2019年07月12日

マリアノ・フォルチュニー展を見てきました

 
フォルチュニーの名前を聞いたのは、多分一度きり、それも40年以上前のこと。

私と同年代の女性なら、資生堂のコマーシャルやファッション雑誌・装苑などで
モデルとして活躍していたティナ・ラッツを覚えていらっしゃるでしょう。

3 もし名前に覚えがなくても、この「装苑」の
 表紙写真の顔は知っているんじゃないかな。
 姉さんのバニー・ラッツもモデルで、美人の
 姉妹は当時のファッションアイコンでした。

 なぜフォルチュニーから唐突にティナ・ラッツ
 かと言うと、何かの雑誌で彼女がフォルチュ
 ニーのアンティーク・ドレスを収集している
 という記事を偶然に読んだからです。美しい
 このドレスたちが見捨てられてゆくのが忍び
 ないというようなことが書かれていたと思う。
 それだけのことで私、フォルチュニーの名前
 を頭のどこかで覚えていたのですね。

服の絵や写真を見るのが好きだし、自分の好きなモデルさんがそういう古いドレス
をコレクションしていることを知って記憶に残ったのかもしれません。でも、フォ
ルチュニーのドレスがどんなものか、フォルチュ二ーが男か女かすらも忘れていま
した。ただ、今回の展覧会ポスターの襞を細かくたたんだ特徴的なドレスを見た時、
「これ、知っている」という強い思いが動いて、見に行こうと思いました。

フォルチェニ
   IMG_20190712_0002
   これはミュージアムショップで
       買ったポストカードです

ドレスだけが並んだ展覧会と思って出掛けましたが、フォルチュニーの多彩な才能
と予想外の展示品の数々に嬉しく裏切られました。裕福な家庭に生まれた彼は父が
画家であったことからまず画家としてキャリアをスタートしたこと、1900年初頭の
舞台照明等を開発した人であること(ワグナーのワルキューレ等の舞台も手掛けた)、
写真の撮影にも興味を持ち、そして更に服飾の道へ進み、デザインし、自らの工房
で布地の製作もプリントをする段階から手がけ、店舗も構え販売し、大成功を収め
たこと等を知りました。ドレスのデザインに多彩なバリエーションはありませんが
シンプルなドレスの数々が美しかったことは勿論、沢山の絵画、設計図、服飾関連
の資料、住居と工房のあった百年前のベネチアの写真等、静かで精緻な展示が素晴
らしかった。そして、ほとんど何も変わらず引き継がれている彼のドレスの現在を
示す最後の部屋に、ティナのことがほんの少しだけ紹介されていました。

ティナ・ラッツは結婚後、若くして亡くなったのじゃなかったかしら、とかすかに
覚えてはいたのですが、家に戻って調べて知った内容に胸が痛みました。

*ティナは22歳でレストラン経営者のマイケル・チャウ氏と結婚して渡英、その後
 ニューヨークでウォーホルやバスキア等とも交友を深め、自身もアクセサリーの
 デザイナーとして活躍、当時の文化人のミューズであり続けた。夫のチャウ氏も
 レストラン経営者として大成功を収めたが、1989年に二人は離婚する。

 2ティナは1980年代後半にエイズ感染の宣告を受ける。
病状が進む中、エイズ患者の救済・ホスピス開設など
エイズに対する啓蒙活動に積極的に参加。
1992年死去、享年42才。

左写真のティナはフォルチュニーのコートを着ている

今回展示のドレスはほぼ日本の美術館や個人が所蔵しているもので、ベネチアにある
フォルチュニ―美術館(古い建物で大変魅力的です)からはドレスは出ていないらしい。
日本にあるドレス以上に状態の良い物はベネチアには残っていない、と言うのがその
理由であると本家の美術館の館長が語っているとか。希少性を見通していたティナの
コレクションが、この事に重要な役割を果たしているのかもしれないですね。

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  100年たっても新しい マリアノ・フォルチュニ― ”織りなすデザイン展”
三菱一号館美術館で 10月6日(日)まで。 毎月第2水曜日は開館時間を21時まで延長、
17時以降は女性の入館料1,700円が一律1,000円に割引になる「女子割」というのが
あるみたいです!(要問合せ)

michikovocal at 01:39│clip!日記:My Favorite Things