自分は麻原については死刑も死刑執行も当然だと思っている。

地下鉄サリン事件から23年。
真実を知りたかったという人もいるけど、それは(残酷だけど)ほとんどの殺人者の口からは語られない。ひとつ覚えのようにメディアは「解明」「解明」というが、何を持って、「解明された」と誰が判断するのだろう。裁判には十分すぎるほどの時間をかけた。……心神喪失の疑いがあるから執行停止すべきだったという意見もあるが、そのように強弁する人は日ごろから、他の精神疾患のある受刑者にも「治療をうけさせるべき」「裁判をやりなおすべき」などと主張をしているのか。法を守らなくてはいけないのは前提として、麻原だけが特別というのはおかしい。少なくも、麻原はそれぞれの事件発生「時」には心神喪失ではなかったし、公判時にも心神喪失とまではいえない状態だった。

***
元「アーチャリー」は麻原の何を伝えたいのかよくわからない。
麻原の逮捕時、赤ん坊でしたという話でもない。12歳なら、物事の分別があると認められる年齢だ。(民法上(712条)の責任能力は12歳程度でそなわるとされている。)

子どもに対する人権侵害は許されない。その一方で、紙やネット、SNSを利用し、大衆心理に訴えかける三女には影響力があるし、父親擁護に傾く姿は麻原の逮捕前、教団内で存在感を示していた頃を彷彿とさせる。

***
地下鉄サリン事件発生時、駅構内の一般市民がどういう状態に陥ったか。日本の映像では凄惨なシーンはまず映し出されないが、シリアが市民に化学兵器を使用した際の画像を見れば、想像がつく。

正義感にあふれた若手弁護士が殺された。自宅で襲われ、おそらくまだ息のあった夫婦の面前で1歳の子どもも殺された。

オウムのやったことをふり返れば、非人道的という言葉しか思い浮かばない。人間性にたいする挑戦である。対国家権力、対警察などではない。

麻原が狙ったのは若者だった。

未来があるから。

無知で純粋だから。

変化を求めるから。

悩んでいたから、救いを求めていたから――

だが、彼自身は最後まで逃げていた。
幽体離脱ができ、最終解脱したと自称する者が何を恐れていたのだろう。

オウム事件は風化ではなく、美化のほうがリスクが高いのではないか。

聖域として、「宗教」を隠れ蓑にしていたことも忘れてはならない。