2018年02月28日

脳脊髄液(01)

我々、生命の祖先はおよそ40億年前の海で生まれました。当時の陸上は強い紫外線や荷電粒子が容赦なく降り注ぎ,生命にとっては致命的な環境でした。当時、生命が存在できる環境は海中だけだったのです。

「海は生命のゆりかご」と言われますが、海は穏やかな環境で生命の体を包み込み、必要な栄養素やミネラルや塩分を常に与えてくれたのでしょう。

原始の海には生命に必要な有機分子(アミノ酸,核酸塩基,糖,脂肪酸,炭化水素など)が豊富に存在し、そこで生まれた生き物たちに限り無く安定した生活環境を与えてくれました。例えばプランクトンのように海に漂うだけで生きてゆくことも可能だったのです。
それだけではなく、海にいれば、生物はその浮力によって体を支えることが出来るのです。つまり、重力の負担を免れることができたのです。

今から五億年ほど前に起こったカンブリア爆発と呼ばれる生物の進化の大爆発の時代を経て、生物の数は飛躍的に増えました。増えすぎた生物の中から、新たなコロニーを求めて、我々の祖先となる種は、海という安住の地から、陸上という過酷な環境に移住してきました。
陸上には海と違って、自分の体を支える術がないと生きていくことはかないません。そのため、まず、はじめに上陸した植物たちは地中に根を張り、しっかりとした茎を作り、海辺から低地の沼地に向かって地をはいながら、その生息地域を拡大していきました。

それに続き、我々の祖先も少しづつ、この過酷な陸上に這い上がって来たのです。
最初に上陸した生物は水辺の波打ち際に波にもまれて息も絶え絶えの状態で生息していたのでしょう。
そのうちにその中から、消化管の一部を使って肺を形成し、その機能を使って呼吸を始める種が現れたのです。我々の肺は消化管が変形して発達したものです。

我々の呼吸のリズムは毎分18回、そして波の満ち引きもまた毎分18回のリズムで太古の昔から続いています。進化の課程で過ごした、波打ち際の波の満ち引きのリズムがそれらの種の呼吸のリズムを決定したのです。

また上陸するために我々の祖先が選んだこ変化は、海の環境をそのまま体内に持ち込むメカニズムを作り上げました。それが骨格と生殖器なのです。
重力に抗するために我々の祖先は骨格を進化させ、その中に生命維持に必要なミネラルなどを蓄えるようになりました。

子宮は進化の歴史が作り上げた精密な生命維持装置です。子宮はそのなかに故郷の海の水と同じ成分の羊水を満たすことによって母なる海と同様の環境を創出し、陸上で生命を生み出すことを可能にしました。

解剖学者の三木成夫は『胎児の世界』という本の中で、母親の子宮の羊水は、原始の海の組成とほぼ同じで、胎児は三十数億年の生命の歴史を十月十日で繰り返している、ということを書いております。
羊水は原始地球の海水とほぼ同じ塩濃度を持ち,いずれも弱アルカリ性の液体です。

妊娠初期の羊水は最もピュアな海水のようなものだったとのでしょう。
それが胎児の成長と共に、胎児が排出する老廃物などで混濁し、羊水らしい液体になって行きます。
しかし、我々の身体のなかには、何時までたってもピュアな原始の海と同じ環境を欲した組織があったのです。
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それが神経系です。

元々、我々の神経は外肺葉由来の組織です。外肺葉とは我々の個体と外部を隔てる最外層の組織の原基です。その代表が皮膚になります。
我々の体は皮膚によって外部と隔てられていますが、生命体として発生したごく最初の生物にはその表皮の節々に外部からの情報を得るための感覚器が発達しました。最初の生物が生まれたときは神経系は体表に散在していたのです。それを機能的に集約して、身体の深部に埋め込むように発達してきたのが我々を含む脊椎動物の神経系なのです。
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余談ですが、我々の体の中にも最も単純な生命体と同じ神経構造をしている組織があります。
それが腸管です。腸管は脊髄神経に匹敵する神経細胞を有している組織ですが、体幹の神経のように確固たる司令塔がありません。脳からは自律神経にという代官によってある程度、支配されていますが、多くの自治権を持っていて、往々にして中央政府の言うことも聞かないことがあります。王化に浴さない蛮族と言ったらいいすぎか・・・
我々は受精の瞬間から誕生するまでの10カ月ほどの間、母体の子宮のなかで羊水に包まれながら育まれてきます。

神経管が形成されるとき、下記のイラストのように、外側に面した神経板が溝のように窪んでいき、それが管のように丸くなり、やがてそれが独立した神経管となって体腔の奥深くに沈み込んでいきます。
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管のように丸くなった時に外側に存在する羊水を一緒に取り込み、自分の内部に封入してしまったのです。つまり神経系は常に原始の海に晒されているのです。そしてその状態はたった今でも我々の体の中で継続しています。神経管が形成されるのは胎生のごく早い時期ですが、その時の羊水は限りなくピュアな状態の組成です。

どうやら神経系という組織は身体の中で、一番の古株のごとく、自我を貫きとおす存在みたいです。
神経系は自分だけの居場所には「脈絡叢」という特別なろ過機によって「脳脊髄液」という、自分の生まれ故郷である原始の海と同様のピュアな環境を作り、その中で浮かんでいるのです。
A.T.STIILは脳脊髄液について「最も崇高な原素」と話しています。
ところがウィキペディアで「脳脊髄液」と検索すると、そこには脳の廃液と書かれてあります。
さて、これはどちらが正しいでしょうか?

この脳脊髄液がどの様に身体の中を巡るかについていろいろと議論があるようです。

医学を学ぶ学生は普通、教科書に書かれている通り、脳脊髄液は脳室の脈絡叢で産出され、ルシュカ孔、マジェンディー孔を通ってくも膜下腔に出て、脳や脊髄の周りを包み、上矢状静脈洞のくも膜顆粒から静脈洞に排出され、静脈洞を通り、頸静脈裂から頭蓋骨の外に出る。
と教えられてきました。

これは今から150年も前に誕生した、クッシングというアメリカの解剖学者によって見つけられ、それ以降見直されることなく、現代の教科書もそれにならっています。彼の名前は「クッシング症候群」として、医学系の人間にとって知らぬ人はいない存在ですが、言葉を変えれば、彼は偉大なるオーソリティだったのです。オーソリティのセオリーは事実となり、時間の経過とともにドグマになっていきます。そうやって我々は実際とは異なる事を知識として刷り込まれてきたようです。
実際にはこの理論では説明がつかない事実が数多く見受けられるです。

例えば従来、脳脊髄液は上矢状静脈洞のくも膜顆粒から静脈系に吸収され、心臓まで還流すると教えられてきました。脳脊髄液は脳室とくも膜下腔に約140mlあり、1日400ml~500ml程度産出されます。しかしこれだけの量の脳脊髄液が産出されても、くも膜顆粒で吸収される量はそのうちのごくわすがにすぎません。
また、MRIを使って大脳円蓋部における脳脊髄液の動態を観察すると、正常脳、病的脳のいずれでも大脳円蓋部においては脳脊髄液の動きはまったく見られないことがわかってきました。その部分のくも膜下腔は浅シルビウス静脈がびっちり癒着してくも膜下腔にスペースがないのです。脳脊髄液はくも膜顆粒まで到達できないのです。

成人に多い正常圧水頭症などは、脳室の拡大は認められても、脳圧には変化がありません。

学術的な事だけではなく、長いこと頭蓋領域の臨床を行ってきたものとして、教科書にかかれている事と、実際に患者さんの体に触れて自分が印象として得られることの出来た脳脊髄液の流れとでは大きく異なっていることを常々感じていました。

髄液が脈絡叢で産生され,側脳室や第三脳室から一方向に流れて、第四脳室に開口する孔からくも膜下腔に出て、脊髄内を下降し、馬尾にて反転し、上矢状静脈洞のくも膜顆粒から静脈に還流するという説はもはや過去のものになりつつあります。
近年になって、MRIを駆使した、生体での脳脊髄液の動きを追跡する方法(Time-SLIP法)が考案され、これらの研究は格段に進歩しました。これらの研究により知り得たことで重要なことは下記の3項になります。

1)脳脊髄液の産出部位が、脈絡叢だけではなく、
       くも膜下腔と脳実質の毛細血管より産出されるという事実。
(2)脳脊髄液の動きについて。
(3)脳間質液と脳脊髄液との関係。
これらについて今後詳細に検討していこうと思います。


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2018年02月19日

脳のバリアー

近頃、やっと減少してきたようですが、今年の冬は大寒波と共にインフルエンザが猛威を振るっています。

インフルエンザで恐ろしいのはその強力な毒素により「インフルエンザ脳症」になるケースがあるからです。

インフルエンザ脳症はインフルエンザに感染してしまった5歳以下の小さな子どもが引き起こしやすい症状です。中でも1歳未満の乳幼児が最も多く発症する傾向にあります。

インフルエンザ脳症は子どもに多く発症する症状ですが、大人でも発症する危険性があります。20歳以上の成人でも毎年10〜35%の発症報告があります。特に60歳以上の高齢者は割合が多く、持病がある方や免疫力の落ちている方なども発症しやすくなっています。

インフルエンザ脳症の症状は非常に早く現れることが特徴で、インフルエンザの発熱から数時間〜1日のうちに神経症状が現れます。約80%が発熱後、わずか1日足らずのうちに重症になることもあります。主な症状はけいれん、意味不明な言動(異常行動)、意識障害などです。他にも、嘔吐や、血液凝固障害、他臓器不全などがみられます。

熱性けいれんは0〜4歳に多く、5〜59歳では頭痛や嘔吐の症状が比較的多いという報告があります。

ウィルス感染での脳炎と脳症の鑑別は非常に難しいのですが、簡単に分類すると、脳炎とは、脳の中に病原ウイルスが直接侵入して炎症を起こす疾患で、その代表的なものとしてはヘルペス脳炎や日本脳炎などがあります。これに対して脳症では、ウイルスや細菌感染をきっかけに発症するけれど、脳や髄液中には病原体となる細菌もウィルスも見つからず、炎症反応も見られません。

これに対し、脳症ではウイルスが直に神経細胞にダメージを与えているわけではないのに、過剰な免疫反応によって脳浮腫や神経障害が引き起こされてしまいます。インフルエンザ脳症の場合は、脳内にはウィルスが検出されることはありません。

そもそも脳内には「血液脳関門(以下BBB:Blood Brain Barrier)とも呼ばれる関所のような仕組みがあり、私たちの大切な脳へ有害な物質が入らないように抑制する役割が備わっています。

脳を維持するためには大量の酸素やアミノ酸、グルコースが必要です。それらは血液で脳に供給されますが、血液は同時に様々な有害物質も一緒に運んできてしまいます。そのために我々の脳にはそれらをふるいにかけて選択する必要があるのです。

細菌やウィルスなどは通常であればこのBBBを通過することはできません。このBBBを通過するためには、分子量500以下の物質で脂溶性の高い物質なければ通過出来なのです。ですから大概の異物は脳内に侵入することができません。しかし分子量の小さいアルコールやニコチン、カフェインなどはBBBを容易に通過してします。また、脳に作用する睡眠薬や抗うつ薬などはここを通過しなければ何も効果を得ることが出来なので、これらの薬品にはすべて分子量500以下のものが選択されます。

BBBは脳の毛細血管の周りを内皮細胞が覆い、それに周皮細胞(ペリサイト)が接着して、その周りを星状膠細胞の足が取り囲むような構造になっています。

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過去には、日本脳炎や小児麻痺が小児の時に感染しやすいことから、脳の形成過程(胎児期・新生児)でにおいて、血液脳関門の形成が不完全であり、成人より 薬物・毒物が脳実質内に達しやすいという考え方 が常識的に受け入れられていましたが、最近の研究ではBBBは脳発達過程の早い時期に形成されるが、その形成過程にはムラがあり、成人期とくらべて発達過程では特異的な機能を有することにより関門を通過しやすくなる薬物・毒物がある可能性があることが報告されています。


また、このBBBは脳室の周囲にある松果体や下垂体、脈絡叢など脳室周囲器官には存在しません。これらの器官はホルモンなどを分泌するため、バリアーがあると邪魔になってしまうのです。

このBBB(血液脳関門)と同じように脳へのアクセスを抑制する機構に
*血液脳脊髄液関門(以下BCSFB:Blood CSF Barrier)

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*血液神経関門(以下BNB:Blood Neural Barrier)

があります。
脳にはこのように有害物質が侵入しないメカニズムがあるのに、なぜインフルエンザなどの感染症で脳に悪影響を及ぼすのでしょうか。残念ながらウィルスの侵入経路は完全には理解されてません。
ただ、この脳のバリアーメカニズムには様々な不具合が生じることがわかってきました。
 
①ウィルスの毒性による過剰な免疫反応
インフルエンザウイルスは、最初鼻粘膜に感染して、ここで増殖して全身に広がります。インフルエンザの病原性(毒性)は、きわめて強く、このため体を守る働きをする免疫系が強烈なダメージを受けます。免疫を調節し、体内に侵入した病原体を排除する物質を“サイトカイン”と言います。サイトカインには多くの種類があり、相互に連携を取り合って働いています。これを“サイトカインネットワーク”と言います。インフルエンザは、この“サイトカインネットワーク”を障害します。その結果、過剰な免疫反応が起きて、「高サイトカイン血症」という状態になります。この状態になってしまうと免疫が正常に機能しないため、けいれん、意識障害、異常行動などが見られるようになります。

②メカニズム自体の劣化
BBBは加齢に伴って弱くなります。『アミロイドβ』が脳に浸潤し、脳で生成されている『アミロイドβ』と相まって、アルツハイマー病の進行を加速させる可能性があります。また、アルツハイマー病自体が、血液脳関門の破綻やペリサイトの機能異常を起こす原因となります。

③メカニズムとウィルスの特異的な相性による局所的な親和性
大阪大学の村上 正晃准教授は、マウスを使った実験において、末梢神経系が活性化することで、脳や脊髄に免疫細胞の入り口となるゲートがつくられ、そのゲートを通過して病原性のある免疫細胞が血管から中枢神経系に侵入し、病気が発症することを分子レベルで明らかにしました。

多発性硬化症の場合、L5の背側の内皮細胞がゲートになって病原体を脊髄に侵入させるそうです。
この場合、抗重力筋である下腿部のヒラメ筋からの感覚神経が第5腰椎の背側に位置する神経節で脊髄につながっているため、ヒラメ筋が重力によって活性化され、その刺激が感覚神経を刺激して、第5腰椎の交感神経の活性化を誘導し、それによってL5レベルで侵入ゲートが形成されるようです。

同じようにマウスに対し大腿四頭筋あるいは上腕三頭筋を電気刺激すると、それぞれ、第3腰椎あるいは頸椎から胸椎の背側の血管において炎症を誘発するサイトカインが発現し、そしてその近傍の後根神経節も活性化することがわかりました。

これらの結果は四肢末節の筋肉に過度の負荷をかけ、局所的な感覚神経の活性化が生じると、その神経の細胞体が存在する後根神経節の近傍の血管の状態が変化することを示しています。

この事実は我々オステオパシーを研究する者にとって非常に有益な情報に成り得るものです。
末梢部の筋電位をコントロールすることによってその支配神経の神経細胞に変化を与えることが出来る可能性があるからです。
実際に仮定としてその理論に乗っ取って行われている治療法も存在し、非常によい臨床結果を上げています。

④血液脳脊髄液関門の脆弱性
脳室内の脳脊髄液と脳実質との間には脳室上衣細胞が存在し、この上衣細胞が脳脊髄液-脳関門(cerebrospinal fluid-brain barrier; CSFBB)を形成することによって,物質の移動にある程度の制限をかけています。しかしながら上衣細胞間は主として密着性の低いギャップ・ジャンクションと接着結合で結合されており、高分子量物質は脳室壁を介して脳の内外に出入りできるので、上衣細胞層でのバリア機能は不完全なものと考えられています。

BCFBは脳室という脳の深部に存在するスペースを保護するためのバリアーです。しかしその面積はBBBと比較して表面積が1/5000しかありません。

脳室は脊髄の中心にある中心管が、建て増しのように巨大化した脳の発育と共に複雑に変化したものです。脈絡叢は、神経管閉鎖直後に、側脳室、第3脳室、第4脳室が形成される部分に上皮細胞が陥入してで形成されます。脈絡叢はすぐにそれらの脈管の叢を形成し、脳で動脈や静脈が十分に形成されるよりも前に脳脊髄液が作られはじめます。最終的に脈絡叢は脈管のネットワークが高度に発達した組織になります。成熟したラット組織1gあたりの血流量は脈絡叢の方が大脳皮質よりも5倍以上多いことが認められており、脳発達初期における脳脊髄液の産出には多くの役割があると考えられています。

脳脊髄液の流体力学的な圧力は発達期の脳の三次元的な形態や層構造の形成に影響を与えます。また、脳脊髄液は発達期の脈管形成されていない脳への栄養供給源にもなります。

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脈絡叢の上皮細胞は成長過程にある脳のために、血中から脳脊髄液へと様々な物質を輸送してくれます。脈絡叢の物質輸送と物質交換は双方向性であるため、脳脊髄液の継続的な産出と、中枢神経系から血中への代謝産物の能動輸送が可能になります。このことが表面積がBBBの1/5000しかなくとも、BCFBがウィルスの侵入経路になりうる可能性を示唆しています。

酵素抗体法(抗体を用いた組織切片の染色法)による実験において、同じ脳室内においても脈絡叢が付着している部分と、脈絡叢が無い部分とでは、脈絡叢がある部分が圧倒的に脳内に侵入する確率が高い事が証明されています。脳室内に存在する有害物質は脈絡叢がある部分からのみ脳内に侵入するそうです。

ヘルペス脳炎やインフルエンザなど、上気道を感染経路に持つ様々な脳炎や脳症の好発部位が、側頭葉や大脳辺縁系などの側脳室に近い部位や、第四脳室周辺の脳幹部であることもそれに関係しているかもしれません。

⑤血液神経関門の脆弱性
血液神経関門(BNB)は末梢神経系に備わるバリアーのひとつで、BBBとほぼ同等の機能を持つ強固なバリアーシステムとして存在しています。このBNBのおかげで神経系の正常なホメオスタシスが維持され、末梢の循環器系からの有毒物や病的なリンパ球の侵入を防いでくれています。
ただしこの機能はギラン・バレー症候群や多発性神経炎などのニューロパシーの時には、末梢神経の再生に必要な神経栄養因子が阻まれてしまい、循環器系と末梢神経系を隔ててしまう壁となってしまいます。ポリオウィルスなど腸腔からの感染によって神経線維を介して脊髄に病巣を作るような場合には、このルートからの侵入の可能性があります。

ウィルスに感染してもすべての症例において脳炎にに及ぶわけではありません。代表的なウィルス性脳炎である「単純性ヘルペス脳炎」など、100万人あたり年間2~4人の頻度で起こり、日本では年間400例ほど発症するとされています。
それに対して脳症は格段に高い頻度で発症してしまうことがあります。


いずれにせよ、脳炎や脳症の疑いがある場合、速やかに脳内の脳脊髄液を硬膜外に排出することを心掛けなければなりません。

A.T.スティルは髄膜炎の治療の根幹を
「我々の仕事は、動脈血が脳に送られるスチームパイプを開き、脳と脊髄から血液を排出させる弁を持った静脈を開くことである。」
とResearch & Practicの中で述べています。

髄膜炎は言うまでもなく、A.T.スティルの最愛の4人の子供の命を奪い取った憎き病気です。医師であった彼は自分が学んできた既存の医療では自分の大切な命を守ることが出来なかった慚愧の念から、新しい医療である「オステオパシー」を創設しました。
彼の行ったこの治療が、彼の治療を残した唯一の映像として残されています。



脳内の有害物質を除去するためには、まず、静脈血が心臓に戻るルートを解放することから始めなければなりません。脳領域の下流にあたる部分を灌漑しなければ、その受け皿が出来ないからです。
そのうえで頭蓋領域の静脈やリンパを排出しなければなりません。

以前までは、脳室内からくも膜下腔には左右のルシュカ孔、正中にあるマジェンディー孔から排出され、上矢状静脈洞にあるくも膜顆粒から静脈へ還元されるという事が常識とされていましたが、現在ではそれは髄膜炎や水頭症などの病的な状態においての一つのう回路に過ぎないことがわかってきました。
脳脊髄液は一日に約500mL産出されますが、同時にクモ膜顆粒から吸収される髄液はそれよりもずっと少ないのです。

では脳脊髄液はどこから脳の外へ排出されていくのでしょうか?


現在では脳組織間液や脳脊髄液の脳外への排液路 として様々なルートが確認されています。


血管周囲排出路
脳にはリンパ組織はありませんが、脳の動脈管の中にある血管周囲腔が機能的なリンパ組織の役割を担っています。
脳組織間液は血管壁に到達すると脳毛 細血管基底膜から動脈平滑筋層内を血流とは逆行する方向に移動し、最終的に頸部リンパ節に流入すると考えられています。

血管周囲腔

 
グリアリンパ排出路
脳脊髄液のグリアリンパ排出路は、動脈からアストロサイト細胞質内⇒組織間⇒アストロサイト細胞質内⇒そして血流と順行性に静脈周囲を伝わって 脳脊髄液に入り、頸部リンパ節や静脈洞といった脳外へと排 出されるものです。
 
一方、脳脊髄液は
①以前から提唱されている、くも膜顆粒から上矢状洞内へ移行する経路。
②脳内くも膜下腔から嗅神経周囲のくも膜下腔を伝わり嗅粘膜から頸部リンパ節内に移行する経路 。
③くも膜下腔から硬膜内リンパ管に入り頸部リンパ節に流入する経路を介して脳外へ排出される経路。
④硬膜袖にあるくも膜顆粒から吸収され、静脈に還元される経路。
⑤神経周囲腔から排出される経路:脳脊髄から枝分かれした神経束内に存在する隙間を通って リンパ管に排出されるルート。

などが考えられています
特に⑤に神経束内の隙間を通ってリンパ管に入る経路は、脊髄神経の被膜である硬膜が、神経線維では神経上膜に、同じようにクモ膜は神経周膜に、軟膜は神経内膜に移行するという事実に鑑みてもより事実と合致しています。

神経束の最外表は 神経上膜(粗性線維性結合組織性被膜)で被包され、その内部は神経周膜と呼ばれる線維性隔壁で大雑把に間仕切りされ、さらにその内側は神経内膜で細かく間仕切りされています。間仕切りされた各空間には神経線維が密集性に並走しています。神経線維とは神経軸索とこれを包み込んで絶縁体の枠割を果たすシュワン細胞をひとまとめにした構造であり、髄鞘形成の有無から有髄線維と無髄線維に分類されます。


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神経周囲腔は、 神経根が硬膜を貫く際にクモ膜下腔から連続する空間です。これは琵琶湖から大阪湾に流れる淀川が大阪では「淀川」京都府では「宇治川」滋賀県では「瀬田川」と呼び名が変わっても、その川の流れも、流れている水も何も変わりがないことと同じです。

この隙間に脳脊髄液が存在するということは、同時にそこがウィルスや有害物質が脳領域に侵入するルートになり得るということです。

ヘルペス脳炎やインフルエンザなどの脳内感染ルートが嗅神経や三叉神経の神経線維を通って脳内に侵入することが出来ることがその何よりの証拠です。

このように脳室で出来た脳脊髄液は、脳室から一度硬膜の内側にあるくも膜下腔に出て、頚部の静脈やリンパ管を経て、鎖骨の内側にある静脈角に還流し、心臓まで戻ります。
我々オステオパスはこの流れの手順を尊守して、この流れが滞りなく心臓まで戻るようにサポートすることが出来ます。

まず末梢の循環から改善することが安全な治療の第一歩です。
脳内の浮腫は手足末節の浮腫として伝播します。発熱した時に手足が異様にむくむことは誰しも経験のあることだと思います。これに対して手足をよくもんであげたりすると意外に早く病状が回復することがあります。これは母親の愛情もさることながら、医学的に根拠のあることなのです。

ゼネラル・オステオパシー・テクニック(クラシカル・オステオパシー)など全身の関節を動かして刺激することも大変有効なことだと思います。

それから上部胸郭、鎖骨、第一肋骨など、静脈やリンパ液が体幹に戻ってくる部分の流れを良くすることも必要です。

頸リンパや経静脈の流れを阻害する因子があればそれも取り除かなければなりません。

そのうえで頭蓋領域からの排液を試みます。

まず、頭蓋内の静脈洞の排液をしなければなりません。この作業は絶対に必須条件になります。

頭蓋内の排液を行う伝統的なテクニックに「ヴィーナス・サイナス・テクニック」というものがあります。これは以前には頻繁に行われていたテクニックなのでが、このテクニックが開発された時と今とでは、上記に述べてきたように、その背景の解剖学的な根拠がずいぶんと進歩しました。

現在では、頭蓋内の静脈という概念が、とてつもなく変化してきているのです。
進歩した解剖学に則ってデザインされた静脈の排液テクニックの効果は素晴らしいものがあります。

そしていよいよ脳室内へのアプローチです。

しかし、この際に注意しなければならないことは、脳室内に過度の圧力をかけてはならいということです。
何故ならば、上記のように脳室は脳脊髄液の源泉であると同時に、有害物質が脳内に侵入しやすいウィークポイントだからです。
感染時に脳室内から比較的安全に脳脊髄液を排出出来る部位として、第四脳室からくも膜下腔に連絡する左右の「ルシュカ孔」と正中に開口している「マジェンディ孔」の三か所が挙げられます。

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脳内の脳脊髄液をコントロールする方法にCV4というテクニックがありますが、感染時に盲目的にこれを行うと脳幹に負圧がかかり有害物質が脳内に侵入するリスクが高まります。

サザーランド博士はご自分の書かれた書籍の中で脳幹について「第四脳室の床」という表現を好んで使用していました。感染症の場合、CV4は天井から床を圧迫し、脆弱な床を傷つけてしまうに等しい行為なのです。

CV4を行う際にはルシュカ孔とマジェンディ孔をどのように扱うかをきちんと考慮しなければなりません。この三つの孔を塞いで圧縮すれば脳室内の圧力は増加します。これはある種の治療時に非常に有効になります。

しかし、脳室内の脳脊髄液をこの三つの孔から排出するためには、少し方法を変えなければなりません。コンタクトする場所と加圧する方向を微妙に孔の構造に合わせて行えば、少しの変化で全く逆の効果を生むことが出来るのです。そのためにはこの三つの孔を含む第四脳室の立体的なイメージを持つことが必要になります。このコンタクトポジションに入ると、第四脳室に対する圧力の変化が劇的に変わります。


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2018年01月26日

上あごのお話

私たちオステオパスには「歯」に対して直接治療することはありません。
しかし!

歯の歯根膜を通して様々な全身の不調和を治療することができます。
また
調和の取れた咀嚼を促すことによって
頭蓋骨の、ひいては全身の緊張を緩和することができます。
歯には下記のような生物にとって大切な役割があります。
■獲物をつかまえるため。
■食べ物を食いちぎるため。
■食べ物をかみ砕くため。
■攻撃したり,身を守る武器として。
■物をくわえて運ぶときに使うこともあります(人間の手のかわり)。
 
大人の歯の数は、親知らずを含めて上下左右で8本ずつ、合計32本あります。親知らずは全てのひとに生えてくるわけではないので、親知らずの本数によって歯の数は変わり、親知らずのない方は上下14本ずつ、合計28本の歯があります。
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我々人間を含む哺乳類の歯は、その形状、歯列、役割から大きく分けて、
*切歯 :
前歯のことです。食べ物を切り刻むときに使われます。
*犬歯 :
「牙」です。食べ物を切り裂くときに使われます。
*臼歯 :
食べ物をすり潰すときに使われます。
の三種類に大別されます。
 
ほとんどの動物の歯は、動物の食環境など、その種の都合により特化していたり、必要の無い歯は退化したりしていて、その数も形も同じではありません。
例えばネズミやビーバーなどの齧歯類では上下一対の切歯(門歯)が異様に発達し、それは終生伸び続け、のみ状に鋭くとがっています。その形状は硬い胡桃や木の芽をかじるのに適しています。 
しかしネズミ達には犬歯はありません。
                        
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また、シマウマやウシなどの穏やかな草食動物は申し訳程度の平べったい切歯をしていたり、ウシなどは切歯がないので,歯ぐきが硬くなり、歯床板といわれる状態になっていて歯の役目をはたしています。しかし奥には草をすり潰すためのしっかりした臼歯が目立ちます。
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人間の子供の歯は上下左右で五本ずつ、合計20本ありますが、切歯の数と犬歯の数は大人と一緒で切歯4本、犬歯二本。違うのは臼歯の数だけで臼歯は二本しかありません。
 
ところで、人間の噛む力ってどのぐらいあると思いますか?
思いっきり歯をかみしめた時、人間では約70Kgの咬合力が発生するといわれています。
もちろん、人それぞれですが、大体20歳~30歳の男性の場合、前歯で10kg~20kg・犬歯で20kg~25kg・奥歯で30kg~60kgもあるそうです。概ね、自分の体重ぐらいが最大の噛む力、ということのようです。
 
このように人間の、いや、動物の咀嚼時の力は想像を絶するものがあります。
例えばカバ。カバは体長約3.5~4mで体重約1.2~2.6トン。陸上動物としてはゾウに次ぐ重さがあります。その容貌からカバは豚と同類のイノシシ科に属すると思われていましたが、DNA的には牛に近い草食動物だったそうです。草食動物ですがカバ は1000kgもの噛む力があります。
 
 
 
これら動物の噛む力はすべて頭蓋骨に掛かってきます。
頭蓋骨は一つの骨でできている訳ではなく、顔面頭蓋(9種15個)脳頭蓋(6種8個)というように多くの細かい骨が縫い合わさって出来ています。これを「縫合」といいますが、この縫合は、頭蓋骨に係る咀嚼時の力を分散するためにあるともいわれています。
逆説的に、歯の欠損が多くて、咀嚼の力が頭蓋骨にかからなくなると、その頭蓋骨の縫合は収縮し、頭が硬くなります。
咀嚼はまた、脳に血液を送る働きもしています。「脳への血流」という観点からすれば、アゴはいわば「ポンプ」です。ガムを噛んでいると眠気が覚めるのは、噛むことによって脳にたくさんの血が送り込まれるからです。
流動食しか食べられないお年寄りが認知症になるケースが多いのは、アゴを動かす回数が少ないことが大きな要因の一つだと言われます。3分間ガムを噛むと脳内の血行がよくなるという実験結果がでています。ガムには、「心拍数を安定させる」「集中力を高める」といった効用もあります。噛めば唾液の分泌が増えて、口の中の雑菌が洗い流されます。これは歯周病などの予防になります。
また、適度な咀嚼は歯列に良い影響を与えてくれます。
部分入れ歯を装着しているひとが、何日間か入れ歯を装着しないで不完全な状態で食事をすることになれてしまうと、久しぶりに入れ歯を装着したときに、歯間が狭くなっていて入りずらいようなことがあります。
これなども不適切な咀嚼によって縫合が硬くなり、その影響で歯根膜が緊張して起こる現象です。

 
先ほど述べたように、我々哺乳類はその特定の動物が関わる食環境によって歯の生え方や咀嚼時の力が大きく異なります。
一般的に、咀嚼に関わる力は上顎骨から「頬骨」に分散されるので、より咀嚼力の強い動物の頬骨は太く厚みがあります。
下の図で、ウシの頬骨とイヌの頬骨との差を見てください。大きな頭蓋骨のウシの頬骨がその図体に似合わずにいかに小さいか。
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多くの哺乳類では、咀嚼の力は主に犬歯、臼歯に係ります。そのためネコやイヌ、熊やイノシシなど牙を持った動物は頬骨の頬骨体部が発達します。
 
草食系のウマや、ウシ、キリンなど、その体格からは考えられないような貧弱な頬骨しかありません。例外はネズミやビーバーなどのげっきん類です。これらは頬骨弓部が異常に発達します。これなどは咀嚼の力が頭蓋の中でどのように伝達され相殺されているかの良い例でしょう。

   犬歯の役割

歯の中で、犬歯はちょっと特異的な歯です。犬歯というより、「牙」といったほうが通りが良いように、これを持つ動物は皆猛獣のように獰猛で、その牙を見ただけで恐怖を感じてしまうかもしれません。
犬歯を持たない動物は多くの場合、草食系の穏やかな動物であることが多いようです。
ウシやウマには下顎に犬歯らしいものはありますが、どちらもメスにはありません。
我々、霊長類にも上顎の牙は存在します。
牙は主にオスに見られ、メスの牙はどんどん小さくなってしまいました。我々は基本的には雑食なので、捕食のための牙は必要ないようですが、やはり武器としての牙が必要なのかもしれません。
女性はもっと別なものを自らの『武器』として備えているのかもしれませんね。

 
 
犬歯の形状は本来、食べ物を切り裂いたりするためにあります。そのため、歯に関しても歯根部分は、すべての歯の中で最も長く、また頑丈な作りをしています。
 
また、犬歯は咬み合わせの位置を保ち、あごの動きを正常に行うという大切な役割も担っています。
普段は意識していませんが、人間は食べ物を食べる時、顎を上下に動かすだけではなく、左右にも動かして食べ物を噛み砕きます。
上下の歯は、顎を噛み合せた時には、すべての歯が噛み合っています。ところが左右に顎を動かした時には、上下の犬歯だけが噛み合って、上下の奥歯にはわずかに隙間ができるのです。 つまり、左右に顎を動かしてその位置で顎を止めると、犬歯だけが噛み合い、奥歯は噛んでいない状態になるのです。
この現象を「犬歯誘導」といいますが、これがきちんとできていない場合、寝ているときに歯ぎしりをしている可能性があります。
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私にとってすべての歯の中で一番興味深い歯がこの「犬歯」です。
 
何故ならこの一番強力な歯にかかる咀嚼の力がどのように頭蓋骨に伝播され、それがどのように受け止めているかを知ることができると、頭蓋骨の骨梁の方向性を理解できるからです。
またこの犬歯の歯根部の神経は身体の中の末梢神経で唯一、神経節を中継しないで直接中枢神経に繋がっている神経として有名だからです。
噛む衝撃は頭蓋にとってストレス?
頭蓋骨はたくさんの骨に複雑に分かれていて、その骨の間に存在する縫合の多くは、縫合自体がクッションとして働き、それによって咀嚼時にかかる力を上手に受け止めています。それによって噛みしめる時のストレスが脳を覆っている頭蓋骨に干渉しないようにしています
 
動物はモノを噛むときに下あごを動かして咀嚼します。そのためそれらの動物には下顎の犬歯から起こって下顎の関節突起に向かう力強い骨梁が下顎骨の下顎体と下顎枝に存在します。それを受け止めるためにやはり上顎の犬歯には力強い歯根が存在し、その骨内力線は眉間を通り左右がぶつかり、またそれ以外でも上顎骨から頬骨を通り側頭骨の頬骨突起に抜ける力線が存在します。
これらの骨梁や骨内力線は、咀嚼時に発生する力が脳頭蓋に干渉しないように設計されています。そうでなければ繊細な脳の組織は常に噛み合わせの衝撃に悩まされてしまいます。
 
神経の中枢である脳の場所はなるべく咀嚼に干渉されない場所になければいけません。食べ物を捕食し、それを咀嚼する場所と、脳頭蓋は別の場所に位置していることが望ましのです。
厳密に言うと、頭蓋骨は脳を包んでいる「脳頭蓋」と「顔面頭蓋」の二種類に分けられます。
「頭」というと、脳がある場所だと連想するでしょうが、動物の種として考えると、「頭」イコール「脳頭蓋」という動物はそれほど多くないのです。
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動物の頭って、例えばウマやウシなど、人間と比べてもとても大きく見えますが、あれ、ほとんどが顔なんです。いや、むしろ骨格から考えると顔というより鼻と口なんです。
ネコやイヌ、ウシやウマなどは脳の容量の絶対量が小さいので、「頭」の大部分は食物を摂取するところなのです。
しかし霊長類となると、それなりに脳の容量も大きくなってきます。しかも霊長類がだんだんと二足歩行をするようになると、脊柱と口腔の角度は一直線から直角に近づいてきます。
人間が立った状態で首より上に位置する頭が、ウマやウシのようにあんなに前に伸びていたら重たくって仕方ありません。ウマに比べて小さい顔のゴリラの頭の後ろに大きな骨の出っ張りがあります。我々人間にも同じものがありますが、これは頭が下を向かないように項(うなじ)の靭帯を取り付けるための骨の出っ張りなのです。ゴリラのような頭でさえ、立位において顔を水平に保持させるにはあのような強靭な骨の構造物がないと保持できないのでしょう。ゴリラよりももっと垂直歩行する我々人間は、顔の奥行を狭くしないと立っていることが出来ないのです。
我々人間の頭は、拡大する脳のための入れ物である頭蓋と、軽量化しなければならな
顔面部と、この相反する要求を一まとめにするために顔面頭蓋の上に脳頭蓋を載せました。
そのために犠牲になったのが咀嚼能力だったのです。
ヒトとゴリラの咀嚼筋と脳の関係を見てください。
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人間の脳の質量は約1,375グラム。ゴリラは約450グラム。約三倍の差がありますが、
ゴリラの頭蓋骨のほうがずっと立派です。そう見るとゴリラの頭蓋骨は脳のためにあるというよりは、まだ食べるためにあるのかもしれません。しかしこの頭蓋骨はこのあごの筋肉の弱まりが、結果的には脳が増大することを促進し、人間と類人猿を大きく分けるきっかけになったのではないかという理論が提唱されています。
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因みに、ゴリラにも立派な犬歯が備わっていますが、これはそれほど実戦では約に立たず、口を大きく開けて威嚇するときのためについているようなものだそうです。 
ゴリラの犬歯の歯冠は「牙」と言うのに相応しいように立派で、見る者に恐怖感を、与えますが、歯根はライオンに比べて約半分の大きさしかないそうです。
ニホンザルも我々ヒトもオスの上顎には犬歯が見られますが、やはり同様の使い方をするようです。
 

切歯は第三の感覚器
 
顔の最前列にある切歯には、切り裂く役割だけでなく、触覚の感覚器としての役割も存在します。
 
我々、二足歩行をする人間は手を使ってモノを触ることによってそれを感じることが出来ますが、四つ足動物にはそれが出来ません。その代わり、彼らは自分の鼻先、前歯、舌を使ってそれを感じ取るのです。
 
切歯が鼻のすぐ下にあることに注目してください。
嗅覚は生物にとって、最も古い感覚器官であるとされています。臭いの感覚は「理性的な脳」である大脳新皮質を経由しないで、喜怒哀楽などの感情や、食欲などの本能行動などをつかさどる大脳辺縁系に直接伝わります。さらに大脳辺縁系から視床下部に伝達され、そしてすぐ下にある下垂体へと伝達されます。同時に、大脳皮質の嗅覚野にも到達し、ここで臭いを知覚し何の臭いかを判断します。
 
猫に何かを向けると、猫は鼻を近づけてきて、その臭いを試します。人間以外の動物にとって、嗅覚は、食べ物を見つける、敵味方の区別、異性の認識など、生存にとって不可欠な重要な感覚となります。私たち人間も、賞味期限ぎりぎりの食べ物があったとき、それが食べても大丈夫かどうかを、本能的に臭いを嗅いで判断しますよね。これも生きる為に引き継がれてきた反応といえるでしょう。
 
そして舌もまた重要な感覚器としての機能が備わっています。
舌に関わる神経は四つありますが、下の一番先端は三叉神経と顔面神経の支配領域になります。これは舌先の知覚の感覚器です。
舌先の触覚の鋭敏さは説明するまでもありません。
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この鼻と舌の間にある切歯も実は感覚器としての役割を持っているのです。
 
切歯は元々は獲物を掴んだり、皮をはいだり毛をむしったりするために使われていました。親猫が子猫を運ぶとき、優しく労わってくわえて運んでいますよね。あれは切歯を使ってその微妙な噛み加減を調節しているのです。甘噛みも切歯を使っています。あれを犬歯でやられたら相当に痛いに違いありません。
 
このように動物の鼻・歯・舌は感覚の最前線としての大切な機能があるのです。

補食する対象を切り裂き、仕留める、強力な犬歯と、硬い食物をもすり潰す臼歯。
それとは対照的な繊細な働きをする切歯。
この相反する機能を持つ歯の土台となる上あごの骨はどういう仕組みになっているのでしょうか。
上あごの骨である上顎骨は左右二つの骨から成り、真ん中で縫合しています。動物の歯はすべてこの上あごから生えていますが、実はこの上あごは多くの哺乳類では、切歯の土台となる「前顎骨」と犬歯、臼歯の土台となる「上顎骨」の二つの骨から構成されています。
多くの動物では、この繊細な前顎骨は比較的骨密度は薄く、強靭な咀嚼を受け持つ上顎骨の骨密度は緻密であることが多いのです。
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なぜ、ここに歯並びを二つに分ける縫合が存在するのか?
それは神のみぞ知ることなのでしょうが、動物たちの歯並びと、その固有の種が置かれている食を含む環境からひとつの推察が出来ます。
それは
切歯の「感覚器」としての機能と、犬歯や臼歯の持つ役割とを考えると、それらの土台となる骨にかかる力の大きさが大きく異なる、ということです。
先ほど述べたように、動物の犬歯や臼歯には咀嚼時に大きな力がかかります。
この力は上顎骨ー頬骨ー前頭骨、側頭骨とに縫合を介して伝達し、分散していきます。
これは咀嚼のストレスを脳頭蓋にできる限り干渉させたくないからです。
一方、切歯のある前顎骨はその繊細な感覚を鋤骨ー篩骨と眉間に伝達し易いようになっているのです。
我々の上あごには切歯と犬歯との間に『切歯縫合』という前顎骨の名残の骨との縫合がありました。
過去形になってしまうのは、我々の前顎骨は、乳幼児期から成人になるに従い、永久前歯の萌出前にほぼ上顎骨と癒合し、一つの骨となってしまうからです。
長い間、人間には切歯縫合が存在しないと考えられてきました。これを発見した人はかのゲーテであるそうで、いまでもこの縫合を「ゲーテ縫合」と呼ぶことがあるそうです。
若きウェルテルがロッテと初めてのキスをするときに見つけたかどうか知りませんが、人間にはもう切歯に要求される感覚器としての機能が必要ないと判断されてしまったのかもしれません。
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ではなぜ、乳幼児にはこの切歯と犬歯の間に縫合があるのでしょう?
授乳期の赤ちゃんにこの部に縫合があると、お母さんのおっぱいを吸うときに都合が良いのです。
哺乳には三つの段階があります。
(1)乳をくわえる(吸着)
(2)舌を波打たせて乳首をおしつぶし、母乳を引き出す
    (吸啜*きゅうてつ)
(3)母乳を飲み込む
    (嚥下*えんげ)
赤ちゃんの上あごの中の、切歯縫合の後がわの部分には「哺乳窩」というくぼみがあります。これは哺乳期の赤ちゃんだけに見られます。この哺乳窩は口の奥のほうにあり、赤ちゃんは哺乳窩に乳首をおさめ、舌を歯ぐきの少し先まで伸ばして乳首に密着させて、舌先を盛り上げて舌の波運動を行って哺乳します。
このとき、下顎の動きに合わせて上唇の部分が柔らかく動いているのがわかるでしょう。
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哺乳しているときの赤ちゃんの口は、唇だけではなく、歯槽自体も柔らかいほうがいいはずです。
我々人間を含む、母胎の乳から栄養を受け取る哺乳類は、哺乳時に切歯の部分で乳を吸います。
このときに切歯の部分にクッションがあった方が都合がいいのです。
赤ちゃんの乳歯は、一般的には早くで生後5~8ヶ月頃から生え始め、2~3歳で乳歯が20本生え揃います。
一方、赤ちゃんが離乳を始めるのは首の座り始めた生後5~6か月ころからが一般的です。
切歯が生え始めて、哺乳するときに、おっぱいが噛まれて痛くなるようになって母体はそろそろ乳離れの時期を感じ取るのかもしれません。
小臼歯には、上下の咬み合わせを決める要素があります。歯の形に、下アゴが不必要に後ろに(奥に)下がらないようにするストッパーの形が刻まれているのです。もし小臼歯がなくなったら、上下の顎の位置が決まりにくくなり、咬み合わせも不安定になります。咬み合わせが不安定になると、顎の関節にも影響が出てくることがあります。
臼歯は内臓の一部
臼歯は小臼歯と大臼歯に分けられます。
小臼歯は前歯や犬歯より少し分厚く、上下左右2本ずつ、合計8本あります。
小臼歯には、上下の咬み合わせを決める要素があります。歯の形に、下アゴが不必要に後ろに(奥に)下がらないようにするストッパーの形が刻まれているのです。もし小臼歯がなくなったら、上下の顎の位置が決まりにくくなり、咬み合わせも不安定になります。咬み合わせが不安定になると、顎の関節にも影響が出てくることがあります。
 
「第一大臼歯」は「6歳臼歯」とも呼ばれ、永久歯の中でもかむ力が一番強く、これから生えてくる永久歯の歯並びを決める大切な歯です。そして、第二小臼歯、第二大臼歯と共に上下の歯をしっかりと噛みしめたとき、その噛み合う高さを決定し、歯の高さを保つ役割を果たしています。
臼歯をよく観察すると、凸凹があり、上下の臼歯の山と谷がはまり込んでいます。
大事なのは、上の臼歯の内側(舌側)の出っ張りです。
その出っ張りが、下の臼歯の窪みにピタッとはまることが良いかみ合わせに繋がります。
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臼歯は食物をかみ砕くための役割があります。
爬虫類などでは歯は獲物を逃さないように押さえつけておければあとは飲み込むだけで済んだのでしょうが、哺乳類になってくると口の中で食物をかみ砕くという事は消化活動の一環となりました。
この口腔内消化は、吸収効率を向上させ、代謝を活性化して、身体の恒常性維持に非常に役立ちます。
臼歯のない人は胃に入るまでに食物を細かくかみ砕くことができないため、胃腸障害を起こしやすい傾向があります。


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