アンコール・ワットの遺跡群を見ているといったい何の宗教なのか分からなくなる。

アンコール・ワット自体はヒンドゥー教の寺院であるが周辺には仏教寺院も含まれ、アンコール・ワットはミャンマーのバガンやインドネシアのボロブドゥールと共に、世界三大仏教遺跡と言われたりするので紛らわしい。

つまり王家がヒンドゥー教から仏教、ヒンドゥー教と改宗したために混在が見られるのである。

われわれ日本人が法事でお世話になるお寺の仏教は中国を経由してきた関係ですべて漢字に置き換えられてきているので一見、インドの宗教ではないように感じるが、実際には漢字は当字に過ぎない場合もある。

映画「男はつらいよ!」の車寅次郎は「帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎. 人よんで、フーテンの寅と発します。 」と口上を言うがこの帝釈天は柴又にある帝釈天であり笠智衆の演ずる御前様はほのぼのとして好印象である。

ところで帝釈天は仏教ではなくヒンドゥー教の神様であることを知っていますか?

そこでヒンドゥー教を調べるとバラモン教というその基になった宗教が出てきて更にこんがらがる。まあキリスト教とその基になったユダヤ教があるようなものでしょうね。

さてこれに仏教を加えた三つの宗教がインドにあり、中東にユダヤ教、キリスト教、イスラム教(この3つは類縁関係のある宗教)があるのですから世界の大きな宗教はすべて中東を含むアジアで生まれたといっていいでしょう。

そういった意味でインドは宗教王国なのです。

さてインドの宗教の流れをラフに述べるとこういうことになります。

紀元前13世紀頃にアーリア人がインドに侵入し現地人トラウィダ人を支配する過程でバラモン教が生まれます。

アーリア人とトラウィダ人の混血が進んでいるので詳細はわからないがおそらくアーリア人は自分たちをバラモンという最高の階級にして今日のカースト制度の基礎を作ったのであろう。

カースト制度は非常に虫のいい理論である。今の階級は自分の前世での行いで決まっているので生まれた後に他の階級に移動することはできないので来世で良いカーストになれるように一生懸命善行するようにというものです。

簡単に言うと現世に限れば被支配者階層の人は死ぬまで支配者階層のために働けば来世に報われますよというものです。

そんなわけで、それに反感を抱いた人がジャイナ教や仏教などの別の宗教を形成します。

5世紀頃まで仏教が勢力を得るがこの巻き返しとしてバラモン教と民間宗教を融合してヒンドゥー教が生まれていく!