2019年01月12日

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。

と言っても今日はもう12日。ブログではちょっと遅いご挨拶になってしまいました。

今年の仕事始めはのっけから泥沼にはまりこんでとんでもないことになってます。地獄です。悪魔です。ここでネガティヴな感情をまき散らしても利益はないのでこの辺にしておきますw

さて、今年は亥(いのしし)ということですが、そこにはどんな意味があるのかちょっと検索してみました。


さて、今年は亥(いのしし)ということですが、そこにはどんな意味があるのかちょっと検索してみました。

いわく亥は十二支のなかでは一番最後の年であり、そこには新たな始まりに向けての準備を行う期間、という意味があるそうです。実はもっと詳しく探っていくと、干支では正確には己亥(つちのとい)と言うそうで、これは12年前の亥のときの丁亥(ひのとい)とは異なるまた別の意味もあるそうですが、面倒くさいのでこの辺にします。

思い起こしてみれば、12年前の拙はというと、前職の勤めていた会社が自ら積み重ねてきた悪行から崩壊して、そのあおりで拙は失業し、現在勤める会社に転職した年だったのです。前回の記事でも書きましたが、まさに今が再びそのタイミングかもしれないという暗示を、亥の意味から感じ取ることができるわけです。

やだなー。なんか憂鬱になってきた。せっかくの三連休のしょっぱなにそんなこと考えたくないwww

あらためて12年目の自分と今の自分を重ね合わせてみて感じるのは、あの頃は当然ながら今よりも若かっただけあって、もっと闘争的で攻撃性を持った己がそこにいたし、未来に対する希望も失っていなかった。

それが今は何と言ったらいいのか、気持ちがイマイチ前向きにならないというか、何かを考えて行動を起こそうにも心の中が鬱な感情に支配されてしまうような、そんな感じなのです。

だから今は家で音楽を聴いても、以前ほど心が沸き立たないし、思い切ってレコ屋に足を運んでみても、欲しいものを見つけ出すコレクターのアンテナが働かずに、これまた鬱な感情で家に帰ると、そんな具合なのです。

でもまあ、元来寒い冬が苦手な拙はそんな気分になることが過去に何度もあったので、単に一過性の感情の起伏が最もダウナーな時期にあるということだけかもしれませんが。

ところで、今この記事をペンタングルの『BASKET OF LIGHT』をBGMに聴きながら書いてます。二十歳のときに国内盤で購入して初めて聴いたとき以来の愛聴盤です。英国トラッドをルーツにしながらもジャズとブルースとインド音楽の要素を高度な次元でミックスした斬新な響きが今もまったく色褪せてない。ペンタングルは本当に凄いグループだったんだなと。

現在拙が所有しているのは紙ジャケCD、音源は2001年のボートラ付きリマスターです。本当ならしっかり英オリジで持つべきかもしれませんが、今の拙はそこまでレコードに対する執着心はありません。

もはや何がオリジナルであるとかマトがどうとか、話としては面白いし興味津々ではあるけれど、自分がその道に入り込んでコレクションしていくのは面倒くさくてできないというか、純粋に音楽に耳を傾けるための障害になるというか、あれもこれも同時進行で楽しむということが難しくなってるんですね。

そういえば昔に比べると読書量も随分減ってしまいました。老眼やらなんやらで長時間活字を読み続けることが難しくなったということもありますが、いろいろと多くのことを脳にインプットすることが疲れてしまってできないというのがその理由です。

これってもしかして頭がボケようといていく初期症状なのか?本や新聞をまったく読まなくなったらさすがにヤバイと思うし、読書好きな人に認知症はいない、活字を読まない人が認知症になりやすいっていうもんなー。

こうやってまたブログで文章を書いていれば認知症防止になるんだろうけど、仕事を離れて家にいるときは、首の疲れを休めて病気を進行させないためにも、PCのキーボードを長時間触らないように決めた拙であります。

今、BGMを同じペンタングルの『CRUEL SISTER』に切り替えました。ここからエレクトリックの要素が入り込んできます。それでも無伴奏曲があったりとゴリゴリのトラッド志向は守られています。

それにしても静謐なムードのなかで奏でられるアコースティックな音像の美しさは絶品ですね。こういった音楽が理解できるようになったことがきっかけになって、その後次第にジャズにも目覚めてジャズ狂いの三十代を迎えることになるのですが、そんなことも以前ブログで書いたような記憶がありますなwww

閑話休題、実は最近仕事が多忙なこともあって平日はTwitterから離れる時間も多くなってきました。ここ1年くらいTwitterをやってみて感じたことが、何かを書こうとするには、やはり自分にTwitterは向かないなということ。あれはやっぱりなんなんだろうな、良くも悪くも短絡的な感情の発露というか、それはポジティヴな方向に向かう分には健全なんだけど、ネガティヴな感情が込められたときの醜さには辟易させられて、もうワタクシついていけないの、あなたとはお別れしますゴメンナサイ、なんですね。

いやときにはネガティヴだっていいんですよ。拙だってブログでは散々そんなことを書いてきたし、でもそれを短文で吐き捨てられると、え?なになに?急にキライだなんて言われたって納得できないよ、もっと筋道立ててわかるように話してよ、となるんです。冷静さを失ったネガティヴな感情の爆発は害悪でしかないと。

すみません、偉そうなこと言って。まあ人間は誰しも聖人君子ではありませんから、そんなこともありますものね。

なんかこう書いてることが支離滅裂でまとまりがないですね。やっぱりそろそろ拙もボケに向かおうとしているのでしょうか?

ということで今年もよろしくお願いいたします。


mickbanzai at 18:45│Comments(1)路傍のつぶやき 

この記事へのコメント

1. Posted by らん   2019年01月27日 12:28
遅ればせながら新年おめでとうございます。
西新宿の記事がありましたが路傍さんは都内にお住まいですか? 私はイベントを構想しているのですが協力いただけましたらうれしいです。

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