2017年03月20日

ワインの最良の友はチーズをおいて他にない

タイトルは会場の黒板に書いてあった言葉。
何年ぶりかのセロニカ。
自分メモを。
人の繋がりとは奇なりで 時折重なる縁がある。
声かけてくれた人たちに感謝を。

マダムのチーズの語りはイメージが広がる。

チーズはプロセスチーズとナチュラルチーズがあり、ナチュラルチーズは大きく分けて5種類。

1. 白かび
2. シェーブル(山羊)
3. ウォッシュ
4. 青かび
5. セミハード・ハード

4時の位置から時計回りに1〜5の種類。

今回のチーズは
1. シャウルス
2. サントモール
3. モンドール
4. ゴルゴンゾーラ
5. パルミジャーノ

ワインは泡ー辛口白ー甘めの白ー軽めの赤ー重口赤
















1. カヴァリエ ブラン・ド・ブラン ブリュット/アルザス(白・泡)
2. マコン レクスプレッション・デュ・シャルドネ2014/ブルゴーニュ(辛口白)
3. ドメーヌ・デ・ゾビュイジエール キュヴァ・ド・シレックス2012/ヴーヴレ(やや甘口白)
4. ピノ・ノワール ヴィエイユ・ヴィーニュ2011/ブルゴーニュ(果実味の軽い赤)
5. クラレンドル2012/ボルドー(重い赤)

中身の話はおいおい。
 
入れた知識はサラサラと流れてしまうのだろうけど
何かはどこかに留まって、
これからの人生のどこかで顔を出したりするのかもしれない。
味わい深く熟成された記憶となって。

良いワイン会でした。
ありがとうございました。


mick0120 at 18:00|PermalinkComments(0)

2017年03月19日

甘酒を作りました

職場の人が甘酒を作っていると聞いて
ずっと作ってみたかったけど
「簡単」という工程が私には難関で
麹を買ったまま放置してた。

タイムラグのある料理が苦手だ。
発酵過程をどう克服するかずっと考えていた。そしてもらったまま箱から出していないヨーグルトメーカーの存在を思い出した。

クックパッドでヨーグルトメーカー、甘酒で検索してズボラな私にヒットしたレシピで挑戦。

今回使った麹はこれ。

麹をパラパラにほぐす。


お粥で作るのが一般的らしいけど
普通のご飯とお水で。

ご飯とお水に麹を入れて混ぜる。
この片口ざるは富山県の「三尾そうけ」と言う竹ザル。

今回初めて片口ざるの使い方がわかった。バラけずにこの口から落ちてくれる。

ご飯にさっくり混ぜる。

ヨーグルトメーカーを59度で6時間セット。

ほったらかしで甘酒出来上がっていました。

ご飯で作る甘酒は液状になっていないので、調味料としても使えるそうです。

味は、売っている甘酒とは別物ですが、とても美味しい。

以上、甘酒製作記録でした。




mick0120 at 21:35|PermalinkComments(0)

2016年09月16日

何を美しいと思うか


ずっと前から知っているけれど
名前を知らなかった。

むくげ というらしい。

名前を知るというのは
何だか限界を決めてしまうような夢のなさと
知らない人が知り合いになるような夢の続きとを
併せ持つ

随分前になるけれど、絵画クラブに綺麗な歳下の男子がいた。
友達がその子の美しさを語った時のことが、印象的だった。

休みの日は何をしてるのか聞いたら、
「遅く起きてお風呂に入って昼間からビールを飲んで昼寝するんです。それが一番好きな時間です」と彼は答えて、その一連の姿を想像して、何て美しいんだろうと思ったと言った。

何もしないという行動に感動した友達の感覚の方が私には驚きだったけれど、会話のイメージは私の中で固定されて、休日のお風呂やビールや昼寝が、美しい絵になっている。

美しさとは名前なんだ、と
ふと思った。


mick0120 at 19:00|PermalinkComments(0) 日記 | 独り言

2016年03月29日

楽都

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何かまとめようとして開いたページを
空白のまましばらく見つめていた

まとめなくていいものもある

感情が高ぶった時の思いは
言葉にすると端から色あせていく
言葉ではないのだ、表現するものは。

先日、「愛に生きる」(鈴木鎮一)の本を読んだ。
それでスズキ・メソードのことをメモ的に書いておく。

愛は恋愛の愛ではなく、もっと広義の愛だ。

松本市の3ガク都の意味を知る人はどのくらいいるのだろうか。
セイジオザワフェスティバルが行われているから音楽の都と思っている人もいるかもしれない。
開智学校があるから学びの都と思っている人もいるかもしれない。
もちろんそれも正しいのかもしれないけれど。

鈴木鎮一は松本を音楽の才能教育のメッカとした人である。
ヴァイオリンを作る会社の長男に生まれ
家業を継ぐため工場で働いていたが才能を見出されヴァイオリニストになるべく渡欧し
演奏家ではなく演奏家を育てる人になった。

子どもには生まれつきというものはない
「どの子も環境次第で育つ育て方ひとつ」を提唱してきた。
どの子も日本語を話しているじゃないか。
東北の子は東北弁を、大阪の子は大阪弁を。
みんな話せるようになっている。鈴木がそれに気付いたことが才能教育の源である。

昭和21年、鈴木は松本市下横田町に全国幼児教育同志会を開設した。
下横田町と言うと、明治時代の松本の有名人は皆ここからというような場所で
何だか活動家のパワースポットみたいだ。
昭和21年という年も驚きだ。
戦後間もない混乱の中で、ヴァイオリンという舶来の楽器を習う余裕のある家は限られていただろう。

鈴木は「心を育てる道が欲しい」と、機関紙「才能教育」に書いている。
上手に弾けることが目的ではない。心を育てるのだと。

教育とは、教えることと育てることなのだけれど
教える ばかりが優先されて 育てる が消えてしまっている。
誰もが愛を持って生きられたら戦争もなくなるのにと。

今年才能教育研究会は70周年を迎える。
鈴木の夢見たように子どもを育てる世の中を、日本は作ってこれなかったけれど
町の中でいつでも音楽に触れられる環境は出来つつあると
ほのかに思う。


 

mick0120 at 00:53|PermalinkComments(0) 日記 

2015年12月11日

冒険

私の人生で今年大きく変わったことといえば
異動で職場が変わったことと
自転車を始めたことだと思う。

この3月まで
片足で立ったまま靴下が履けなかったのです。
筋肉もバランスもついていなかった。

自転車に乗っている人たちに興味もなかったし
いったいなぜ。。。

蔵にあったルイガノのシティユースの自転車を出して
乗り始めたのが4月の終わりで
安曇野やまびこ自転車道路をほりがね道の駅まで往復20km走ったのが最初。
あまりに下手なのでその後7月からは仕事に行く前に毎朝25キロくらい練習していたけど
センスがないみたいでちっとも上手にならない。

9月21日(日)に友達が
「これに乗ってみれば」とロードバイクを置いて行ってくれて
乗ってみて驚いたのは、向かい風も登りもなんて軽いんでしょう。

それで12月で寒いんだけど、100キロ走ってみようと冒険に出てみた。
コースは安曇野センチュリーライド2015のコースを大体な感じで。

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朝8時に出発して最初のトイレ休憩
波田の海洋センター


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梓川沿いから山麓線へ上る。
ここはきつくて歩いた方が早いくらいの速度だった。
そして道に迷ってずいぶん山をさまよった。

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山麓線に上がると町は眼下に。

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途中でみつけた祠。
青空に映えて神々しかった。

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穂高有明のアートヒルズ隣の牧場で暖かい黒豆ココアを飲みました。
美味しかった。

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有明から松川へは登ったり下ったりで
山麓だから当たり前なんだけど。

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松川から大町へ行く途中のりんご畑。
ここの木は葉っぱがない。


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お昼休憩した西山城址。
このカーブを下ると高瀬川。
おにぎりを2個持ってきたけど、緊張のせいか一個しか食べられなかった。

高瀬川から木崎湖まではずーーーっと登りで
何度も休みながら走った。
木崎湖まであと3キロというところで
時間が2時近くなってしまって暗くなってきたので
引き返すことにしました。


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高瀬の白い川原石の上を流れる薄い緑色の水の色は好き。
風が強かった。

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アートラインはこんな風景が続く。
帰りは松川まではずーーーっと下り。
そして松川までトイレがない!


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安曇野ちひろ美術館でトイレ休憩。


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穂高有明で残っていたおにぎりを食べて
最後の25キロを走りました。

車道が怖くて車道を避けて走るので
すごい迷って暗くなって怖かった。

そんなわけでmickの大冒険
本当は時系列にきちんと書こうと思ってたけど
いつもの通りの適当な記録です。

そしてこんな時間だ。
明日も仕事があってありがたいなと思いながらね。



 

mick0120 at 02:20|PermalinkComments(1)

2014年10月14日

Signーサインー

そこに至るまでに
いくつかのサインがあったことに後から気づく。

今、縁あって刀剣の歴史や見かたなどの文をまとめている。
刀剣という言葉すら縁もなかったのだが
何か月か前に(県の歴博だったと思うが)刀剣のチラシを見て
職場の若い男性が 
「mickさん、知ってますか?刀って昔のものだと思っていたら現役で作られているんですね」
と言う。

彼は、残業していたら、巡回してきた警備の方が刀剣好きで
色々教えてくれたといって
得た知識をおすそ分けしてくれた。

そんなごく細やかな通り過ぎる会話があってから
夏の終わりに山形に行った際、致道博物館に立ち寄ったら
偶然、刀剣の新作名刀展をやっていたというサイン。

2014 09 08_2810

日本名刀展シリーズ 平成26年新作名刀展ー現代の刀工と刀職

この名刀展で会場係の方と少し話して
資料などをもらったが
二度と見ることなく永久に葬られる運命になったであろう資料だった。

先月、
東御市の刀工、宮入ノリヒロ氏の話を聞く機会があり
私は参加できなかったが
今それについてまとめている。

目標とか
達成とか
そういう区切りのはっきりしたものではなく

営み。

そんなものが好きだ

日々の営みの中で
時々こんな風に
熟した果実がぽとんと手の中に落ちてくるように
受け取ることがある。

大きければ大きいなりに
小さければ小さいなりに
受け取る準備が整っている。

そして留めようとしなければ
それもまた過ぎ去っていくひとコマになる。

ともあれ歴史の中にある刀剣は
なかなかに興味深いので
偶然の機会に感謝するばかりである。




 

mick0120 at 17:55|PermalinkComments(0)

2014年10月03日

上土を歩く

このブログを書き始めて10年目となりました。
もちろん、年齢もプラス9歳!(but中身は低年齢化)
最近、過去を振り返る出来事が立て続けにあって
何となくここに戻ってみました。

久々の、「mick、生きてます」報告です。

現在の自分というカタチが
社会の中で身に着けた布を何枚も重ねて防御して
そのうち核の部分がどのくらいなのかわからなくなっていく。

道だと思って歩いていたら原野に出てしまって
どうしようかなと思う時
すでに持っているものの中に
いま必要としている地図があったりする。

以前やった事業、以前書いた文章、前から知っていた人
宝の地図。

前置きが長くなりました。
久しぶりに街歩きのまとめ的なものを。


今回は上土周辺を歩いてきました。

このブログを書き始めてからも
日々街は姿を変えて
もうなくなってしまったもの、そこに新しくできるもの。
移り変わりもそのままに。

ホテル花月の前にできた古本喫茶。
新しいお店は若い人が多いイメージで
当該年齢層から外れていると居心地が悪いのはなぜだろう。
ここはどうかな。
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ホテル花月。
喫茶部分は修復中で残念。
ここにはずいぶん前に泊まったことがあります。
民藝家具で統一された部屋で
猫足のお風呂でした。
今もあるのかはわからないけれど。
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馬出しの跡がわかりやすく残る三叉路。
この8オンスは好きな店。
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東門の井戸。
水めぐりの井戸整備事業で作られた井戸です。
地下30mから汲みあげています。
豊富な水量ですが、地下水がいったん地下深く沈んで
湧水に濾過されて出てくる旅は長い。
この水も50年以上前の水かもしれません。
星の光のよう。
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馬出し跡を北方向に見たところ。
ここに昭和の遺産が見えます。
道路を横切る看板の土台。
今はこのタイプの看板は作れないので
撤去されるとこの風景も貴重なものに。
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現在、下町会館となっている旧青柳化粧品店。
煉瓦と洗い出し工法の美しい建物です。
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下町会館の向かい側にある
三峰様。
ビルの間にぴたっと納まっている風情が良い。
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下町会館の隣、白鳥写真館。
縦長の窓とレリーフがすっきりと美しい。
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上土から延びる枝町も
素敵な路地。
本郷食堂の焼きそばも変わらない味。
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上土の町名看板と丸形ポスト。

「聞いた話」によると
松本は丸形ポストが角型ポストに移行する際、
特に強制ではなかったので、まだ使える丸形ポストをそのまま使い続けていた結果
今のように普通に街中で見られる風景になったのだそうです。

住んでいると、これが珍しいということも知らずに生きていました。
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個人的には、ひっそりと建つこちらの町名看板と老舗和菓子店から緩やかに下っていく景色が
わりと好き。
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以上、フィールドワークまとめでした。
 

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2013年05月24日

塩の道(千国街道)を歩く その◆\通攜

中綱湖から青木湖へ。

青木湖。
昔母親が言っていた言葉が
いつも映像の用に蘇る場所。

「湖はすり鉢になっていて、その底は深くて
落ちたら上がってこないんだよ」

それは子ども心に深く怖いイメージとなって
今もリピートする。

このハート型の湖は
その言葉の通り断層湖で、下から湧水があがってきている。
どこからも流れ込んでいる川がない。


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青木村の堂崎観音
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内部。お邪魔します。
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お堂の写真など撮ると
時に超自然的な事が起きたりするので
見えない何かの存在を脅かしてはいけない。

挨拶は欠かさずに。



そしてここからが素敵な山道。

青木湖西岸のニリンソウの咲き乱れる街道沿いに
石仏が点々と安置されている佐野坂峠。

佐野からエビスマ原まで続く
西国三十三番観音。
どれもが文政12年丑年に作られたもので
砂岩じゃないので削れずに美しく残っている。DSC_6996






 








如意輪観音
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千手観音
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聖観音
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時々、かつてゲレンデ内にあったお店に出会ったりして
青木湖は楽しいスキー場だったなと思い馳せたりする。
記憶の落ち葉が積み重なって
複雑なメロディーになる。



鬼石。
昔々、鬼がこの石を投げようとしてたてた爪痕が残っているという伝説の石。
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次は佐野に向かいます。

 

mick0120 at 22:24|PermalinkComments(2)

2013年05月12日

塩の道(千国街道)を歩く 中綱湖

中綱湖から青木湖にかけて西岸沿いに旧道が走っている。
それが塩の道。
海のない信州に、糸魚川から牛の背に乗せて塩を運んだ道です。

最初に「中綱水神社」。
中綱集落の中心に鎮座しています。
祭神は不明。
鳥居は反りが入った明神形。
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本殿も拝殿も覆われていて見えませんでした。
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新緑の季節は農業の季節の始まりでもあります。
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湖へと続く水田の傾斜が
のどかな風景を作っています。
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大きな木の幹にかけられた竹篭を発見。
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イカリソウが咲いていました。
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中綱湖は周囲2,2km、水深12mの小さな湖です。
木崎湖、青木湖を合わせた仁科三湖のひとつです。
湖には伝説があります。

昔、この湖のほとりにお寺があったのですが
地震の地割れで池の中に沈んでしまいました。
村人が釣鐘を上げようとすると必ず大雨になって釣り上げられませんでした。
今も釣鐘は湖の底にあり、湖を守っているというお話。

今は釣りの湖。
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塩の道の中でもこの区間は特に好きな区間。路傍の石仏を楽しむ道です。
山肌のあちこちに石仏があります。DSC_6969
















大日如来。
牛の守り神様。
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馬頭観音が多い街道筋ですが
この辺りは様々な石仏に出会えます。

今日は新緑の美しい日でした。
次は青木湖へ向かいます。





mick0120 at 22:46|PermalinkComments(0) 歴史散歩 | 日記

2013年05月06日

浅間温泉を歩く

久しぶりに浅間温泉を歩いた。


浅間温泉が好きなのは
松本市内で温泉に入れるという地の利だけではなくて
坂の風情と古い建物がそのまま残っていること。

久しぶりなのでスローシャッターの練習など。
1/15のシャッターでハナミズキにピントを合わせて
バックに入れるダークカラーの車が来るのを待つ。
最近の車はダークカラーが少ないなと思う。
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湯の町から見える御殿山。
ここを歩きたかったけど、時間がないので今回は登り口までの撮影。
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山の手通り。
浅間温泉は古い湯の町坂の町。
電線もまた風物詩。
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かつて賑わっていた頃の老舗旅館は
少しずつ消えていって駐車場などになっていく。
立派な塀や松の木はそのままに
空家になっていく建物たち
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ここは某銀行の保養寮として使われている昔の旅館。
入浴300円、宿泊1500円という値段に加えて
源泉かけ流し。

「浅間のお湯は熱い」と母は嫌う。
隣合わせているのに
昔から美ヶ原温泉のお湯はぬるめなのに対し
浅間温泉のお湯は43度と高め。
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松本平を挟んで向こうに北アルプスが広がっている。
100年前も同じように
旅館の部屋から見えていたのだろう。
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浅間温泉に住む人専用のお風呂。
お風呂の外にもお湯が湧き出ていた。
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街中で源泉が飲める。
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ポストも風景。
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老舗旅館の二階の窓に映った庭
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建物から藤の木
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御殿山入り口、薬師堂。
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薬師堂境内で持参したコーヒーと軽食をとり
今回の散策は終点。
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今回歩いたのはホットプラザ浅間〜薬師堂まで。
参考にしたのはこれです。
浅間温泉ウォーキングガイド







mick0120 at 19:00|PermalinkComments(2) 日記 | 散歩道

2013年03月29日

卒業式の日と90歳の叔母と

中学校の卒業式というのは
人生の中で何度か経験する卒業の中でも
特に記憶に残るものではないかと思う

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最後の合唱練習
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担任の先生の言葉

「自分は音楽家なので
どんなに良い合唱であろうと
客観的に判断しなければならない。

けれど、今日の君たちの合唱には
思わず感動して涙が出そうになった。
それほど心に沁みる素晴らしい合唱だった」


私も撮影している時には
どんな感動的なシーンであろうと
見入ったりはできない。

会場のどこで涙を拭く仕草が起きるか
視界を広角にして見逃さないようにと思う。

だけど、この日の合唱は
私も思わずじんわりしてしまった。

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最後のホームルームでの言葉

「この三年間は私にとって人生の衣替えでした。
 古い服を脱いで新しい自分になれました」

「入学した時、ぼくは坊主でした。
 ぼくの髪が伸びるとともに、みんなの背も伸びて
 ぼくはクラスでいちばんチビになっていました」

15歳の言葉は素晴らしい。
自分は15歳の時に何を考え何を語っていたのかと
ふと思う。


卒業式の帰りに毎年寄ることにしているのが
90歳になる一人暮らしの叔母の家。

彼女はシャンパンゴールドの車を持っているのだけれど
その色を「わさび色」と呼ぶ。
緑に包まれた信州を背景に
確かにそれはわさびの色なんだ

「変なもんだね、
お前とは血は繋がっていないけれど
何だか一番気楽だ」
と言ってくれる。

それがリップサービスなのか本音かはわからないけど
どちらでもいい

とにかく優しいから。

こういう風に年齢を重ねていけたらと思う
私の理想の女性でもある。

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卒業式や老後の暮らし
様々な人生の一コマを
束の間共有する

明日も頑張ろう 

mick0120 at 22:18|PermalinkComments(0)

2013年03月16日

フォトカフェ

一昨年の秋

一番理解して欲しい人に突き放されて
日々が苦しくて
全てがどうでもよくて
自分を責めながら生きていた。
酷い言葉を投げつけられた翌日
「公民館でフォトカフェをやりたいので講師をやらないか」
というお話をもらったんだった。

死んだように朝を迎えて
打ち合わせに行った。
その帰りに元町カフェにふらっと寄って
飾ってあったペイントの個展を見ながら
ここで写真展できますか?と聞いていた。

小さい変化だけど切り替わった。

そんな思い出のあるフォトカフェ講座。

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スクラップブッキングなのだけど
今回は参加者がみなさんたくさんの写真を持って来られたので
テーマを「組み写真」にした。

たくさんの写真をグルーピングして
物語を作っていくのは
写真の断捨離のようだった。

小さなお子様からおじいちゃんおばあちゃんまでの参加者で
写真も様々だった。

その中で、何十年分もの写真を持ってこられた年配の女性がいて
ご自分の写真がたくさんあったので
自分史を作ってもらった。

1970年代から現在まで
結婚前からおばあちゃんになるまでを整理して並べていって
これは「疲れてる時代」とか
写真も撮れなかった時代とか
タイトルをつけていく。

子供のこととか仕事のこと
考えなきゃいけないことがたくさんあって
自分の事なんて振り返ったことがなかった
とおっしゃっていた。

講座というのは教える側なのだけど
結局は教えられることの方がたくさんあって
ありがとうの交換みたい。

生活の苦楽は共有できないものだけど
せめて一緒にここにいる短い時間を
心安らぐ時間にしたい
そう思って向き合っています。

何だかジーンとしてしまった今日でした。




 

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2013年02月25日

錫のグラス

ご飯を食べて
意味もなく泣きたくなるような
心の底に落ちる何かを受け止める時がある

憩いの森はそんな場所

「100種の珈琲カップ展」

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窓からの自然の光が
きちんと計算されたライティングのように
カップたちを照らしていた。






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ヨーロッパの街並みのようなカップ。
絵画のように存在していた。













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携帯カメラで色がうまく出なかったのが残念だけど
一番手前のブルーグリーンのカップはとても美しかった。











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カップではないのだけど
先月から気になっている
錫の器。













ライトダウンした空間に
よく馴染んで
心惹かれる。













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「モノを買う」という行為は

すごく欲しいものじゃないモノには敷居が低いのに

素敵だと思ったモノには慎重になる

そこには夢があって
憧れがあって

叶えてしまうと夢ではなくなってしまうような
手に入れてしまうことの現実感というか


 珍しく買ってしまった錫のグラス
 
 どうして手に入れてしまったのかな・・と思いながら
 ワインを注いだ。

 これからこのグラスを手にするたびに
 買った時を思い出すんだろう
 長い時間を共に。
 
 








 

mick0120 at 22:17|PermalinkComments(0)

2013年02月07日

12年という年月

毎年作ってきた自分のカレンダーが
今年で12冊になった。

12年経ったんだ、と
当たり前の事を思い
干支も一回り、と
当たり前の事に驚く

2013_01_10 iphone 022  最初はコンタックスで単体でポジで富士の四季を追ってた。

月曜日から金曜日まで残業たっぷりの仕事を終えて
土曜日の真夜中に出る。
季節季節の場所で夜明けまで撮影して
日曜日の昼頃帰って寝る。

記憶しているのは夏だ。
田貫湖のダイヤモンド富士を撮った帰り道
「足音の聞こえる風景が撮りたい」と思った。
路地裏、子どもの走る足音、夕食の匂い、窓の灯り、漏れるテレビの音
そんなものが撮りたい。

同行者にそれを言うと
「それなら、ここにいてはダメだよ」
と言われた。

そしてフィールドを街中に変えた。

電車通勤の
女性用の小さなカバンにも入る
尚且つ一眼と同じくらいのスピードでシャッターが切れるカメラを探して
ライカを持ったのが二冊目。

仕事でデジタルを求められてデジタルに変わったのが4冊目。

稚拙な写真集を出したのが5冊目。

記録の上に広がる記憶は
ごく個人的で日記にも書かないようなものなのだ。
確かに自分で歩いてきた道なのだけど
それはとても儚くて他人事のように実感がない。

今を生きているんだなと思う。
どれも無駄ではない過去の上に
今があるんだなと。

続けていく事で見えてくるものがある。
続けていくほどに見えなくなるものもある。
仕事も人間も写真も自分も

振り返った時に
忘れていたものを思い出した。
今年はそれを探しに行こうと思う。

同行者はもういないけど
また新しい同行者が現れるかもしれない。


mick0120 at 23:13|PermalinkComments(4)

2013年01月19日

お正月の習慣

その家の歴史とか
その家独自の習慣というのは
いったいどうやって始まるのだろう

最初はほんの些細なきっかけに過ぎなかった事が
続けていくと
欠かせないものになって
「縁起」になっていったりする


お正月を淡路島で迎えることになったのは
ごく些細なことからだったのだけど
それが20年も続くと
風習と呼んでいいと思う。

その間に起きた社会的に大きな事も含めて
消せない記憶を重ねていく

2013_01_10 iphone 137-1 
















淡路島で振舞われる地酒は都美人
このお酒の味も年々変化してきて
飲みやすいお酒になった


2013_01_10 iphone 150-1
















金刀比羅宮

以前は高速道路も繋がっていなくて
とても時間のかかる遠い場所だったので
最初の頃は淡路の厳島神社にお参りに行っていたのだけど
いつの頃から頑張って琴平まで行くようになった。

今は高速道路が繋がって
昔より早い時間で行けるようになった代わりに
近くに駐車するのは困難になった。

ここ3年ほどは
裏参道から登っています。


2013_01_10 iphone 153
















神馬
白と黒の二頭いた

2013_01_10 iphone 156-1
















下りは表参道で。
町並みがいい。


2013_01_10 iphone 158
















ねこいた。
カメラ向けたら、可愛いポーズをしてくれました。
ありがとうございました。

2013_01_10 iphone 163
















淡路に戻る時のこの風景が好き。


途中、必ず買うもの。
津田の松原SAにて

2013_01_10 iphone 178
















小豆島のオリーブサイダー

image
















小豆島のオリーブオイル。
自宅で料理に使う油はすべてこれ。
まとめ買いします。

2013_01_10 iphone 180
















今回買ってみた
日本最古の唐辛子。

古いものが好きなので
最古という言葉に弱い。
ハンパな古さじゃないぞという堂々たる古さ。
淡路のイザナギイザナミ神話並みです。

私は九州王朝支持ですが・・

住む場所をどこでも決めていいとしたら
昔は海外の某国を思っていたけど
今は九州か四国と思う。

和でも倭でも
日本は素敵です。

2013_01_10 iphone 204
















帰路で毎回撮ってしまう場所。
空の青とビルの青とそこに映る青


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御堂筋。

親愛なる画伯が大阪に住んでいた時の話を時々思い出します。
御堂筋が一方通行になった日のこと。

「こんな大きな道が一方通行になるなんて想像もできなかった。
 いざ当日になってみると
 何車線もの道を整然と車が同方向に走っていた。
 なんだかわからないが感動してた」

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帰り道で必ず出会う
関ヶ原の雪

ナビ画面に現れる雪だるまのマークが可愛いですが
実際の道路は緊張感たっぷりの吹雪でした。

取りあえず。

20年目の新年も
変わらない幕開けであったことに
感謝して

明日は二十日正月。

私の母は「お年取り」と呼んでいましたが
一月二十日を境に
お正月気分は終わりですという日なのだそうです。

そんなわけでお正月気分のうちに
お正月のブログを書いたわけです。















mick0120 at 22:39|PermalinkComments(0)

2013年01月14日

松本のお正月の子ども行事3 「初売り」

今日は松本の飴市でした。

新年明けて最初の市が立つ日で
初市とも言います。

飴市のことはまた書くとして
取りあえず今日は
松本のお正月の子ども行事を。

商店街の子どもたちは
ここでだるまを売ります。

「本町子供会」
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「中町子ども会」
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昔は商店の子どもたちは
この初市が商売の実地訓練の日だったそうです。

「子どもでも扱える商品を店先で売り
子ども相手に大人が駆け引きなどをしてきたり
それを見ていた他の大人が仲裁に入ったりと
そうやって小さい頃から少しずつ商売を覚えてきたんだよ、

そして一日が終わると
お父さんが子ども達を並べて
売上金をくれる。
それがお年玉だった。
一日働いてもらうお金が
どんなにか嬉しかった。」

かつて中町の商店の子どもだった某人は
そう話して下さいました。

それにしても
お正月、子どもたちは結構忙しいです。
頑張れって応援したくなった一週間でした。


mick0120 at 00:29|PermalinkComments(0)

松本のお正月の子ども行事2 「三九郎」

松の内が終わると
子ども達は町内の松飾りを集めに回ります。

集めた松飾りを
大きく積み上げて
形よく仕上げます。

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大三九郎と小三九郎。
巨大なクリスマスツリーみたいになりました。

これも戦前は
大きさを競ったり
仲の悪い村の三九郎を
夜中に燃やしてしまったりと
中々のいけない風習があったそうです。

今は平和に行われています。

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夕暮れが近づいてくると
「まゆ玉」と呼ばれる
柳の枝に繭に似せた色とりどりのお餅をつけて
子ども達が集まってきます。


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三九郎に火が付けられました。
大きいので燃え方もすごい。

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怖いのはダルマで
熱くなって爆発したり
黒い爆弾のように落ちてきたりするので
高いところにあるのはわざと落とします。

燃えずに転がってきたものは
火の中に投げ込みます。

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長い棒も倒れてくる前に撤収。


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燃え尽きる前に
まゆ玉を焼きに火に集まります。

黒焦げにならないように
アルミホイルで包んでくる人もいます。

まゆ玉を食べると
今年一年 風邪をひかないと言われています。

この行事は小正月(1月15日)の夜に行われていました。
「賽の日」と言う人もいて
遮る、分けるという意味なのだそうですが
1月16日には鬼も地獄の釜も火を止めて仕事を休む日なのだそうです。

それはともかく
三九郎が終わったあと
髪にも洋服にも煙の匂いがしっかりついていました。

これで虫もつかないはずw





mick0120 at 00:04|PermalinkComments(0)

2013年01月13日

松本のお正月の子ども行事1 「オンマラ様」

1月7日の朝早く
白い息を吐きながら子どもたちが集まってきます。

オンマラ様の準備が始まりました。

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「水神様」と呼ばれる神社には
常にきれいな地下水が湧き出ています。
そこにある道祖神は男女が立って手を握り合い寄り添うものではなくて
髪を束ねて長く垂らした女性が
左手に大きなひょうたん(ひさご)を持ってひざまずいています。

この図柄を見ると、エジプトの壁画を思い出します。

オンマラ様は道祖神信仰のひとつですが
普通の道祖神が路傍に置かれた大きな石であるのに対し
オンマラ様のような道祖神は祭壇道祖神と言われ
祭りの日以外は神社や地区の子どもの大将の家などに保管されていて
人目に触れることはありません。

真冬の朝は西山がとてもきれいに見えます。
松本では「今朝は凍みたね」、などと言いますが
「寒い」という表現では足りない。

晴れた日ほど凍みています。
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道祖神は「交わる」ものやところを表すので
昔は交差点である辻で行っていたそうですが、
今は車も通って危ないのでお寺の参道で行っています。 


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七草の法要を行っているお寺に着きました。
 ここに参拝に来る人々が狙いです。

オンマラ様は、子ども達が自ら収入を得るための社会勉強でもあります。
 
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去年撮った写真を見ながら並べていきます。

昔は、子どものお祭りは大人は関与できませんでした。
子どもの大将がいて、版木でお札を刷ったり朱印を押したり
去年と同じように並べたり
どんな風にやったらいいかを考えたり
指示を出して担当を決めたり
すべて子どもが行っていたそうです。

「小さい子どもは三九郎の松を集めて来いって言われて
大名町の銀行とか大きな会社の前まで荷車を押して
朝暗いうちから集めに行かされたんだ」
と、子どもの頃から住んでいる方が話して下さいました。

DSC_2305「三九郎様」

この木像は、三九郎(サンクロウ)様と呼ばれています。
現役で路地に連れてきてもらえる三九郎様は
かなり珍しいそうです。

DSC_2308完成。
 

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オンマラ様のお祭りは
通行人からお賽銭をいただいて
手作りのお札を渡して一年の福を祝うというものです。

辻で行っていた頃は
オンマラ様を横に並べて通行人がそれを跨がないと通れないようにしたそうです。
近くの芸者さんが通ると
年輩の芸者さんは着物をまくりあげて跨いで行きますが
若い芸者さんは恥ずかしいので困ってしまう。
そこでお賽銭をもらって通してあげたと地域の方が話して下さいました。

オンマラ様の風習は
戦前までは各地で行われていましたが
戦後の統制下で禁止され
多くの地域ではお祭りをやめて道祖神は博物館に寄贈されました。

松本市立博物館に行くと
寄贈された祭壇道祖神が
常設展示で見ることができます。

今もオンマラ様を行っている地域は
私は2箇所しか知りませんが
近年になって
昔を懐かしんで再開したという話でした。

学校が教えてくれないいろんなことを
町の中で祭りの中で人の中で
覚えて大人になっていった時代を
ふと省みた一日でした。

写真のサイズが大きくてごめんなさい。

mick0120 at 23:23|PermalinkComments(0)

2012年12月13日

小布施町 小布施まちじゅう図書館

私にとって小布施は何度も行きたくなる町です。

本当に小さな町なのだけど
古きを温めつつ進化しているというイメージ
進化はできればゆっくりであって欲しいと思います。

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小路から続く蔵屋敷の中庭に作られたカフェ


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信州はりんごの季節です。
姫りんごで作られた雪だるまならぬ りんごだるま。
かわいい。

今回初めて行ったのは
「小布施図書館」 

ここは建物も素敵ですが
何より活動が魅力的です。

行政の作る建物が「ハコモノ」と言われてしまうのは
それが十分に活かされていないからと思います。

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入口のガラスに描かれた
木の模様。
この木が小布施図書館のシンボルみたいです。

中に入ると柱もこの木になっていて
楽しい。

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読書スペースや
パソコンスペースは
カフェにいるような気分にさせてくれます

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デジタルアーカイブコーナー。
古い写真をデジタルにできます。

パソコンはすべてりんごのマーク

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壁はガラス窓を広くとって
素晴らしい借景が楽しめます。

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「小布施まちじゅう図書館」

ここの図書館の活動で
町の人々が自宅やお店で自分の持っている本を読ませてくれるというもの。

オープンガーデンの図書館版です。

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まちじゅう図書館のマスコット
とーとちゃん。

いい味出してます。

信州には、鶏を呼ぶときに
「とーっとっとっと とーとっとっと」と声をかける方言(?)があります。
それと、トートバッグをかけた とーとちゃんなんだそうです。

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さすが小布施は栗の町!

だるまも栗〜

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図書館の近くにあったポプラ。
太陽をここに入れたくて撮ってみた

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途中で見つけた手水鉢

バラの花びらが♡に集まっていました。

街の人が誰でも参加できて
たくさんの力がひとつの街のエネルギーになる

いいな





mick0120 at 16:53|PermalinkComments(0) 観光 | 散歩道

2012年10月09日

さよなら豊科IC よろしく安曇野IC

昨日
10月7日に豊科ICが安曇野ICに名称変更されました。

ICの名前が変わるなんて初めての経験。

新しいものに変わる前に
撮ってきました。

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名前。

ただ、それだけのことなのにね。

変わっていくことは悪いことじゃなく
淘汰されていくことは自然の摂理で

自分さえもその流れのなかにいる。

ただ流れを見送り、今だけを見ていてもよいのだけれど
確かにあった足跡を
残したいと思う

存在という
確かで曖昧なものを

感傷なのかな。。。






mick0120 at 00:06|PermalinkComments(4)