2014/06/03

その109 2013年おどりすと活動 in NY◆鼠蠅譴訝Gianの物好き道

Gian Luigi Diana(ジアン)は頼れる男である。主にlaptopによるsound processingを他のミュージシャンと即興で行っていた彼が人づてに私の噂(?)を聞き、なんでか知らんけど熱烈なる共演希望を申し込んでいただき出会った。それまで私の踊りを一度もみたことがないのに・・・だ。この時点で彼は相当なモノ好きである。当時(今も)英語に自信のない私なのに・・・ジアンはとても優しいナイスガイで生れながらのイタリア人気質を発揮して(…ていうかイタリア出身)サービス精神があり、しかもウェブサイトの完成度やテキパキ具合などまるでこの業界(?)界隈には珍しいタイプの仕事の出来具合で都市生活にも順応している・・・そんなジアンがなぜ私の踊りに興味を持つかと思いつつも彼はあっという間に場所をアレンジし、今はなき「5pointz」で2013年1月の極寒の中、屋外でゲリラパフォーマンスを決行したところ、「本当に楽しかったーーー」とますます気に入ってもらえたようである。

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その後日本にいる間も最もマメに連絡をいただき「いつ来るんだ?」と気にかけていただき早数ヶ月…ようやく秋にNYに訪れることになって連絡すると即効でライブのアレンジに乗り出し、早速友人ミュージシャンのNicolas Letman(ニコ)主宰の「1+2+3シリーズ」という企画への参加を整えてくれた。…さすが、頼れる男ジアン。
会場となるニコのスタジオはNewkirk Plazaというはじめて来る駅の近くだった。この駅のまわりはニューヨークで見た他のどの街よりもなじみやすく一気に気に入ってしまった。郊外だから家賃もそんなに高くないだろうしBrooklynにしてはすごく安全な感じがする。こんなところに住むのもいいかもね〜なんてかましつつ肝心の場所が見つからずうろうろ・・・。ニューヨークの住所は通りの名前と番地(数字)の組み合わせで構成されており、道沿いのどちらか片方が偶数、もう片方が奇数という決まりがある。(余談だけど「奇数」のことを英語で「odd」といい、「奇妙」の「odd」と同じっていうのが私にはすごく面白く感じる・・・。)この法則に従うと確かにこのへんなんだけど・・・・・とうろうろしていると通りの向こうから見慣れた長身のナイスガイが「Michiru〜」と手を振っているではないか。おお・・・!ジアン!さすが頼れる男!

本日は4組の出演、我々はその最初の出演である。準備をしていると次々と大きな楽器を抱えた出演メンバーが集いだし所狭しと出番を待つ。私達のグループが舞踏と尺八とLaptop+主催者のニコ(ベース)それも割と変だけど、その他に大きな鉄琴を持参してきたフレディーマーキュリーばりの何となく強そうなスキンヘッドのおじさまとジャズでならしたような往年の渋いサックスプレーヤーの二人組・・・とか、割と濃いメンバーがそんなに広くないスタジオに集う。・・・す、すごい熱気(汗)。演者も見る側も逃げも隠れもできない極小舞台。

特に我々の出演の間、鉄琴のおじさまがガン見してくださっているのを感じないはずはなく・・・どうしよう神聖なこの場を汚したと思われんかな〜〜〜とよぎることもなく所狭しとおどる。はたしてセッションを終えた我々を皆が拍手で迎えてくれた。特に鉄琴のおじさまは目をキラキラさせてわざわざ私のところに来て「Beautiful・・・just beautiful!」と言ってくださった。(ちなみにbeautifulとは「美しい」っていうよりはパフォーマンスに関しては「面白い」とか「よかった」みたいな感じで使うようです。)この方John Pietaro(ピエタロー)の中に私の印象はインプットして頂いたようであった。もちろん私の中にもピエタローをすっかりインプット!!そしてホストのニコに感謝・・・。

それからしばらくしてジアンはFrederika(フレデリカ)というヴァイオリニストとともに行っているライブに私の出番を作ってくれた。私は以前に一度彼女の演奏を観たことがあるのだが、大勢の中でも存在感を発揮していてなんとなく気になっていたミュージシャンであったので今回の共演はとても楽しみにしていた。会場はBrooklynの手前側やや薄暗い通りの先にあるIBeamというスペースで天井高が高く感じのよい空間である。
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この日はジアンとフレデリカのユニットのワンマンライブである。第一部に二人の演奏。第二部にゲストとのコラボレーション...といった進行であった。こちらのスタッフをしているNioka(ニオカ・・・二岡?)という女性が親しげに話しかけてくれて「いい名前だね。」ってジアンが話していたので、ニオカという響きはここでは珍しいらしい。彼女は「そうなの、日本人みたいって言われるのよ」って返す。日本人・・・というか某野球選手、いずれにせよ一発で名前を覚えた。そして今回はハロウィンで使用して以来のセーラー服でのぞんた。

フレデリカとは初めて共演したけど本番の最中でも様々な引き合いぶりが感じられて、彼女のヴァイオリニストとしての能力の高さをびんびん感じた。なんでもアカデミックな修行を重ね、その後即興へ傾倒するに至ったということで彼女の奏でる音色がヴァイオリンの演奏を超えて様々な音色に変容していく様はさすがと思い聴き入ってしまう。ただ残念なことにお客さんが多いとはいえず、こんなにいい演奏なのに・・・・・・っとはがゆい思いをした。出演者4人でカジュアルなバーに立ち寄りそのことを訴える。まぁそもそも自分自身がお客さんを呼べるようにならないとダメなんだけどね。だから絶対的固定客がくる白石さんてすごいよなーとか。由ちゃんや麿さんはおどりすとに必ず観に来てくれていたよなーどんな台風の日も・・・とか、「絶対的固定客」のありがたさを改めて思う。

それから趣向を変えてジアンが「スタジオにマネキンがあるから一緒におどってみないか?」とアイディアを出してきた。5th Avenueのマディソンスクエアパークそばという交通至便のその場所へ行くと窓の外にはすぐエンパイヤーステートビルディングが・・・。ジアンは何か飲む?と言ってエスプレッソを入れてくれた。さすがイタリア仕様である。今回の場所は公に公表するわけにいかないのでビデオの撮影をしようということだった。下見を経てセッティングし2セットほど楽器の趣を変えて演奏&マネキンと踊る。




ジアンはこのビデオを撮った後、うまいこと編集してくれて動画のリンクを彼の知人・友人に「ぜひこれを観てくれ」といってメールで送ってくれた。ありがたいものである。この時の演奏ではジアンはシタールを演奏しているが私は彼のシタールを聴くのはこの時が初めてであった。もともと世界各地の民俗楽器に興味があった彼は以前にインドで6〜7年滞在しシタールの修行をしていたとのこと。その後ニューヨークで家族をつくりいまや双子の父である。そんなことで彼はシタール奏者でもあり、オリエンタリズム芸術の権威(?)あのRubin Museumで定期演奏会を行っているのだった。今まで知らなくて申し訳ない…ジアンよ。Photo 2013-12-11 17 34 06
でも都会の中において一緒にピザを食べに行ったり、ビール飲んだりも楽しい。そんな頼れる男ジアンの物好き眼に見つけてもらえたことに感謝しつつ、今後もたぶんいろいろな事でかかわっていくだろうなと思うしどこにいても盟友になりたいなと思うのであった。
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Gian Luigi Diana web site
http://www.gldianamusic.com/



michirooming at 23:52|PermalinkNYC New York | PERFORMANCE 公演

2014/05/31

その108 2013年おどりすと活動 in NY 租狙眦アノニマス白石民夫氏


2013年晩秋、少し間をあけて来たニューヨークで前年に数回ご一緒させていただいた白石民夫さんとデュオでの出演の機会に恵まれた。会場のBushwick通りにあるSilent Barnという場所は最近では最も頻繁にライブが行われている注目の場所のひとつだと聞く。一人だったので駅からの割と薄暗い通りに警戒のアンテナを巡らせつつたどり着いた会場でカウンターのギャルに「I'm today's performer. I would like to meet Tamio.」とたずねるも「アハ?」と知らない様子。どうやら会場は別にもあるらしくこの一軒のなかにそこそこ立派なライブ会場や極小のスタジオまで様々な場所が同居するスタジオ雑居建物といった風情。ウロウロしていたらどこからか白石さんがあらわれて2階の階段を上がっていくとこの物件の中では「極小」に分類されるであろうキッチン&バスルーム付きワンルームスタジオへ。真ん中に畳2畳ほどの白い木のステージがここがライブ会場であることを控えめに主張する。「いやぁ・・・キッチンがあるんだよねー・・・。」と当初恐縮されていた白石さんはいざ始まってみるとすっかりキッチンの中に佇んでいた。


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2013年東京にいた際にも白石さんと共演の機会を多摩川で持つことができた。多摩川の是政橋で私は過去に数回おどっているが音との共演は初めてであった。というのも多摩川のこの場所にはせせらぎの音、電車の音、車の音、その他のいろいろな音があふれておりそれらの音が私のおどりの音響となりえたからだ。しかし、これまでの野外での共演の経験から白石さんの音をここで聴いたらきっと素敵だろうと思いお誘いしたのだった。

・・・で、キッチンの会。4組ほどの対バンがいて最初の出番となった。仕込みも隠れもしようがないので客席から出ていく。白石さんはサックスの他にLaptopとヴォイスを発する。野外の開放的な空気にとけ入るような心地よさとは別の種類のライブ感を蓄えてこの場がキッチンという極小劇場に変容したならなと望む。次第に高まる居合わせた観客の集中の度合いを肌で感じながら、30分ほどの本番を終えた。



会場内にいた対バンのアーティスト達や他の階のスタジオから集まってきた観客などが拍手をもって迎えてくれなんとなくすがすがしい空気に包まれる。ニューヨークでは観客は出演者に対してある尊重を払い、決してパフォーマーを悪くいうような態度や言動はないのであるが、そのかわりあまり心動かされない場合の反応も薄い。たまーに自分でもうまく「場」にとりこめなかったときにそういった空気も経験したこともある。 この会ではとりあえずは白石さんも楽しんでくれたようであった。。。

Photo 2013-11-11 21 56 16それからしばらくして白石さんとCammisaとのデュオのライブを観に行く。恐ろしい夜道を若干迷いながらようやくたどり着いたJACKという会場はなかなか間口がひろく偉い立派なステージだった。最近白石さんのファンで良く観に来ているというコロンビア大の男の子にまたあった気がする。白石さんには根強い男性ファンが多くよく見る顔も何名か・・・。一方、Cammisaには毎回、女の子の取り巻きが数名・・・。私も彼女に会うと必ずかなりのwelcome具合で迎えられ、あっという間にほっぺにkissを飛ばしてくれるのだった。ここはNewYorkですから・・・。
IMG_0403数多い演奏活動をしながらも、ライブでは決して前面に出ることなくして(むしろ前面から対角線上の挟間に位置取りしながら)「無名性の確保」によって(?)唯一無二の存在感を示す白石氏は面白く興味の尽きない人である。 

michirooming at 10:13|PermalinkNYC New York | PERFORMANCE 公演

2013/12/24

その107 2013年おどりすとの仕事さがし〜趣味は求人広告

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中国地方の求人情報フリーペーパー

私は求人広告が好きだ。どれくらい好きかというと行く先々で目についたフリーペーパーなどは仕事を探していなくても、もらって家で読む。特に地方都市で見たことのないフリーペーパーに出会うとわくわくしてどんな求人があるのかチェック。もちろん数年の求人広告業界での業務経験の慣習ということもあるかと思うが、それにしてもここまで求人広告が好きな人もそうはいるまい、ましてやこれがおどりすと(舞踏家)の中では群を抜いた求人広告好きであると自負している。

2012年、約一年の学生としての身分は自分には恵まれた機会であったが、働いていないことへの焦りは想像以上に募っていた。特にアメリカ合衆国という国に住むには何というか…働きたいからといって仕事をしていいというわけではない、何をするにもその目的に応じたビザを取得していないといけないものだからアメリカでも求人広告を見てはいたが(好きなので)まずはそこでふるいにかけられてしまう。

帰国後しばらくしてビザの取得を決意した私は資金獲得のためにフットワークが取れる短期の仕事を探すことにした。大好きな求人広告見放題。しかもビザの問題なく応募できるとあって気合いを入れ久々にスーツを取り出して履歴書用の証明写真をとりにイオンの中のカメラのキタムラへ。「就職活動用の写真お願いしたいのですが・・・」とたずねると手慣れた接客で2種類の見本を見せられ「こちらのプレミアム仕上げはより好印象になりお勧めです。」と+500円ほどの画像補正つきプレミアム仕上げを案内いただく。そんなの当然「プレミアム」に決まっているではないか。こうして画像データをCDでいただきプレミアムな画像の出来栄えに満足してついでに履歴書を揃え、ものすごい勢いで履歴書および職務経歴書の作成にかかる。

今回の職探しの条件は、1〜2か月の短期でしかもオフィスワーク、できればDTPということで職探しの王道ネットで検索!「短期 東京都 DTP 事務」 などで検索していくと何件かヒットした。ほとんどが派遣の案件で、2件ほどのめぼしいお仕事をピックアップして応募しようとするとWEB上での工程がかなり多いことを知る。これはアイフォンでは無理だわとパソコンで再検索し同じ求人を探す。派遣の案件に応募しようとするといくつかの新規アカウント作成を求められる。まず第一にその求人情報を扱っている求人サイトのログイン(マイナビなど)、そこからたいてい「マイページ」などにプロフィールを作成するのだけど、ここで職務経歴書などをかなり細かく登録することになるので手間がかかる。ちょうどエクセルで職務経歴書と履歴書を作ってあったのでコピーできてよかった。それからようやく応募しようとするとまたそこから応募先派遣会社のログインを求められ更にそちらでのプロフィール作成など・・・まぁでも会社員時代採用業務を担当させていただいた経験から職務経歴書の重要性は良く知っていたので「これでもか」というほど担当した全てのことを並べる。ようやく2件の応募完了・・・!するとその日の内に1件の方の派遣会社の方から電話が入る。早っ。ひ、久々の社会人的電話応対・・・っ。とりあえず対応の早さにかなりの好印象を受けこちらの会社でお世話になれたらいいなぁと思う。

ところで今回初めて派遣会社に登録したのですが、最初の応募動機である求人のことは特にそのまま立ち消えとなり、どうやら私の条件に合ったお仕事を案件の中からコーディネートするという流れなのかなぁとおもったりしているとそちらの会社のかなり好印象な担当の方よりお仕事を紹介いただき某会社さまのIT部署で働かせていただくことになってしまった。
一応スーツで出勤し緊張感あふれる職場であった。特に常に忙しい上司に不明点をたずねるタイミングの問い方が最高に難しく奮闘した。今となればいい思い出。。。?

契約期間が途切れるのに伴い次の仕事をさがしはじめた。運よく中央線沿いで短期の事務職に出逢い応募すると、相当急募案件だったらしくて即就業決定してしまった。こちらでのお仕事はアットホームな雰囲気で出入りする方々もいい方たちばかり、本当に恵まれた環境だったと思う。さらに縁があってその後、「選挙ウグイス嬢」なるものを経験させていただいた。選挙カーに乗り青梅街道を大音量で疾走した。一日目に喉をやられたけどアメをなめまくり手を振り続けた。もちろん初めての経験である。応援でいらした某元首相などの脇で手を振り続けるなど誠に不思議ではあるがいい経験をさせていただいた。その後場所を福岡に移して1〜2ヶ月の短期の仕事を探し、運よくDTP制作職で働けることになった。これまたここがいい職場で・・・!

2013年こうしてちょこちょこと就業経験を重ね、人事社会の中での「しごと」のポジショニングというか立ち位置のようなものを考えるにおおいに参考になったと思う。そして今考えるのは将来仕事探しをする際に英語をアピールできるような力をつけていきたいなぁということ。そのために今から頑張っていこうかなと。そうすれば今行っているビザ取得のことやニューヨークに向けた努力も決して無駄にはならないんじゃないかなと思うのでありました。




michirooming at 09:57|PermalinkJOB 会社員 

2013/12/23

その106 2013年吹雪のTOEIC TEST〜英語勉強その後

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前回間違えてブッキングしてしまった2013年12月分のTOEICテストを一年後無事に受験できることになろうとは・・・。しばらくここに綴ることを「小休止」していたらすっかり2013年がもうすぐ終わろうとしていた。前回2012年にニューヨークで受験したTOEICテストは元々英語力ゼロだった私が猛勉強した結果どれくらいの成果がでるのか何も分からず特に対策もせず・・・唯一対策として受験に必要な「消しゴムつき鉛筆」をわざわざメトロポリタン美術館で購入し取り揃えのぞんだのであったが、結果は当時のうつうつとした私の根底を反映するかのような惨敗ぶりであった。特にReadingの問題数が多すぎて、半分くらいしか終わらなった。最後の方の長文読解問題にたどり着いた時には時すでに「残り10分」・・・・・・・。

2013年早春に帰国後、今年もニューヨークで受験できるかどうかの保証もなく申込を無駄にしても仕方ないと思ってはいた。(申込金75ドル支払済み) しかしながら惨敗したままのスコアは見るに忍びなく、とても資格にはならなそう・・・。最近は日本でも仕事探しの際にTOEICスコアが資格として用いられることも多いらしく日本の書店においてもTOEIC対策本は大層充実していた。再受験を目指しつつとりあえずReading対策に、イ・イクフン氏の解きまくれ!リーディングドリルシリーズのPart5とPart7を2冊購入。しかしながらすぐに手を付けるわけでもなく放置されていた。 

日本でも引き続き英語に慣れ親しまなくては・・・・「英会話」で検索したところ都内いたるところで開催されている「英会話クラブ」なるものを発見した。
http://www.eikaiwaclub.com/
1回500円という格安で英会話を楽しむというサークルである。ネイティブ講師がいるわけではなく誰かが教えてくれるというわけでもないが「一生懸命英語で話す」という努力を続けることができた。当時の職場近くにあった日本橋教室には数回お世話になった。

あとは、ニューヨークのPhilipさんとは割とよくメールのやり取りをしていたのでEメールのやりとりは何となくできるようになってきた。Philip氏のメールレスポンスはチャット並みに速くほとんど会話をしているような感覚でやり取りしていると、ちょっとでも違和感のある言い回しへの指摘がバンバンくる。(Philip氏はすごくキチンとしていないとダメなところがある) 指摘されてあわてて「I'm sorry. I mistook・・・(汗)」とか訂正しなくてはならないのでいい勉強になったかもしれない。

・・・・そして、2013年11月〜12月にニューヨークに滞在することになり、私は昨年間違えて申し込んだTOEICテストを今年受験できることになったことに感謝し、満を持して「解きまくれ!リーディングドリルシリーズ」のPart5とPart7を一度づつ解いた。(解きまくれなった・・・) 2013年の久々のニューヨークでは相変わらずろくに話もできないものの「何か」が変わった気がした。英語で話すことが怖くなくなっていたのである。下手ながらに私は通じるまで話すことをやめなくなっていた。これで私はニューヨークでの対人におけるあらゆるストレスから解放された。タクシーやお店、問合せなどが円滑ではないが怖くなくなり、「英語が下手なことがかっこ悪い」とか、「話すことができなくて申し訳ない」とか感じなくなってきたのです。

TOEICの日
テストの当日は大雪になった。私の受験の思い出はいつも大雪だった。でもそれで合格していたから幸先がいい・・・! ペンステーション近くの会場に到着すると昨年の2倍くらいの大人数がすでにスタンバイしてシーンとしていた。日本人が多そう。。。私は遅れたせいか端っこの方の柱の陰の席になる。これは集中できそうじゃ・・・またまた幸先がいい・・・!そして試験開始。前半100問のリスニングはペースが決まっているので聴くがまま問題を解く。そんなにクリアに聞きとれなかったけどまぁ3択、4択なのでどれかは当たるであろう。そして問題のリーディング!!昨年はリスニングが終わって案内のテープが終わるまでご丁寧に待っていたものだった。今回はリスニングの最終問題をとっとと終わらせ、穴埋め短文問題へ即効移る。結果テープが完全に終わるまでに4〜5問解けた。果たしてリーディングは「解きまくれ!〜ドリル」の成果が出たのか(?)昨年とは比較にならないくらい解けていったのだ!・・・とはいってもしょせん私の実力なのでスラスラ解けるって感じではない。全神経を指先に集中させて文章をなぞる。そして頭の中で大声で読む。とにかく必死である。たまーにわからないのもあるけどとにかく即決してどんどん先に進むことを考えた。そうしているとあるリズムが生まれ解くことが楽しくなってくる。そして必死の100問は残り時間を15分ほど残し「見直し」の時間までできてしまったのである。私は全問回答した達成感をかみしめつつ静かにこんなレベルの低いことで感動していた。

TOEICの日
だからその後、草間彌生のインスタレーションを観るためにギャラリーで吹雪の中3時間並んだという悲惨な出来事にも耐えられるほど、機嫌がよくなったのである。


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2013/01/28

その105 クリスマスと反比例の年末症候群

The most famous tree12月はつらかった…。
学校も終わり12月に入ると街中はやたらとクリスマス色が増していった。あの「世界一有名なクリスマスツリー」の点灯式を観に行くという学校のお友達(20代前半)の行動力を称賛しつつ、「行きたい」という気が起らない自分のモチベーションの下がり具合にもうすうす感づき始めていた。華やぐ街の楽しい様子をよそに私の行動力及び「やる気」は最低ラインを低迷した。・・・とはいえこれは例年の傾向でお正月生まれの私は新年の始まりに描いた目標に向かってひた走り・・・そして12月ごろに毎年何かしらの心の中の違和感を反芻して、私の私による私の為の「大反省会」を行うに至ってしまうのです。Bryant park
よって所違えどそれなりにこれまでの日々を振り返り・・・そしてどこかで翌年へ向けての何かしらのヒントなり方向なりを探るものなんだけど・・・・・。いかんせんなにか自分ひとりの意思をたてておればひたすらそれに向かえるという訳でもないというかつて経験していない(自分の中にケーススタディがない)質の問答にはまってしまいました。まさに冬眠の心地です。

・・・とはいえ、折角NYでのクリスマスを経験するのだからと楽しみたい気もあり・・・・まずは身近なところから盛り上げてみようとする。

回路派+NY 01CVSで目に付いたクリスマスの電球(100lights約5ドル)を窓辺に飾るとかなりいい感じ。帰宅時外からも光るうちの窓が見えて、かわいらしくにわかに盛り上がった。
久しぶりに「回路派」(工作系ダンスグループ)主宰の遠藤氏から頂いた「回路」達をとりだして窓辺の光とコラボレーションしてみた。

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洗たくばさみのような形状のものが「回路」。2匹います。





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回路の光は色が変わります。
そのしくみはとても謎ですが非常に美しく「回路遊び」は楽しいものです。




・・・・・・とか。

Tudor's Christmasとりあえずは今後の為にTOEICのスコアを習得しておこうかとNYで受験することにしたが、ちょうど来週が試験という時に書類を確認し私のブッキングが2013年12月分であったということが判明し落ち込みに拍車をかけた。(なんとか2013年の1月の予約には間に合ったので無事受験はしたのだけど・・・)そうやってだめな時は全般的にだめなようで、おどりの方でも特にこれといった予定もなかったり、アパートのフロントのデスクマンの一人苦手な人(挨拶しない)に会うのが嫌で出かけるのが億劫になるなどの悪循環が生まれたりするのであった。(ほとんど被害妄想)

My Christmasこうして日々盛り上がる街の様子や押し寄せる観光客などの盛り上がりとは裏腹に、私の「一人問答」は続いていた。い、一応クリスマスらしいことくらいはしようと絵にかいたようなチキン的なものを並べてみたけど心の底から盛り上がるにはテンションが低すぎるようだ。クリスマスにお友達を呼んでパーティーできたことがせめての救いだったかなぁ。。。


なんとなくこの絶不調は年越しまで続いた。当然カウントダウンなどに出かけられるはずもなく、それでも私としてはこの長い12月を脱することができたという自分の中の区切りを見た気がして一縷の希望を持ち始めていたのでした。

年明け、外出の際、アパートの挨拶しないデスクマンにいつものように挨拶を無視されたので、心を痛めて通り過ぎようとしたが反射的に戻って彼に「なんで何も言わないんですか?」と聞いてしまった。彼は「は?」といった感じで「どういう事ですか?」というので「つまり私はあなたに挨拶したいのですが・・・」と伝えたところ突然人格が変わったようになり「それはそれは大変ありがとう僕の名前は・・・(中略)」と全く別人のようなテンションで話し出した。(もともと彼はアパートの人によって態度を変えるのを知っていたが)人の態度はつくづく自分の鏡であると思い知らされる。わかってはいるけど難しいものだ。

その後彼に見送られて出かけたのはただの買い物だったけどなんとなく心の中は晴々として私はもしかしたら周りから見たらスキップをしていたかもしれないのでした。自分の心の取扱説明書なんてないのです。



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