2016年03月29日

楽都

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何かまとめようとして開いたページを
空白のまましばらく見つめていた

まとめなくていいものもある

感情が高ぶった時の思いは
言葉にすると端から色あせていく
言葉ではないのだ、表現するものは。

先日、「愛に生きる」(鈴木鎮一)の本を読んだ。
それでスズキ・メソードのことをメモ的に書いておく。

愛は恋愛の愛ではなく、もっと広義の愛だ。

松本市の3ガク都の意味を知る人はどのくらいいるのだろうか。
セイジオザワフェスティバルが行われているから音楽の都と思っている人もいるかもしれない。
開智学校があるから学びの都と思っている人もいるかもしれない。
もちろんそれも正しいのかもしれないけれど。

鈴木鎮一は松本を音楽の才能教育のメッカとした人である。
ヴァイオリンを作る会社の長男に生まれ
家業を継ぐため工場で働いていたが才能を見出されヴァイオリニストになるべく渡欧し
演奏家ではなく演奏家を育てる人になった。

子どもには生まれつきというものはない
「どの子も環境次第で育つ育て方ひとつ」を提唱してきた。
どの子も日本語を話しているじゃないか。
東北の子は東北弁を、大阪の子は大阪弁を。
みんな話せるようになっている。鈴木がそれに気付いたことが才能教育の源である。

昭和21年、鈴木は松本市下横田町に全国幼児教育同志会を開設した。
下横田町と言うと、明治時代の松本の有名人は皆ここからというような場所で
何だか活動家のパワースポットみたいだ。
昭和21年という年も驚きだ。
戦後間もない混乱の中で、ヴァイオリンという舶来の楽器を習う余裕のある家は限られていただろう。

鈴木は「心を育てる道が欲しい」と、機関紙「才能教育」に書いている。
上手に弾けることが目的ではない。心を育てるのだと。

教育とは、教えることと育てることなのだけれど
教える ばかりが優先されて 育てる が消えてしまっている。
誰もが愛を持って生きられたら戦争もなくなるのにと。

今年才能教育研究会は70周年を迎える。
鈴木の夢見たように子どもを育てる世の中を、日本は作ってこれなかったけれど
町の中でいつでも音楽に触れられる環境は出来つつあると
ほのかに思う。


 

mick0120 at 00:53│Comments(0) 日記 

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