平井美帆 MIHO HIRAI BLOG

思ったこと、感じたこと、ぼやいてます。

日光
栃木
















先週はアーティストの小林俊哉さんの個展へ。

今回が2回目。自然を題材にした油絵がよい。色彩もよい。

IMG_8826©Miho Hirai (今回のテーマはEternal night -明けない夜-)


あれ、キャンバスがゆがんでるなーと思ったら、なんとわざとだった。絵を描く前、半年ほど、キャンパスを外に放り出して(雪に埋もれる場所)、自然になじませておいたのだという。さすが小林さん…こういう感性がよい。
キャンパスのふち(側面)に色を塗るのもこだわり。より立体的に作品が際立つ。だいたい日本の油絵は側面を塗らないから、平面的に見えてしまう。
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©Miho Hirai

なんでも、「均一に、きれいに、そろえて」を好む日本人。何に対しても、同質性・均一性をよい(正しい)と思うところがある。わざとキャンバスを野外に出しておき、歪みや汚れ、日焼けも、作品に取り入れる。結果、全体として力強い、個性のある、雰囲気のあるものになっている。

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IMG_8822©Miho Hirai

自然の風景が美しいのは、一つひとつの構成物が異質でばらばらだから。揃ってないから。色合いも色づきもずれているから。……この手の感覚が国際化が求められる組織のなかに、もっとあったらいいのになあ。組織にかぎらず、社会の色々な層のメンタリティにもっと根付いていれば、生きやすい自由な社会なのになあ。常日頃からそう思う。思い続けて、この社会で生きている。

IMG_8812©Miho Hirai
ちなみに小林俊哉さんはSNSつながりなのだが、きっかけはなにかジェンダーにかんする小林さんの発言を読んで、「日本の男性でもこういう考えの人がいるんだ」とうれしくなって、友人申請したのだった。1980代後半からサンタモニカ(アメリカ西海岸)に4年ほど住んでいて、ここ23年ほどはドイツ・ハンブルグと東京の往復だそうだ。作品にcross cultureの息遣いが感じられる。
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自分は麻原については死刑も死刑執行も当然だと思っている。

地下鉄サリン事件から23年。
真実を知りたかったという人もいるけど、それは(残酷だけど)ほとんどの殺人者の口からは語られない。ひとつ覚えのようにメディアは「解明」「解明」というが、何を持って、「解明された」と誰が判断するのだろう。裁判には十分すぎるほどの時間をかけた。……心神喪失の疑いがあるから執行停止すべきだったという意見もあるが、そのように強弁する人は日ごろから、他の精神疾患のある受刑者にも「治療をうけさせるべき」「裁判をやりなおすべき」などと主張をしているのか。法を守らなくてはいけないのは前提として、麻原だけが特別というのはおかしい。少なくも、麻原はそれぞれの事件発生「時」には心神喪失ではなかったし、公判時にも心神喪失とまではいえない状態だった。

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元「アーチャリー」は麻原の何を伝えたいのかよくわからない。
麻原の逮捕時、赤ん坊でしたという話でもない。12歳なら、物事の分別があると認められる年齢だ。(民法上(712条)の責任能力は12歳程度でそなわるとされている。)

子どもに対する人権侵害は許されない。その一方で、紙やネット、SNSを利用し、大衆心理に訴えかける三女には影響力があるし、父親擁護に傾く姿は麻原の逮捕前、教団内で存在感を示していた頃を彷彿とさせる。

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地下鉄サリン事件発生時、駅構内の一般市民がどういう状態に陥ったか。日本の映像では凄惨なシーンはまず映し出されないが、シリアが市民に化学兵器を使用した際の画像を見れば、想像がつく。

正義感にあふれた若手弁護士が殺された。自宅で襲われ、おそらくまだ息のあった夫婦の面前で1歳の子どもも殺された。

オウムのやったことをふり返れば、非人道的という言葉しか思い浮かばない。人間性にたいする挑戦である。対国家権力、対警察などではない。

麻原が狙ったのは若者だった。

未来があるから。

無知で純粋だから。

変化を求めるから。

悩んでいたから、救いを求めていたから――

だが、彼自身は最後まで逃げていた。
幽体離脱ができ、最終解脱したと自称する者が何を恐れていたのだろう。

オウム事件は風化ではなく、美化のほうがリスクが高いのではないか。

聖域として、「宗教」を隠れ蓑にしていたことも忘れてはならない。
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性的被害者らが声を上げたme too運動のところも、言いたいことはある。

それに加えて、こういうのもこれまでの人生で溜まりにたまっている。→ 会話のなかで年長の男性から、「いない存在」として扱われたり、「発言権」を飛ばされたり、同じ内容を男性が話したら態度をコロッと変えられたりすること……。その場のリードは絶対におまえ(女)に渡さん、ってタイプの男達がいる。

いまだに意外とあることだと思う。

記憶をたどれば、子どものときの冠婚葬祭や親戚の集まりまでさかのぼる。

女の子だから…と、こんな体験を姪にはしてほしくないね。

女の子だから…とさとす親を見て、複雑な気持ちにもなる。

女の子だから…の裏にはたくさんのものが隠されているのである。
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あれを書こう、これを書こうと思ってるうちに日が経ってしまう。

空いた時間で司法試験(予備試験)の勉強をしているので、なかなかここ1年ほどは時間がない。

憲法の判例を読んでても、民法を学んでても、「うえっ」となる封建主義(戦前のイエ制度)の名残りが見られ、拒否感が出てきたり……(苦笑)。

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それに加え、亡き祖父の遺産と確定した平井希昌の動産(を含む全体)について、ようやく再度の遺産分割協議がスタートした。着地点までもっていくために奮闘しているが、当然ながら、気が重い。また最後までもめるだろう。動産類については二男(叔父)が祖父の死後にぜんぶ持ち出したまま。法的に、共有財産と確定したんだから、とっとと分ける精神をもてよ(としか思わない)。こちら最高裁までいったが、私は事実をのべ、事実を主張しただけ。ふっつーに真実を「法的」に認めてもらうまでが、こんなに大変なら、そりゃあ、たいがいの人は泣き寝入りするだろうな。

都合のよいといだけ、「イエ」思想を持ち出したり、「イエ」思想を自分仕様に解釈したりする人たち……(戦前の家督制度ですね)。問題の根底には、最初から最後までここの争いしかない。だから、私は負けるわけにはいかない。というか、すでに、嘘にまみれた相手の主張はつぶされ、平井希昌の動産類は亡き祖父の遺産と確定したので、根本的な争いでは私は勝ったのだけど。(←ここですら、司法に懐疑的であったので、勝てるかわからなかった。)

相手方がこのブログを読んで、また揉めるってパターンも無きにしも非ずだが、どうぞお好きに。この問題は個人の紛争にとどまらず、戦後日本における相続のあり方、女と相続、家督制度の残存とつながるから。

このあたりについて、多くの日本人はまだまだ、ぼんやりしている。〇〇家に入る、嫁をもらう、女は結婚したら名字が変わる、一家の長(=男)――そうしたイエ思想を自然に受け入れたり、実は疑問があってもしかたなく受け入れたりしている。それが相続紛争とどう関係あるんだよっ!って思う人は、認識が甘い。個人の家族観こそ、相続紛争にいちばん関係してくるよ。それは一般人に限らず、法的な権利を主張する弁護士、判断する裁判官についても、あてはまる。

しかも、ふるい考えの人らは家督制度の思想を振りかざしながらも、自分に都合のよい場面ではいきなり、民主主義的な個人の権利を主張する。なので、あちこち論理的にも破綻している。

***
日本社会は民主主義を掲げつつ、全体に気持ち悪い考えがまだまだ充満している。アメリカのほうがファミリー主義だけど、個人の権利は確立している。だから、併存は可能なんだよ。つまり、本来的に自分の家族を大切にすることと、民主主義はぶつからないはず。なのに日本では、歴史のながれから、いまだ「イエ」中心の家族主義の下、弱い立場の者の権利が踏みつけられている。*子どものころに父を亡くした私は代襲相続人。立場的には弱かったし、若いころはまだまだ立ち向かえなかった。
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メールフォームからもの言いたげな中国帰国者(2.5世だそう)から連絡。
なにかなと思って返信すると、残留孤児問題を書くならば、日本社会に巣くう選民思想などをもっと書け、ということらしい。

(このブログ読んでいるようでしたら、ウエブ記事のみならず、拙書も読んでください。)わざわざ著者に連絡。匿名で質問も書いてないのに電話番号が書いてるって、電話してこいってこと? いろいろと電話口で批判しようと思ったんだろうけど、あつかましくないですか?  

答えが気に入らないと最後は罵り(人身攻撃)というのは、「匿名」だからなせる技。あるテーマについてこういうイメージで書いてほしいならば、自分で書けばよい。今時、ウエブ記事なんてあふれているんだから。

もちろん、中国文化圏を背負う人からしたら、日本の加害性が足りない、と感じるかもしれない。中国側からすれば、先の大戦にかんして、日本の被害者性を押し出させること自体、違和感あるだろう。
半面、言葉のおぼつかない残留孤児1世がもっと日本社会になじみたい、もうひとつの故郷と想っていることも事実。日本に帰ってきたかった、永住の道を選んだというのも事実。(質問者みたいな考えの方ももちろんいて、もうひとつの故郷・中国にUターン組もいる。)

日本は他のアジア諸国に対する選民思想はあったし、それは今も続いている。その点を突いた文献はないって、その人言ってたけど、勉強不足。部数は出てないけど、探せばいくらでもあるよ。対アジアのみならず、国内の差別意識だって、満州開拓移民には関係してくるよ。

***
メールフォームもねえ、良い思いをするのは30%くらいかな。
あとは「(取材先を教えてほしいという目的で)話を聞かせてほしい、いついつ会いたい」という研究者からの非常識な連絡であったり、「論文を書くから、話を聞かせてほしい」という学生からの連絡であったり(これは許容できるけど時間がなかった)、著者に直接注文をつけたい匿名からの不遜な連絡であったり……。研究者にいたっては私が会うこと前提でメールきたよ。自分の研究のためだろうけど、そういうやり方してきて、その人は記録に入れてるんですかね。というか、個人的な信頼関係にある取材相手について、第三者にべらべらしゃべるライターがどこにいるんですか。

話が飛んだが、そのメールくれた方については、お気持ち自体はわかります。嘘ではなく(けれど、罵られる筋合いはない)。このブログ読んだら、帰国者の集まりに顔だしてみてください。ぎゃいぎゃい、言われましても、孤児には孤児の想いもあるわけですから。残留婦人には残留婦人の想いがあるし、2世3世でも人それぞれでしょう。
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自分の住んでいる区(東京23区内)から、定期的に発行される便りをパラパラッとめくってみると、みょうな違和感が沸いてくる。この区って、むしろ、独身で働いている人の割合が高いよね?と…。

催し物やイベント、さらにはサポートの仕組みはすべて、家族向け。あるいは定年後のシニア向けの催しも多い。若い人向けには、区を挙げての「婚活イベント」のお知らせである。この区は初婚年齢が遅いから、という理由まで丁寧に書いてある。さすがに「年齢制限」を書いてはまずいと思ったのか、それは書いてなかったが、あきらかに若い初婚者を想定している。

えーと、
ちょっと待って。
という気になる。

行政サービスやサポートが、法律婚向けの型に収まっている人だけに集中しすぎではないか。基本はすべての住民に対して公平に、だよね。公平に住民税は徴収されているわけだし。ものすごく、行政側の好む(想定ている)「暮らし方」や「生活のあり方」が限定され、固定されている。

自分のまわりや生活圏をみまわしてみると、区が積極的にサポートしている人達とは異なる層の面々ばかりである。私自身含め、そういう人達って、なんか実際に役に立つ区のサービスを受けれるの? そういう人達のニーズを吸い上げようとした痕跡すら見当たらないんだけど。

この区は晩婚化が進んでるからとか書いてあったが、それはつまり、独身で一人暮らしで働いている人が多いってこと。家族を持たないで生活をしている30代~50代が多いってこと。そういう層に対するイベントは見事にゼロで、利用してみたいようなサービス(講座やイベント)がまったく見当たらなかった。利用者が少ないのではなくて、利用できるような仕組みを置いていない。

***
そもそも論として、理由は人それぞれだろうけど、もう日本型の「家族形成」に気持ちが向いていない人も多い。一般的な法律婚を押しすすめ、それを望む人達にイベントを開催する。その一方で、実際にそうではない人達が多いのに、シングル中高年に対する目線はゼロである。施策を作る側が、望んでいない生き方の人達なんだろうなと思う。多様な、と言いつつ、実際に多様な人たちが暮らす区であるのに、みょうに不気味な「区の便り」なのである。

どういうふうな区議会員がどういう考えに基づいて、予算をわりふり、使い道を決めているのかな。…この件を掘っていくと、石頭の面子が出てきそうだ。なかには弱者支援を掲げて、当選した議員もいるだろう。それでも、支援が抜け落ちている層がいる。

家族持ってる人を応援する企画があるならば、なぜ、独身のままがんばってる人らを応援する企画が見当たらないの。世のなかのイメージと違い、いろいろ大変なんですけど。この社会で生きていると、独身というだけで、やたらステレオタイプの言動にぶち当たる。

現実として一人暮らしの人が多い区なんだから、角度15℃くらいの視線でなくて、もっとまわりを見渡して、行政サービスを提供してほしいね。楽している人なんかいないわ。…

そもそも、個人の歩む道を「歩むべき道」として、やんわりと上(税金とってる側)が決めるなと思う。思惑が支援策に透けてみえる。
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最近有名な人が亡くなるニュースが相次いでいる。いちばん驚いたし、残念に思うのは登山家の栗城史多さんだ。まだここまで有名になる前、何かの拍子で名前を知って、「この人、これからブレークする」なんて、友だちに言っていたら、案の定どんどん活躍していった。

いわゆる「批判」も目にしたけど、どれもピンとこない。
目立つ奴、人と違うことする奴を叩きたい嫉妬も混じってたんじゃないかな。

栗城さんのお父さんの言葉、
「よくがんばった」
というのが、自然な感じ方かなと思う。

***

人生、あっという間。
生ききれば、儲けもの。
たいがいの人はやりたくないことをやりながら、あっという間に人生の折り返し地点を曲がっている。「妥協」は安定をもたらすかもしれないけど、自分として生きる時間--つまり自分の人生を殺していく。いちばん楽な時間の消費方法である。

つくづく思う……人生は短い。
若いころに思っていたより、ずっと、ずっと短い。
怖いほど短い。
気がついたら折り返し地点を過ぎ、たいがいの人は「これから何ができるか」を考えなくなる。「人生、80年、90年だからのんびりいこうよ」という人は、単に息している時間を「生」に数えているだけだ。

命削りながら、エレベストで逝ってしまった栗城さん。
個性的な、ユニークな、愚直なチャレンジャーが一人、この世からいなくなってしまって、ほんとうに残念……。だって、そういう人、きわめて少ないもの。

エレベストで…というのが栗城さんらしい。

最後、たったひとりで山の猛威と闘いながら、どう歩いていたのだろう。その場面を想像すると、最後の息遣いまで聞こえてきそうだ。

いままでお疲れさまでした。そして、ありがとうございました。
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