平井美帆 MIHO HIRAI BLOG

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San Clemente Pier
San Clemente, CA, USA


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カテゴリ:『中国残留孤児 70年の孤独』 > 遼寧省(大連)

なごみに大連(中国、遼東半島の南)ぶらぶらひとり旅の写真を少し…

大連空気
ほんとに空気が悪かった……マスクをつけないと街中は無理。中国人の人らはマスクしていなかったけど、ある白人男性は大きな黒いマスクをしていた。

お茶1
この小豆が下に沈んだお茶が好き

お菓子ならんでた
街中で焼き菓子らしき店にすごい人が並んでいた。食べたかったけど、ばら売りなのか、なんなのか、よくわからなかったので断念。

大連本や
大連の大型書店。成都の大型書店もそうだったけど、小さい書店は見かけなくて、デパートみたいな立派な書店があった。(建物全部が書店)セキュリティーもしっかりしていて、購入したものは出るときにレシートに判を押してもらい、さらにセキュリティーゲートをくぐるという…。袋には入れてくれない。

大連店
露骨な店名があったのでぱしゃり。

大連駅
東京の上野駅をモデルにして建てられた大連駅。

ebi
海老を干していた。大連は港町。独特の生臭い匂いが漂う。

建物
うしろの建物はまじかでみると荒れ放題なのだが、由緒ある歴史的建造物。1900年頃に帝政ロシアが建てた東清鉄道事務所。その後、市役所、満鉄初代本社、ホテルなどに利用されたのだが、いまはそのまま放置。
大連には日本と違って、使われなくなった戦前の建物が放置されている。魚の匂いと相まって、なんとも不思議な空間になっていた。この日は曇りだったので建物は灰色。色の修正はしていない。
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ちょうど大連に滞在中、テレビ版「红高粱(紅いコーリャン)」を放映していた。
これが娯楽ドラマとしてはおもしろくて、帰国後にはまってしまった。

数話ずつ毎日、Y-tubeにアップされていって、
今書いている時点で第57話まで見れる。*これまで見ていたシリーズが消えている…

主演の女優は、周迅(ジョウ・シュン)。
相手役の「余占鳌」を演じていた朱亚文(=朱亜文)という男優がはまり役。

テレビ版は、莫言の原作や、張藝謀(チャン・イーモウ)監督の映画(1987)とはずいぶん違うのだが、一人ひとりのキャラクターの内面が深く描かれ、躍動感に溢れている。
(良い面も悪い面も、強い面も弱い面も見えて、よい。)
莫言氏小説「紅いコーリャン」、初のドラマ化決定

ただ、30話~35話あたりは少し中だるみ。
40話くらいからは、日本の占領軍が農村にやってくる展開で、抗日を英雄として描く色合いがどんどん濃くなっていく。元々、抗日勝利70周年記念と銘打ったドラマなので、後半は占領軍に対する抵抗を通して、中国人の愛国心を盛り上げる内容になっている。

が、これもお決まりの鬼のような日本人の描かれた方とはやや異なり、きちんとキャラクターが設定されていて、日本人役の台詞は日本語(一部は口ぱく)。このあたりに、中国のネットユーザーの中には批判的な声もあるようだ。また、狡猾に立ちまわる中国人キャラクターも登場する。*とさっき書いたのだが…後からとんでもない展開になってきた…

現実はこんなふうではなかっただろう…と思うところも多々あるものの、自分たちが暮らす村に日本人がやってくる不安や戸惑い、漠然とした畏怖はよく描かれ、日本の戦争映画やドラマにはない風景が見えてくる。

*追記
愛国を盛り上げる際の男女の役割分担は、典型的なものだった(日本と同じ)。
主人公の「九儿」はある部分では、纏足など女性に対する古い風習には猛然と反対し、自分の主張を貫く強い女性として描かれている。一方で、「余占鳌」にひたすら旧来の男らしさを求め、他の女性の存在を許し、陰で支え続けるという「待つ女性像」になっている。

当時の中国だから、というよりは、今に通じるダブルスタンダードのジェンダー観が垣間見え、興味深かった。
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ぶらっと、大連(中国・遼寧省)にひとりで行ってきた。

ひとりでの中国は初めてだったのだが、大連は日本人も多いと聞いていたし、前々から興味があったので行ってみることに。6月に成都(四川省)に滞在していたとき、1日一人で街をまわる機会ができたのだが、なかなかおもしろかったのだ。……全然、大丈夫でした、はい。もちろん夜間は出歩かないなど、最低限のことは気をつけていたけど。

それよりも、よくこの中国語レベルで、ひとりでぱっと来たよなと向こうで思った(苦笑)。言いたいことは話せても、現地の人の言葉を聞きとれないと、細かい会話は成立しない。街中の人たちは期待したよりも、英語をぜんぜん話せなかった。

大連-1
ホテルから見た景色。
この写真を撮った朝は、たまたま夜更けに大きな雷雨があったので、比較的空気が澄んでいる。が、大連の街を歩いたときの第一印象は、正直にいって、「空気が汚れているな」「匂いが臭いな」というものだった。(成都よりも空気は悪かった。) なので、たまらず、マスク着用。大連でここまでひどいと、北京での生活はさぞかし大変だろうと思う。

大連-3

もっとも、不便を感じたのが「道」。
車の通行量は多いのに横断歩道がなく、あっても、「信号」がない。信号を見たのは、中山広場周辺くらい。歩行者は自分でタイミングを見計らって、大通りを横断するのだが、車は歩行者に合わせて減速するわけでもない。これが慣れなくて…、5分くらいタイミングを逃して、ぼうっと立っていたことも。そのあいだに現地の人はすたすたと渡っていく。あまりに立っているので、脇に一時停車した車の運転手から「走吧(行けば)」と声をかけられた。(といっても、それで道を譲ってくれるわけではなく行ってしまった。)

お年寄りや障がいを持つ人など、歩くスピードが遅い人は途中でひかれてしまうのではないか。と思ったのだけど、不思議と道を渡っているそうした人々は見かけなかった。あまり外を歩かないのだろうか…。

大連の中心部は目的地まで30分もあれば歩いていけるので、結局、路面バスには乗らなかった。トライしてみたかったが、路線が複雑そうだし、乗り場がよくわからなかったのだ。あと、時間帯によっては長蛇の列ができていたので。

(ぼちぼち続く)
大連-4
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