2005年01月06日

昭和の歌謡曲 雨だれ 太田裕美

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太田裕美の歌声は、なんでこんなに淋しく胸に響くのだろう。しかし、その淋しさは決して心を引き裂くような暗い影を伴うものではなく、たとえば晩秋の夕暮れに、ひとりで銀杏の葉が舞うのを見つめているような、ある種の清々しさを感じさせるものだ。

拙は小学校の頃は、自ら道化役を買って出ることに悦びを感じて、周囲を笑わせることが好きな少年でした。親戚の叔母さんからも、路傍ちゃんって面白いわねぇ、とよく言われたものでした。なんだ、今の自分とちっとも変わらないじゃねえか(笑)。それはともかくとして、やがて中学に入学して自我に目覚めると、とたんに自分の心のなかをもやもやとした暗雲が立ち込めて来るのを感じたのです。他人と自分とを比較したときに感じる、いいようのない不安、恐れ。自分は人に比べて極端に劣っているのではないか、大人への成長が止まってしまっているのではないかと。体躯もほかの級友たちに比べて小さくがりがりに痩せ細っていたことが、その恐怖心を余計に増長させていったのでしょう。
そんな思い込みで、それまで親しくしていたたくさんの友人たちから離れ、自分の殻に閉じこもることも多くなり、晴れた昼休みにひとりで教室の隅に座り、小説を読むことも増えていきました。そのときに読んでいた一冊が、山本有三の「真実一路」であり、拙のハンドルの元になった「路傍の石」でした。志賀直哉の「城の崎にて」「和解」など、もう少し大人びたテーマのものも背伸びして読むようになりました。
ある日、拙は自覚したのです。ひとりで小説を読んでいるときに感じる、心のなかを隙間風が吹くような淋しさが、ある種の心地よさをもって肌に伝わってくるのを。

太田裕美の登場は、同時期の岩崎宏美やキャンディーズとは明らかに異質な何かを感じさせました。ポストフォーク的なものを狙っていたのかもしれません(裏づけのない勝手な憶測です)。デビューがすでに19歳のときですから、アイドルというには大人を感じさせる年齢です。デビュー・シングルのジャケット写真(上記画像のCDジャケと同じ写真)、黒いビロードの衣装に真紅の薔薇を胸に挿したポートレートからも、大人の歌手としての主張が伝わってきます。

ところで、今回これを書くに当たって、当時妹が買って一緒に聴いていた太田裕美の数枚のシングル盤(そのなかには岩崎宏美、キャンディーズもあったはず)を探したのですが出てきません。プレーヤーもないのにこんなものを嫁入り道具に持っていくはずがないだろうし、亡き母が生前に、拙が幼いときに聴いていた童謡などの古いレコードと一緒に処分してしまったのかもしれません。いや、惜しいことをしました。なぜなら、太田裕美のシングルのB面には、ヒットしたA面を凌ぐほどの名曲が多いからなのです。

でも、ご安心あれ。今では、デビューからすべてのシングルAB面全曲を収録したCDがリリースされています。初期のシングルを網羅した1枚が太田裕美「Singles 1974〜1978」です。デビュー曲「雨だれ」のB面「白い季節」からして、英国のクラシカル・ロックの雄ルネッサンスに匹敵するほどの哀愁溢れるストリングスとピアノのアンサンブルが胸を震わせる珠玉の名曲!まさか洋楽オタクだった筒美京平さんが意識したのではあるまいに。そのほかにも「水曜日の約束」「揺れる愛情」「銀のオルゴール」などなど、その美の世界はプログレ・ファン必聴ですっ!!って最後はややこじ付けでした(笑)。

※関連ページ
太田裕美 短編集

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mickbanzai at 02:15│Comments(7)TrackBack(1)

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1. 太田裕美  [ あかねさんのかぶと虫 ]   2005年11月01日 00:45
太田裕美さんについては、今までも書きたい機会があったのですが、新人賞受賞年の75年まで待ってました(笑) デビューは74年11月の「雨だれ」で75年デビュー扱い。76年の代表曲(発売は75年12月)の「木綿のハンカチチーフ」をはじめ、作詞・松本隆さん、作曲・筒美京平さ...

この記事へのコメント

1. Posted by MASA   2005年01月06日 04:08
こんばんは。
そうですかー、太田裕美はシングルB面曲がいいのかあ。
私はA面曲を中心にしたベスト盤のLPは持っていますが、シングルは「木綿のハンカチーフ」と「赤いハイヒール」しか持っていません。しかもこの2枚のB面はよく憶えていません(笑)。A面ばっか聴いてたんですね。

それはともかく、舌ったらずのような可愛い歌い方ながら、せつなさも感じる独特の歌唱は確かにいいですよね。
彼女に「ポストフォーク的なもの」という印象は当時私も持っていました。「雨だれ」なんかはピアノの弾き語りで歌ってましたよね。
そんな彼女の歌に、多感な思春期の中にあった路傍の石さんの感性をくすぐるものがあったということですね。
何となく分かる気がします。
2. Posted by 柏木陽志   2005年01月06日 22:31
太田裕美さん、いいですねえ。
私は、赤いハイヒールがフェイバリットです。
雨だれもいいね。

3. Posted by あかね   2005年11月01日 00:48
TBありがとうございました。こちらからも逆TBさせていただきました。
太田裕美さんは心に沁みますね。後半はちょっと音楽的に遊びすぎの気もしますが。
消えていったアイドルたちと一線を画し、今でも現役でいられるのは、彼女の音楽との距離のとり方が絶妙だったからかもしれません。
4. Posted by ギムリン   2007年12月12日 21:47
太田裕美さんは、2枚組みのベストを持ってます。最新のオリジナルアルバム「始まりはまごころだった」も買わせていただきましたが、ちょっとライターの方々が、"太田裕美の世界"を意識しすぎてマイルド系になりすぎたかな〜。もう少しアップテンポの曲があったも良かったかも。
やっぱり、松本隆さんの歌詞と筒美京平さんのメロディーが、裕美さんの歌声に合っている気がしますね。
おお、こんなところにあかねさんのお名前が。
歌謡曲ブログを展開している世界のつながりは深いですね。
5. Posted by 路傍の石   2007年12月15日 22:32
5 ギムリンさん、どうもです。
> 最新のオリジナルアルバム「始まりはまごころだった」も買わせていただきましたが、ちょっとライターの方々が、"太田裕美の世界"を意識しすぎてマイルド系になりすぎたかな〜。

新作は聴いてないので分かりませんけど、年齢相応のものを狙ってるのかな。拙はスローなバラード系の裕美が好きかな。

> やっぱり、松本隆さんの歌詞と筒美京平さんのメロディーが、裕美さんの歌声に合っている気がしますね。

おっしゃるとおりですね。松本隆=筒美京平=太田裕美のゴールデン・トライアングルは、素晴らしいマジックを見せつけてくれましたね!
6. Posted by 執事=deacon_blue   2007年12月24日 21:06
5 ☆ 太田裕美は「クレヨンしんちゃん」で有名になった埼玉は春日部の人で,スクールメイツ時代からソロデビューした後も暫くは東武東上線で仕事場に通っていたそうです。

☆ 当時(70年代半ば頃)ラジオでCBSソニーがスポンサーで,自社のミュージシャンの紹介をしていく番組がありました。新人も多く紹介され,太田裕美やキャンディーズはこの番組のおかげで初期の作品(シングル)は切れ目無く全部聴きました。だから太田裕美やキャンディーズは,メジャーになっていく過程をずっと追っていったというミーハー的な自負もあります。
7. Posted by 路傍の石   2007年12月24日 23:25
5 執事さん、どうもです。
> 太田裕美は「クレヨンしんちゃん」で有名になった埼玉は春日部の人で,スクールメイツ時代からソロデビューした後も暫くは東武東上線で仕事場に通っていたそうです。

裕美の自伝『太田裕美白書』にも書かれてましたね。でも、その自宅も火事で全焼して、デビューからコレクションとして残していた自分のレコードその他諸々すべて焼失してしまったそうです。裕美さんは、思い出を大切にする方なんですね。

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