問で先生に出していた。生姜を刻んで添えたりして。ちょっと母たちが集まる席では誰かしら持ち寄る簡単おいしいものだった。
こちらのスーパーでは滅多に見ないが、長野県内のスーパーには必ずかんてんぱぱ商品が各種揃っている。私は帰省の折にかならずぶどうだの青りんごだの各種買い込んでいる。
最近は蒟蒻を含んだものもありそれもお気に入りで、カルディで買えることも増えたので助かっている。この本にも載っているが、私もゼリー型は各種持っていて、ホールケーキのような見た目でフルーツを沢山入れて華やかに仕上げるのが子どもにウケたのもありその型をよく使っていたが、さすがに最近は普通のカップしか作っていない。(うん、かなり久しぶりだけど作ってみよう)

近年長野県は長寿と言う面でもよく注目されるが、それは味噌、漬物などの発酵食品を良くとるのも健康の一因ではとあった。
母や叔母もそうなのだけど、何かというとよく集まる、喋る、食べるを繰り返している。
私の世代ではどうなのかよくわからないけれど、『お茶うけ』という文化はじんわり、でも確実に継承されていると感ている。

赤い蠟燭と人魚4

1921年(大正10年)2月16日〜20日『東京朝日新聞』に掲載された小川未明・作『赤い蝋燭と人魚』。
儚く美しいこの物語にイラストをつけるのはイラストレーターのしきみさん。
「乙女の本棚」シリーズ第51弾だそうでございます。

「日本のアンデルセン」小川未明の作品ですから、ちょっと哀しいイメージが先に立ってしまい、元気のない日は読めないなぁと避けてしまうこともあった。
人魚といい蝋燭といいなぜにこんな儚く切ないイメージがあるのか。
特に今回の絵本ではしきみさんが美しい和蝋燭を各種デザインされていて、そこに魅入ってしまいました。

お爺さんもお婆さんも全くの善意で拾い育てた人魚ベビー。
普通の人間にはない美しさを備え成長した娘。
どこにも行けない彼女が描く赤い蝋燭はいつしか加護があると噂になり、人間たちは娘の蝋燭を買い求め、お山のお宮に蝋燭を供えお詣りし、その燃えさしを身につけ海に出るとどんな大嵐でも災難に巻き込まれないという。
蝋燭屋は繁昌しお宮も人が途絶えない。
それがたった数年で廃れ、ついには無くなってしまうなんて。ねぇ。

しきみさんは最後の頁で非常にすっきりさせてくれる。
このイラストがあることでホッとしたし、嬉しい気持ちになった。

花菱夫妻の退魔帖 四5

花菱家本邸のある淡路島から戻って早々。
早くも孝冬の元にはお祓いの依頼が舞い込む。
濃い血の匂いまでするというその幽霊は全身血まみれの姿で玄関に立ち尽くす女性の幽霊だった(「神の居ぬ間に」)。

淡路島に行って以降、花菱家当主に代々取りつく「淡路の君」への見方が変わってきた鈴子。
幽霊を淡路の君に「喰わせて」しまうのは気の毒で、成仏させてやりたいと考えていたものの、それもこちらの勝手なおごりなのか?
まだ迷いつつある鈴子の元に、どういうわけかタイミングよく表れる鴻心霊学会の八千代夫人。
この学会の母体は宗教団体・燈火教であることから鴻夫妻に対し疑心暗鬼だったが、それをきっぱり否定し八千代夫人はにこやかに、しかし執拗に鈴子の前に姿を現す。
この老夫人に対してはまだわからないことだらけ。
彼女自身も「視える人」と発言しなぜか淡路の君のことまで知っていて淡路の君の素晴らしさを説く。
血まみれ幽霊を淡路の君に与えず、違うやり方で成仏させてしまった事には不満をもらすってなんだろう?

今回も3軒の事件を扱うが「鬼灯の影」は虐げられた同じ立場の女性の幽霊の姿に慰められ、「初恋金魚」は神田川に出るという幽霊の姿が自分には見えぬのにもしや初恋のあの人ではと気になる優しい男性の依頼。
どの話にも花菱夫妻の様子が詳しく入り、特に着物の描写は美しく季節感が増す。
鈴子は決して楽な人生を歩んできたわけではないけれど、瀧川侯爵家に引き取られ母の違う兄姉に囲まれながらいつも愛され大切にされてきたのは本当に幸運だし珍しい話。
しかも花菱男爵に望まれ結婚し、さらに大切にされている。
どうして孝冬はここまで鈴子ファーストを貫けるのかと思うこともあるけれど、彼は淡路の君が鈴子を気に入ってしまったからという負い目を感じてもいる。この家のことに彼女を巻き込んでしまったと。
そんな感情が薄れ、本当の信頼関係になっていくといいな。

本格小説 下5

本格小説(下) (新潮文庫)
美苗, 水村
新潮社
2005-11-27
上巻を読んでから1年近く経過しているのですが、鮮明に覚えているこの作品の世界観。
なんか、怖かったんですよね。続きを読むのが。
この作品を読み終えてしまうと、どこか傷つきそうな自分があって怖かった。
読了した今では面白い作品を読めてよかったと思っていますし、読み終えてすぐ上巻はじめから読みたくなったのも久しぶりの感覚でした。

裕福な三枝家のおばあちゃん。孫のよう子。女中のフミ子。隣家の恵まれない子ども東太郎。
この血の繋がらない4人の場面は優しく、温かい「普通」の生活。
でもおばあちゃんは後妻で、よう子ちゃんは容姿や性格でお姉ちゃんや親戚には及ばずいつもみそっかす扱い。
こんな淋しい二人に寄り添うのが女中・フミ子で、この3人から同情が発端とはいえ家族から虐待を受け、心身ともに疲れていた太郎は援助されて成長していく。
おばあちゃんが賢い子どもだと太郎を気遣ってくれて成り立っていた関係だけれど、太郎のよう子への想いは執着にも似て激しく、絶対服従。
毎夏軽井沢の別荘へ避暑にでかけてしまう三枝家。このときばかりは太郎を連れていくことができず、ある年からおばあちゃんは追分に小さな山荘を建て、そこに太郎を自分の手伝いが必要という名目で連れていく。
大喜びでついていく太郎ですが、そこで身分の違いを思い知らされるわけです。
軽井沢ではよう子ちゃんのそばに行きたくとも、お姉ちゃんやいとこ、以前から付き合いのある友人たちが別荘には集まっていて、太郎は使用人たちと食事をとるし、家の仕事を割り当てられる。
追分の山荘の入り口ではよう子ちゃん以外の人は入れたくなくて入り口でとおせんぼして珍しいほどに頑張って自己主張した太郎ちゃん。「だって、君の家じゃないだろ」と年上の男の子雅之ちゃんに言われ蒼白に。
こんな哀しく痛い思いをしているのによう子ちゃんは気遣うこともなく、不機嫌そうな顔の太郎を許さず土下座させ、さらにその頭を踏むって…よう子ちゃんは女王様よ。

幼い頃はせつないながらも毎日一緒にいられるだけで幸福でいっぱいだったのでしょうが、成長するとそうもいかない。
この作品が『嵐が丘』と言われる理由は下巻ではくっきりしていく。
そう、タロちゃんはヒースクリフだったのね。
のちによう子ちゃんの夫となる雅之ちゃんとの出会いも、駆け落ち事件も、追分の小さな山荘で起きる。
上巻で50歳近い東太郎がいたのもこの追分の山荘で、あの時の状況が少しずつパズルがはまるようにみえてくる。
女中の語りとか、第三者が訪問して聞き出すスタイルとか『嵐が丘』に似た作り。
で、太郎(ヒースクリフ)の物語があまりに衝撃的なのでそちらにのめり込んでしまうのも同じ。

あとね、個人的には時々入る写真が好きなんですよ。
上巻の「おがら」の時もそうだったんですが、「古木」「洋館」「笹薮」など自分が目の前に立って見るかのような距離感の白黒写真ばかり。イメージではなく、当事者になって見たかのような錯覚すら覚えてぐっと作品内に取り込まれる。
成城の自宅、千歳船橋の家、軽井沢・追分の別荘、のちには太郎がニューヨーク・ロングアイランドに建てる広大な屋敷などゴージャスな地名が登場するが、なぜか閉塞感があり、呼吸が浅くなってしまう。(でも本を閉じる事ができない!)

よう子ちゃん、あと数年待てたら大富豪になってタロちゃんは帰ってきたのに。
関係は持ちたい、けどタロちゃんなんかと恥ずかしくて絶対結婚なんかできない!!と本人に言ってしまうって本当残酷。タロちゃんの受け身で執着する性格をよくわかっていたうえで、傷つけるために言ったひとこと。
しかも、雅之ちゃんをお願いとか、雅之ちゃんが亡くなってからなら自殺してもいいとか、自分がいなくなってからも言葉で太郎を縛る。

この主人公たちの他、よう子の母を含む春絵、夏絵、冬絵3姉妹が文字通り姦しく絡んでくる。
(「犬神家」を連想)ちょっと毒のある世代でよう子たちのことは全く理解せず悪い方に絡んでいく。
親族が密に交わる時代の話ではあるけれど、そう、春絵は「希薄ではない」人。
思う事がボロボロ出てくる。
とりあえず家にあるのも好きなんだけれど、違う方の訳の『嵐が丘』が読みたい。

読みたい

タイトルだけメモ。
《レイチェル》ダフネ・デュ・モーリア

こどもの情景(読みたい)

こどもの情景
A.A.ミルン
図書館に返却に行く。
予約した本はどれも順番が回ってこないので借りる本を物色ウロウロ。
ふと気になって手に取った本の表紙がル・メール??
静かで美しくて優しいイラスト。
文章はミルン。
うわぁ。今度借りようっと!

相続ゲーム エイブリーと億万長者の謎の遺言4

相続ゲーム エイブリーと億万長者の謎の遺言 (ぱらりBOOKS)
ジェニファー・リン・バーンズ
日之出出版
2026-04-12
2年前母を亡くし父親は蒸発。
24歳の義姉リビーとなんとか暮らしているけれど生活が楽なはずがなく、早くこの生活から飛び出したいと願う女子高生17歳のエイブリー。
が、ある日突然エイブリーの生活は急転。
見知らぬ大富豪の遺産相続人に指名されたのだ。

いやいや。全く勘違いしておりました。
3部作で何やら勢いのある本があるということから、勝手に「ダヴィンチコード」とか「天使と悪魔」的なものと思い込んで図書館にリクエストしていたのでした。
開いてびっくり。
エイブリーを中心にこの本の主要キャラクターのイラスト!?があり全員ほぼティーン。
そうか、どちらかといえば同じ3部作でも「紅玉は終わりにして始まり」とか「緑の扉は夢の入口」的なミステリーありロマンスありのYAものと捉えていいのかな。
そうか。それならそれでいいんです。大好物でありますよ。

エイブリーに絡んでくるのは主にホーソーン家の4兄弟。
巨大な屋敷に暮らし、幼い頃からそれぞれの才能を伸ばすべく十分な教育が施され、投資を学ばされ偉大なるおじいちゃんの遺産を享受できると思い込んでいたところに全く知らない17歳女子が指名された。
まぁ、この4人の方が全くマシなのが読み進めていくと実感するわけですが、一夜にして億万長者になってしまったエイブリーはあらゆる場所で敵を作り、パパラッチに追われ、頼れるのはリビー、そして遠方に住み電話かメールでなんとかやり取りする友人マックスだけ。
おまけにリビーは優しい人だけれど、暴力男で身勝手なとんでもない元カレが付きまといこれが大きな火種になっていく。
ロマンス視点では全く読んでなかったのですが、んーまぁそれがきゅんとくるポイントでもあるのかな。兄弟のうち誰と??みたいな。
まぁ、あまりに短期間なので個人的には重視できないのですが、広大な屋敷の中で繰り広げられる「宝探し」は面白いし、できれば屋敷の地図つけてくれないかなと何度も感じた。(人物のイラストはいいから)
ある人物との過去の事件が絡んだり、こんなセレブな4兄弟だけど、蔑視するとか差別意識は低いなぁというのが現代的なのか。
さらりと読めて楽しめたので次の巻も楽しみ。

花菱夫妻の退魔帖 三5

神事のため花菱家の本邸のある淡路島へ東京から出向く鈴子と孝冬。
が、ここでも依頼を受けることになり幽霊を祓うことに。
淡路島は花菱家に憑りつく淡路の君がかつて流された場所であり、気に入る霊に出くわせば彼女は容赦なく喰ってしまう。

この巻で淡路島に行くことは2巻で予想がついていたのですが、図書館から借りて読む身としては、なぜかこの3巻だけ半年以上待たされ、だいぶ後に予約した4巻の方が先に来てしまう事態に迷いました。
4巻を先に読んでも問題はないのでは…とも思いましたが、やはり順番に読みたい!と4巻は次の方に譲り、そこからひと月以上3巻の到着を待ちました。
(図書館の本は決められた期限に返却しましょう!)

待ち望んだ3巻でしたが…良かった〜!非常に読み応えがありました。
これまで淡路島に強い興味は持ったことがなく、遠く眺めた事はありますが、あとは玉ねぎのイメージしかなかったものですから、これを機会に淡路島の写真をスマホで開きながら地形を追いつつ、また大正9年辺りと現代では違う点も多いのでしょうが、「国生みの地」といういわれは廃れることなく、ある意味とても神秘的な土地に感じた。

第三者に唆されわずかな行き違いから友を亡くし、悲観し自らも命を絶った男性。哀しくてすすり泣く声のみ誰もが聞いたが、その姿を見る事が出来たのは鈴子と孝冬だけ。霊に指された地には二人の骨があり、唆した事を後悔していた人物の命は救われた。(嘆き弁天)
この後の(百日紅の木の下で)と(おくま御前)はなかなかに壮絶。
百日紅は大切なひとり娘を失くした行者の父の悲しみと強い怨念が凄まじく、またおくまの方も都合よく殺された者が代々その家にとり憑く様が強烈だった。
そこまでの強い恨みは祓ってもらうことでようやく救われたような気がした。

花菱家はこの地に御線香の製造所を持ち、辺り一面が芳しい香りでいっぱいなんだとか。
淡路島でお線香の生産がされてるなんてのも初めて知りました。
慌ててお線香に火を灯し、お線香の香りに癒されながら気持ちよく読了。

夫を亡くして 北村透谷の妻・ミナ3

夫を亡くして 北村透谷の妻・ミナ
門井慶喜
朝日新聞出版
2026-03-06
「北村透谷」という名前を聞いて、代表作がこれ!と浮かぶひとは現代でどのくらいいるのだろう。
増してやその妻、家族のことはどのくらい認知されているのか。
私はトーソン先生のお陰で妙に彼・透谷が気になっていた。
トーソン先生の作品に透谷を思わせる人物が登場していたし、小田原の文学館に今は収まっているあのデカい(デカすぎな)石碑。
どれだけの想いがこの石碑には込められているんだろうと見るたび気になっていた。
気になって透谷の作品を手に入るものは読んだ。彼の生涯も追ってみたが…そこまで正直なところ魅力は感じていないのだ。
「ラヴせよ」とかかなり恥ずかしいし、恋愛至上主義みたく持ち上げられるのも当時としては新しく捉えられたのかもしれないけれど、透谷自身目指していたものはこういうのではないのでは??という気もして。
人間としてダメな感じが太宰を彷彿させる部分もあるのだけど、太宰程作品も名声も遺せず一人で逝ってしまった人。(みちづれを求めなかった部分は太宰より受け入れられる)
さて、こんな人の奥さんってどんな!?

そんな興味から朝日新聞連載時も読んでいたのですが、やっぱりまとめて読みたいと単行本を手に取った。
すんごくシンプルな装幀。タイトルも連載時から地味よねと感じていた。
が、この奥さまからはあまり悲壮感は感じない。
夫に自宅の庭で死なれて、30歳過ぎて日本を飛び出しアメリカで勉強するって凄い飛躍。透谷との間の幼い一人娘は透谷の両親に預けてというのも凄い。
少し前に読んだ『グロリアソサエテ』の柳宗悦夫人も幼い子ども3人を使用人に頼み、単身ドイツ留学を果たすというのもかなり驚いたけれどこの兼子夫人はまだかなり計画的に見えた。時代は昭和の初めだったと思う。
でもミナが日本を飛び出したのは明治。しかもそれほどお金が用意できたわけでもなく、ただ英語を学びたいという溢れる熱意だけで実行したように感じた。
帰国時は40歳を過ぎている。8年もの間アメリカで学びながら生活できたのだからやはりただものではない。

この作品の中でのミナはあくまでも「ミナ」であって、北村透谷夫人という色があまり見えない。
たぶんがむしゃらに前を向いて生きてる人なんでは?と感じていたが、後半で出奔した学生を探し当てる場面。
「今度は止めた」という思いは20年間ずっとミナの心に重く引っかかっていたもので、自死を止められたという思いは大きな安堵と感じたし、あぁやっぱり傷付きながらも前を向いてる人なんだと感じた。
これまでが嘘だったかのように普通に生活する生徒の姿を微笑ましく見たり、ミナにとって教師というのは天職だったんだなと思った。

一方、こういう予測不能な生き方をする人の子どもというのはかなり迷惑を被るというのも感じた。うん。娘さんは気の毒。理解するのは大変だったろうな。

タイミング

図書館にリクエストした本を取りに行くタイミング。
連休前には行くけれど、実は連休中はなかなか本が読めない。
これは毎年わかっている。
本が読める日数が少ないのは心細いけれど、予約してようやく順番が来た本ばかり。
期限内で必ず読む!
さて、いつ受け取りに行こうかな。

ほどなく、お別れです 遠くの空へ5

シリーズ4巻目になりました。
単行本ではなくいきなり文庫書き下ろしで出たので、ちょっとびっくり。

スカイツリー近くの葬儀場「坂東会館」にバイトを経て入社4年目となった清水美空。
時代は新型コロナ影響下真っただ中であり、美空は葬祭ディレクターを名乗るための試験を早く受けたくとも中止となったり延期となったりで受験すらできない状態。
また、警察からご遺体引き取りの連絡も直送が増え、ご遺族が最期の見送りもままならないこれまでと違った日常が続いている。

坂東会館からほど近い場所での働き盛りの男性のバイク事故死、また妻がなかなかご遺体に向き合おうとしない若い男性の事故死が描かれるんですが、どちらも妻に「なぜ」という感情が残り、亡くなった事と同じように戸惑う。
特に喧嘩別れで別居寸前だった若い妻には自分が喪主になるなど申し訳ないという感情が残るが、そんな気持ち全てを包んで一緒に最期のお別れに立ち会う坂東会館の姿勢には優しさだけでなく強さを感じる。
3つ目の東郷さんご夫妻の教会での結婚式には色々考えさせられた。
息子と孫を一遍に失うという悲しい過去をご夫婦二人で寄り添い乗り越え、また教会に通う事で人に話をすることも心の支えになったと。今回は奥さまを見送るわけで、東郷さんはとても寂しく感じながら、でもきっと天国で3人出会っているだろうとか、好物を買っておこうとかゆっくりゆっくりお別れの時間を受け入れていく。
私も以前、教会でのお式であまりに温かい雰囲気で和やかなおわかれに感じたので別れ際喪主様に「素敵なお式でしたね」と言ってしまったことがあり、本当にそう思ったので出てしまった言葉だったけれど、後であれは適切だったんだろうかとふと気になった事があった。
でも、東郷さんのお式の話を読んであれはよかったのかもしれないと感じた。
4つ目、火葬だけ先に済ませ、お別れの会だけ開くというお見送りも遺族にとって最高の「区切り」になったと感じた。
ここでは生前葬も扱われたが、見送られる人も、見送る人もこんな楽しい集まりになるならいいものだなぁ。

私の父の見送りもコロナ真っただ中だったことで何かと制限が多く、会食も出来なかった。
当時はとにかくバタバタ忙しかったので、よく知らない親族や父の友人などには全く会う時間もなかったが、それでも予想以上に多くの人がお寺に足を運んでくれたと後で知った。
みんなそれぞれの「区切り」のため非常事態時にあえて外出してくれたんだなと思うとありがたいし、お父さん良かったねと思い返す。

鏡地獄3

鏡地獄 乙女の本棚 (立東舎)
ホノジロ トヲジ
リットーミュージック
2025-11-14
「乙女の本棚」第50弾。
江戸川乱歩×イラストレーター・ホノジロトヲジの幻想譚。

5,6人で集まって不思議な話を披露しあっているうち「K」が
「私に一人の不幸な友だちがある」と「彼」の話を始める。
小さなころから彼はビイドロやギヤマン、ガラスの器物、望遠鏡などが入った葛籠をあけては遊んでいた。
成長するうち物の姿の映る物、ガラスや鏡にどんどん夢中になった。
中学を卒業すると息子に甘い親というのもあり、上の学校にはいかず離れを建ててもらいそこを実験室として籠るようになった。
彼の実験に対する情熱は冷める事がなく、あらゆるレンズやら鏡を買い込む。
ある時親が二人揃って流行り病で亡くなってしまうと、彼は潤沢な遺産すべてをつぎ込んで鏡など買っては不思議なものを作り出していく。

うん、まぁ終わりは見えている話なんですが。
江戸川乱歩の時代でも、こうして自分の興味の対象に情熱をお金を注ぎ込んでしまう人というのはいたのでしょうね。
そこに生産活動が少しでも加わればなんら問題はないのですが。まぁそれでは面白くない。
読んでてずっと思っていたのは、この「彼」にとっては『鏡地獄』どころではなく寧ろ『鏡天国』ですよねぇ??
一歩引いた視点でその話を聞く「K」含む仲間には『鏡地獄』でしょうけれど。

ホノジロトヲジさんの絵は冷たく美しい。
今回は図系的なものの描き込みが多く、色調は淡く儚げなのですが、どういうわけか岡本太郎さんを連想しました。
この「彼」にとっては視るという事が要だったように、あちこちに眼がある。
冷たいのか、堅いのか、金属的なものを描きながら妙に柔らかさを感じた。

応天の門 (舞台)

応天の門 舞台出演:佐藤流司 高橋克典
中村莟玉 高崎かなみ 本田礼生 白石隼也 坂本澪香 青山良彦 八十田勇一 若狭勝也
篠井英介 西岡��馬 花總まり 他
2024年12月 明治座での公演の様子を時代劇専門チャンネルで録画

短篇形式で原作漫画と同じような雰囲気。
キャストさんなんか本当に似た雰囲気を感じてぴったりの方ばかり。
(2.5寄りなのかこの舞台アクスタなどグッズが多かったのね!)

漫画との差を感じなかったのもあり、最初からストーリーに入りやすかった。
短篇集形式なので悪人をやってた八十田さんが次の話ではにこやかな道真の父とか、篠井さんなんか性別もかわるし、でもどれもぴったりで中でも源融は本当お似合いでしたねぇ。あのぽっと頬染める感じが、美を追求してやまない雰囲気がとてもお似合いでした。
花總さんの歌が聞けたのは一番お得感があった。昭姫役はお似合いだったし、お衣装もはまって。
白梅ちゃんと長谷雄は登場するなり「あぁ、こんな声だろうなぁ!」って思った。
シリアスムードをぶち壊す長谷雄はこのストーリーに欠かせないし、舞台でも癒しのムードメーカーの雰囲気を感じた。
お芝居の上手い方ばかりだったので安定感が高く、非常に楽しめた。
第二弾もありかしら?!
さて、宝塚版も録画してあるのだったわ。見よう!

リボンちゃん5

リボンちゃん (文春e-book)
寺地 はるな
文藝春秋
2025-07-10
ハーフアップに大きなリボンをつけたスタイルを続ける百花。
バイトの男の子に半笑いされながらも「ババアになっても続ける」と言い放つ彼女は33歳。
百花が時折訪ねる伯母・加代子はアーケードから外れた路地に入る場所の「テーラー城崎」店主。
元々は義父、夫の店だったが義父は施設に入り、夫は亡くした。
以降主にリフォームや裾上げなど請け負う小さな店だった。
加代子は姪を「リボンちゃん」と呼ぶ。

どうしてこの本に惹かれたのかはわからないのだけれど、良い嗅覚を発揮したようでとても好きな話だった。
かつて私もリボンちゃんだったから?!…かもしれない。
思い返せば結婚して以降、リボンなどつけた記憶がない。
あれだけたくさんあったリボン(それなりに刺繍が入ったり高価なものも多かったの!)のほとんどは趣味の手芸に転用したり、友人のプレゼントの飾りに使ったり、それでも手放せなかったものはくるくる巻いてテープで止め、大きなガラスボトルに収納し今も時折眺めている。
とても百花のように「ババアになっても続ける」という気概は持ち合わせていなかったなぁ。

リボンちゃんは伯母から相談される。それは下着のリメイクについてだった。
彼女は3年前母を亡くしていて、その晩年母のために下着を作った事がある。
レースやら小さなリボンやら凝っていたようだけれど、下着にあれこれ縫い付けて違和感はなかったのか??かゆみとかさ…。私はそれが気になって(笑)

これをきっかけに長年「女性だから」という理由で手出しさせてもらえなかったテーラーの仕事に着手する叔母さん。
普通のOL(ただ「よくわかんない店」)であるリボンちゃんも何か目覚めていく。
マイクロバスの運転、リフォーム、手芸スクールと一気に物入りだと思うけど、なんか不思議な高揚感と幸福感に包まれて読み終えた。
手芸って何歳になっても続けていける。
それって素晴らしいなぁと改めて思う。

煙と蜜 第七集5

煙と蜜 第七集 (HARTA COMIX)
長蔵 ヒロコ
KADOKAWA
2026-03-13
大正6年の名古屋。
久しぶりの再会となる土屋家の3兄弟が花塚家に揃ってやってくる。
長男・文治さまの許嫁である姫子さんは自分の知らない文治さまのお話が聞きたくてわくわく。

次男・兵治さんとは6歳、三男・勝治さんとは8歳差の文治さまは31歳。
文治さまとお二人はお母さまが違うのだと今回初めて知り、文治さまの産みのお母さまは亡くなったと知る。
13歳の姫子さんに勝治さんは今回ある提案を持ちかけるけれど…素晴らしい対応の姫子さんに納得。
「小さなお姉ちゃん」と大喜び。
姫子さんでなければこんな風に話はまとまらなかったかもしれない。

女学校受験にののちゃん、リンさんとのお友達の話、そして桃の節句で三人官女に扮する姫子さんのなんて可憐なこと。
丁寧に姫子さんの日々を綴ってくれて何度読み返しても嬉しくなってしまう。
帝都にいた頃の話はこれまであまり触れられなかったけれど、病気がちになってしまったお母さまも姫子さんもあまり幸福ではなかったのかもしれない。お父さんの話は一切出てこない。
それでも頼もしいおじい様、温かいお母さま、ねえね達に囲まれ姫子さんはぐんぐん成長している。
文治さまの想いは「父性」なのか?!そうであってもいいけれど、なんだかちょっと違うようですよ三ヶ尻さま(笑)

グロリアソサエテ5

グロリアソサエテ (角川書店単行本)
朝井 まかて
KADOKAWA
2025-12-12
大正13年。東京から大阪、京都と流れようやく女中として奉公先にありついたサチ子17歳。
母は亡く、父も昨年の震災で亡くし兄はどこかにいるが手紙を出しても返事はこない。
しかし、いつも賑やかな柳家の面々に囲まれ、また慣れぬ土地での日々も大変ながらやりがいを感じていた。
働き始めて気が付いたのが、柳家の御主人があの柳宗悦だということ。女学校に上がる前から『白樺』を読んでいたサチはあまりのことに驚く。

柳宗悦に加えて河井寛次郎に濱田庄司も早々に登場し、時には言い争い、やがてやたら意気投合する不思議な彼ら。
やがて新たな美「民藝」の世界を切り開く彼らはまだ冒頭ではちょっと変わった人達。
あちこちから古い布やら木工品、陶磁器など買い集め、その管理の一切を人任せにする柳。
購入したものはしっかり覚えているので、思いついたときにそれが出てこないと癇癪を起すというかなりやっかいな子どものような人物。私なども想像する人物通りに描かれているので非常に話に入りやすい。
この柳宗悦という人はこだわりを持たず、自分がいい!と感じた物にとことん突っ走る人物として描かれているが、その周囲にいる人は巻き込まれ方が半端ない。
サチも、また使用人のばあやもやたら洗濯に追われるが、今のように洗濯機も乾燥機もない時代、しかも「生地を傷めるな」って悪臭漂う古い布を一体どう洗ったものか。
後先考えずいいと思うものを贖ってしまう夫。その財布を握らされた奥様・兼子夫人の頑張りになんとか日々の生活は成り立っている。
広い家に住み、家族に加え使用人が二人いるというのは一見裕福な家庭に見えるけれど、柳家に関してはそうともいえない。
広い家のあちこちは古い「もの」に浸食されているのだから。

兼子夫人が本当に立派。こんな夫やってられないと逃げ出してもおかしくないと思う場面も多い。
けれど夫人は夫の善良な面をしっかり把握していて理不尽な事を言われても耐え夫を立て尊敬している。
家にお金がないとなれば、声楽の才を活かし、お教室やら学校やらで教えお金を稼ぐ。凄いパワーなのだ。
しかもコツコツお金を溜め、単身ドイツ留学まで実現してしまった。大きな我儘子ども宗悦の猛反対も押し切って、3人の小さな子ども達も任せて。
これを宗悦以外の周囲の人が受け入れ応援してくれたのは兼子夫人のこれまでの頑張りに敬意を表しての事だろうなぁ。
この奥さまは本当に立派で素晴らしい方。朝ドラヒロインになったら共感する人多いだろうなぁ。

…などとつい奥様目線で追っていたので、最後の「坂道」の章は雰囲気が違い、何回も読み直してしまった。
そう、奥さまばかり書いてしまったけれど、このサチ(柳家ではねえやと呼ばれる)も賢く控えめでしかも働き者。
この章では時が流れてたぶん40歳近い年齢になっているのかな。
ネタバレ防ぐため詳しく書きませんが、かの地と宗悦の縁の深さを感じさせるべくこんな設定になったんだろうか?
でもね、最後は嬉しくって自然涙が溢れましたよ。あぁ、よかったなぁって。ねえやも肩の力抜いて幸せになって欲しい。

10代終わりころ初めて訪ねた駒場東大前の日本民藝館にやたら感動した私。
また久しぶりに訪ねたい。

ジェーン・オースティン・エクスペリエンス

ジェーンオースティンエクスペリエンスジェーン・オースティン・エクスペリエンスなるものがロンドンに先月オープンしたとか。
ジェーン・オースティンの世界に没入体験。
いいなあ。
なんか夢のようだな、本当。

宙色のハレルヤ5

宙色のハレルヤ (文春e-book)
窪 美澄
文藝春秋
2025-10-08
海鳴り遠くに 風は西から パスピエ 赤くて冷たいゼリーのように 天鵞絨のパライゾ 雪が踊っている
6編収録の短編集。
「一筋縄ではいかない、珠玉の恋愛小説集」とあったのですが、そう。ちょっと問題があったり、ちょっと考えてしまうような。でもごく身近におこり得る普通の恋愛ともいえる。

このひとつ前の美澄さんの作品は読んでも読んでも息苦しくて、結局何も文章に残せなかった。
あまりにも身近に、すぐ近くで起きていそうな話で、それが長編だと変に感情が深入りしてしまうのか…どうにもだめだった。
で、こちらは短篇集だったのでめげずに手に取りましたが…いい!!
今の私はこちらだったようです。

こちらもとても身近にいそうな人ばかり登場する。

・夫を亡くし別荘に引きこもる38歳の女性。
・高2で初めて女性から告白され舞い上がっていたらあっけなくフラれ、以降登校する気力が起こらなくなった男の子。
・よく行く居酒屋のバイト女性に困っていると懐かれ、家にあげ匿っているつもりだったサラリーマン。
・退職後、私立高校で清掃の仕事をする一人暮らし66歳男性。
・仕事一筋で生きてきた堅実な26歳女性。資産家のYと出会い結婚する。
・小3の子育てに苦戦する39歳の母。息子が塾で喧嘩した相手の父親はかつて苦い思いを味わった相手。
6編の主人公たちは誰もが感情移入しやすく、「わかるなぁ」という思いを抱いてしまう。
彼らの悩みはちょっとうっかり人に言えない、でもとても深刻。

ひとつだけ『風は西から』をピックアップ。
今まで大好きだったわけでもないのに、告白されその気になりつつあると突然「わからなくなっちゃった」と告げられ、同じなのか、いやそれ以上なのではないか??大混乱する男子高校生。
母子家庭で育ちばぁちゃんの口癖だった「禍福は糾える縄の如し」という言葉がいつも浮かぶ陸。
この言葉をよく使った向田邦子のことも知っていて、自分の好調と低調をその言葉を思う事で判断する。
それまで大きな問題もなく送ってきた日常が、ふと飛び込んできた相手によって気分を変えられ、さらに気落ちし動けなくなった。
相手が悪人なわけでもないというのがまた難儀なところで、要するに気持ちの持って行き方がわからなくなり動けなくなった。
少年よ、どうぞまた前を向いて歩いて欲しい!!と願う。

うまくいかない事ばかりだけれど、読後感がいい。
どこか希望を感じさせる短編集。

涙雨とセレナーデ 145

音楽の授業中、ふと気付くと見知らぬ場所にいた片桐陽菜。
そこは陽菜が繰り返し夢に見る場所だった。
助け起こしてくれたのはこの屋敷に暮らす御曹司・本郷孝章。
彼はなぜか陽菜のことを「雛子様」と呼び、それは彼の許嫁の名。
雛子と陽菜は顔がそっくりだった。
現代の女子高生が舞い降りたのは明治40年の東京で…。

丸11年に渡る連載完結巻。
最近はアプリや電子書籍で読む事がほとんどなのですが、これはアプリで読んでさらに紙の本も購入していたお気に入り。
台詞や場面の切り替えがまるで映画を観てるかのようなのですよ。
あと、登場人物たちがみな精神的に自立していて共感できる人が多いというのも大きい。

タイムスリップを扱う場合、まず「どうやって元の世界に帰るのか」というのがありますが、元の世界でも平和に楽しく暮らせていた陽菜が、明治という異世界にやってきても出会いを重ね、たくましく生き、さらに孝章という最高の人に巡り合ってしまった場合「どうするの?本当に帰るの??」という事を何度も考えました。
孝章様の人間が出来すぎているので、こんな誠実でいい人現代にはいないよと何度も思った。

この11年の間にはストーリーの着地点を私なりにあれこれ予想というか、想像していたのですが当たっている部分もあれば的外れな部分ももちろんあり。
音楽の授業の始まる時、先生が「レコードを借りてきた」という場面があったのでそこから、何らかの経緯で現代に孝章様がきて、先生の友人になっているとか!予想していたのですが大外れでした(笑)
生命力溢れる陽菜にタイムスリップは耐えられるかもしれないけれど、明治の人が現代にっていうのはきついだろうなぁ。
陽菜の逞しさ、柔軟性にもうなるけれど、雛子も同じなんですよねぇ。強い。
明治のDVおやじにもめげず従って生きていたのに、全てを、本当にすべてを投げうった。誘拐されたり、髪の毛切られたり(明治女性にはどれだけ大切だったか!)雛子も辛い目に遭いながら自分で勝ち取った人生。すごいなぁ。

今年秋には色男・菊之進を主人公とする外伝が始まるとか。
菊は記憶を失くしていないので、陽菜と再会するなんてこともあるんだろうか??
(スウェーデンの血がはいってるという日吉先輩はもしかして…とか深読みもしたものですが何か関係あるのかしら??)
2027年にはアニメ化だそうで、本編が完結してももうしばらくはこの涙雨の世界に浸っていられると思うと嬉しい。

給水塔から見た虹は

大好きな窪美澄さんの本なので楽しみにしていた。
が、読めない。
古い団地を背景に、さまざまな人種の子ども達が生活している。
貧困、差別、暴力。
気が塞いでしまい読めなかった。
はあ。諦めた。

新装改訂版 日本の夢の洋館4

新装改訂版 日本の夢の洋館
門井 慶喜
エクスナレッジ
2023-08-20
門井慶喜さんの新刊本を探していたら出会った本。
表紙は麗しき『赤坂離宮』だと思いますが、この本は改訂版であり2019年に出た物もあったのですが、そちらには30件紹介されているのが、この改訂版だと29のよう。(閉館して見学不可になったものを除いたのかな)
いずれにしても写真満載で美しいし訪ねた場所もいくつかあったのでほくほくして読み始めた。

明治・大正・昭和と誕生した年を区切って紹介される。
東京近郊のものは結構訪ねているのだけれど、やはり関西は名前すら知らなかった建物がいくつか。
そんな中印象に残ったのは明治22年ごろ建てられたという『旧ハンター邸』。
ペパーミントグリーンの外壁、美しいレースのようなガラス窓がふんだんにはめ込まれた二階建て。が、これ今は動物園の敷地内にあるとか??北野からの移築のようですが、動物園で保存管理してるのかなぁ?(あとで調べなくちゃ)

大正7年辰野金吾設計で大阪に建てられた『大阪市中央公会堂』も凄い。
大きなステンドグラスは華やかで、そしてまるで日本神話のような絵画が描かれていたりとにかく重厚。なんとなく『日比谷公会堂』が浮かんだけれど同じように古いけれど全然違う。
門井さんの文章で「一人のお金持ちが出資してできた」とありましたが、そういう時代だったのねぇ。今もその建物が人々に愛されてるって凄いこと。

東京では『旧岩崎邸』『旧古河邸』『鳩山会館』、横浜の山手などなど拝見していますが実際住んでみたいなぁと私が思った家は1軒しかない。
それは三鷹の『旧山本有三邸』。
玄関入ってすぐのイングルヌックとか「出版社の人を待たせるのに最適では!?」なんて見学時に思ったのですが、門井さんの文章によると別の人が建てたものを山本有三が居ぬきで購入したとあり、知らなかったぁ。
(「人気作家なんだから自分で建てればいいのに」ともありますが、門井さん意地悪ねぇ・笑 ご自分が素敵な洋館を建てられたからってみんながみんなそうするものでもないでしょう)
この家はとにかく可愛らしい。光をたくさん取り込んだ建物なのも好きだし、庭も広くて寛いでしまう。
(「三鷹の作家は太宰治だけではないんです」と門井さん書かれてますが、この家見て太宰の連想なんてできないなぁ・笑 対極に感じてしまう)

保存運動などのお陰で古いお屋敷をこの目で見て気分を味わう事が出来るわけですが、行けるうちにもっとしっかり歩いて出掛けてみたい。

燃ゆる頬5

燃ゆる頬 (立東舎 乙女の本棚)
粟木 こぼね
立東舎
2025-10-14
堀辰雄が1932年1月「文藝春秋」に発表した『燃ゆる頬』。
「乙女の本棚」シリーズ第49弾は、堀辰雄×イラストレーター・粟木こぼね。

粟木こぼねさんは江戸川乱歩の『悪霊物語』でも緻密なイラストを描かれていて惹き込まれましたが、『燃ゆる頬』もまぁ美しいこと。
場面の切り取り方とかちょい上からだったり、あるいは下方からのぞき込むようなアングルだったり、ちょっと息を潜めるような雰囲気の彼らの空気感が伝わってくる。

たっちゃんこは『風立ちぬ』や『菜穂子』なんかで知られていますが、短編にも面白いものが多い。
この作品でも病気、死の気配というのが切り離せないですが、この作品の主人公は17歳で寄宿舎生活を始めたばかり。
親元を離れ、年の近い学生たちが集まり一日中同じ場所で生活する。
そこには思いもかけない感情の変化があり、出会いがあり。
イラストでガラス窓の描写が多いのですが、そう、ガラスですよねぇ。
背景にガラス細工のような美しい描写もあり、多感で壊れやすい学生たちの心情を表しているかのよう。

初めてこの作品を読んだ時、花粉まみれの蜜蜂からこんなこと考えるのかと堀辰雄の目の付け所に感心したものでしたが、(当時の)17歳ってそんなことにも敏感になる年頃だったんだろうな。

詩人の死4

詩人の死
正津勉
東洋出版
2015-04-02
自死、窮死、不明死、戦死、病死…それぞれ生きた時代も異なる夭折の詩人17名に1名を加えその生き様と死の行方を、詩人・正津勉が綴る。
取り上げるのは
北村透谷、石川啄木、山村暮鳥、大手拓司、宮沢賢治、村山槐多、八木重吉、尾形亀之助、富永太郎、 小熊秀雄、金子みすゞ、中原中也、立原道造、森川義信、原民喜、伊東静雄、寺山修司。
そして夭折とは言えないがと断り加えた谷川雁。
(なんか名前見るだけで泣きそうな私…)

伊東静雄を取り上げた頁で、三島由紀夫の文章が紹介されている。

「詩人という存在はなんて厄介なんだらう。人生でちよつと出会っただけでも、あんな赤むけのした裸の魂が、それなりに世俗に揉まれながら、生きてゐたという感じが耐えがたい気がする。
詩人などという人間がこの世にゐなかったら、どんなに俺たちは、心を痛めることが少なくてすむだらう。」(「伊藤静雄の詩」)

うん。そうなの。わかるなぁ。さすが三島。
(三島好きではないけどその言葉の的確さにはうなる)
でも、そんな彼らだから気になるし、詩に触れたくなるのよね。

ここに取り上げた詩人でなくとも、生き方が不器用過ぎる詩人は大勢いる。
裕福だったり、周囲に恵まれているように見える人物でも決して順風満帆、幸福一杯みたいな詩人は見当たらない。
どうして死を選んだんだろうとか、病気の人はもっと生きたかったろうなとか様々に思う事があり、淋しい気持ちでいっぱいになる。
共感だったり、そんなに自分を追い込まないで!と思ったり気持ちの上下が激しい。
けれど彼らがもがきながら生きた、吐き出した言葉たちは何十年もあとに生きる私たちにも確実に響く。

ゆっくり読むのに良い本だと思う。

新鮮

ヒクソン版のミス・マープル
『予告殺人』を久しぶりに見た。
このシリーズは吹き替えがないのでそれ以降のシリーズに比べると繰り返し見てはいないと思う。
だから新鮮!
こんなに面白かったんだ!と今更思っている。
屋敷の老婦人が甲状腺手術を受けたとかでいつも首にぐるぐる巻きにアクセサリーをつけている。
こんな昔からあった手術なのねえ。
昔見た時は何も気にならなかった事に色々気づく。

山本ゆり iwakiの耐熱調理容器でおいしいレシピ5

数年前、このムック本が発売された時は出遅れてしまい、もうすごい高値のついた状態のものしか出会う事が出来なかった。
全く同じサイズのこのiwakiの耐熱容器は既に持っている。水色の蓋。
レシピもSNSを利用して見る事は出来たし、お陰でとても簡単で美味しいものを自分で作ることができ、とても楽しい気分にさせていただいていた。
でも、やっぱりこれ欲しいなぁと思っていて、今回は早めに情報を掴んでいたので蓋3色が選べるというので好きなターコイズブルーで予約していた。
食卓に並ぶとき、蓋はほとんど関係ないのだけれど、ちょっとしたことなのだ。料理が楽しいと感じる事は。
(これで同じ容器が2個になったので、ここに出来上がったお惣菜なんかをいっぱいにして2段重ねて冷蔵庫なんかに置いたりできるのは小さなしかし無上の喜びなのだ!)

山本ゆりさんのレシピはとにかく簡単、しかも旨い!事でよく知られている。
元々が手間なく簡単な作業ながら、ちょっとしたコツで出来栄えが大きく違うもの。
その「ちょっとしたコツ」も付属のレシピ本で写真を確認しなるほど!!となる。
一番びっくりしたのは「ひき肉と白菜のとろとろ煮」。
白菜、ニンジン、片栗粉をまぶしたひき肉などカットして調味料も一緒に全部この容器に重ねチンしてしまうのだ。
その量の多さたるや、軽く容器の2倍の高さには積まれていると思われるこんもりした食材が山になっている。横に山本さんのコメントで「大丈夫」と入っている(笑)
私だったらこの写真に気付かなければ「分量間違え??」と減らしてしまうと思う。
たぶんそのままフライパンに移し替えるか。
あまり電子レンジでお惣菜を仕上げるという発想がなかったので、山本ゆりさんのレシピにはほ〜っとなることが多い。
冬場はとにかくオーブン料理が好きなので大助かり。
容器に食材など入れレンジで仕込みをすませ、食べる直前にオーブンに入れるだけなのでラクチン。
日々、楽しんで使っています。

タノシー

耐熱容器大好き。
レンジもオーブンも可能で、そのまま食卓に出せる。
のこったらそのまま蓋して冷凍も。
なんて楽ちんなんだろう!
今日はマカロニグラタンに卵を二つ落としてみた。
なんとなくゆで卵の輪切りを並べるのはイメージしていたけど、生卵落としてこんな美味しいとは初めて知った。
 

十人の小さなインディアン5

十人の小さなインディアン (論創海外ミステリ 210)
アガサ・クリスティ
論創社
2018-07-04
アガサ・クリスティのミステリー『十人の小さなインディアン』『死との約束』『ゼロ時間へ』という有名どころをベースにした3本の戯曲に単行本未収録の短編「ポワロとレガッタの謎」を収録。

珍しいですよね。手に取ってびっくり。役者名が書かれ、下に台詞が書いてある戯曲集。
舞台設定のイラスト、実際の公演舞台写真、小道具なども書いてある。
アガサ・クリスティはこれだけ自分の作品の舞台化にも精力を注いだ人なんだなぁ。
戯曲は3つともよく知られたものばかりですが、なんと舞台用に設定が変えられていたり、変更点は犯人にまで及び、何この展開!?といった新鮮な驚きがあり分厚い本ですがすぐ読み終えてしまい…今はとても淋しい気持ち。面白かったぁ。3つ舞台観終えたような気分。

『十人の小さなインディアン』
現在では「そして誰もいなくなった」のタイトルでアガサ・クリスティ作品で1、2を争うよく知られた作品だと思う。中学生だった私がアガサ沼に足を突っ込むきっかけになった作品。
孤島に集められた10名の招待客たちが、10のインディアン人形近く壁に貼られたナーサリーライム?童謡?の内容通りに一人ずつ亡くなっていき、同時にインディアン人形もひとつずつ減っていく。
考えてみれば孤島というのは舞台に向いている。
最近ではBBCでドラマ化されたものなど見ているけれど、終わり方は解釈がいくつかあり原作ストーリーは知っていても作品によって最後まで犯人が分からなかったりするのもこの作品の面白いところ。

『死との約束』
主な舞台はエルサレムのホテルであり、エレベーターの仕掛けにも指示があったりするのが面白い。
この作品はポワロシリーズのはずだけれど、舞台作品にはポワロを登場させず、おまけに犯人が原作小説とは違う。これはびっくり!読んでいて「何コレ!?」となる。
ただし、小説を既に読んでいる観客をミスリードさせるようなそぶりを役者に指定していたり、アガサ・クリスティ自身が楽しんでいるよう。
しかしボイントン夫人のムナクソ悪さは顕在。このタイトルがなぜついたのか私は今までよくわかっていなかったけれど、サラ先生の辛辣なセリフでなるほどなぁとなる。

『ゼロ時間へ』
年末にBBC制作のドラマをミステリーチャンネルで見たばかりで、ドラマの展開は必ずしも小説通りではないのでネヴィルの心情が妙に気になってもう一度小説を読みたいと探していてたまたまこの戯曲集に出会った次第。(面白い本に出会えて『ゼロ時間へ』には感謝)
小説の他、ミス・マープルのTVシリーズ(原作にはミス・マープルは登場しない)も見ている。
幼い頃から親しんだ後見人夫妻が住む海辺のガルズポイントでバカンスを楽しむネヴィル夫妻。
しかし、そこにはネヴィルの元妻オードリーも呼び寄せられ、ネヴィルの現妻ケイのボーイフレンドも来ていた。
この事件では妙にエレベーター絡みの第二の殺人事件が印象に残っていたのだけれど、この戯曲では第二の殺人は起きない。(彼は精力的に事件解決に臨む)
戯曲ではネヴィルに決定的な一言を叫ばせ、彼の執着心、サイコパスみなど感じ、愛情というよりやはり一方的な人という印象が残った。
しかし、この前妻オードリーの魅力というのがいまいち何を見てもわかりづらい。(モテモテだから美しいのは確か)
自分を抑えこの時代を耐えて生きていた人というイメージだけれど、ケイがこれだけ奔放で厚かましいのは二人が対照的に見えるようになのか?BBCのドラマには離婚裁判シーンがあり、これを観た時はやるなぁオードリーと感じ初めてオードリーに共感できた。

『ポワロとレガッタの謎』
とても短い事件ですがやっぱり小説は読みやすい!
(当たり前なんですが、戯曲は会話だけで進み背景などの描写も時々あるのですが、言葉は交わされずいきなり人が死んでるシーンになっていたりするので、ちょっともったいないかも。やはりまず小説を読んでからの方がいい)
ポワロらしく「エ・ビヤン」とか「モナミ」とかルビが振られているのを見ると安心する。

アガサ・クリスティ作品をちょっと変わった方向から楽しめて、舞台を観終えた気分になるのも心地よかった。

断食芸人3

フランツ・カフカの短編小説にイラストレーター・ウミ乃の美麗なイラストが入った絵本。
乙女の本棚シリーズ第48弾だそうです。(増えましたねぇ!)
『断食芸人』はカフカが1922年10月文芸誌『新ドイツ展望』にて発表した作品。
(1924年、「歌姫ヨゼフィーネ、あるいは二十日鼠族」「最初の悩み」「小さな女」とともに『断食芸人―四つの物語』として作品集が編まれたが、刊行はカフカの死の2か月後)

ヨーロッパでは19世紀後半から20世紀前半にかけて断食芸の興行が行なわれ人気の芸だったそうです。
断食芸人は檻の中、藁の上に横たわり40日間人目にさらされる。
時折り水で口を湿らす以外、一切の食事を絶つ。
彼の檻の中には小さな時計があるのみ。
朝夕構わず切符を買い、のぞき込みに来る人々の他、監視役もつく。
40日後には楽隊が音楽を奏で花で囲まれた檻から二人の女性に支えられ外に出る。
熱狂した人々により円形劇場は埋め尽くされ歓声に迎えられる。

そんな華やかな時もあった断食芸ですが、今は衰退し人々は通りすがりに眺める程度。
檻の存在に気付きもせず、動物の入る檻を目当ての人の方が多い。
この作品の主人公は断食芸に誇りを感じている人物で、自分はもっとできるのにと不満を抱えている。
40日というルールに不便さを感じてもいる。
でも、時代の変化、人々の興味はもはやそういう事ではない。

彼の最期の一言
「口に合う食べものがみつからなかった」ってなんだろう。
食べてみないことには、口に合うかどうかわかるわけがないだろう。
孤独でいて苛烈な主人公。
彼にぴったりな暗めではっきりした色調の美しいイラストが読み手の気持ちを引っ張ってくれる。

ゼロ時間へ5

ゼロ時間へ1936年、イギリス。
英国テニス界のスター選手であるネヴィル・ストレンジはスキャンダラスな離婚劇を繰り広げた後、元妻オードリーと一緒に二人が幼少時代を過ごした懐かしい場所であり、ネヴィルのおばであるレディ・トレシリアンが暮らすガルズ・ポイントで元妻、現妻とともに夏を過ごすという、奇妙なハネムーンを計画する。
2025年 イギリス/65分×全3話 原題:Towards Zero
原作:アガサ・クリスティー
出演:アンジェリカ・ヒューストン、オリヴァー・ジャクソン=コーエン、マシュー・リス ほか

ミステリーチャンネルで年末放送されたものを録画。
少し待てばNHKで吹き替え版つきで放送されるかも??とは思ったけれど、ここ数年BBC制作のアガサ・クリスティ―ものをお正月前後で楽しみ、今年も見逃したくないので気が付いたときに録画。
面白かったなぁ。
全3回で1話目は散らばってる多くの登場人物たちの背景を丁寧に追う。
離婚裁判がメインにも思えたけれど、これはこれで意味があったんだなとあとで思った。
原作と多少違う部分がある。このシリーズの楽しいのはそういうところでもある。
だから原作を知っていても「そうくるか」みたいな楽しみがある。
この作品は警視をミス・マープルに置き換えたドラマ版も見ているが、その際原作通りだと思うけれどエレベーターが印象に残っていたが、この作品では違う展開。
個人的には破産寸前の招かれざる客トーマス・ロイドを演じたジャック・ファージングが『ポルダーク』以来で嬉しかったな。
アガサ・クリスティー作品って本当に人間関係が肝で、そこにきて時代的な格差、習慣、戦争の傷跡が絡む。
家長の権限の強さ、そこに従う人々というのも自分に置き換えたら不愉快だけれど、物語としてとても納得して面白いと思ってしまう。
このドラマを見てネヴィルの想いをどう解釈するべきか迷ってる。小説読もう。

十二国記の

来年、『十二国記』新刊が出るらしい。
忘れた頃に・・だけど、出てくれるのは大歓迎。
楽しみに待つ!
ミュージカルの方は出演者さん急な体調不良で公演開始前突然中止になったよう。
わあ、もう残念としか言いようがない。
やっと取れたチケットだろうに。

クリスマスのまえのよる

クリスマスのまえのよる以前のように家のあちこちに装飾はしない。
けれどクリスマスの絵本は必ず出す。
可愛いので目につく場所に立てかけておく。
そうすると誰かは手にとり読んでくれる。

読めない

年末。
この時期図書館の貸し出し期間がどこも長くなる。
嬉しくなって沢山借りてしまうと実は大変。
年末もお正月も、お盆同様本を読む時間がとれない。
悩ましいなあ。
せっかくの機会なのになあ。

乱歩と千畝3

乱歩と千畝―RAMPOとSEMPO―
青柳碧人
新潮社
2025-05-14
早稲田を卒業して3年の平井太郎・25歳。
母校近くの蕎麦屋・三朝庵でカツ丼を注文する。
相席になったのは6歳年下の早稲田の学生杉原千畝・19歳。かけそばをすする。
彼の持つ「愛知五中」の封筒を見て後輩と気付き思わず声をかける。

平井太郎とは後の江戸川乱歩。
この時の彼はお金もないのに職についてはやめるを繰り返していた。
なのに文通していただけの女性は彼に夢中になり上京。逃げ回るもののやがて結婚というなかなかの不思議(笑)
表紙の下にさりげなく着物の女性が描かれているのでこれが奥様なのかな。

この作品、「もし、この二人が出会っていたら」という発想に基づいて描かれているんですよね?
平井太郎の私生活と、杉原千畝の私生活はあまりに違く、この二人が絡むことなどあるんだろうか??と思いながら読んでいたのですが、なるほど後になって千畝の絶対的ピンチの時に「察して」手を貸す乱歩の姿は「アリ」だなぁと感じた。
ぐだぐだな人ときっちりの人という大きなイメージの違いは終始感じるのですが。
そして千畝の最初の奥様で泣く泣く別れるしかなかったクラウディアさん、日本に戻って紹介され再婚した幸子夫人、そして前に書いた平井太郎の隆子夫人とこの作品に登場する女性陣、奥さまたちはとても賢く、優しい人に描かれている。
こんな激動の時代に立ち向かう男たちを支えるにふさわしいあり方なのかな。

松岡洋右、横溝正史、松本清張など知ってる人物がどんどん登場する。
個人的には杉原千畝主軸に読んでいたので、彼のパートではハラハラし、合間太郎さんのパートで気を抜いた感じ(笑)
そう、太郎さんといえば岡本一平なんかも登場する。
まだ何者でもなく後に有名になる人よね?!って人物も登場する。
そういう昭和史的な面でも読みやすく楽しめる。
☆観劇予定☆
《2026年1月》
十二国記
エリザベート
《2月》
Concert for LEVAY 〜Happy 80th Birthday〜
《6月》
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