サブサハラアフリカの農業の特徴と天候リスク、天候保険(第2回)に引き続き、ブラウン大学の三浦憲さんからの寄稿記事を掲載します。

【以下、寄稿いただいた記事】

「サブサハラアフリカの農業の特徴と天候リスク、天候保険(第2回)」では、天候インデックス保険の契約内容とその特徴を紹介しました。その中で、天候インデックス保険に期待されている役割として、(1) セーフティーネットの提供という事後的な効果と (2) リスクの高い農業経営を行うインセンティブを農家に付与するという事前の効果、の二点が理論上考えられることを述べました。今回は、後者の点をガーナ農村部で実証的に検証したイェール大学のDean Karlan教授やChristopher Udry教授他の論文Karlan et al. [2014]を紹介します。(Karlan 教授は、邦訳されているこの本の著者でもあります。)

彼らの研究課題は、「天候保険の供与は、種子や肥料といった農業投入財への投資を促進するかどうか」を検証する点にありました。彼らは、天候リスクが取り除かれれば、それまで敬遠していた化学肥料や高収量品種といった収益性の高い農業投入財の使用を開始するのではないか、という仮説を立てました。数理モデルを使った理論研究では、ある潜在的なリスクのために、保守的な農業経営に走ることは合理的な行動であると証明することが出来ますが、そのリスク(ここでは、天候リスク)を取り除いた際に期待されるような効果が現実世界で観察されるかは実証的な問題になります。しかし、この問いに答えを出すためには、考えられる他のメカニズムも考慮しなくてはなりません。特に、「天候リスクのせいではなく、サブサハラアフリカの農家はそもそも十分なお金を持たないために、改良品種種子の播種や肥料の投入を諦めている」可能性もあるのです。

天候リスクからの影響、資金制約からの影響、どちらのほうが収益性の高い農業投入財の過少投資という現実への説明として正しいでしょうか? この両者の影響をクリアに識別するために、Karlan教授たちはガーナ農村部の調査対象家計を、(1) 現金の贈与を受けるグループ、(2)割安価格で天候保険を購入する機会を提供するグループ、(3)現金贈与および保険購入機会の双方を享受したグループ、そして(4) どちらも受けないグループ、という4つのグループにランダムに振り分け、それぞれについて上述した介入と家計調査を実施しました。ここではランダムにグループ分けするということが正確に効果を測定するための肝であり、英語ではRandomized Controlled Trial (略してRCT)、日本語では無作為化比較実験などと呼ばれ、近年、政策のインパクトを評価する際のスタンダードな分析手法になっています。

彼らの分析結果によると、天候インデックス保険に加入した家計(2)は、① 播種前の土地整備のためのトラクターのレンタル費用を多く拠出し、②耕作する土地の数を増やし、さらに③ 化学肥料への投資を増加させていました。一方で、現金供与を受けていた家計(1)は平均して420ドルもの現金を貰っていたのですが、その効果は非常に限定的で60ドルほど化学肥料の購入を増やしたのみでした。比較のために、農業にかけた総費用への影響を数量化すると、保険に加入した家計(2)は266ドル、保険に加入しかつ現金の供与を受けた家計(3)は338ドル、総費用を増加させたのに対し、現金のみを供与された家計(1)は平均してたった2ドル(!) しか増加させませんでした。また、彼らの推計結果を用いると、天候インデックス保険へ1ドル、補助金を付加すると2.49ドルの化学肥料への投資が促され高い費用対効果が見いだせるのに対し、マイクロクレジットへの1ドルの補助金は高々0.22ドルの化学肥料への投資を促すのみであることが分かりました。観察された天候インデックス保険の望ましい効果と現金供与(あるいは、クレジット)の極めて限定的な効果は、資金制約は我々が思っている以上に投入財への過少投資の足かせではないこと、そして、天候リスクが除去されれば農民はどこかから農業用投資を行うための資金をかき集めることが可能であることを示唆しています。

Karlan et al. [2014] により、天候インデックス保険の農業投資へのポジティブな影響が、厳密な研究手法に基づき確認されました。ただし、天候インデックス保険が現在抱える問題は、市場価格で販売した際の購入比率が非常に低くビジネスとして持続可能とはいえない点であり、多くのプログラムは政府からの補助金を得ています。この低需要への説明は、保険会社への信頼の欠如、保険契約への低い理解度など様々な点が考えられますが(保険需要に関する解説は、松田絢子さんによるこのコラムをご覧ください)、最も大きい要因は前回説明したBasis Risk (天候インデックス保険が保証する額と実際に農家が受けた被害額との差)であると言われています。Basis Riskは保険契約の設定によって抑制することが可能であり、その試みとしてKenyaの家畜保健では衛星画像を使ったリモートセンシングが活用されています。Karlan et al. [2014] が示したように、天候保険は貧困削減を促進させる力を十分に秘めていますが、アフリカ農村部の農民にとって魅力的な保険契約を設計すること、そして厳密な手法に基づいた実証的証拠を蓄積していくことが、今後の課題となります。

参考文献
Karlan, D., R. Osei, I. Osei-Akoto, and C. Udry. 2014. “Agricultural Decisions after Relaxing Credit and Risk Constraints.” The Quarterly Journal of Economics 129 (2). Oxford University Press: 597–652.