2005年03月18日

昭和の歌謡曲 襟裳岬 森 進一

 
森進一襟裳岬拙が小学校に入学した1968年は、日本の歌謡界がカラーTVの急速な普及の勢いに乗って百花繚乱の新たな黄金時代を迎えた頃でもありました。
その年にTVを通じて真っ先に拙の目耳に飛び込んできたのが、黛ジュン「天使の誘惑」ピンキーとキラーズ「恋の季節」であったことは、前にも書いたとおりです。
グループ・サウンズもそろそろブームの末期に近づいていた頃でしたが、
それらのバンドたちの、髪を伸ばした男のフリルの付いた衣装にエレキ・ギターという派手なルックスと煌びやか音も、それは刺激的なものでした。
成層圏を突き破って人類史上初めて月という異次元を目指したアポロ・ロケットも同じ時期でしたが、
そのことに象徴されるように、世界的な視点から見ても、科学も芸術もすべてが新しく生まれ変わろうとした画期的な時代でもあったわけですね。
なんと幸福な時代を過ごしたのだろうと、今さらながらに感じます。

それからしばらくは、ヒット歌謡の印象はどれもがキラキラと輝くものばかりでした。
しかし、やがて楽しく明るいものだけが歌謡曲ではないことを思い知らされるときがくるのです。
ひとりは、「圭子の夢は夜ひらく」でそのとめどなく暗い世界を見せつけた藤圭子であり、
そしてもうひとりが、71年「おふくろさん」の大ヒットを放った森進一でした。
初期の森進一が歌ったその多くは、涙恋に翻弄される女心を歌ったいわゆる”艶歌”もの。
ほとんどが大人を対象にした楽曲群のなかにあって、この「おふくろさん」だけは、子供だった拙にも十分理解できる曲名と歌詞で、あっという間に心を捕らえたのです。

そのしゃがれた声で咽び泣くような歌唱はあまりにも衝撃でした。
71年暮れの日本レコード大賞では最優秀歌唱賞を獲り、TVで見た授賞式での泣き叫び悶絶する歌声は今も忘れることができません。
これほどまでに高ぶる激情を歌に込めることができるのか。
当時、強い印象を残した歌手は数多くあれど、まだ小学生だった拙の胸を押し潰すまでのインパクトを与えた歌手は、後にも先にも森進一だけでしょう。

大人になってから森進一を聴くならば、もう一方の”艶歌”の世界にもどっぷりと浸かっていただきたい。
これぞ、森進一の真骨頂。凄まじい情念が渦巻きます。
デビュー曲の「女のためいき」からしてその悶えっぷりは一級品です。続く「命かれても」ですすり泣き、「花と蝶」でもんどり打つ。
とどめは、禁断の性愛に身をやつす熟女を見事に演じきった「年上の女(ひと)」です。
濡れた身体を持てあましてしなだれかかるその姿。
むせ返る女体の匂いまでも想像させて、まるで情死した女の亡霊が乗り移ったかのような成りきり方。
これだけでも昭和歌謡は凄かったと言わせてしまう魔力みたいなものを感じさせますね。

しかし、森進一の歌手としての懐の深さを最初に世間に知らしめたのは、それら”艶歌”ヒットが続いたあと、新しい時代の空気を嗅ぎ取って放たれた「襟裳岬」だったのです。
74年に大ヒットしたこの曲、日本レコード大賞のグランプリをはじめ、当時の賞を総なめにしました。
いや、そんなことはもはやどうでもいいのです。
作詞は岡本おさみ、作曲は当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった吉田拓郎
これ以上は多くを語らずにおきます。
さりげなさと奥ゆきが共存するこれぞ昭和歌謡の屈指の名曲。そのひと言で十分でしょう。
 

mickbanzai at 22:17│Comments(0)TrackBack(0)

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