こんにちは、高野です。今度、とある高校で進路関係の講演させていただくことになりそうでして、何について話そうかなあと考えていたら生徒会の話が思い浮かび、これ進路に関係ないよなあと思ったのでブログ記事にしておこうと思い立った次第です。
 題して『僕は高校生に武器を配りたい』。(多方面から怒られそうだ…笑)


1. 生徒会は高校生が学校と闘う武器である。

 僕は高校時代に一年生の頃から生徒会長を務めておりまして、特別活動担当の先生から「高野の独裁政権が続くのは良くない」とか言われておりました。
 そんな僕の生徒会時代の成果は、文化祭実行委員会の組織図を変更したりだとか、同好会や部活の成立要件を緩和したりとかだった気がします。

 生徒会とは、生徒が学校を変える唯一の手段です。普通、学校に不満があっても、生徒は不平を言っているだけで終わるじゃないですか。でも、その不平を言った結果として「誰か先生とかが勝手に自分の不満を汲み取って、それを解消してくれる」ということは起こらないわけですよね。

 一人一人がただ文句を言ったところで学校は何も変わらないけど、団結すれば変えられる。それが生徒会なんです。具体的に言うと、生徒総会で過半数の賛成を得て議決すれば、先生方も無視することができなくなってくる。ただの不満が、そこで「生徒の総意」となる。ルールに則って文句を言えば、変えられる可能性が出てくる。


 生徒総会で議決を取る議題というのは、なにも生徒会の役員のみが発議できるのではありません。余り知られていませんが、高校生はその高校に所属しているだけで「生徒会員」という資格を持ち、その資格によって生徒会役員選挙で投票しているのです。
 そして投票の権利が誰にでもあるように、生徒総会に出す議題の発案をする権利も誰もが持っています。

 もちろん、どんなふざけた議題でも生徒総会で発案できるというわけではありません。学校によって制度は様々ですが、例えば僕の卒業した高校では、学級の代表や委員会の委員長が集まる「生徒評議会」という会議で「今度の生徒総会にこういう議題を提出したいのですが、よろしいでしょうか。」と問い、賛成多数の場合のみ生徒総会に持ち込まれる、という仕組みでした。ここで、あまりにふざけた議題のために生徒全員の時間を奪うような事態を避けることができますし、その反面、ここに集まった少数の代表者たちを説得できなければ生徒総会には持ち越せません。
 しかし大事なのは、生徒会の役員などでなくとも、一人一人が「声を上げる」権利を保障されていることです。これら、生徒一人一人が声を上げ、話し合い、変えるために行動できる仕組みと活動の総体を「生徒会活動」と言います。生徒会とは、何も選挙に出ている人たちだけのものではないのです。


 いま「学校のこの部分が不満だけど、そのために自分が行動するのは面倒臭い」という高校生が大半だと思います。その態度を保ったまま高校を卒業し、大学を卒業し、就職した大人たちが、社会の大半を構成しています。しかし、高校や大学、或いは社会に出てからの企業や地域社会、さらに言えば家族すらにおいても、「自治」=「自分たちのことを自分たちで決める」という権利があります。
 「私の問題」ではなく「私たちの問題」=「共同体の問題」に、「偉い人」が上から解決していくのではなく、末端メンバーの立場から解決していく姿勢は、今後ますます求められてくるでしょう。「偉い人」が末端メンバーである僕らの問題を親切にも解決してくれる時代は終わりました。そういう「誰かが解決してくれる」ことを待つのはもう止めましょう。自分の所属するコミュニティの問題は、そこに所属する者なら誰でも解決することができるのです。この記事では、その方法についてまとめてみようと思います。



2.  要求ではなく提案を。

 ところで生徒会とは、一体どこまで変えることができるのでしょうか。僕は生徒会長時代、過去の歴代生徒会長が何を変えてきたか、生徒会室にあった資料を読み漁ったことがあります。そこで見たものは、制服の指定を緩和したり、生徒会役員の任期や選挙の時期を変更したり、文化祭で模擬店を出せるように規則を変えたりなど、地味なものが多かったように思います。
 確かに、余りにも大きすぎる問題や、解決が難しい問題は、いかに生徒総会で多数の賛成をもらおうと実現不可能でしょう。例えば、「学校の授業を無くしてほしい」「トイレを全て洋式に変えてほしい」など、制度的・予算的に不可能な要求はいかに賛成が多かろうと通りません。(私立なら予算の問題も性質が変わってくるかもしれませんが…。)

 それでは、どのような変更までなら可能なのでしょうか。結論を言うと、それは発案者たちの提案力にかかっています。
 
例えば「食堂を広くしてほしい」という要求は実現不可能でも、「食堂の椅子を小さいものに変えて、より大人数が収容できるようにしてほしい」或いは「晴れの日は椅子と机を中庭に出して、外でもご飯を食べられるようにしてほしい」といった提案なら、少し実現可能性が高まったように思えます。

 このようにただ自分たちの要求を突きつけるだけでなく、実現可能な形で提案していく発想力や、そもそも問題が起きている原因を探ってそれを解決する提案を構成する分析力が、生徒会の「実力」と言えるでしょう。
 分析力に関しては、以下の本を参考にするとヒントを得られるかもしれません。中学生でも読めるレベルの本です。
 





 自分が本当に解決したい問題を見つけたら、それが不可能だと思わずに、どうすれば解決が可能かを考えてみてもいいかもしれません。
 本当に解決したいと思えて、かつ解決策が実現可能であるならば、例えば「女子のスカートが短すぎると注意されるのはおかしい。スカートが短ければ本人も周囲もみんなハッピーになれるはずだ。」という問題提起があってもいいかもしれません。いえ、別に僕の願望とかではないですよ?決して違いますからね。勘違いしないでね。本当にやめてね。違うったら。ちょ、警察は呼ばないで…



3. 問題を解決するリーダーとフォロワーが必要だ。

 実際に問題を解決するためには上述の分析力と提案力が重要ですが、それに加えてもう一つ「チーム」が必要です。分析も提案も、高校生が一人で全てこなすことは恐らく難しいでしょう。そこで同じ問題を解決したいと考える同志を集め、分担して仕事を進める方法があります。人には「みんなをまとめて仕事の進行を管理する」「人前で自分たちの考えを発表する」「落ち着いて物事を深く考える」など、様々な得意分野や苦手分野があります。その中でも特に、今回はリーダーとフォロワーについて考えてみます。

 問題を解決するには、具体的に「解決したい!」と声を上げ、実際に行動する人がいなければなりません。しかし、なかなかこのような運動が起きたり、そのようなチームを結成することが難しい現状があります。それはなぜでしょうか。
 それについて考えるために、鳩山元首相が「私も裸踊りしたい」という謎のツイートをしたことで有名になった下の動画をご覧ください。



 (余談ですが、実は鳩山首相がこの動画を見たのは高円寺のNPOカタリバ事務所だったらしいです。)

 動画で説明されている通り、ビーチで踊る男は初め一人で踊り狂っていましたが、やがて二人目が加わることで徐々に大きなムーブメントへと変わっていきます。初めは一人で踊っていたただの変人が、「二人目」の出現によって一気に「運動の創始者」へと昇格したのです。この動画の結論は、初めに声を上げるリーダーも重要だが、それを支持して協力する「二人目」が現れると一気に広がる可能性がある、ということです。

 僕はこの関係を「リーダーとフォロワー」と呼んでいます。実際に学校に不満を持ったら、まずはリーダーとなれそうな人を学校の中から探す。自分がリーダーになる覚悟があるのなら、フォロワーになってくれそうな人を探す。そうして生徒総会への議題の発議を目標にチームを結成することが、問題解決の第一歩となるのです。



4. 実現までのロードマップを描こう。

 チームを結成し、原因を分析して解決策を考案したら、あとは実現までのロードマップを描くだけです。つまり、生徒総会で可決されたときに、誰がどのような行動をすることで実現まで持っていけるのかを考え、そこまで提案に盛り込むのです。

 例えば「制服を変えたい」であれば、「生徒総会で可決された折には委員会活動の中に制服変更委員会を新設し、各クラスから1名ずつ委員を集める。制服変更委員会は、制服デザインの公募と選定、業者への発注までを行う。」という文言を入れておくとか。或いは「制服の着方で注意をされたくない」であれば、校則に「制服の着方で注意をされない」と書き込むことを提案の中に入れておくとか。ちなみに、僕は中学時代にも生徒会をやっていたのですが、そこでは「制服をポロシャツからワイシャツに変えたい」という議案が生徒総会で可決されたはいいものの、その後のロードマップとして制服変更委員会を設置することを明示したにもかかわらず、誰もその委員会を作ろうとしなかったため頓挫してしまいました。最後まで責任を持って実行する人がいないと、せっかく生徒総会を通っても実現しないことの好例でしょう。



5. 最後に。

 色々と省略しましたが、以上が生徒会活動を利用して学校の不満を解消する方法です。本当はもっと書いておきたいことが沢山あり、それだけで本を一冊くらい書けそうな勢いですが、そろそろお腹が空いてきたのでやめにします。

 最後に、僕は今まで中高と生徒会活動を続け、大学でも自治会活動に一年ほど関わっていましたが、そこで得たことは確実に自分の糧になっていると今にして感じています。
 同じ立場の生徒や学生を組織して、目的達成のために協力すること。「自分だけの問題」ではなく「自分たちの問題」を、他者との折り合いの中で考えること。チームが成功し、また失敗する過程。そして「自分たちのことは誰かに決めてもらうのではなく、自分たちで決めていく」という姿勢。僕は生徒会活動の中で、様々なことを学びました。

 残念ながら、一般的に生徒会活動は非常に停滞しています。生徒会役員に立候補する人がいなくて先生が候補者探しに奔走し、先生に頼まれて仕方なく立候補したが故に、活動は最低限のことしかしない。このような学校がとても多いのではないかと思っています。
 しかし、僕はこの既に学校制度の中に組み込まれている活動がもっと活性化してほしいと思いますし、それが様々なところに波及して社会をより良くしていくことに繋がっていくと考えています。

 正直、生徒会などに何の興味もない無気力な生徒たちを巻き込んで問題を解決していくことは、非常に難しいし、大変です。僕も生徒会長時代に文化祭を変えようとして、数々の苦労をしました。それでも、今は生徒会に立候補して本当に良かったと思っています。
 小さいところから、自分の周りから改善していく。その経験によって、やがて「社会」という漠然としたものを、実体のある温かみのあるものとして捉えることができるようになっていくのではないでしょうか。僕はそう信じています。