2005年08月

2005年08月25日

八面大王

9568ea3f.JPG安曇野に「八面大王」という伝説があります。
そのあたりは耳塚とか首塚とかが地名にもなっています。
その大王が捉えられていたという岩屋を見てきました。
山道に置かれた石仏を100体数え終わると、祠が現れます。
その祠は巨大な岩の上に建てられていて、そこが岩屋でした。
「はちめんだいおう」の読み方を変えて「やめのおおきみ」と読むと
八女の大王・・九州から来た一族との俗説があります。
彼が捉えられたとされる直後に作られた日本書紀。
それまで実に明解だった古事記が、突然複雑な日本書紀に替わり
皇族が日本中を飛び回る事になります。
八面大王が持っていたのは九州王朝の歴史書ではなかったか。
そしてその歴史書の文章を古事記に加えて日本書紀が作られたのではないか。
実際古事記は禁書になり葬り去られたのです。
岐阜のお寺で命令を無視して保存していなかったら、私たちは今も知ることがなかったのです。思えば今回の自民党の動きをみると、全国で岐阜だけが自分の意見で動いている。時代は変われど日本人の本質は大して変わっていないのかもしれません。

mick0120 at 23:43|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 歴史散歩