平井美帆 MIHO HIRAI BLOG

思ったこと、感じたこと、ぼやいてます。


Smash the patriarchy!










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カテゴリ: 満州開拓団 黒川 ソ連兵への"接待"の被害女性たち 

私とずっとつながっているA子さん(黒川開拓団「接待」犠牲者の生存者3名のひとり)
から、さきほど電話があった。

数日前にKさん(中京テレビ)から電話があったと話していた。中京テレビはヤフーと連携して、また黒川開拓団の記事を配信中なのでその件だろう。A子さんのことも出すからだ。

A子さんからしたら、もう、ほんとに同じ話を何度も何度も…となっていて、上のような台詞がでてきたわけだ。*A子さんとはさいごは必ず黒川の大事な話題になるので、いつも(かけなおして)自宅の電話にしていて、許可をもらったうえで録音保存している。

ほかの記者と同じく、Kさんからも「コロナがなければ会いたい」と言われたらしいが、高齢のA子さんはお断り。

話題性があるので、何年も、後追い取材がつづいている。本人と真からの信頼関係が気づけていないのに、ずけずけ訊ねてくる記者もいる。

だから、A子さんとしては、そういうことを聞いてくるなという防御の意味合いもこめて(深い傷をえぐられるのをさけるためにも)、

「私の気持ちはみんな平井さんに言ったから。もうこれ以上マスコミの種になりたくない」

と言っていた。

ふとそういうことをKさんにも話したの?と訊ねてみた。

「(私の残留孤児の)本を読んで、この人は信頼していいんだって思った。あんたたちよりも平井んに胸ひらいているし、、、。そういう話はした。あの人に言わないこともあんたには言ってるじゃない?」

こういう話は前にもしてきた。A子さんは戦後の旧満州に長く残留せざるをえなかったから、「中国残留孤児 70年の孤独」の記載内容に共感してよく読んでくれた。この本では女性がソ連兵へ団から送れられた性被害についても書いた。本は日本人孤児の取材から入ったわけだが、私のこだわりの点である。そこから黒川へ行き着いた。中国残留邦人についてもつまるところ、女性問題なのである。棄民のなかでも、まっさきに女は棄てられたのだ。そして長年、祖国において問題にされてこなかった。当事者である残留婦人の人たちが、孤児よりもまえに自ら裁判を起こし、闘わなくてならなかった。

***

私の個人的な感情はさておき、マスコミは接待の話題性にとびついているようにも感じる。
その結果として、細かい部分の報道は荒い。それは中京テレビを指しているわけではない(全部みてない)。

「ほんとにこの人たち、女性の人権問題、家父長制概念などに憤って、自分自身が辛い体験をしてきたのかな? 私みたいに、そのところの視点で黒川の取材をはじめているのかな」と感じる。まあ家父長制概念などと書くと急に固い話題になってしまうが、日常生活にあふれるさまざまな男性中心主義、女性軽視である。

ノンフィクションの言葉というのは、
相手との関係性にすべて、集約される。

その関係性は、べつに話を聞くのがうまい、ベテランの記者・編集者、実績のある学者といったことはまったく関係ない。女性の取材は女性取材者ならばいい、などとそんな単純な理由でもない。

話を聞く人自身が、生きるなかでどういう苦しさや葛藤を抱えてきて、なぜそのテーマを命削っててでも書きたいか。「どうして」の部分にかかってくる。

「どうして」の部分についてあれこれいう気はないが、
やはり、とりわけ、女性被害となると、(とりわけA子さんのようなタイプには)いい悪いも含めて、こちらの人間性自体を受け入れてもらわなくては絶対に深いところまでは話してもらえない。当たりまえのことだ。

よく実名で出ている佐藤春江さんは、春江さん本来の声のみならず、取材者の思いがのっかってるように思う。あれ?と思うことも、当時の教育をいまも大切にしている世代の方は言うこともあるからだ。

2016年の記事で自分が火をつけたので、マスメディアの対応には心苦しい部分も持っている。
「いや、2013年に善子さんが阿智村で話したから(報じられるようになった)」などと都合よく修正されているようだが、あれは小さい会合でどこにも報じられず、ただアーカイブ保存されているだけだった。2016年に遺族会との関係がよく、蜜に連絡をしていたが、2017年春までNHKの影はなし。佐藤春江さんの自宅においても、取材は初めてということで、NHKなんて話も出ない。これもNHKは別ルートでしかももっとはやくから、遺族会長と交流があったと修正されている。

こういうメディアスクラムも、“安全”と分かれば報じる姿勢も、どうなのかなと思う。
大きな組織力や取材費があるのだから、もっとはやくに組織の秘密にされてきた戦地の慰安所についてやってほしかったよ。

とにかく、おばあさんたちの取材は、むりに自分たちの方向性にあわせず、プライベートの時間も長年にわたって使い、「なぜ、なにを」伝えたいのかを相手にわかってもらうくらいにして、接してもらいたいなあ。

そうでないと、いきなり会ってほしいとか、写真ないとか言われ、電話で同じ話のくり返しではおばあさんも疲れてしまうだろう。

A子さんがいちいち、誰々から連絡があったと私に伝えてくるのはなにかしら、ひとりで知らない人と対峙するのは不安な部分もあって、私だけには伝えておきたいからだろう。年齢や情報量、会話力などで、90代のA子さんと現役世代の取材者側とは対等ではない。ヤフーの記事としてインターネットに黒川開拓団のことがまた出ているのも、A子さんは知らなかった。
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この見出し →14歳も犠牲に 満州での性接待

黒川開拓団が難民生活中に組織的におこなったソ連兵への「接待」と、
引揚げ時に松花江で中国人兵らに娘らが連れていかれたのを(要求・提供の役割は不明)、
ひっくるめて「性接待」と書いていて乱暴だな。でも、もう他にも、遺族会の代弁者だろう、荒いなあと思う報道が多すぎるので、この程度では何にも思わなくなった。


今井千代子さんー
遺族会長の藤井宏之氏の依頼で
中京テレビの取材をうけた。(2017年か2018年ごろ)
下呂まで一緒に向かい、いまは亡き姉とともに取材をうけた。
(記事と画像はそのときのもの。)
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忘れてならないのがこの点。

今年に入ってから、元黒川開拓団の複数の人(満州体験者)にから言われたことがある。『告白』に登場する人もいるが、名前を書くと取材者がその人のところに行くのでやめておく。だが、私に手元にその音声記録はある。

「佐藤春江(ハルエ)のお父さんが集団自決をとめようとしたって、何かの報道に出てたけど、そんな話はない。黒川開拓団の歴史が修正されていく」という内容だった。

そのときは「へえー、そんな報道もされていたのか……。どこだろう?」程度に思っていた。

***
その問題の記述はNHK ETV特集&川恵実の『告白』の中にあった。

ETVの『告白』でも同じ内容を流したのかは定かではない。だが、書かれているということは放映した可能性が高い。

『告白』 *登場人物の台詞(カギかっこ内)ではなく、川ディレクターの地の文である。

78ページ
「ハルエさんの父、長太郎さんは集団自決ではなく生き残る道を主張

79ページ後半
「ハルエさんが尊敬していたお父さん――集団自決をやめさせ、生き残る道を提案した父の安江長太郎さんは、流行っていた発疹チフスに倒れ、陶頼昭で命を落とした。」

まず、私の取材ではハルエさんのみならず、誰一人として、このようなこと(ハルエさんの父が集団自決をとめようとしたこと)は述べていない。

次に、『ああ、陶頼昭』を含む全ての遺族会文集(4冊)を精読したが、このような記述は1行もまだ見つけられていない。

さらに、ハルエさんがこのような重要なことを述べたのならば、カギかっこの台詞として掲載すべきだが、著者(川恵実さん)の地の文によって書かれている。

***

開拓団の決定事項は、団幹部らによってなされていた。

ハルエさんの父は先遣隊でもなく、団幹部でもない。

指揮する立場にある黒川村の出の団幹部らに、佐見村の出の一団員、ハルエさんの父が食ってかかったのだろうか。ならば、大事件である。そのような人間関係の対立やイザコザは、村人(団員)たちの記憶に深く刻まれているはずである。自分たちの生死がかかった重大局面なのである。しかし、誰の話にも出てきたことがない。

それらの「主張」「提案」をした相手や場面が書いていないので、川恵実さんの文章は漠然としている。

この内容はハルエさんが述べたことを根拠としているのだろうか?

それすらも、ハルエさんの台詞(カギかっこ内)ではなく、NHKディレクターの地の文なのでわからない。

つまり、どこからそういう話が出てきたのかわからない。そして、そのとき団にいた満州体験者は、こうした話を否定している。これらが事実だ。

ノンフィクションやルポタージュの中でも、歴史にかんすることは厳しく「根拠」を求められる。書き手の地の文であっても、必ず何の情報を根拠として書いたか、少なくとも自分ではツッコまれたときに反論できるように準備しておく。そうでなければ、自分の主観といわれてしまう。歴史的事実は主観では作れない。しかも、自分ではなく、ひと様の歴史である。

はたして、どこから、ハルエさんの父が集団自決を止めようとしたという話が出てきたのか。謎である。
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このエントリーに該当部分の画像を追加。
亡き善子さん直筆の赤ペン追記部分である。

この善子さんの赤ペン追記のある「乙女の碑」の原本は、私しか持っていない。

乙女の碑


*画像サイズは小さくしました。

『告白』はチェックせざるをえないのだが、ページをめくるたびに雑過ぎて、もう精神的にわるい……。ブログでは抑えたほうがいいという意見もあるが、これでも抑えている。
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私よりかなり年上のベテランのノンフィクション作家から、私の下のブログを読んで、そのとおりだと思ったと言われた。

そのうえでその人がこれまで、NHKと体験したことなども聞いた。その人のみならず、ほかの著名なノンフィクション作家らが過去、テレビ制作側と経験してきたことも。

その人は実際、NHKの複数のドキュメンタリー番組に協力してきて、番組のエンドロールに名前が出たこともあるそうだ。そうであっても、作りがひどいと具体的に体験談を聞いた。澤地久枝さんもテレビから受けた仕打ちを書いていたことがある。

前々から言っているが、「今回NHKの取材で初めてわかりました」という文言は私は信じたことがない。その裏には、ノンフィクションライター個人の地を這うような孤独な闘い、労力などが隠されているからだ。

多少なりとも悪いと思いつつ、やっているのかなと思っていたが、そうでもないようだ。重要証言のニュースソースまで変えて書いている『告白』を見て、実感した。 しかも、みち子さん(『告白』での仮名)を「従軍看護婦として働いていた」と写真つきで載せている(『告白』147ページ)。彼女は従軍看護婦ではない。証拠として本人に証言してもらっておいた。客観的に考えても、引き揚げようとして、ハルビンで八路軍に留用されてしまった満州開拓団の娘(「みち子さん」)が、従軍看護婦となるのはおかしいだろう(敗戦前に満州の看護婦養成所にも行っていない)。とにかく、全体的にものすごく適当に書いている。基本的な事実の確認をしていない。

***

「わたし、こんな話し方するう?」
と「みち子さん」として登場する女性は何度も話していた。

その点もまず、私が感じたことだ。彼女は『告白』のカギかっこ内に出てくるような話し方をしない。

え? 誰?と思った。

登場人物の語った言葉について、脱字的な部分を補うことはあっても、話し方全体を変えることはない。その点も、[「みち子さん」と実際に話して書いたという川さんは違和感を抱かないのだろうか。たとえ、校正者や編集者がそのように変えてしまったとしてもだ(通常ないことだが)。そもそも、川さんはテープ起こしをして書いているはずなのに、なぜ、ああいう「みち子さん」の話し方にしてしまっているのか。

NHK ETV特集の『告白』では、事前に「衣装」が用意され、「みち子さん」はそれを着て出演していた。映像をみたし、彼女自身から聞いた。いつも彼女は手作りの洋服を着ていて、それが洋裁が得意の彼女のトレードマークなのに……。ルポやノンフィクションでは話し方、服装は極めて重要な要素だ。その人の人となりを表すからだ。

もしかして、このNHK的ドキュメンタリーのノリで、本も書いたのだろうか。話し方が変わっているみち子さんの言葉を見て、本人も、私も、驚いてしまった。

***

読めば読むほど、基本的な事実の誤りが多くて、驚いてしまう。
川恵実さんとNHK ETV特集取材班は事実確認をどのようにしたのだろうか。かもがも出版の編集者は校正をどのようにしたのだろうか。歴史に残ることなのに、事実確認の努力さえ垣間見えず、とても遺憾である。「みち子さん」にしても、本人を説得して確認してもらうべきだっただろう。

他でひどいもののひとつは、例えば、70ページ、黒川開拓団の本部(部落)の前の写真が掲載されている。
『告白』での当該写真のキャプションはこうだ。

「接待所がつくられたというソ連軍『本部』の前」

読者からすれば、ソ連軍がいた本部としか読めない。なんと、ソ連軍施設にすり替わっている。これは黒川開拓団の本部の前に立っている、日本人男性たち(団員等)の写真である。とんでもない誤りだ。ソ連軍『本部』とは、いったい、どういう意味なのだろうか。

→この古い写真は(まったく同一のものが)、黒川開拓団の遺族会文集『ああ、陶頼昭』(1981)の5ページに掲載されている。遺族会文集でのキャプションは「本部前」である。男たちの身なりや様子、状況から当然、「敗戦前」に撮影されたものだ。ソ連侵攻につづく敗戦後は、開拓民らが集団避難生活を送っていた場所だ。それなのになぜ、「敗戦後」に陶頼昭(とうらいしょう)駅側に進駐していたソ連軍の本部になりえるのか。しかもソ連軍施設の前で、なぜ難民となった開拓移民らが余裕の笑みで写真撮影できるのか。敗戦後はソ連兵による略奪や強姦などで、団は困り果て荒れていた。しかも、多くの男たちは召集されるなどして、団に不在の時期である。――とにかく、めちゃくちゃだ。

通常、写真のキャプション(短い説明文)は、写真を提供する著者がつける。川さんやNHKの他の人が間違えれば、かもがわ出版側は事実かどうかは確かめる術がない。

川さんは接待を取材したのだから、どこでどのように接待が行われたか知っているはずだ。そして、この写真が陶頼昭の団本部前であることもわかるはずだ。なぜ、こういうキャプションをつけたのか。あるいは川さんは著者なのに、キャプションをつけなかったのか? まったくわかっていない人がつけた? 誤ったキャプションを見たのか、見たとしても気づかなかったのか? 書く側としては謎は深まるばかりである。ありえないことなので……。ここまでずさんな作りのノンフィクションやルポの文章は見たことがない。
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『告白』 (川恵実、NHK ETV特集取材班、かもがわ出版) について、いくつか事実と違うと当事者から訴えがあったので、直接指摘をしてもらった(当該本の中で書き込んで指摘してもらって、その本ごと送ってもらった)。

事実関係の誤り、取材の浅さや偏りなどもあるのだが、

私の第一印象は

「これってそういう話だった?」

という大きな疑問。きわめて大きな根本的な疑問。

組織の中にいると、感受性が鈍るとまでは言いたくない。だが、加害者と被害者が「閉じられた集団内」に混在し続けた問題についてあまりに、明るくふんわりとまとめている印象。

亡くなった被害者の子と被害者Aさんに読んだ感想を訊ねたとき、

「……」

と言いづらそうになった。その複雑な心境がよくわかる。

NHKという大きな影響力のある組織の手にかかると、なんだか、ふわっと本質がぼかされている気がしてならない。歴史にさえ残せばいい、そういう問題なのだろうか? なんだか、こわいなあ、恐ろしいなあと感じる。その鈍感さがないと、組織の中でジャーナリズムはできないのだろうか。いや、それとも女性の人権に対する意識の欠如なのだろうか。

*追記*

しょっぱなから、「え?」となることがあってびっくり。

こんなふうに書いちゃっていいの。

NHKの川恵実さんは、私が亡き善子さんの妹・久子さんと連絡をとって会って(久子さんにとっては初の取材)1年ほど経ってから、久子さんと会っている。現遺族会長の藤井宏之さん/安江菊美さんコンビの経由で久子さんに取材できること、連絡先を教えてもらったからだ。私と会った当初(NHKよりずっと前)、藤井さんは久子さんは取材に応じないだろうなどと言っていて、私の取材には協力的ではなかった。つまりは私のルート発掘によって、NHK(以降の報道陣たちも)は久子さんとすんなり会えたようなものだ。*現遺族会長と菊美さんは従妹同士。ソ連兵への「接待」の呼び出し係をしていた団幹部のひとり、故・藤井三郎(初代遺族会長)の息子・姪である。

それはここではいったん置くとしよう。

『告白』の88ページで、NHKの川恵実さんは「ひさ子さんが見せてくださった善子さんの直筆の詩には悲痛な心の内が記されていた」として、詩を紹介している。一字一句、同一内容なので、私がAさんからもらった善子さんの「乙女の碑」の詩だろう。(ちなみに、元開拓団員のAさんは「接待」被害をうけた約15名のうち、生存する3名のうちの1名。貴重な生存者のひとりだが、なぜか、川恵実本にはAさん自身が登場しない。「岐阜・黒川 満蒙開拓団73年の記録」とまでタイトルにつけているのになぜなのか。)

そして、「乙女の碑」の詩の一節を紹介したあと、「詩には次のような書き込みもあった。」として、この部分を紹介している。私が書き込みの原本を持っている「乙女の碑」の詩とまったく同一である。(WEBにも写真はある。)

«ベニヤ板で囲まれた…(中略)お母さんと声が聞こえる»

きわめて重要な「接待」の本質部分である。ここがあるかないかで、情報の深さはまったく違うだろう。

この部分が善子さんの赤ペンの直筆で書き込まれた「乙女の碑」は、私(平井美帆)しか持っていない。この部分についてはWEBでは写真ではなく、記述内容だけを載せている。
一字一句変わらぬ、つまり同一内容を同じ詩の用紙に、しかも「直筆で」善子さんが書き込むことはありえない。しかも、久子さんに会ったとき、私は自分の「乙女の碑」の詩を見せたが、初めて見たと言いながら興味深く見入っていた。*ただし、原本のコピーは遺族会長(藤井宏之さん)が持っている。私がAさんから「乙女の碑」の用紙をもらったとき、あとから藤井さんがコピーしていたからだ。

NHKディレクター 川恵実さんは、私しか持っていない直筆の書き込み内容(原本)を、情報源を変えて、川さん本人が別の人(久子さん)から見せてもらったと『告白』に書いている。そう書いたうえで、その該当部分を本の中で引用している。ひどくないだろうか。最初から最後までひどい。NHKではこういう取材・執筆手法が平然とまかり通っているのだろうか? 表現者/作り手/著者としてまともな倫理観があれば、こんな姑息なズルは到底できない。NHKの後追い取材

乙女の碑

NHK ETV特集取材班の川恵実さんはカメラのクルーと取材にいって、すべて撮影している。本当に善子さんの直筆で、本当に私しか持っていない直筆の書き込み内容を1年後に久子さんから直接見せてもらったならば、それも必ず撮影しているはずだ。あるいは川さん自身がカメラで撮るなどして記録しているはずだ。ぜひとも、その記録を見てみたいものだ。なぜ、本に引用までしている重要部分を、これだけの画像を掲載している「渾身のフォト・ルポタージュ(当該本の帯より)」なのに載せていないのか。例えば、みち子さん(NHK本での仮名)については直筆ノートの「画像」まで、わざわざ載せているのに。⇒「みち子さん」の直筆ノートについては先に私が記事「女性自身」に書いている(それらの原本を含め、「みち子さん」関連のものは私が彼女からもらい、いま現在は私が所有)。
ちなみに、久子さんは一度会ったNHK(NHK岐阜放送局=当時、川さんの所属先)について私にこのようなハガキを送ってきていた。

***
まだまだ、似たような箇所がありそうで、ものすごく不安。
もう読み進むのが嫌なのだ。ストレスフル。

***
NHK(日本放送協会)は総務省所管の外郭団体。受信料制度に支えられた公共放送である。ETV特集、ドキュメンタリーと称し、国家の予算(税金)でこういうやり方をしているわけだ。全体として、きわめて上から目線といおうか権威主義、フリーランスのワークへの最低限の敬意のなさを感じる。一方で、これまでの経緯から、NHKという国の看板にはひれ伏す人びとが透けてみえる(主に遺族会長や『告白』に取材協力者として名前の出てくる研究生ら)。川恵実さんがNHKのディレクターではなく、まったくの個人のフリーランスだったならば、個人の名で責任とリスクを負う立場だったならば、すっとこのようなやり方ができただろうか。

フリーランスを自分の手柄や名声の踏み台にする組織人たち。フリーという立場の私を下に見ているからできることではないのか。
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黒川開拓団について、取材ルートや情報につき、現遺族会長(白川町議員の藤井宏之氏)の言説だけをうのみして書いたような(制作したような)作品が多々出た。そもそも取材については、私が当初(2016)取材できたことを藤井氏に報告していて、それらをあとから他のメディアに藤井氏が流しただけのものが多い。とりわけ関係者にかんしてはそう。藤井氏はメディアには素人なので、ノンフィクションライターのしぶとさや辻褄合わせの「嘘」を見逃さない点を甘く見ている。NHK記者と2016年夏にコンタクトしていたようなことを、遺族会の冊子に書いていたが真っ赤な嘘だ。2017年3月までの私とのやりとり、藤井氏の言動を、私が記録していないとでも思っているのだろうか。そういう歴史修正がいちばん嫌いなのだ。

黒川関連のあと追い報道については、私は正直にいって見たくもないので、目にしないようにしてきた。『告白』(かもがわ出版)もまだ読んでいない。

だが、事実と違う点、事実確認が浅い点が散見されるようだ。直接、被害当事者などから聞くし、自分が調べたことと違う点もある。NHKだけではなく、事実確認が甘い。藤井氏の言うことをそのまま鵜呑みにする「素直」さは、会社員メディアの甘さだと思う。しかも、それをそのまま事実のように書いてしまうのは記者として致命的。

女性の性暴力にかんしては、事実の誤りという範疇ではおさまらない側面がある。被害女性の意思、気持ち、尊厳にかかわることだからだ。

岐阜新聞の記者・大賀由貴子さんは(紙版では署名入り)、2018年の乙女の碑パネル設置につき、約15名の遺族の了承を得たと書いている(「文面は被害女性15人の遺族に了承を得て」)。https://www.gifu-np.co.jp/tokusyu/kurokawa/20190821-165402.html しかもこれを公開し続けている(現時点では修正されていない)。これは藤井氏がそう述べたのだろうが、まったくのデタラメ。そもそも、遺族会(藤井氏)と会うのを拒んでいる被害者もいるし、パネル設置に反対の被害者遺族もいる(私が直接聞いた)。了承どころの話ではない。岐阜新聞の記者は約15名を自分で調べ上げていないから、こんな事実の誤りも見抜けず、文字にしてしまっている。遺族会長はどうしてこんなに被害者や遺族をないがしろにする嘘をつき、岐阜新聞側もそれを書いてしまえるのか? 被害者をもう一度、「踏んでいる」ことに気がつかないのだろうか。
 
ソ連のもとへ「接待」に行かされたのは、佐見村出身の佐藤春江さんだけはない。いまなお、被害者遺族には人それぞれの気持ちがある。
この問題において、2018年の新たな碑文にたいしては、被害者15名(亡くなった人については遺族)の全員の了承を得たと報じるのは、致命的な誤り(タイトルに「事実後世に」とあるが、取材と視点が浅い。複雑な問題を楽なほうへ偏って、報じている)。しかも、1981年建立の「乙女の碑」には反対する人もあったことを報じたうえで、2018年の碑文はあたかもそうではなかった(全員の了承を得た)と書いているのだ。1981年の碑の建立について→ https://www.gifu-np.co.jp/tokusyu/kurokawa/20190821-165384.html 何も知らされていなかった被害者・遺族らへの二次被害であり、報道機関としてあまりにひどい。(そもそも、家族に言わずに亡くなった人もいるのに、どうやって「了承」を得るのか。)これが地元紙によってなされたことも、当時の問題と相似形を描いている。つまり、黒川開拓団では主に黒川村以外の人たちは軽視されていた点だ。

もう1点、指摘しておくと、被害女性約15人は全員亡くなってない。3人は存命だ。なぜ、「被害者15人の遺族」という記述になるのか? 新聞記者も校閲も疑問を抱かないのか。

また、「35年前に「接待」を報じた作家林郁さん」とある。この点につき、2016年頭、何も知らなった藤井氏に満州関連本を読みあさっていた私が、「この昔の仮名ライターは林さんの記述と一部が同一。内容を知りえるのは本人だけだから、林さんではないか」と教えたのも私だ。ただ、林さんはまったく世間に認識されていない名前で、ノンフィクションとフィクションを織り交ぜて書いていた。それを「35年前に「接待」を報じた作家林郁さん」と書くのは、岐阜新聞の大賀さん、乱暴すぎないだろうか? レイプの被害者を仮名にするのはわかるが、書き手までもが一度きりの完全匿名にするのはなぜなのか。
どこがフィクションかというと、たとえば(書かれた人によると他にもある)、集団自決を図ろうとして妹や弟たちを殺した若者を、娘、「女性」にして林さんは書いた。しかし、実際は次男、「男性」である。そのうえで「集団自決」する娘と「接待」をさせられた娘を比較しており、かなり強引な持っていき方である。匿名の書き手だからなせる技である。…とにかく、この黒川開拓団の一家殺しについても、新聞記者は把握していないのではないか。「接待」にしぼった取材だったとしても、多角的に深く黒川開拓団を取材していれば、必ず、出てくる出来事である。

こうした誤りなどを指摘できるのは、この事件を取材してきた自分しかいない。他の誰かがやってくれるならそれでいいが、直接長年にわたって被害者とつながっているのも自分しかいない。一般の人にはわからない。

事実と違うならば、やはり指摘すべきだと思いなおした。
加害者と被害者が同じところに混在してきた問題において、報道があまりに雑すぎる。性暴力被害を報じるときに、被害者側の気持ちをないがしろにするか? 一部の被害者は無視していいのか? 一方的に遺族の気持ちを決めていいのか? 

ストレスフル。できれば、目にもしたくない。だが、いずれは『告白』も精読して、やらねばならないだろう。あとから報道の嵐がきたものの、ツッコミも甘いし、事実確認も甘いってどういうこと?

ノンフィクション、なめるなよ、と言いたい。
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