本日、麻山事件のドキュメンタリー番組の放映があった。番組案内はこちら

この衝撃的な「集団自決」については、中村雪子さんの残した「麻山事件」にも詳しい。
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「集団自決」という名のもとに行われた大量殺人でもある。死にたくないと逃げまどいながらも、同胞に殺されたのは、子ども、女性たち400名以上。「自決」を決定し、撃った男たちの大半は、その後、日本に帰国を果たしている。

当時、ソ連軍が侵攻してきた満州の地で、日本人開拓移民らが置かれた状況からして、仕方なかった……。そう言えるのか? 言ってしまっていいのかどうか。
このドキュメンタリー(北海道のローカル番組)を全国放送で流したこと自体は、とてもよかったと思う。戦後70年、埋もれていく記憶を広く知らしめるために。

ただ、拙書『中国残留孤児 70年の孤独』でも少し触れたのだが、被害者と加害者の集団がいたとしても、その立場は戦時下では入れ替わる。満蒙開拓移民は国策の下で犠牲になった被害者であるわけだが、現地の人々からすれば、家屋や土地を取り上げて占領してきた加害者でもある。
そして、被害者の中でもまた、「被害者」と「加害者」が生まれるわけだ。まっさきに犠牲となるのは弱い者たち。子ども、女性。(ちなみに被差別者における「差別」は、一番書くのが難しいと思う。被差別側の当事者以外は。だけど、人間である限り、その現実からは逃れない。被差別者を、常に絶対的な弱者、被害者に位置づけて固定することもまた、別の差別を見失うことになる。)

話がずれたが、今日見た番組では最終的に「戦争がもたらすもの」に落とし込んでいた。
そこは正しいんだろうなとは思う。そうなんだろう。
その一方で、「戦争をしていたから」「そういう時代だったから」と落とし込んでしまうのは、内部の見えないところでの弱肉強食の世界、国家が作り出していた価値観、家父長制での‟決定”の流れ(男性の独断と強要)、女性や子どもの人権軽視などが隠れたままだなあ、ともやもやする。

集団自決のみならず、従軍慰安婦問題についても言えるのだけれど。

あと今でもふと思うのだけど、妻や子どもを夫は守ろうとする。必死に。
その姿は友人や身内を見ていても、感嘆することさえあるのだが、守ろうとしすぎて、「所有」の感覚が透けて見えるときがある。この優しい真面目なお父さんは、あのような非常事態に置かれたら、どうするだろう。もしかしたら、という思いが横切る。あの時代を生きた人達だからと、切り離せない。(開拓移民や引揚げ者の文献を読んできたので、つい……。)

生きるか死ぬかの状況の中、生きのびた残留邦人は、―今、子や孫に囲まれて笑顔のある人々は―、最後の最後まで生きることを諦めなかった人々だ。あるいは、彼・彼女らの「親」が生きることを最後まで諦めなかった。そして、命を救った中国の人達がいる。

弱い立場に置かれた非力な相手を、意志ある個人として、その命をどこまで尊重できるか。

こうしたことは、「無理心中」という名の殺人事件が起こったときにも感じる事柄である。

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