2006年06月

2006年06月20日

寺を歩く

c73866cc.jpg大町のとあるお寺を参りました。
大きな車では入れない程、狭くて鋭角な入り口。
そこには小さなお堂があり、金色の立像が祀られています。

今回ここを訪れたのは、この金色の立像を作った上人が、
木食山居という上人であったこと。
その上人の作ったこの金色の観音像が重要文化財であること。
そしてその上人は生きたまま土葬された方であること。

偶然、道を歩いていた人に聞くと、その人が管理人さんで
鍵を開けて中を見せてくださいました。
話を聞くと、
ある日急に某テレビ局が来て、
「このお堂の下に生きたまま埋められた人がいた。」
とのことで、ものものしい人数がものものしい機械で反応を調べて、
掘っていったのだそうです。

出てきたのは少しの歯と数珠の残骸。
月日と酸度の高い日本の土壌は、人の身体も骨も着物も
きれいに土に返してしまったのです。

大学やテレビ局の名前と並んで、
日本ミーラー学会と書かれていました。
そんな学会があるのね。

文献によると、かつて、
生きたまま葬られると
極楽浄土の中でも高い地位に行けるという
流行があったそうな。
そしてその最後の人だったらしい。
棺おけから竹の筒を出して息をしながら死に至る。
あまりのすさまじさに、想像しただけで萎えます。

死後も凡人でいいから、平和に死にたいと思う
その程度の大きさの器の人間で満足。

それにしても彫った人の過酷な修行と比べると
立像の顔は柔和で、程よく丸みを帯び、
腰が案外くびれていて、すらりとした足。
およそストイックなイメージとはかけ離れているように見えます。

見る人間の煩悩の強さかも・・・・・


mick0120 at 17:21|PermalinkComments(6)TrackBack(0)