平井美帆 MIHO HIRAI BLOG

思ったこと、感じたこと、ぼやいてます。


Smash the patriarchy!










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カテゴリ: 司法試験

いまだ憲法のレジュメに、「青柳幸一」という名前が出てくることにもやもやする。教え子の女子学生に司法試験の問題を教えた人だ。

法律の世界では影響力はなくなったが、「いいことは言っている」らしい。

よほど業界では権威だったのだろう。

私にしてみれば、唾棄すべき行為をした人という認識でしかない。命削って勉強している受験生をなめているのか。

***
いまになって初めて知ったのだが…

日大ローの教授 「蟻川恒正」という名前……2007年に痴漢で現行犯逮捕されていたらしい。犯罪事実を認めて送検まではいったようだから、冤罪でもない。

驚いた。

知らなかった。

知っていたら、筑波ローにしていたかもしれない。

しかも教授で必須科目を教えているので、3年次は必ずこの人のクラスは取ってパスしないと卒業できない。

苦痛だ。

もう13年前のことだ、って言う人いるかも?
⇒自分は20代のころ、東京、大阪で遭った色んな形態の痴漢被害、いまでも忘れたくても忘れられないし、いまでも悔しいよ。もう20年以上前だよ。性被害というのはそういうことだ。やった側はやったことすら忘れて、普通の生活を送っているだろう。若いのもいたが、どちらかといえば、中年の男が多かった。

しかも、痴漢というのは総称なんだよ。この人はいい痴漢、悪い痴漢なんてない。社会でどういう職業についているかも、一切関係ない。

本人、反省しているから?(してない人も多いと思うけど。)
⇒それでも痴漢した側に対して、痴漢にあってトラウマになっている側が嫌悪感を抱くのは自然なことだと思う。痴漢にあってなくても嫌な女性はいるだろう。

また「教える側」、教壇にさらっと立たすんだな。

盗撮した裁判官はクビ、永久追放。
盗撮した弁護士も事実上、クビ。他の職業へ。(痴漢でも同じこと)

なのに、先生(学者)は生徒を教える側に戻るのか。生徒には当然「女性」がいる。法律を学んでいる女性だよ。社会でいろんな悔しい思いをして、法律を学びはじめる女性だっているだろう。私みたいに。

すんごくいやだ。

感情を「無」にして、授業をパスすることだけに意識を向けなければならない。

学校側も甘くみてんのかな。東大ロークビになって日大ローへ? ほんとにレベルの高い良い先生ばかりで喜んでいたのに……。法科大学院への信頼性を損なわせる出来事だけどね。上記の法曹らが一発アウトで追放されたのは、法曹の信頼性、品性などを低下させるからだろう。先生はいいの? 知らずして生徒にならざるをえない私は嫌だけどね。せめて選択科目の先生にするとか、オプションつけてほしい。

***
一回過ちをおかしたら、二度と社会で再起できないのか。そういう議論もあるかしれないが、そんなことは言っていない。ただし、職業による。同じ職業につけるか。「先生」が教える生徒には、女性が含まれる。小学校だって大学院だって同じだ。

なぜ、性犯罪をおかした「先生」は、女性に100%「先生」の立場で接する職業をやめないのか。転職しないのか。また「先生」になるのか。生徒に接することなく、専門性をいかすことのできる職業はゼロではないだろう。

「いや、いい先生だから」と言われても、実際いい人だったとしても、ムリ。女性の人権侵害をあまくみてる。

(これを書きながら、これが原因でなにげに成績に響いたらどうしようと頭をよぎる。⇒結局、「先生」って立場が強いんだよ。こういう構造をアカデミア、教育現場はわかってるんだろうか。)…もし、忘れられる権利云々で削除依頼がきたら、そのとき考えます。私は痴漢が日本で多いことも、教師による性加害が多いことも、社会的地位のある人がそれをやってしまうことも、「人権」のプロのはずの男たちがやってしまうことも、また同じ職業について「先生」となることも、社会の認識が甘いことも、公益性のある問題と思っている。書いていても、あのときの痴漢の男が自分をみる目がよみがえり、苦痛。

青柳ケースもそうなのだが、その世界で権威だからとか、実績があるからとか、関係ないから。人間としてどうかって根本的なところだから。
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ロースクールの授業に、派遣裁判官、派遣検察官の人たちが来ている。

また、元裁判官の先生が何人もいる。

それまで、裁判の傍聴などで姿を見ることはあったのだが、冷酷で固いイメージを持ってました ちょい非人間的というか(逆に、裁判官や検察官がやたら感情的だと引く。)

だけど、ふつう。

法廷でのやりとりだけを見ていると意外にも感じる。

ふつうに冗談いって、ふつうにお弁当とか食べるんだなと(人間なんだからあたりまえなのだが)。

ただ一般的なサラリーマン(30代前半から派遣で大手企業のリーマンと多く接してきた)と比較すると……、やはり正義感が強くかんじるのでいい。

「これ、おかしいよね?」

と言っていい人たちというか、そういうの(権利主張や議論)が当たり前。
内資の日本企業ではそういうの、嫌がる中高年会社員が多いように思うのだ。中身や内容を吟味する以前に、主張されること自体を嫌がる。それ自体をマイナスに見る。主張している側の属性(女性、年下、ヒラや派遣)にもよるけど、基本的に正しくないことも見えなければ流していく。見えても流そうとする。

その半面、”行間を読め”、”なんとなく”、”和をもって貴し(同調圧力をかけるときに用いられる)”といった謎理論が横行している。

*** *** ***

若かりしころ、とある日本人の年配者に「なんで?ばっかり、子どもみたいやな」といわれたことがある(こちらは否定的に)。

中国語を習っていたときは、中国人の先生に「ピンジンはウェイシェマ(なぜ)の人だねー」みたいなことをいわれた(こちらは肯定的に)。

掘り下げていかないと気が済まないたちだ。納得できるまで。

だが、納得などできないこともある。

→それが社会的構造にかかわることだと、訴えるべきテーマとなる。

ローススクールの先生たち(とくに元裁判官)は「なぜ」に対する免疫ができているというか、質問するのもされるのも好きなタイプというか、慣れているので、その空気感は居心地がよい。
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いまがふんばりどき、

と思うようにしつつ、

ロー吐きそう。
*ロースクール

弱音の言葉を検索してみると、同じようなこと言ってる人が多い。

なんとかついていっているが、基本的知識を前提としたスピードと課題なのできつい。時間がないこともあるけど、学生100%でもきついと思う。

***

気合いという面では、未修より、既習の人たちのほうが入ってる気がする。
未修・昼間の授業の人たちの年齢層は若めで、大学からそのまま大学院に進学した人もいる。

要件事実、民事実務の授業があるのだが、民法と民訴をおさえてないとこんがらがる。

民法改正によって判例法理が条文化され、なんだか会社法みたいになった。「~の2」の条文が増殖。必死こいで書いたら、条文にあることで、点数はゼロ。こうなってくると、知っているか・いなか(条文引けるか)で点数に差がでるので、素読の時間を作らなければならない。
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今日でロースクール(既習2年)の前期の授業は終わり。

はやいものだ……

「うわ~、大変」とオンライン授業にびびってるうちに終わりになってしまった。
ちょっと寂しい。学校に授業を受けにいったのは1回だけ。図書館やカフェもしまっているし、人もいないので、学校にいった気は全然しなかった。自習室にいってみたのだが(自習室に自分のデスクが割り当てられる)、誰ひとりいないし、クーラーすらついてなくて、とてもじゃないが勉強できなかった……。

あぁ、学食でボリュームのある学食を(勢いよく!)食べたり、図書館いったり、自習室で勉強したりしたかった。

***

これからは期末試験が待ち受けている。
ぜんぶ論文試験。
民法と刑法は試験時間が各120分もある……。

正直、日本の大学初だし、ロースクール初だし、どのくらい良い成績や単位がとりにくいものかが全くわからない。南カリフォルニア大学のときも大変だったが、成績はあまり気にしてなかった。

全科目やばいので、これからがんばって勉強しなければ。
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↑上が、本番で用いられる司法試験用六法。相当ぶ厚い。下はふだん使いの小型六法。もう何冊めなのかは忘れた。分解(裁断)して使ったりもする。
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8/1付けでアップされた、MS-JapanのLEGAL NETこの記事 法科大学院夜間コースの一日

とても情報が古いうえ、不正確。

【注】都内で夜間のロースクールを検索している人は気をつけてください。

最新情報をまったく調べず、事実確認すらせずに記事を作成したのは明らか。適当にネット情報を寄せ集めたのだろう。LEGAL NETという名称なのに、いい加減。

内容は都内の夜間のロースクールの特集なのだが、日本大学法科大学院が入ってなくて、募集をやめた成蹊と甲南が入っている。ご丁寧に成蹊と甲南の連絡先まで書いてある。(日大ローの人がこんな記事があるーと指摘していた)。

*去年ロースクールを受験するにあたって、各大学院や専門学校に直接連絡して確認したが、都内で夜間コースを開設しているのはわずか2校。

都内の夜間ローは、日大(水道橋)と筑波大(茗荷谷)のみである。

そろそろエントリーの時期と思うけど、詳細は学校の事務課に直接訊ねるのが一番いい。

***
もう近年は「ネット情報」だけですべて済まそうとする人が増えて困る。

たとえば、校正者もそう。信じがたいが、ネット情報だけで調べる。……紙であたってください。ネットがすべてではありません。あるいは他の文献でも、ぜんぶ「ネット」根拠の人達がいる。
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頭が痛い……。つめこみ勉強をしているからだ…。

でもこの前、民法総合の論文課題で3番以内だった。(37人中)時間も足りないわ、法学部でもないわで、ぱっとしない成績でなんとかここまで来ているので、嬉しい。「え!」ってかんじ。プチ自慢したい。

選択科目(国際私法)も、時間をとってちゃんと勉強しないと、そろそろ授業についていけなくなってきそう。新規の科目はわからなくなると、加速してわからなくなるので、今がふんばりどき。

勉強は大変なのだが、国際私法はまさに、まさに私がいままで、そしていまもノンフィクションのテーマにしてきたことと直接かかわる。自分もかつて半移民みたいなものだったから(海外生活が長い)、国と国のはざまに生きている人に引き寄せられ、テーマは違えど、一貫して追い続けてきた。国家と個人の関係を見つめざるをえない問題。

南カリフォルニア大学にいたころは、日系アメリカ人の強制収容所をテーマにした芝居に出ていた。アメリカに忠誠心を示そうと、日系2世には志願して「親の祖国」と闘う人達がいた。芝居を書いたのは日米ハーフの先生だったが、また機会があれば紹介したい。たしか私は日本人(1世)の母親役だった。演じていて泣きそうになった記憶がある。親と子のきずなが戦争によって分断されしまうのは、苦しい、切ない。

***

アメリカでの日本人の偽装結婚、日本での外国人の偽装結婚、代理出産や卵子提供による子どもの国籍問題、戦争によって二重国籍、無国籍になったり、日本国籍を失ってまた「日本人」になったりした人達--。さらには日本で犯罪を犯した外国人、国際結婚をした外国人ーー。それからも、「普通の日本人」の枠におさまりきれない問題や人びとを追ってきた。法律のはざまというか、国家と国家のはざまに生きざるをえない人がいる。

そこにものすごーく関心がある。

そもそも、「普通の日本人」とはなんなんだと。

かつての父権血統主義とはなんなんだと(怒)。

いまではすっかり、東京暮らしが長くなったが、やはり興味を抱くポイントは変わらない。これからもずっとそうだと思う。

いま学んでいることとノンフィクションで、いい連結ができたらなと思う。
だって結局、条約にしろ、法律にしろ、決めごとを作っているのは人間だから。

…というわけで、先生の講義を聞いていても、わーっといろいろな記憶がよみがえってきて、どんどん掘り下げてみたくなる。だが、司法試験という点でとらえると、そうもいかない。「勉強をがんばらなくてはならない」!

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日大のロースクール既習2年。オンライン授業にも慣れてきた。

個人的には授業外で、先生にこれまでの体験談をあれこれ聞いたり、取材させてほしいなと思ったりする(無理だけど。ふつうの一生徒です、はい)。
…というのも、法科大学院の「先生」にも、1.ずっと先生の先生(つまり学者。司法試験に受かっていない)、2.元実務家の法曹(元裁判官、元弁護士、元検察官)と2パターンある。「おもしろそうだな、これまでのよもやま話を聞きたいな」と思うのは断然後者。自分がジャーナリスト、ライター側の人間なので仕方がない。そうはいっても、タイトなカリキュラムに沿って授業は進んでいくので、むだ話、雑談のような時間はまったくない(それどころではない!)。しかもオンライン授業なので、授業の前後に話すということもない。

最初のころは授業に慣れるのに気をとられていて、あまり先生の経歴など気にしていなかった。同年齢(60代~)の男性と比較すると「上品だなー、やっぱしっかりしてるなー」くらいにしか思ってなかった。少し余裕が出てくると、「あれ? そのとらえ方、鋭いな」と思う場面もでてきた。一生徒ごときが何を言うって話だが、いろんな業界を知る機会があるので、比較対象は多い。

ふと名前を検索してみると、なかなか経歴がすごい。私の興味のある大きな事件も担当している。たとえば、刑事訴訟法を教えてもらってる毛利晴光先生。裁判官歴が長い。…それで、教えてもらってるのは毛利先生なのだけど、シラバスには2名の先生の名前がある。課題を送るときなどはもう1名をCCに入れるようにと言われている。最初2人で教えるのかなと思ったが、教えるのは毛利先生のみである。そのもうお一方は、ときおり毛利先生のそばで機械をセットするのを手伝ったり、ホワイトボードに書くのを手伝ったりして、毛利先生を献身的にサポートしている。てっきり先生の長年のお友達で、先生が個人的に「アシスタント」に使っている人なのだと、ここ数週間ほど思っていた。ふともう1名の名前も検索したら(大島隆明先生)、ベテランの元裁判官でした……(なんて失礼な!)。

大島隆明先生はあの三鷹の女子高生殺人事件も担当したようだ。ああ、、、、、話をいろいろと聞いてみたい。

私の中の裁判官のイメージは、黒い服のとおり。お堅い。笑わない。人の手伝いなんてしない。裁判官は高いところに座って傍聴席側を見下ろす形になるので、ますます、そういうふうに見える。マスクしてこまめに動いているイメージがない! ビデオ機器のセットを手伝っているイメージがない! ……とにかく意外だ。裁判を傍聴しているときは、そういう角度から元裁判官を見る機会がくるとは思ってもみなかった。(とここまで書いておきながら、本当に毛利先生の授業にちらっとたまに映る人が、大島隆明先生なのか自信がなくなってきた。おふたがたの授業なのでそうなのだろうけど。そのくらいネットで検索して出てくる強面の黒服とは雰囲気が違う。)

人を裁くという、黒い法服の重圧から逃れた今の心境はどういうものなのだろう。
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