私の読書日記

本との出会いを通して

妻と共に生きる

三浦光世著

「読書メーター」に投稿した内容です。


三浦綾子さんは私の一番の愛読作家です。たくさんの蔵書の中から本書を選び、読了し、夫である光世氏のことを知りました。御夫婦で数々の名作を世に送り出したことが分かりました。お二人とも重い病気にもなり、それを克服したこと。綾子さんは誰にでも声をかけ、感情表現がとても豊かなひとだったと。私も少し共通するので、だから愛読するのかも知れません。氷点が懸賞小説一等入選に至るまでの雑貨屋経営時代の仕入れや売り物がいたんでなかったかと電話で確かめねば気がすまない綾子さんの姿に誠実さを覚えました。

難病日記

三浦綾子著

「読書メーター」に投稿した内容です。

夜中に目が覚めてしまい、寝付けない時に読んで、後半は一気に読了しました。夫婦が二人三脚のようにして、たくさんの著作を成就したことに驚き、畏敬の念を覚えました。夫君三浦光世氏からお便りをいただいたこともあります。全国から三浦夫妻のアドバイスや励ましを求めて届く手紙に夜も遅くまで返事を書かれる光世氏の姿が本書にあり、改めて感謝でいっぱいでした。パーキンソン病による、立ちすくみや幻覚など、また夜間の頻尿にもいやな顔をせず、妻を支える光世氏。聖書は口述で書かれた部分も多いとか。三浦夫妻の作品を再度読んでみたい。

長澤英俊

長澤英俊尾崎勝美著
著者は長澤英俊と高校美術部の同期です。長澤は第二次大戦で満州から引き揚げた時5歳。弟二人を亡くしている。美大に進み、卒業後放浪の旅に出た。自転車に乗り、アジアからついにはイタリアへ。当地の建築物、絵画等の質の高さに圧倒され、ミラノに定住。芸術村で修業を重ね、展覧会に招待されるようになる。彼の作品はイデアを大切にした。ところで今わが市のギャラリーで長澤氏の遺作と本書の著者、ほか、美術部同期の2名の方々の展覧会が開催中。著者から直接長澤の伝記を書いた経緯をお聞きできた。友は誇り高い存在であったと。
芸術の良さは良き解説者によって、味わうことができます。長澤氏の作品(素材は紙、木、銅、大理石など)は斬新なアイデアにより、イタリアで注目され、活躍されました。自転車で世界各地を放浪しながら、芸術作品を観た生きざまを本書で知る。見えないものを描くという発想はとても奇抜だと思った。長澤氏も制作費を捻出するために苦労もされた。芸術を愛する人がいなかったら、芸術は盛んにならない。芸術は何のためにあるのか。人間の魂の叫びなのではないかと思う。本書では一人の芸術家を紹介したい熱意がひしひしと伝わる。

プロフェッショナルー志村けん

3月30日NHKテレビ放映のプロフェッショナル 仕事の流儀「志村けん」を観ました。
吉田照幸氏が話されていましたが、志村さんは大人から子供までをつないでくれた人だと
思います。わが子45歳も小学生の頃、「アイーン」と言ってあのあごをつき出し、寄り目をして
ふざけていました。
メキシコに行ったとき、志村さんがおならをしたらみんなが笑いこけて。「ことばなんかいらないんですよ。そのあと平和な雰囲気になってね」と。
志村さんは人間を愛し、徹底的なまでに観察する。「ひとみばあさん」のモデルは飲み屋のおかみだそうだ。単にギャグを言うのではなく、うそでない演技が笑いにつながったのだとわかった。
山田洋次監督の言葉のなかに最後の喜劇俳優ではないかとあった。人間の悲しみを知っているひとで
なかったら、できない演技だと。
台湾の人たちからも熱烈に愛されていたのだと知った。
ファンレターに、家族で夕飯を食べて、テレビの前で志村さんの番組を観て、笑って、一瞬いやな
ことも忘れるのだとあった。
志村さんにとっていちばん嬉しいことだった。
まじめにコメディを貫いて生きた人だった。

朝日新聞3月16日「ひと」欄より

前例にとらわれない介護ケアに取り組む
菅原健介さん(41歳)(文・佐藤陽 写真・角野貴之)
「ぐるんとびー」という名の施設を開いている41歳の男性の紹介がありました。
彼は中高をデンマークで過ごした。always why?と言う言葉が印象に残った。
つまり彼は今でも「常に何故?」と問い続け、職員約30人と納得いくまで対話を重ねる。
末期がんの方の切なるお願いに応え、その願いをかなえてあげようと努める。つまり相手の方が求めることをとことん実現しようとする。そんな介護の姿勢が紹介されていた。
デンマークで過ごした間に人の話に徹底的に耳を傾けることを彼は学んだのだと私は思う。
『安全』ではなく『ほどほどの幸せ』がいいと彼はおっしゃる。
ところで私がデンマークについて知っていることを記します。
デンマークではたとえば、崖があっても自己責任という考えが強いと聞いたことがある。
日本では「転ばぬ先の杖」のように、くどくどと注意書きがあるように思う。
駅のアナウンス然り、商品の注意書き然り。いざというときの責任逃れというのも
強いと思う。
話をもとに戻して、デンマークの作家フィン・セーボーの小説を愛読している私は
デンマーク的な発想が身近なものになっており、よけいにこの記事に親しみを覚えたのかもしれない。
グルントヴィは高等教育を誰でも受けられる制度を考え出した人で、デンマークでは何歳になっても
勉強したいと思ったら、勉強の機会がある。また外国人もその制度を利用できる。
デンマークは早くから教育を国の方針として打ち出してきた。他国と争って領地を拡大するのでは
なく、自国の農業生産を向上させるなどデンマークらしい国造りを続けてきたと理解している。
女性の国会議員の数や共働きしやすい社会を実現させている。
私たちの国もデンマークからこういうところを学びたいと思う。
新聞記事に登場した男性の生き方はとても素晴らしいと思う。

澪つくし

日曜を除く毎朝7時15分からこのドラマを楽しんでいます。
初回はこのドラマを見ることはできませんでした。「おしん」の再放送を見て、とても
良かったので、その後に「澪つくし」を引き続き見ています。
最初はあまりいいと思わず、朝食の合間にちらちらテレビ画面に目を移す程度でした。
今日は130回以上で、もう終わりも近いようです。
主人公「かをる」を巡って、漁師の惣吉と醤油やの梅木の二人の純愛がとてもいいです。
惣吉は海で漁の最中に遭難し、死んでしまったと思われていましたが、実はアメリカの船に
救助され、フィリピンに渡っていました。しかし記憶喪失となり、材木の運搬船で日本に
渡り、東京で徘徊しているところを見つけられたのです。
元の妻「かをる」が惣吉の記憶を取り戻すために、一生懸命語りかけ、船を漕がせて、大海原を
渡るところは感動的でした。
最愛の夫婦、惣吉とかをるでしたが、惣吉が死んだと皆が判断し、2年経ったとき、「かおる」の父が経営する醤油やの後継問題で、有望な青年梅木と「かをる」の縁談がまとまったのでした。

さて今日は漁師と醤油やの仲違いを終わりにしようと一席が設けられ、惣吉と梅木が
正面から対決しました。惣吉は「かをる」が不幸になったら俺が取り返しにくるといい、
梅木はその心配はまったくないと言い切ります。

さてこのドラマでよい俳優さんが大勢います。
牟田悌三、織本順吉、津川雅彦、なべおさみ、加賀まりこ、根岸季衣などなど。

でも私は一番に草笛光子が素敵です。
漁師「利根川丸」のおかみさんとしてりんとしたたたずまい、優しさ、
筋を通す姿。浅黒い肌。
私は今は亡き母を思い出します。
母もそんなふうに生きていました。

NHKラジオ文芸館ーおとぎ輪廻

木下昌輝作

伊藤雄彦アナウンサーの朗読でした。
まず最初にかぐや姫が出て来て。かぐや姫は一年に3センチしか背が伸びない。
かぐやが大人になるまで生きられないと悟ったおじいさん。
次々におとぎ話の主人公が現れる。
8月15日の晩に天の川で落ち合う彦星と織姫。
織姫の織った布は評判である。
それから人魚姫や竜宮城の亀。
竜宮城でもらった玉手箱を開けると年を取る。
桃園の守りの猿は孫悟空でおなじみ。
灰を俵一杯分をお上はお金たくさん払って買い上げてくれる。
灰をあびた人たちは、年を取る。
つぎつぎと主人公が入れ替わって、私はついていけなかった。
でもすべて一度は聞いたことのある話ばかりだった。
自由に作り直して楽しむのもいいかもしれないと思う。
伊藤雄彦アナウンサーの朗読は上手で、ときどき楽しくて声に出して笑った。

ギリシャ語原典入門

メイチェン著 田辺滋訳

「読書メーター」に投稿した内容です。

10年前にギリシャ語で新約聖書を読むために先生から紹介された文法書です。ゼロからの学習を60代と70代の3人で学び始めたのでした。本書でギリシャ語のアルファベットから始まり、語形変化など月1〜2回の勉強会で進め、新約聖書に入りました。日本語訳があるとはいえ、ギリシャ語で読むのは至難の技でした。今も(先生は変わりましたが)二人で教えていただいています。ヨハネによる福音書6章9節の疑問点が本書ですっきり解明されて、うれしいです。「中性複数の主語は単数形の動詞をとってもよい」(項目145)

NHKラジオ文芸館ー火を熾す

石田衣良作

中山庸介アナウンサーの朗読でした。

とても心温まるお話で、うっすら涙が出ました。

みつひろは65歳。ある家電の会社で定年退職し、系列の子会社に出向し2年勤めたが、
いたたまれずに退職した。退職後の雇用人員が多く、経営はうまくいかなかったから、
20歳も年下の上司からどなられる始末だった。

みつひろは区立の公園で、レクレーションのボランティアをしている。
その公園では、リーダーの許可があれば、誰でも自由に薪を使って火を熾すことができる。

その日3人の小学校高学年と思しき一団に火の熾し方を教えていたのだが、ダウンジャケットの青年と
小学生の男子が加わった。
火を熾し、炭になったところにアルミホイルに包んださつまいもを射しこんで30分。
おいしい焼き芋ができた。3人の男の子たちは芋を貰って、歓声をあげた。
おずおずしていた青年ともう一人の小学生も勧められて芋を食べた。

翌日は雨だった。しかし青年と小学生ひとりはまた公園にやってきた。
青年はじろうといい、会社でうまく仕事をこなせず、休職中だった。
小学生はそうたといい、不登校になっていた。
青年はみつひろに教わって、丸太をナタで割って、薪を作る作業に没頭し、
小学生に「こんどはそうたが火を熾してごらん」とやらせてみた。
そうたは教えられたとおり、火を熾せた。
焼き芋をまた作った。みつひろはバターを持参した。
バターのついた焼き芋のうまさといったらなかった。

翌々日は寒い日だった。
じろうとそうたもやったきた。
みつひろはステーキ肉とキャベツとパンを持参した。
みつひろがつくった、ステーキサンドときゃべつのはっぱは
最高においしくて、二人は歓声をあげた。

じろうはそうたに学校に行った方がいいよと話した。
でもそうたも会社に行っていないことを逆に言いかえされた。
じろうは自分の出世のためでなく、誰かのためになにかができるような
気がして、会社にまた行こうという気になった。
そうたはじろうが月曜から一週間会社に行けたら、ぼくも学校に行くと。

それまではじろうもそうたも公園に来て、みつひろの手伝いをしたいと
言った。
みつひろは煙が目にしみたように、目を赤くした。
ほんの少し何かを次世代に教えてあげられたら、それで自分の役目は果たせたことに
なるのではないかと思った。

感想:
とてもよいストーリーでした。
実家の庭に伐採した木がころがっていることが思いつきました。
あの丸太を切って薪にしたら、このお話のように温かなつながりがもてそうです。
中山アナウンサーの朗読、とても良かったです。

開業医の四季

田中省三著

兄の著作です。兄は3歳年上で、小さい頃弟と私の3人でよく遊びました。兄は小さなカードをネコンプ(トランプより小さいから)と呼び手作り玩具でした。オリンピック遊びでは私がジョーミリンド、兄はドンシオゾ、弟が笹原正三と名付け、3人でさまざまな種目をして遊びました。兄は医学部を出て内科医になり、52歳で腎臓がんを発症し、58歳で他界したのですが、医学部卒業時の健診で慢性腎炎が分かり、入院。2か月の療養中に看護師であった後の妻が貸してくれたクローニンの人生の途上にてで感銘を受け、医師と作家の(医師と患者の)二つの世界を生きることが運命づけられました。この本は兄の最後の著作です。私家版です。前半はクリニックを開業し、巡り合った患者さんと病気のことが対話で繰り広げられています。病気を四季に分けて分類しているところが面白いです。後半は人生を振り返って、八王子での出生から58歳での死直前までを書いています。自分が患者になったことで、患者の気持ちが分かったことが兄の医者としての人生で大きかったと思います。腎臓がんの摘出から肺への転移の過程でほんとうにさまざまな治療を受けました。妻はいつも兄に寄り添って旅行もしました。
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