「野菊の如き君なりき」スチール

















『野菊の如き君なりき』    1955(昭和30)年 松竹   
1955(昭和30)年キネマ旬報ベストテン第3位/第10回毎日映画コンクール撮影賞/第6回ブルーリボン賞ベストテン3位・技術賞(撮影)/NHKベストテン4位/シナリオ賞

<木下恵介監督>
木下恵介監督<監督>木下恵介
<製作>久保光三
<脚本>木下恵介
<音楽>木下忠司
<撮影>楠田浩之<撮影助手>荒野諒一<特殊撮影>川上景司
<美術>伊藤熹朔
<装置>古原源蔵<装飾>山崎鉄治
<照明>豊島良三
<録音>大野久男
<編集>杉原よ志
<監督助手>大槻義一

「野菊の墓」伊藤左千夫著
「野菊の墓」伊藤左千夫(1906)<原作>伊藤左千夫『野菊之墓』

<出演>
有田紀子・田中晋二・笠 智衆(老人の政夫)•田村高廣・木歯椰子トシ子・杉村春子・雪代敬子・浦辺粂子・山本和子・松本克平・小林十九二・本橋和子・高木信夫・渡辺鉄弥・松島恭子・谷よしの・渡辺鉄弥・井上正彦・新島 勉・遠山文雄・島村俊夫・鬼 笑介・末永 巧・竹田法一

「野菊の如き君なりき」(1)














「野菊の如き君なりき」(1)<粗筋>
  
  信州の川の流れにも、秋の気配が色濃くなった。渡し舟の老人(政夫・笠)は、流れ行く景色を懐かしそうに見遣りながら、遠くすぎ去った想い出を老船頭(松本)に語った。
  この渡し場に程近い村の旧家の次男として、政夫(田中)は育った。
  彼が15歳の秋のことだった。母(杉村)が病弱のため、近くの町家の娘で母の姪に当る民子(有田)が、政夫の家に手伝いに来ていた。
  政夫と2歳年上の民子とは、幼い頃から仲が良かった。それが嫂のさだ(山本)や作女お増(小林)の口の端にのって、本人達もいつか稚いながら淡い恋心を意識するようになっていた。
  祭りを翌日に控えた日、母の言い付けで2人は山の畑に綿を採りに出かけた。このとき初めて、彼らはお互いに恋心を感じ合った。しかしそれ以来、古い因習から、2人は仲を裂かれなければならない羽目になる。

「野菊の如き君なりき」(1)-4   母の言葉で、追われるように政夫は中学校の寮に入れられた。冬休みに彼が帰省すると、渡し場に迎えてくれるはずの民子の姿はなかった。
  民子がさだの中傷で実家へ追い帰された、お増の口から、と聞かされ、政夫は早々に学校へ帰った。
  二人の仲を心配した母や民子の両親(高木・本橋)の進めで、民子は政夫への心を胸に秘めて他家へ嫁ぐ決心をした。
  民子の嫁ぐ夜。人力車に乗り込んだ彼女は政夫への未練を断ち切って、これからの運命に立ち向かおうとするかの如く顔を真っ直ぐに上げ強い視線で前方を見つめ続ける。
  その悲愴で健気な民子の心情に気づいた祖母(浦辺)は、「嫁に行くときは俯いて行くもんじゃ」と涙ながらに優しく諭す。 民子は諦めたように下を向くのだった。
 やがて授業中に電報で呼び戻された政夫は、民子が死んだことを知った。呆然とする政夫に、母親は「おっ母さんが悪かった」と涙ながらに詫びる。「民は嫁に行ってからも、お前のことばかり思っていた。

「野菊の如き君なりき」(1)-3  そのため、行った先でも嫌がられてしまって家に帰されて、寝込んでしまった」と、激しく慟哭した。
  その話を受けて若い2人に終始同情的だった祖母が、民子の最期を切々と語り始める。
  「民子はな、お前の名前を一言も言わなんだ。諦めきってることと思って一目も会わさんで・・・。許しておくれ。だけどな、息を引き取った後で、枕を直そうと思ったら、左の手に布に包んだ物をしっかりと握って、その手を胸に乗せていた。
  可愛そうな気もするけど、見ずにおくのも気にかかるので、皆で相談してそれを開いてみたら、民子は嫁に行ってお前に会わす顔がないので、それでお前の名前は一言も言わなんだんじゃ。布切れに包んであったのは、お前の手紙と竜胆の花じゃった」

  渡し船を降りた老人は民子が好きだった野菊の花を摘んで、そっと墓前に供えるのだった。

「野菊の如き君なりき」(2)













<一言>

  小説では「矢切の渡し」(千葉県松戸市)近郊の農村が舞台だが、映画ではこれを信州に移している。その美しい自然を背景に、いとこ同士である少年と少女の悲しい純愛を抒情溢れる画面に美しく描いている。
  何十年ぶりかで故郷を訪れた老人が、かつての在りし日を回想するという形で物語がゆったりと語られていく。
  そしてその遠い日を回想する場面は白地の楕円の縁取りを施して、まるで古いアルバム写真を思わせるような画面になっている。それが、いっそう懐かしさに彩られた詩情溢れる映像をとなっている。

「野菊の如き君なりき」(2)-2  純心無垢な物語同様に、映像もまたこれ以上なく素朴で清楚な画面になっていて、まるで古い名画でも観るような美しいさに満ちている。
  若い2人の純真な初恋が、封建的で世間体を気にする大人たちによって引き裂かれる。嫂役の山本和子が大きな目を剥いて、憎たらしいばかりに秀逸である。
  そして、政夫から引き離された民子は、意に染まない相手と無理矢理に結婚をさせられることになる。
  嫁ぐ夜、人力車に乗り込んだ民子は政夫への未練を断ち切って、これからの運命に立ち向かおうとするかの屹然と顔を上げ強い視線で前方を見つめ続ける。この場面が最も印象的である。

「野菊の如き君なりき」(2)-3  この嫁入りの行列が月明かりの中を行く場面は、まるで葬列を思わせるような悲しみを漂わせながら静かである。
  まさに、前途に悲劇を予感させるような冷たく澄んだ美しい場面と言える。そして数年の後、民子は胸を病んで帰らぬ人となる。
  中学校に通うため故郷を離れていた政夫が急遽呼び戻され、不審がる政夫に民子の死が告げられる。呆然とする政夫の胸痛が憐れである。
  かって民子が政夫を例えた竜胆の花と政夫からの手紙を肌身はなさず隠し持っていた少女の密かな愛。その余りにも美しくも悲しい一途な愛を知ったとき、やはり胸に迫るものがある。
  今は老いた主人公が静かに墓前に野菊を手向ける。それは少女の霊を慰めるとともに自らの純愛への鎮魂と過ぎ去った美しい時間への深い愛着を捧げたものでもあるだろう。
  主人公を演じた新人の田中晋二と有田紀子の地味な顔立ちと素人くさい演技が、却って田舎の素朴な雰囲気を醸し出している。
  
「野菊の如き君なりき」(3)













「野菊の如き君なりき」(3)-2<参考>

  歌人でもある伊藤左千夫が、1906(明治39)年に雑誌「ホトトギス」に発表した小説『野菊之墓』を、「お勝手の花嫁」の木下恵介が脚色し自ら監督。「遠い雲」の楠田浩之が撮影を担当した。
  主な出演者は、新人有田紀子・「七つボタン」の田中晋二・「サラリーマン 目白三平」の笠智衆・「婦系図 湯島の白梅」の杉村春子・「あこがれ(1955)」の田村高廣・「お勝手の花嫁」の山本和子・「遠い雲」の小林トシ子・「若き日の千葉周作」の雪代敬子など。

「野菊の如き君なりき」(4)













「野菊の如き君なりき」(5)













「野菊の如き君なりき」(6)「野菊の墓」   伊藤左千夫   (一文)
 
*原文その1

「まア政夫さんは何をしていたの。私びッくりして……まア綺麗な野菊、政夫さん、私に半分おくれッたら、私ほんとうに野菊が好き」
「僕はもとから野菊がだい好き。民さんも野菊が好き……」
「私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好(この)もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位」
「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」

「野菊の如き君なりき」(7)*原文その2

「こんな美しい花,いつ採ってお出でなして。りんどうはほんとによい花ですね。わたしりんどうがこんなに美しいとは知らなかったわ。わたし急にりんどうが好きになった。おオえエ花……」
  花好きな民子は例の癖で,色白の顔にその紫紺の花を押しつける。やがて何を思いだしてか,ひとりでにこにこ笑いだした。
「民さん,なんです,そんなにひとりで笑って」
「政夫さんはりんどうの様な人だ」
「どうして」
「さアどうしてということはないけど,政夫さんは何がなし竜胆の様な風だからさ」


この物語の「野菊」はどんな野菊なのか。花の時期と育つ環境のヒントとなる描写が小説にある。
「野菊の如き君なりき」(9)*情景その1

「陰暦の九月十三日、今夜が豆の月だという日の朝,露霜が降りたと思うほどつめたい。その代り天気はきらきらしている。十五日がこの村の祭で明日は宵祭という訣故(わけゆえ)・・・・。民子は僕を手伝いとして山畑の棉(わた)を採ってくることになった。」

*情景その2

「村はずれの坂の降口(おりぐち)の大きな銀杏(いちょう)の樹の根で民子のくるのを待った。ここから見おろすと少しの田圃がある。色よく黄ばんだ晩稲(おくて)に露をおんで、シットリと打伏した光景は,気のせいか殊に清々(すがすが)しく、胸のすくような眺めである。民子はいつの間にか来ていて、昨日の雨で洗い流した赤土の上に,二葉三葉銀杏の葉の落ちるのを拾っている。」
「陰暦の九月十三日」は現在の10月下旬に当たる。そして「銀杏の葉の落ちる」頃と重なる。

「野菊の如き君なりき」(10)*情景その3

「道の真中は乾いているが,両側の田についている所は,露にしとしとに濡れて、いろいろの草が花を開いてる。タウコギは末枯れて、水蕎麦蓼など一番多く繁っている。都草も黄色く花が見える。野菊がよろよろと咲いている。」

<柚香菊>柚香菊
※平成14年「野菊の墓」の文学碑左側に、カントウヨメナ(関東嫁菜)・ノコンギク(野紺菊)・ユウガギク(柚香菊が植えられ,右側にはリンドウ(竜胆)の苗が植裁された、とある。      
「野菊」は果たしてどれなのか。名前のイメージからは柚香菊ではないのか・・・。

「野菊の如き君なりき」(25)「野菊の如き君なりき」(28)「野菊の如き君なりき」(26)







「野菊の如き君なりき」(27)「野菊の如き君なりき」(23)「野菊の如き君なりき」(24)







「野菊の如き君なりき」(8)


















「野菊の如き君なりき」(11)

















<リメイク>

「野菊の墓」記念碑「野菊のごとき君なりき」   1966(昭和41)年   松竹

<監督>富本壮吉
<原作>伊藤左千夫「野菊の墓」
<脚本>木下恵介
<音楽>木下忠司
<撮影>小原譲治
<美術>間野重雄
<照明>木村辰五郎
<録音>飛田喜美雄
<編集>関口章治
<記録>大葉博一
<出演>:大楠道代(安田)・太田博之・宇野重吉(老人の政夫)・楠田 薫・川津祐介・原佐知子・北林谷栄・小原利之・町田博子・明星雅子・田中三津子・小山内淳・三角八郎・美原沙知子・池上綾子・南方伸夫

「野菊の墓」1981「野菊の墓」   1981(昭和56)年 東映   1981(昭和56)年度キネマ旬報第15位

<監督>沢井信一郎
<製作>高岩 淡・相澤秀禎
<企画>吉田 進・高村賢治
<原作>伊藤左千夫 「野菊の墓」
<脚本>宮内婦貴子
<音楽>菊池俊輔
<撮影>森田富士郎
<美術>桑名忠之
<照明>梅谷 茂
<録音>林 紘一
<編集>西東清明
<助監督>森 光正
<主題歌>「花一色〜野菊のささやき〜」
 作詞:松本隆/作曲:財津和夫/編曲:瀬尾一三/歌:松田聖子

「野菊の墓」1981(2)<出演>松田聖子・桑原 正・ 村井国夫 ・赤座美代子 ・樹木希林・湯原昌幸 ・小甲登枝恵・大井小町 ・酒井愛美・相馬剛三・高月 忠・泉福之助・奈辺 悟・団 巌・坂本良春・藤木武司・大栗清史・沢 竜二 ・常田富士男・田倉しの・叶和貴子・沢田浩二・佐川二郎 ・村添豊徳 ・大島博樹 森田正雄 ・愛川欽也・白川和子 ・丹波哲郎・加藤治子・島田正吾(巡礼の老人)


「野菊の墓」1981VHS「野菊の墓」1981VHS










「野菊の墓」文学碑?<ドラマ>

「野菊の墓」   1959(昭和34)年  日本テレビ系
<出演>中村萬之助・夏川静江・津村悠子・神山繁

「野菊の如き君なりき」   1961年(昭和36)
<出演>久保 賢・宮 裕子

「野菊の墓」   1963(昭和38)−こども劇場
<出演>太田博之・岸久美子

「野菊の墓」   1965(昭和40)年 −近鉄金曜劇場・愛とこころのシリーズ/ABC・TBS
<出演>池田秀一・二木てるみ・沢村貞子

「野菊の墓」   1973(昭和48)− 女・その愛のシリーズ/NET系
<出演>岡崎友紀・江木俊夫・菅井きん

「野菊の墓」   1975(昭和50)年−ドラマシリーズ/NHK
<出演>長谷川諭・竹井みどり・小山明子・伊佐山ひろ子

「野菊の墓」ドラマ1977「野菊の墓」   1977(昭和52)年−土曜ワイド劇場/テレビ朝日系
<出演>山口百恵・佐久田修・南田洋子

「野菊の墓」   1993(平成5) テレビ東京系
<出演>黒沢あすか・藤田哲也・池内淳子・乙羽信子・ハナ肇


「野菊の墓」1994「野菊の墓」   1994(平成6)年−文學ト云フ事/フジテレビ系
<出演>井出 薫・村島 亮・橘 雪子





「野菊の墓」月組舞台1983<舞台>

*1983年−宝塚歌劇団月組『野菊の詩』(野菊の墓) <脚本・演出>酒井澄夫<出演>郷真由加・春風ひとみ <場所>宝塚バウホール
*2001年−演劇倶楽部『座』詠み芝居「野菊の墓」 <演出>壤 晴彦<出演>成田 浬・美咲 歩 <場所>東京芸術劇場小ホール
*2003年−演劇倶楽部『座』詠み芝居「野菊の墓」 <演出>壤 晴彦<出演>成田 浬・美咲 歩 <場所>紀伊國屋ホール
*2005年−演劇倶楽部『座』詠み芝居「野菊の墓」 <演出>壤 晴彦<出演>高野力哉・徳垣友子 <場所>全国ツアー
*2007年−演劇倶楽部『座』詠み芝居「野菊の墓」 <演出>壤 晴彦<出演>高野力哉・美咲 歩 <場所>東京芸術劇場小ホール

「野菊の墓」2008*2008年− イッツフォーリーズ ミュージカル「野菊の墓」 <演出>雁坂 彰<脚本>佐藤万里<音楽>酒井義久<振付>米谷美穂<照明>森下 泰<装置>鈴木俊朗<舞台監督>山田賢治
<出演>茂木沙月・井上一馬・大塚庸介・角崎慶子・森 隆二・米谷美穂・勝部祐子・金村 瞳・堀内俊哉・中村つむぎ・木戸可奈子・吉田 雄 <場所>俳優座劇場 

*2009年−演劇倶楽部『座』詠み芝居「野菊の墓」 <演出>壤 晴彦<出演>高野力哉・相沢まどか <場所>京都・広島・静岡・神奈川

*2009年−イッツフォーリーズ ミュージカル「野菊の墓」 <演出>雁坂 彰<脚本>佐藤万里<音楽>酒井義久<振付>米谷美穂<照明>森下 泰<装置>鈴木俊朗<舞台監督>山田賢治
<出演>茂木沙月・井上一馬・大塚庸介・角崎慶子・森 隆二・米谷美穂・勝部祐子・金村 瞳・堀内俊哉・中村つむぎ・木戸可奈子・吉田 雄 <場所><場所>高知・香川・徳島・愛媛 


「野菊の墓」タイトル「野菊の墓」  伊藤左千夫 (最終章)

  毎日七日(なぬか)の間市川へ通って、民子の墓の周囲には野菊が一面に植えられた。その翌(あ)くる日に僕は十分母の精神の休まる様に自分の心持を話して、決然学校へ出た。
       *      *      *
 民子は余儀なき結婚をして遂に世を去り、僕は余儀なき結婚をして長らえている。民子は僕の写真と僕の手紙とを胸を離さずに持って居よう。幽明遙(はる)けく隔つとも僕の心は一日も民子の上を去らぬ。

    
<1955年作> 

「野菊の如き君なりき」(12)


















「野菊の如き君なりき」ポスター「野菊の如き君なりき」雑誌

















「野菊の如き君なりき」DVD「野菊の如き君なりき」SHV



















「野菊の如き君なりき」CD「野菊の如き君なりき」DSK











「野菊の如き君なりき」VHS