同人誌『AVG Spirits!!』に掲載していただいた自伝的文章です。ご許可をいただき原文(掲載は中文)にて投稿いたします。途中にメールゲームに関する説明がありますので、参加の方々はそちらをご参照いただけるとよろしいかなとー。

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1.自己紹介

はじめまして! 日本の片隅にて『戯作師』を営んでおります、神堂劾と名乗る者です(よく『しんどう』と間違われますが『みどう』が正しい読みです。まぁ間違いもネタになるのであまり気にしないのですが)。

ん? 戯作師とはなんぞや、と。おそらく現代の日本人でも聞きなれない言葉ですのでちょっと説明が要りますよね(実際、名刺交換でもよく聞かれます)。

戯作(げさく)というのは江戸時代前後に流行した、当時の民衆の間で流行した読み物の総称のようなものです。

まだ上流層や知識層のものだった書籍を、絵や判りやすい文章で一般大衆の元にも浸透させた……というとちょっと堅苦しいのですが、要は「おもしろおかしく誰でも楽しめるもの」という、主に娯楽に徹したジャンルと考えていただいてよいのではないかと。

そういった娯楽文章を書く『戯作師(戯作者)』は、平たく言ってしまえば『フリーライター』とほぼ同義のようなもので、「なんだコノヤロウ、小難しく言いやがって、カッコつけるんじゃねー」といったツッコミは正論でございます。ハイ。

まぁ、それでももうちょいとばかり格好つけにお付き合いいただければ……戯作というものに一貫している精神は、堅苦しい縛りに捕らわれず、ともかく人を楽しませようという自由な精神にあると僕は思っています。

芝居の筋書きを記したものもあれば、子供の遊びを解説したものもあり、人情ドラマや恋愛もの、僕の大好きなお化けや妖怪などの多くもこの時代の戯作本から生まれています。

僕自身も、こういった過去の先人たちの自由な発想、型にはまらない創作といった精神は受け継いでいきたいと思っており、戯作師の看板を下げさせていただいております。

要は「純文学」や「ゲームテキスト」、「ライトノベル」などの垣根などは無く、「ともかく面白ければいーんだ! 読者が楽しめることが一番なんだぜ!」という部分を常に忘れてしまわないように、という事でもあります(やっぱカッコつけですかね?)。


2.クリエイターになるきっかけ

そんなワタクシ、振り返ってみますれば工業高校(ゲームとはまったくなにも関係ない、溶接だの旋盤だのエンジン組み立てだのの学校でした)を卒業してからこちら、おおよそ30年以上の間、一貫して「ゲーム」と名がつく業種を続けてまいりました。

卒業後は「タイトー」というテレビゲーム会社で企画及びグラフィックの仕事を続け、その時に関わった「レイフォース」というシューティングゲームと「サイキックフォース」という格闘ゲームの販売促進用の文章を書いた事がきっかけの一つとなり、本格的に文章のお仕事を軸にすることにいたしました。

ゲーム会社を退社後、郵便によって進めるメールゲーム(わかりづらいですね。日本でもあまり有名ではないジャンルです)の会社に入社、ライター兼交流雑誌編集長をしばらく続けました。ここでの様々な仕事は今にしても大いに役立ったのですが(詳しくは後述します)、悲しい事に会社が大きくなる前に倒産してしまいました(笑)。

その後、サーカスという美少女ゲームの会社に入社、PCゲームライターとしてデビューし、その後独立して現在に至ります。

事ほど左様に転々と流浪の旅を続けておりますが、僕のクリエイターとしての原点的なものは「ごっこ遊び」だったと思っております。子供がヒーローと悪役に分かれて遊ぶアレですね。

子供時代の「ごっこ遊び」はルールも筋書きもなく、単純になりきってワーワー遊ぶだけですので、悪役担当が腕力自慢のガキ大将なんかだった場合はあっさりヒーローが負けてしまう(そしてケンカになる)のも往々なのですが、僕は当時から(ぼんやりではありますが)そこに筋書きやドラマを求めてしまう、ちょっとメンドクサイ子供だったようです。

「悪役が勝ってもいいけどさー!勝つなら勝つでちゃんと理由を付けようぜー!」

……的な? 本当に面倒くさい子供ですね、我ながら。

ただ、そんな面倒くさい子供は、同時にこまごまとした理屈を考え出す事も得意だったもので、後々にはプラモデルなんかで遊ぶ時にも「この武器はこのくらい強い」「このロボットは動きが早いので、一度にこのくらい動ける」など、ごっこ遊びにルールを作ったりして、一部の友達には面白がられ、同時に大多数の友達には「おまえメンドクサイ」と敬遠されたりもいたしました(笑)。

そんな僕が10代の学生時代にたどり着いたのが「テーブルトークRPG」でした。こちらも中国ではどの位有名なジャンルか判りませんが……要はルールと大まかな脚本を決めて遊ぶ「ごっこ遊び」ですね。

僕は主にゲームマスターと呼ばれる審判と監督を兼ねた存在を担当していたのですが、当初は自分の考え出した脚本でみんなを楽しませる事が楽しかったのですが、そのうちに「自分が予想していない、予想外の展開になる」事が楽しくなり、筋書きをきっちり決める事をやめてしまいました(もちろん野放図になってしまっては困るので、おおまかなガイドラインは決めていましたが)。

ゲームクリエイターというものは「きっちり一分の狂いもなく、全てを設定しておく」もの、と一般的には考えられているものと思いますが(もちろん、基本的にはそうでないとお仕事として成立しませんが)、僕の中ではこの当時の「思うようにならない事はとびきり面白い!」という精神は根底に生き続けており、この精神こそが僕に「ゲーム」というジャンルの仕事を続けさせている原点ではないかとさえ思っています。

ゲーム作成については「決めるべき事」は確実に決めておかないと仕事として破綻をきたします。いくら面白い事を思いついたとしても、際限なくそれを盛り込むために変更をしていってはスケジュールその他でスタッフに迷惑がかかる一方ですし。

ただし、キャラクターを書いて育てていく中で、そのキャラクターが自分なりの意思を持ち、言葉を発することは往々にあります(キャラが立つ、などと呼ばれます)。この「キャラクターの発する声」を無視して、当初の設計図通りに事を進めることももちろんできるのですが……僕にはこの「キャラクターの声」がかつてのごっこ遊びでそれぞれ勝手にやりたいことをやる友達や、テーブルトークRPGで予想もつかない行動を取るプレイヤーたちの言動と重なってくるのですね。そして、そういった自由な言動を受け入れ、それをどうにか取りまとめられた時に感じた楽しさを思い出します。

繰り返しにはなりますが、ゲームは他のスタッフ含め、集団で作り上げるものですので、いくら「面白そう」だからと言って好き勝手にはできません。しかし、ある程度の制限の中、それでも工夫を凝らして「面白そう」の方向に近づけていく事はできるものです。

すでに存在するイベント絵とその差分、背景、立ち絵を組み合わせ、新たに別のイベントや演出を挿入する、という事は過去に何度かやったりしていますし、極端な例ではシナリオのクオリティの問題で一度全てボツになった企画(CGだけは全て出来上がっている)に全く別物のシナリオを絵に合わせる形で書き上げた、なんて事もあったりします。

どんなに制限のある仕事でも「面白くしよう」という事はできます。少なくともそう考えてみる事だけはできます。自分の中で「面白くする」方向性が見えたら、あとはそれを限られた素材と期間の中でどれほど出きることか。そういった創意工夫をする作業は(もちろん上手くいかない事も多いですが、それも含め)ゲーム作成……に限らずクリエイターの仕事の魅力ではないか、と僕は思っています。


3.メールゲーム時代の活動

さて、少し前に触れました「メールゲーム」についてなのですが、この時期の仕事は本当に今の僕の礎になっていると思います。

メールゲームというのは、まずマスター(ライター)が小説形式で事前の情報(シナリオ)を執筆し、それを読んだ全国のプレイヤーたちが「このシナリオの中でどう行動する」といった具体的行動書いたもの(アクション用紙)を郵便にて送り返し、それを受けてマスターは彼らの行動を取り入れた形での結果を小説形式で執筆し、それを読んだプレイヤーが再びどういった行動をするかを郵便で……といったやり取りを繰り返し、最終的にひとつの物語を作り上げていくゲームです。

読者の方々の中にゲームライターを目指している方がおられましたら、この作業が通常のゲームライターの仕事と比して、どの位想像を絶するものか判るかもしれませんね(笑)。

簡単に例を挙げますと……。たとえば「道端で女の子が困った様子で泣いている」という事前情報があったとします。これに一人のプレイヤーは「慰めて事情を聞く」と常識的な行動を取ります。しかしもう一人は「道端でなにしてるんだ、と怒鳴りつける」としたとします。そしてもう一人は「可愛い女の子だったらナンパする」と。

もうこの時点でかなり困った状況ですよね(笑)。全国から募りますので場合によっては「ナンパする」が二人、三人と重複することもあります。こうなったら(事前に設定したキャラクターの性格次第では)取り合いで争いごとになるかもしれません。

……が、この程度だったらまだ良い方で、プレイヤーによっては「女の子を誘拐する」「理由は判らないが(自分のキャラクターは殺人鬼という設定なので)女の子の命を狙う」なんて事を仕掛けてくる人もいます。もしくは「女の子は無視して世界征服のため、町を襲撃する」なんてパターンさえあったりもするのです(笑)。

こういった混沌とした状況を取りまとめ、一本の小説にするというのがメールゲームのマスター(ライター)のお仕事なわけです。しかもこのサイクルは一ヶ月に一回行われ、執筆期間はだいたい2週間ほどだったでしょうか。

……まぁ、おおむね地獄ですね(笑)。しかも僕は当時、このゲームの機関紙編集長も並列していたので、それらの原稿のとりまとめ、入稿作業などのほか、紙面に隙間が生じた場合は自分でイラストも執筆しておりました(世界観がロボットSFだったので、メカデザインなどもやってましたか……)。
このお仕事を都合5作ほど(1作の期間はだいたい1年ほど)やったお陰で、まずアドリブ力(応用力)が付きました。大抵の無茶振りには対処できるようになりましたね。ゲーム業界でどんな無茶な企画を提示されても、この時期の仕事に比べればだいたい可愛いものですね(笑)。

そして執筆スピード。今の僕は腕の腱を含めいくらか体を壊してしまいましたので当時ほどの速度は出せなくなりましたが、それでも書き始めればそれなりのスピードは維持できます。

そして何よりも、まずメールゲームというのは先の解説のとおり、執筆者とプレイヤー(お客様)が直接に近い形でやり取りします。そのため「どうにかしてこの人(たち)を楽しませよう!」というモチベーションが生じてくるものなのですね。メールゲームのライターは創作業ではなく接客業だ、と言った同僚がいましたが、けだし名言だと思います。

この「お客様を意識する」という感覚は、いま新たにゲームのライターをしている上でもとても重要な精神と思っています。ゲームの執筆ではお客様の顔は直接は見えませんが、見えないだけに常に意識する。何が楽しいか、何が面白いか。目に見えないお客様の視線を意識しながら執筆するということは、今後も常に意識し続けていきたいと思っています。

僕の所属していた会社では、現在ではライトノベル作家として活躍している「田中ロミオ」さんや「橘ぱん」さんなども在籍していた時期があり、彼らもこういった環境の中で実力を培っていった事もあるかと思われます(もちろん両氏ともその上で才気にも恵まれておりましたが)。

メールゲームというジャンルは残念ながら現在ではかなり衰退してしまいました。作業の大変さもあるのですが、何よりも「食えない」という事もありましたので……。先のような恐ろしい労力を払って、だいたい月の収入は10万円未満(コンビニのアルバイトでだいたい12~13万円の時代でした)という有様でしたしね。

同時に郵便でのやり取りという事そのものが衰退してしまった事情もありますが、今でも細々と(メールやWEBでのやり取りなどに形を変えて)継続しているようでもあるとも聞きます。
あまり若い人たちにお勧めできる作業ではありませんが……一度でも経験すると確実にライターとしての能力は向上しますので、完全には途絶えてほしくない文化ではありますね(笑)。


4.デビュー作品にめぐる経歴(何かの印象深い事はありますか?)

さて、そんなメールゲーム業界を経て美少女ゲーム業界に参加したわけなのですが……実は僕のデビュー作は実質3本ほどあります。

ひとつは入社したサーカスのブランドからの「終の館2巻~双ツ星~」、そして同時にライター募集に応募しておりフリーとして受注の来たムーンストーンさんの「妹~わたしどんなことだって~」、そしてクロムウェルの「この晴れた空の下で」。後者2本は「神堂劾」名義にて執筆しておりますが、「終の館」のみ「九十九 神一(つくも しんいち)」の名義となっております。これは掛け持ちについては話そのものは通っていたものの(業務時間外に作業する前提で)、仕事として一応の区別をした形です。

3本ともだいたいの企画しか定まっておらず(キャラクターのおおまかなタイプとざっくりとしたテーマがあったくらいでしょうか……)、ただの執筆ではなく世界設定からキャラクターデザイン、フローチャートからCG発注用の絵コンテ等、ディレクター業務まで兼任していた覚えがあります。ピーク時は日中はサーカス本社に勤務して「終の館」を執筆し、そのまま会社近くの漫画喫茶に泊まって「この晴れた空の下で」の作業、週末はムーンストーンさんの事務所でデバッグ等の作業……と、振り返ればメールゲーム時代に近い地獄な状況ではありました(笑)。

「終の館」はシリーズを通してそもそも全てがバッドエンド的な展開で、その後に発売する「ホームメイド」という作品で救済(ハッピーエンド)するというコンセプトだったため、極限まで暗い、救いの無いシナリオを意識いたしました。発売からかなり経過しましたが、いまだに「終の館は2巻が一番つらい」という評価を見かけます(笑)。もちろん、登場する双子のメイド、桂花とすずはコンセプト通りに「ホームメイド」にて幸せにしてあげております。1本千円というロープライスで本数も出ており比較的入手しやすいタイトルではありますので、ご興味がある方はチャレンジしてみてください。

「妹~わたしどんなことだって~」は「妹を押し倒しちゃうお兄ちゃん(主人公)」というスタートでありながら「純愛路線」「ハッピーエンドもアリで」というオーダーがあり、けっこう頭を悩ませました。創意工夫ですよね、創意工夫! Hなシーンの本数も多めだったので、デビュー作という事を抜きにしても良い経験になりました。

「この晴れた空の下で」は基本的に「SF」「(当時公開していた映画)アイ・ロボット的な」という、ほぼ2行のすごくざっくりしたオーダーでした。フローチャートなど含めたシナリオ作業以外にも世界観構築からキャラクター造形、一部デザイン等などもこなす事となり、ものすごーく大変でしたがその分、思い出深い作品でもあります。また、企画として「成人向け版とプレイステーション2版を出す」事が決まっており、それぞれ登場するヒロインに差異があるなどの制限もあったため、なかなかやり応えのある仕事でもありましたね。余談としては、ルートによってヒロインが惨殺される場面もあるのですが、その描写に力を入れすぎたせいでPS2版では『このゲームには残酷な場面があります』の赤い三角マークが急遽付くことになってしまったりもしました(笑)。

振り返って思い返すと大変だった事以上にどれも思い出深い作品ではあります。やはり、いろいろと『創意工夫』でやる事が好きなんでしょうね(もしくは単なるマゾか)。


5、ご自身の代表作(複数も可能)に関する創作経験とその心得

こうして初手から大変な作業を経てデビューしたわけですが、その後に関わったタイトルで思いで深い、代表作と言えるところはメテオから発売された「恋Q! ~恋とHの乱れ射ち~」「ゆ・め・く・み! ~訳あり物件、妖精つき~」「ちょこっとばんぱいあ」の三部作でしょうか。このシリーズはあるきっかけで田中ロミオさんからご紹介された企画で(実際、恋Qとゆめくみはロミオさんが初期の企画を作成しています)、今ではすっかり定着した「ギャグの神堂」が本格的に生まれたシリーズでもあります。

中でも2作目の「ゆめくみ」は一部ルートを担当していただいた沢 柾機(さわ まさき)さんの助力もあいまって、Hと笑いとドラマが高いところで合致した今にしても自信作と言える作品でもあります。
特に思い出深いエピソードとしては、あるシナリオがかなりギリギリの入稿になってしまったのですが、その収録中に音響監督さんが「このシナリオは絶対に泣けるので、もうちょっと突っ込んで書いてくれないか。それまで自分が責任を持って待つ」と熱いリテイクをくださった事でしょうか。実はその場面は自分でも「もうちょっと書けそう……」と未練があった部分だったので、そこを見透かされたようで衝撃が走ったのを記憶しています。

同様のエピソードはflapさんの「りんくす!~キミと精霊と使い魔と~」という作品で、収録中(これは元は僕の担当したシナリオでは無かったのですが)に音響監督さんが「このシナリオでは心に響かない(意訳)」と意見をくれ、急遽社長さんを交えて協議の結果「神堂くん、明日からの収録までに直せるかな!」と普通に考えたらすごい無茶な要求を熱さに感化され「やってみせましょう!」と思わず即答、スタジオのあった渋谷の漫画喫茶で急遽台本を全面的に書き換えるという事もありました(笑)。

共通するのはどちらの音響監督さんも声優を兼任しており、やはり自らも演技を生業としていると妥協が許せない部分があるのでしょうね。「りんくす!」の監督さんは収録中、声優さんの演技に納得がいかず、文字通り泣くまでやり直しさせていたのも印象深いです。

前者の監督さんは監督さんでモブの女の子(名前の出ない端役)にも声入れましょう、という話になったもののヒロイン役は既に収録を終えてしまっていたのでどうしよう……となった時に「電話かければ捕まるヤツいますよ」というので「どなたですか?」と聞き返してみれば「三石琴乃(セーラームーンの声優)ですけど」とサラリと言い出したので全力で止めたというステキなエピソードもありますが。まさかそんな端役でそんなビッグネーム呼べませんって!「いやもちろんノーギャラでいいですよ?」ってそういう問題じゃなーい!(笑)

もうひとつ、ストーンヘッズさんの「Sweet Home ~Hなお姉さんは好きですか?~」「皇涼子のBitchな1日」はとにかくHシーンが多かったのが印象的でした。特に後者は合計で50シーンくらいあったんじゃないでしょうか(もっとかも?)。

もともとHなシーンを描くのは得意と言えば得意ではあったのですが、流石に作業終盤ではちょっとしたゲシュタルト崩壊が起きて「あれ? いま僕なに書いてんだろう」「あっ、この喘ぎ声、一つ前のセリフと一言一句全く同じだ!」などなど苦労したのを記憶しています(笑)。

もちろん生みの苦しみはありますが、様々なパターンを同じ作品内で描けるのは楽しいですけどね。どうしても人間ですのでこういう状況の時は苦しさが勝ってしまいがちになるのですが、そういった中でも『作業(ルーチンワーク)』になってしまっては駄目なのだと思います。執筆するライターもプロフェッショナルかもしれませんが、作品を遊ぶプレイヤーさんのほうも数多の本数を遊びつくしている方々なので、書き手が乗っていない文章についてはアッサリ見抜いて来るものだと思っています(実際、そういった感想を頂いて反省しきりだった事もあります)。

このあたりの「クオリティとスケジュールのせめぎ合い」も難しい所ではありますが、急ぎ足になってしまったとしても、せめて気持ちだけは乗せて書いておきたいとは常々思っています(精神論的であまり参考にならないかもしれませんが……)。


6、未来への希望(これからどうするつもりですか?)

今後の展望なのですが、最初に語った通り僕は「ライター(もしくは小説家)」ではなく「戯作師」である、と語りました。その中には「ルールや通例などに囚われずに行きたい」という気持ちが込められています。もちろん何でもかんでも野放図にやりたい放題でいいという訳ではなく、一定のルールには沿う必要があります(お仕事ですし)。ただ、その優先度は必ずしも最上位ではなく、同列な所に「何が面白いの?」という部分があるべきだ、と僕は考えています。

美少女ゲームだけに限らず、いまや日本の書き手市場は数多のライターやその予備軍が乱立し、戦国時代のような様相です。その中で単にルールに沿い、オーダーそのままのものを仕上げるだけ(もちろんそういった仕事もそれはそれで重要ではあるのですが)では立ち行かない部分があります。

自分にとって「これが面白いと思うんだ!」という明確な線引きを持ち、それを他者に認めさせることができるか? ということが語義として正しい意味で「クリエイター」になれるかの分かれ道であるのではないかと。

もっと極端な言い回しをすれば、仕事の中でどれだけワガママになれるか。誤解なきよう言いますと、これは「自分のワガママをゴリ押しして通す」ことではなく、仕事という明確なルールのある中で、どれだけのワガママ(面白いと思うこと)を通過させられるだろうか、ということです。要は「創意工夫」の勝負という事になります。

僕自身、これが今現在でできているか、成功しているか、というとできていない事のほうが多いとは思います。成功したつもりで失敗している事も往々です。

でも、だからこそ、未来のクリエイターを目指す方々には胸に留め置いてほしいな、とは思っています。

『戯作』は多くの人々を楽しませるためのもの。それまで一般の人々には一般的とはいえなかった「文字」という手段を用いて、少しでも多くの誰かを楽しませようとしたもの。

当時の識字率は低く、ともすれば提供する書き手のほうでさえも、まだまだ使いこなせていたものでは無かったかもしれません。

明確なノウハウも、安心して沿うべきルールも、先人の足跡ひとつも無い荒野の中、ただ誰かを楽しませるためだけに一歩を踏み出す。

ここまでに身の丈に合わずさんざん格好を付けた言葉を用いてきた僕ではありますが、その僕が最大限の格好付けで締めくくりをしてみようとすれば、そういった戯作師の魂を、意地を、矜持を、身に受け継いでいきたいと思っております。

……まぁ、なかなかそうはうまくいかない事も多いので、あくまで物書き人生を通しての『目標』ではありますけどね(笑)。