平井美帆 MIHO HIRAI BLOG

思ったこと、感じたこと、ぼやいてます。
















満鉄(南満州鉄道株式会社) 旧本社内
©MihoHirai






大連、中華人民共和国

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本日は、中国帰国者(未判明残留孤児)の宮崎慶文さんが、社会貢献賞を受賞されたので、受賞式と祝賀会に出席しました。計40名の方が受賞されたのですが、世の中にはすごい方々がたくさんいるのだなとただ、ただ感心。

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同じく中国帰国者の池田さんやかつさんも来ていて、『中国残留孤児 70年の孤独』に登場するメンバーが揃いました。みなさん、長生きしてくださいね!!

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おまけ。帝国ホテルの薔薇のデコレーションがめちゃきれい。
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藤井さんは光文社経由で私に連絡をとることを促され…(下の件)

結局のところ、藤井さんから連絡があり、電話では謝罪されてました。

前から連絡先は知ってるのに、事前に一言いってくれればいいだけの話だったのになあ。2016年からいろいろあって、状況が変わって、今さら連絡がとりにくかったとしても、手紙一通で知らせてくれればよかった話。

最後のほうで、「事後承諾いただけたということでいいですか」と言われたので、それはお断りしました。二次使用の著作権侵害の承諾はするつもりはない。そういうやり方を許すことになってしまう。

あと、「ではもう光文社には何も言わないか」みたいなことをいわれ、がっくり。

光文社、関係ないから(関係なくはないけど、あのぐらいで出版社はアクションとらないでしょう)。あれ、私の著作物だから。「組織」「看板」に弱いと感じてしまい、がっくりきたのだった。

…でもべつに藤井さんと揉める気もさらさらない。

さっきも述べたが、掲載前に連絡とってOKをとってほしかったし、とるべきだったという話。

お会いして謝罪したいとおっしゃっていただけたが、東京にくるとき、日時、場所もあらかじめ指定されているので、私も都合があって、まだ実現していない。

***
ついさっきもTV朝日で黒川開拓団の性接待のことが放映されていて、たまたま起きていたいので見ていた。またテレビの取材をうけるのは人から聞いていたが。

複雑になるところもいくつかあって、私はひねくれてるのかなあと思ったが、おそらく性接待被害者のひとり、〇さんも同じ気持ちだと思う(亡くなった人もそう)。

性接待は大義名分の下で正当化された。

沈黙を強いられたのは、二次被害を恐れたから。

当時、性接待を決めた男衆は大義名分の下で動いていた。…なんだか、そこのところは今の多くの事柄とつながる。

大義名分が「是」なら、なんでもいいのかということ。

人権侵害に大も小もなく、もやもやとする点はある。

他にも気になった点はあるが、ブログで公表しない(苦笑)。テレビを作るときに、パクられるので…。どの道テレビでは放送できないかもだけど。
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私になんの連絡もなく、私が2016年に書いた黒川開拓団の署名記事(全文)が、黒川開拓団の遺族文集に掲載されていることを最近光文社経由で知った。光文社にも無断で掲載。事後連絡のみ。

遺族会会長の藤井宏之氏は、私の現在の連絡先を知っているのに、なんら事前連絡もなかった。それどころか、私には事後連絡すらなかった。

すでに配布済みというその文集すら、私の手元にはない。

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どれだけ苦労して取材して、どれだけ苦悩して原稿を書いて、どれだけの勇気をもって性接待の事実を「平井美帆」の名おいて書いて、世に出そうと決意したか、わかっているのだろうか。

私の記事から1年後に続く怒涛の報道は、予想もしなかった。(現代ビジネスのネット記事(2017)は上書きされていく危機感から、私が1年後に投稿。)

これだけ後続報道が発生することなど思いもしなかったのは、藤井さんも同じだった。2016年の夏、せっかく取材して書いたのに、いざ女性週刊誌に発表しようとしたとき、ずいぶんと反対されたが……。おもしろおかしく取り上げられたらどうしようと藤井さんは心配していた。私のほうでも当時は、地名や被害者特定ができないように最大限配慮して、そのことを藤井さんに説明して説得した。

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一方、ライターをなめきった態度をとっていたのは、いわば同じ業界の佐々木氏(ドキュメンタリー映像を作る人)。何度かブログでも書いている。

少しずつ経緯があとからわかってくる。

私の記事が2016年に世に出たあと、2017年3月、藤井さんから「山口放送の取材依頼がきたけど、どうしよう」「平井さんはどう思うか」といった内容の電話が携帯にかかってきた。(佐々木氏が私の記事にたどりついた経緯もあとから知るが、ここでは割愛)

私は反対する意向を伝えた。
これについての良しあしはなんともいえないが、山口放送が最初から思いっきり著作者への連絡をすっ飛ばしつつ、私の告発的な記事を参考にしていることに不快感を覚えた。信義則違反のところ。

そのとき、藤井さんは「山口放送の件は断ります」と私に言った。

以降、連絡がほぼ来なくなり、急によそよそしくなったように感じた。

結局、放送局の取材を受けることにしたにせよ、それまではそこそこ良好な関係を築けていたのに、なんだろなと思った。

***

今回の藤井氏からの書簡によると(*)、あのとき、いったんは山口放送に対してお断りをしたという。しかし「山口放送の担当ディレクターからは『それはおかしい』と言われたのだという。*なぜ文集に無断で載せたのかも含めて、経緯や理由を尋ねた。

ふうん、やっぱりそうだったのかと思った。
(取材を決めたのに怒っているのではない。)*佐々木氏については他の女性執筆者と揉めていたし、少なくとも相手への礼節、誠実さのところで問題があるのではないか。

http://blog.livedoor.jp/mihohirai222/archives/4861188.html

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いずれにせよ、著作権侵害は事実。
違法です。
なにげに経緯説明で「シリーズ人間」の枠を強調していたが、私の著作物。私の取材による私の署名入りの記事で、私の持ち込み企画。それらの事実を藤井氏は当時から、知っていた。

それに単純に――(佐々木氏もそうだったが)、失礼じゃね?と思う。うまくいえないが、概念のところで、女を下に見ていないと一連の行動はとれないと思うのだ。
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筑波ロー(筑波大学法科大学院)と日大ロー(日本大学法科大学院)に受かった!

筑波ローは3年間の未習コース、日大ローは2年間の既習コースに合格。未習は法律知識は問われない一般の論文試験で、既習は法律科目の試験がある。日大ロー既習にいくつもり。

すいません…、筑波の面接官の先生。結果的にウソついたみたいになりました。体がふたつあれば、国立の筑波にも行きたいが、1年短縮の差は大きい……。

筑波の未習の口述試験(面接)のとき、他校の受験状況を訊かれたのだ。もう都内で社会人向け夜間クラスのあるロースクール(法科大学院)は筑波と日大だけなので、学校名を言わなくても、どの学校を指しているかはばれてしまう。

そのとき、受けているのは筑波だけだし、筑波の未習に受かったら筑波にいくと答えたのだ(そこまで掘り下げて質問された)。

だって、面接時間内でそういう質問をされたら、受かりたいこちら側からしたら、守りに入るというか、忠誠心を示さねばと思ってしまうではないか。もっとも「これで面接は終わりました」と教員が述べたあと、いろいろと受験状況を質問されたのだが…。これは事実上、「面接」でしょう(苦笑)。

「もし、未習も面接で受からなかったらどうしよう」と心配だったし、筑波の結果を待ってから日大の第三期(12月にテスト)に応募しようと思っていたが、第三期は難易度や倍率が上がる気がした。日大は出願時期と試験を3回にわけている。ふつうのロースクール(昼間)なら、もっと多くの併願受験は当たり前だと思う。

それで体力面や授業開始時間、移動時間(ここも大きい)を考え、日大の未習・既習も受けることにしたのだ。日大も未習しか受からなかったら、やや学費の安い筑波にするつもりだった。*さすがに物書きしてきたので、未習は過去問を見て「いけるだろう」と思った。

あともう1点。筑波ロー(茗荷谷)は夜間専門。建物は新しくてきれい。学問の街という感じで、雰囲気も落ち着いている。一方、三崎町(水道橋)にある日大は、いかにも大学っぽい。夜間専門ではないし、大学の学生もその辺りをうろうろしている。若い活力がある雰囲気。当初、第一志望は筑波だったのだが、だんだん後者のノリが懐かしくなってきたのだ……(苦笑)。また大学の図書館にいったり、学食を食べたりしたいなと。自分は日本の大学に行っていないし(南カリフォルニア大学卒)、大学院も行きたかったがもう親に財力もなく行けなかったので、この歳でまた学生になって、日本の大学院に通えるのがうれしい。もとはいえば、司法試験の受験資格を確実に得たくて、ロースクールを受験することにしたのだが。

日大は面接の評価割合が高いので、おまけしてくれたのかなぁ…。憲法、民法、刑法の筆記試験を受けたが、あまり自信はなかった。日大既習の倍率はたぶん2.6倍くらい。筑波既習は倍率が高いし(5倍はあったと思う)、試験科目も多かったので、ダメだった。(日大の刑法の問題が、伊藤塾の特待生試験の刑法と論点が同じものが出たので、塾の試験も受けておいてよかった。)

…とマニアックな話になってきたが、ひとまずよかった。うれしい。がんばって2年で卒業すれば、司法試験の受験資格が得られる!

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日本は上下関係が好きな国だなあと思う。

やっぱりそれって、一人ひとりの個性を認めることが苦手だからだ。

相手と「対等」に話すことが苦手。すぐに上になろうとしたり、下になろうとしたりする。仕事上、海外とのやりとりでも、主張すべきところを主張せず、お礼を言うような場面でもないのにやたらと相手に感謝しまくる。アンバランス。

上下がないような関係でも、勝手に「教師」になったり、「指示者」になったりする。その半面、上にはとことん、服従する。

対等にディスカッションンしなければ、中身のある話にならないのに、常に立ち位置や地位にこだわる。帰国した直後もよく言っていたが、いまでも同じ思い。

上下関係にこだわる人は、上から見たら「扱いやすい部下」「かわいい奴」に見えたりする。でも、そういう人は、弱い立場の人に対しては平然とアンモラルな行動をとるから苦手。
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話題の『ジョーカー』を観てきた。US版予告
哀しい映画だよ…。
それにしても、アーサー、Why did you kill her? (注:以下ネタバレがあります。)続きを読む
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大学時代(1989-1993)の同級生を思いだすなあ。

南カリフォルニア大学には世界各国の留学生が学んでいて、香港・台湾からの私費留学生も多かった。皆とても親日家で仲良くしていたのだが、なかでも敬虔なクリスチャンだったトリーシアという子をよく覚えている。

トリーシアは1997年に香港がイギリスから中国に返還されてしまうから、家族でカナダかアメリカへ移住する予定だと話していた。他にも一家で移住してきたという香港人の留学生がいた。(共産主義の中国なんてまっぴらごめんだからだ。)ちなみに当時、中国本土からの留学生は少なくて、いたとしても国費留学生。そして、こちらが日本人というだけで、なんだか冷たいというか、反感をあらわにしていた。親中派の大学教授もそうだった。

話がそれたが、そのときはただ、「ふーん」とトリーシアの話を聞いていた。関心はあったが、国家の体制がどういうふうに変容していくかなど想像もつかなかった。

あれから早30年……

いまの香港の状況をみると、トリーシアらの選択は正解だったのかなと考えてしまう。

じわじわとやがて、香港は中国の政治制度にのみこまれていってしまうのではないか。それとも革命?

もちろん、民主主義と自由のために立ち上がり、抗議活動を続けている香港市民、とくに若い学生たちを支持している。

と同時に、私の脳裡には、中国帰国者(中国残留孤児)のさまざまな体験談がよみあがえる。

「中国の政治は厳しい」

あの文化大革命(1960代後半~1970代)を体験した人たちである。日本人には想像もつかないほど、中国の思想統制は厳しい。取締りに妥協はない。

そんな中国のもとで、一国二制度なんて本当に維持していけるのか……。これから香港はどうなっていくのだろう。
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