2005年01月20日

昭和の歌謡曲 圭子の夢は夜ひらく 藤 圭子

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冬の雪降る場末の寂れた呑み屋で、その少女と出会った。周りを数人の大人たちに囲まれて少女は座っていた。笑みを浮かべるでもなく、かといってテーブルの上の食べ物に手を伸ばすこともなくひとり口を閉ざして、ときおり思い詰めたような視線を足元に投げかけていた。大人たちは、そんな少女にお構いなしに酒を酌み交わし大声で笑っていた。
「親なんて、殺してしまいたい」。
少女は小声で吐き捨てるように言い放つと、醒めたその目には青白い炎が宿っていた。
 
これは拙が藤圭子のイメージから作った創作ですが、作詞・作曲家でありプロデューサーの石坂まさをに天賦の才を見出されたデビュー前の阿部純子(本名)が、「親なんて、殺してしまいたい」と呟いたのは実話だそうです。阿部純子の暗く塞がれた心情と藤圭子が歌った怨念に満ちた楽曲は、文字通り表裏一体であったのです。
 
藤圭子の有名曲といえば、まずはデビュー曲「新宿の女」ですが、今でもこれを聴いて弱冠17歳の少女がうたった歌だと信じられる人がいるでしょうか。”演歌の星を背負った宿命の少女”というのは、センセーショナルなデビューを狙って冠せられたキャッチコピーですが、不幸の生い立ちをそのまま投影させたかのような歌に、自分の境遇を重ねて涙しながら聴いた人も決して少なくなかったのではないでしょうか。そんな時代の共感を呼ぶ力が、藤圭子の歌の中に封じ込められていたように思います。ときは1969年から70年にかけて。ベトナム戦争、全共闘の学園紛争など国内外の戦火が激化の一途を辿った時代でもありました。
 
そして、藤圭子の名前を一躍全国区に押し上げた曲といえば、「圭子の夢は夜ひらく」です。涙も枯れ果てたかのような渇き切った歌声に、ときおり鋭利なナイフの光が見え隠れして背筋が冷たくなり、突き放して醒めた歌い方に、わが部屋はいっきに流氷漂うオホーツク海の如く氷点下20度まで下がり、身も心も凍てついてしまうのです。淡々と自分の身の上の不幸を歌いつづり、ときには自ら生傷に塩を擦り込むような藤圭子の姿を見て、「この少女に平穏の日が訪れるのはいつなのか?」。そんな思いで、当時の藤圭子を見守っていたファンもさぞや多かったのではないか。これは勝手な想像ですけど。
 
さて、画像は、当時のシングル盤のジャケットと、そして上の扇状に広げてある6点のポートレートは、2000年12月にリリースされた藤圭子コレクション『聞いて下さい私の人生』(6CD)の各CDのプラケジャケットです(ど真ん中に写っているのがその6CDが収められたBOXのケース)。残念ながら現在は廃盤です。ただし、手軽なベスト盤が何種類か出ています。また、オリジナル・アルバムでは1st『新宿の女』2nd『女のブルース』がリイシューされており、この2枚は、往年の歌謡曲マニアであれば決して避けて通ることはできない、藤圭子が日本の歌謡史上に打ち立てた不朽の金字塔です(と言い切ってしまおう)。
 
最後に、94年10月に毎日新聞夕刊に連載された越川健一郎氏の記事「うたものがたり 新宿の女」で紹介された藤圭子の言葉で締めくくらせていただきます。
 
「人生って苦しいことの方が多いけど、歌があったからまあいいっか、と言えるような死に方をしたい」
 

mickbanzai at 20:38│Comments(5)TrackBack(1)

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1. 藤 圭子  [ なつかしの昭和おもひで歌謡曲 ]   2006年01月05日 23:33
今は「宇多田ヒカル」の母として有名だが、当時は「薄幸の若手演歌歌手」として一世を風靡していた。もっとも子供だった私は、まったく興味がなかった。 彼女の思い出には、マイナむ

この記事へのコメント

1. Posted by DOBRO   2005年01月21日 07:14
ご無沙汰してます。
う〜ん。
紙ジャケ、渚ゆう子に続き、またしても。
今夜あたり、藤圭子のCDを求めて夜の街を彷徨う自分の姿がイメージされつつあります。
路傍の石さんのせいで、計画が狂い始めています。
2. Posted by テキサス野郎   2005年01月21日 22:38
宇多田ヒカルがデビューして話題になっていた頃、前川清がステージで「宇多田ヒカルは俺の娘」とギャグにしていたといういい話もあります。
3. Posted by DOBRO   2005年01月29日 13:05
藤圭子コレクション『聞いて下さい私の人生』(6CD)
買っちゃっいました。散財。
聴こうっと。
4. Posted by メロオ   2006年01月05日 23:31
コメントありがとうございました。当方より、ほぼ一年前に書かれていたんですねぇ。
私の感じ方も、ほぼ同様です。だからこそ、娘とのコントラストが際立ってるようで・・・。でも案外、娘も同根なのかもしれませんが・・・。お返しのTBさせて頂きます。
5. Posted by 路傍の石   2006年01月07日 13:34
5 メロオさん、TB及びコメントありがとうございました。今では絶対に売れないと断言できる藤圭子を受け入れた70年代初頭は、やはり時代によるものだったのでしょうか?歌手と時代の関わりは深く探っていくと面白いです。

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