平井美帆 MIHO HIRAI BLOG

思ったこと、感じたこと、ぼやいてます。


Smash the patriarchy!










San Clemente Pier
San Clemente, CA, USA


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カテゴリ: ぼやき@書くこと

わかる…(これは自身の備忘録としても)。

今期、ロースクスクールの選択科目で「医療と法」をとっているのだが、ものすごく関心があるというか、理解できる点が出てきた。依頼者・当事者として。

「悲しき勝訴」という医療過誤事件を読んでいる。……医療過誤で亡くなった子の両親が訴訟を起こしたのだが、途中で弁護士を解任してしまう。その理由のひとつに、法曹家らの“業界内の付き合い”を挙げていた。

…わかる。

…わかる。

2回、書いてしまう。
本来原告のためにあるべきなのに、業界のほうに目を向けて仕事する人。
楽だからと、原告を無視する(目に入らない)調停員の弁護士や事務官。

自身の複数の相続紛争の過程をみても、何度も何度も、弁護士や裁判官などの「仲間うち」「仲間意識」「仲間同士のかばいあい」(法曹界のそれをわざわざ当事者である私に見せる)、「なあなあ」――と感じることがあった。

要するに、原告(当事者)置いてけぼりである。
これについては具体的な出来事がいくつもあるので、おいおい、法曹名もだしてブログに書いていきたいと思う。本にしたあかつきにはきちんと整理していれたい。*日本の法曹界に根深そうな問題だが、司法の信頼にかかわることだ。そうでなかった弁護士もひとりだけ知っている(今のところ)。

1点指摘しておくと……、地域に根差した「街弁(まちべん)」を使うさいには要注意である。その町で弁護士をやっていて、これからもずっとやってく人である。東京や大阪など大都市ではなくて、都会から離れた地域の弁護士。

なぜか?

一過性のある依頼者よりも、地元でこれからも付き合いのある裁判官や事務官ら、「裁判所」との付き合いのほうが大事だからである。だから、いざというとき、大先輩の裁判官らにちゃんと主張したり、弁護してくれなかったりする。性格もあるだろうけど、若手弁護士はこの傾向があると思う。こういうのはネットの相談室等でぶいぶい言わせていても、ぜんぜんだめだ。

***
私が法律を学ぼうと思ったきっかけのひとつに、この法曹間の仲間意識、当事者置いてけぼりが、いやでいやでしかたなかった部分がある。

民訴(民事訴訟法)では当事者主義、弁論主義を習う。民訴の大原則である。(定義についてはぐぐってください)

だが、現実には、当事者置いてけぼりのことが珍しくないのである。当事者そっちのけで、業界人だけのトークで決めてしまおうとする。

どこが当事者主義やねん、と民訴で出てくるたびに色々と思いだした。

ところが、学生のころから弁護士や裁判官になるべく準備してきて、実際追にそうになった人達はそんなこと気にしてないのである。

試験に受かるどうかわからないが、仮に受かったとしても、依頼者目線はぜったいに崩さないし、同業者間で「なあなあ」をやる裁判官や調停員は軽蔑する。地元の裁判官の前ではなにも言えないみたいなチキン代理人にはまずならない。
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また「久しぶりのあの人」を人名検索してショックな知らせを目にした……

小学館の粂田昌志さんだ。

もうすっかり偉い立場というか、どういう役員になっているかなあと思いつつ、検索してみたら、

え、

2年前に亡くなっていたの
http://mori13.blog117.fc2.com/blog-entry-2207.html

ショック―

知らなかった。

えー粂田さん、まじ?

(驚きのまま書いているのできれいに書けない)

粂田さんはじつは、一番古くに、初めて知った編集者である。まだ私がライターになる前というか、書きたい!と思っていたころ、26歳のころ。ロサンゼルスに再渡米するまえ、当時『SAPIO』でインターンとして働いていたアメリカ留学時代の友人、Cちゃんから紹介してもらった。

当時からノンフィクションに熱い人で、ほんとにまだペーペーどころか、何も書いてない私に「書き続けることが大事」と言ってくれた。ロサンゼルスからもたしかFAXしたことがある。

大手出版社の編集者で、まだ素人のライターを相手にして、ちゃんと励ます人って珍しい。いまでも強くそう思う。署名入りの記事を書いて、本を書いて、やっと最初からまともな会話になるというか。

もちろん、大手出版者の編集者には、いろいろなライター志望から接触があるから、そうなっちゃう部分はあるのかもしれない。

だけど、私はあのころ、すごく粂田さんに励まされたのだった。

くり返すが、まだ素人のライター志願者の原稿をちゃんと読んで、ちゃんとアドバイスしてくれる大手出版社の編集者っていないよ。(本だしてても、けっこう対応厳しい・苦笑)

それから粂田さんはどんどん出世していった。でも、たまにコンタクトしていた。私に「小学館ノンフィクション賞」に応募するのを勧めてくれたのも粂田さんだった。

がんばって一冊分書いた。
まだ長いものを書いたことのない私にとって、しんどい挑戦だった。自分の客観的な評価が知りたかった。やればできるよと、後押ししてくれたのは粂田さんだった。

箸にも棒にもひっかからなかったらライターやめようかなと思っていた。だが、思いもよらず、残った。
最終選考までいったことはうれしかった。
残念ながら最終選考で落ちてしまったのだが、そのとき残念会を開いてくれた。(2人で夕食をたべたのはそれが最初で最後。おいしい豚肉の店だった。) 猪瀬さんの評価が低かった、そもそも女性のテーマ自体に猪瀬さんは興味なさそうだったとか、最終選考会のときの様子もいろいろと教えてくれた。あれから猪瀬直樹は印象が悪くなった(笑)。*ちなみに落ちたあと、出版社探しには粂田さんは一切関与なし。そういう人だった。

そのあと、粂田さんは『週刊ポスト』の編集長に。その頃からすでに粂田さんに企画を持ちこんでも、担当は粂田さんではなくて、部下の編集者になった。(粂田さんの感覚ではいけそうでも、現場の編集者がピンとこず、そこで話がとまるパターンもあったように思う。相性の問題もあるから。)

粂田さんは判断がすごく速くて、頭のきれる人だった。いまでも、粂田さんほど賢い、間口の広い男性編集者っていないと思う。
「中国人妻」の企画も打ち合わせの場で(企画書などない)、よしやろう!となって、ぱぱぱっと4回連載でこういうふうにしようと決まった。担当は別の編集者だったけど。

そのころ、ポストの編集部にいったとき、編集長席の粂田さんに気軽に話しかけたら、まわりがバッと見たことがある。……社内では厳しい人だったんだろうな。一度、ポストの外部ライター(契約)はやれないかなと思って、たずねてみたことがあるが、「厳しいから」みたいにけんもほろろに断られた。体力的にもそうだし、いわゆる男の世界で向いてないと思われたのだろうか。

粂田さんがずーっと、いちノンフィクションの編集者でいてくれたならば(たらればの話)、私からすれば嬉しかった。もちろん、粂田さんからすれば、そんな思い入れはないだろう。ただ、理解のあるノンフィクション編集者ってそれほど貴重なのだ。「週刊ポスト」の編集長を退いたころからだんだん、距離があいていった。

きりきりしているなあ、忙しそうだなあという感じはしたが、編集者はだいたい皆そう。

心不全と書いているが、長年のむりがたたったのだと思う。

まだ57歳なのにほんとうに残念。しかも2018年とはもう2年前ではないか…。小学館の人は最近やりとりしていないし、仕事していない。しかも、ここ数年ずっと勉強していたから知らなかったよ。

ああ、残念。いまさらだけど、ご冥福をお祈りいたします。

(くどいがもう一回書きたい)
ライターになりたい!といっていた当時の私にとって、プロの本当の編集者が相手にしてくれて、「書き続けて!」「書き続けるのが大事だから」とどんな原稿を見せても常に読んで、常に励ましてくれたこと、それ自体が大きな励みになったのだ。

うまくいかないときも、「いずれ、うまくいくよ」と。そうすれば、「ああ、この人は過去こういう作品を書いてたんだね」とむかしのものも読んでもらえるから、と。ご期待にあまり添えてなくて、情けない。

初めて本をだしたとき、いっかいだけパーティーを開いたのだが、粂田さんはいいといって来てくれませんでしたね。クールな粂田さんらしい。

ノンフィクションの人がまた一人減っていたとは…悲しい。どうしてそんなにはやく駆け抜けて逝ってしまったのか。とっても残念。まだまだ、超多忙な時期が終わったら、相手にしてほしかったよ。書くことについて相談にのってほしかった。

めーちゃ残念です。

(いっきに気持ちを吐き出しました。)

***粂田さんからの最後の返信メール、2014年1月でした。私にとってはそれほど昔ではありません。(泣)あっさりした(でも粂田さんらしい)メールなので世に出すのをゆるしてください。

「平井さま

お久しぶりです。

一昨年の7月から昨年の6月まで、ちょっと特例で
SAPIOの編集長をしていましたが(月刊誌化に
道筋をつけるため)、現在はまた、ネット中心の
仕事に戻っています。それと、雑用かな(笑)。

残念ながら、ノンフィクションの仕事からは
離れてしまっています。

ぼちぼち、自分のペースで、がなにより。
頑張ってください。

取り急ぎ、お返事まで。

粂田」
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いまさらなのだが、西武SOGOの広告動画をみた(女性の顔にパイが投げつけられる動画)。

ナレーションがいまいちである。

10代、20代は自分もこんなふうに考えていた。「私は私で生きる。性別なんて関係ない」と。まだ、「日本社会」を日本在住の社会人として(内側から)、体験する前のことだ。アメリカにいながらの(外側から)「日本社会」は知っていた。

***

31歳で帰国してから、英語を生かして働きながら、ライターの仕事も継続した。以前よりも、日本の出版社とかかわるようになったが、社会問題系のノンフィクション編集者は男ばかりだった。扱う媒体も、男性誌ばかりだった。

自分が問題意識を抱いているテーマについて、「企画」が通りにくいなと多々感じた。切り口が私の口から出たとたん、男目線の切り口に置き換えられてしまうことがあった。企画の趣旨が疎まれる。
「男性読者が離れる」
こういうことを言われ、男性編集者が個人的に理解できない部分をカットしようとしたこともあった。
ノンフィクションは人間社会にかんする分野だ。ならば、ジェンダー半々の世の中なのだから、女性を中心にした女目線のノンフィクションがもっとあってもいい。ずっとそう感じてきた。

なぜか、書き手である私の発言が軽んじられる傾向もあった。まったく同じ内容を述べているのに、年上の男性のカメラマンが述べると、男性編集者の態度がころっと変わる。(いやさっきから同じ指摘を私がしているのに…)となる。

そんなこんなで、「ああ、男マスコミだなあ」と心底感じるようになった。

30代後半から、イエ制度の妄執にとりつかれた高齢親族の男性と、相続バトルに突入した(まだ終わってない)。こちらも、根底には日本文化の男尊女卑がある。相手方の男性弁護士も、きわめて、封建的思考かつ性差別的な態度をとる人物である。
孤立奮闘しながら、さんざん諸々の相談にいったが、年配男性はこの手の相談内容が嫌そうだった。

無料相談にいっても、60代後半の男性弁護士に、
「誰か親戚の男の人はいないの?」
と言われたことがある。相続人のなかで、という意味だ。30代の女ひとりならば、法定相続人であっても、十分ではないらしい。親戚から、総スカンを食うよ、とまで初対面の老弁護士には言われた。法律アドバイスをしてくれず、相手方の親族男性のほうにシンパシーを感じているようだった。

こうした体験を重ねるうちに、法曹界もきわめて根深い男性論理だなと身を以て知った。

親族の男性らも、男同士のヒエラルキーを優先していた。兄は敵側にはつかなかったものの、関わりたくないととっとと逃げた。私の「陳述書」が捏造だからと相手方(亡父の弟)に別途、本人訴訟(濫訴)されたときも、「みほがおじさんのプライドを傷つけたからだろう」と兄に言われた。女の人権や相続権は、男のプライドに劣後するらしい。男尊女卑極まれり、である(兄の女性観はむかしからこんな感じ)。ちなみに、相手方の親類は「アメリカにいた日本人は嫌いだ。権利、権利とうるさい」などと私に話していたことがある。一方、俺さまのルールによれば、俺さまの権利だけは最大限に保護されるようだ。他人の権利をどれだけ踏みにじってもーー。

相手方と男性弁護士、親族……。男同士の見えない連携や理解、ホモソーシャルな結びつきは、あちこちで垣間見ることができた。また、女も男のルールに従うかぎり、過剰な攻撃にはさらされない。

そうした層の人達にとっては、男仕様のヒエラレルキー、男の連携、家制度がなによりも大切なのだ。女性の人権、権利、平等よりも……。

***
アメリカから帰国後、ありとあらゆる日本社会での実体験をとおして、日本人との交流をとおして、私は何度も自分が立っている地面、土壌、つまりは社会の土台を見つめざるをえなかった。どれだけ、「私は私」と言っても、ひとたび何かあると、男性らが築きあげた非民主主義の性差別ルールに決められていく。相手方弁護士によれば、それは日本の「社会通念」となるらしい。

デパートの広告動画についてだが、私は私として生きる。それは理想だし、自分もずっとそこをめざして奮闘している。女だからこうしようとか、女だから、と思って計算して生きていない。

しかし、この思いは医大を受験した女性受験生たちも同様ではないか。

「私は私」と判断してもらえると信じて、性別で切り分けられるとは知らずに、夢に挑戦したわけだ。でも、減点されて落とされた。……女だから。「私は私」といくらがんばっても、まわりが差別をしているならば話にならない。

そんなことくらい、SOGOの広告を作った人はわからないのだろうか。性差別のカゴの中でいくら羽ばたいても、身が傷つくだけなのだ。そのカゴを壊さなければ、真の自由と権利は手にできない。個性や能力を十分に発揮できない。

己が立っている地面、ーー社会的構造と私たちは無関係ではいられない。女性の権利が認められいる土台でないかぎり、本当の意味での「私は私」は達成できない。それが10代、20代の若いころにはデメリットが感じられにくいから、わかりずらいだけだ。

あのパイ投げはなにを意味しているのだろう。
女がパイ投げをする動画ではなぜいけないのか。
 
私は諦めないけどね。
闘う道を選ぶ。
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【明日の朝6時 予告】
明日の朝6時から、中国帰国者二世の強制退去の記事がリンク先(現代ビジネス)から出る予定です。ぜひリンク先から、いいね!ボタンを押して広めてください! ひとりでも多くの人に知ってもらいたいと、ウエブ媒体を選びました。
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ルポライター、ジャーナリストの長田美穂さん(享年48歳)が先月、乳がんで亡くなられたことを遅ればせながら知った。お会いしたことはなく、共通の知人もいなかったのだが、ショック……。まだ48歳。奈良の実家で闘病生活を送られていたことも、全然知らなかった。

心からお悔やみ申し上げます。

お名前は知っていて、なぜかといえば、私の最初の本『あなたの子宮を貸してください』(2006.3)が、「SAPIO」の書評に取り上げられた際(2006.5.10)、長田さんの『生と死のボーダーラインで揺れた――問題少女』も同ページに取り上げられていたからだ。(拙書については、嬉しくもない書評内容だったけども)

長田美穂さん


生きなくては書き続けられない。

同業者の死に(女性、シングルなのも同じ)、健康、食事などに気をつけて生活していかねばと、あらためて思った。



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過去に書いた記事を整理していて、月プレ(月刊プレイボーイ)を見つけ、あることが心をよぎった。(月プレは硬派な海外ルポも多かったので、何度かお仕事をさせていただいた。)

「以前は平井さん、男目線の記事を書いていたのに」
というふうにこの前、当時からの知り合い(編集者)に言われた。

は?と思った。
自分自身、男目線などと意識したことはないし、男性誌だからといって男目線に合そうとしたことはない。逆に、自分の出した企画に、男性編集者から自分の意図から離れたタイトルや小見出しをつけられて、何度も違和感を抱いてきた。自分ではそう思っている。企画段階でぽしゃったものも、記事になったものも含めて。

*ひとつ覚えているのは、タイトルに独身女性ライターが探るとか、そうした文言をつけられて、「独身は関係ないのではないか?」と言ったことがある。男性ライターに対して、独身だとか、既婚だとかの冠をつけるだろうか。とくに婚姻にかかわる記事でもなかった。

これに限らず、男目線に変換されそうになった、と私は思うことがちょくちょくあった。それなのに、相手側は「男目線の記事を書いていた」などと脳内変換されていたのだから、意表を突かれた。

……が、しかし、待てよ。
まだ意識が足りない部分もあって、今とは違う考えだったのかな。少なくとも、そう思われるようなキャラだったのか?とも思った。原稿の書き方も今とは違うかもしれない。

だけど、30代後半の頃、都内でNY在住のカメラマン、GIONさんと再会したときのことを思い出した。29歳のとき、「ジャパニーズフェチな男たち」という私の出した企画を月プレに書くことになり、GIONさんがカメラマンを務めてくれたのだ。マンハッタンの市立図書館の前で待ち合わせたことを、覚えている。

久しぶりにご飯を食べて、いろいろ話したのだが、GIONさんに「全然、変わってないね」と言われたのだ。あの頃から、女性の権利というか、女性の問題に興味があった、と。

わかっている人はわかっていたのである。

今より、言いまわしがアメリカナイズされていようが(苦笑)、髪型や服装がラフな感じだろうが、軽めの文章を書いていようが、当時から私は基本的にそうだった。

逆に、受け取り手の男性側に、ここまで「差」が出るのはどうしてなのだろう。

同じことを言っても、このままの自分で話しても、心象やリアクションが異なる。かたや、フェミニスト要素の強い自分を「男目線の記事」を書いていたとまで、真逆に解釈されるのだから、驚きである。

そういう人は、女性の話の中身ではなくて、年齢、容姿、雰囲気、話し方などから、女性のイメージを固定しているのではないか。はっきり言ってしまえば、根底に偏見、軽視がある。

女性の主張はぴんとこないので、すっ飛ばして、秒速で男目線に変換する。だが、そのことに自分自身は気づいていない。そのくり返しだったように思う。

年を重ねると、この手の受け取られ方が少し減るのは、何も私ががらりと変わったからではない。日本社会では、女性は若いというだけで男目線で解釈されがち、あまり話の中身や考えに重点を置かれない。つまり、なめられがち、ということだ。


***

私の印象として、男目線にすぐ脳内変換しがちな男性は、水商売の店に行くことが好きである。好きとまではいかなくても、嫌いではない。水商売といっても、多岐にわたるだろう。
もともと、自分(男)仕様の女を演じてくれる女が好きだからか、それともキャバクラに通っているうちに女性の内面をみる能力が衰えていくのか(商売上の「女性像」をわかった気にはなる)、どちらなのだろう。

後者の部分も大きいと思う。
だからこそ、パラドックスなのだが、そういう男性こそ、女性の本心、本音、思考回路を知ろうと必死になる。……話を聞いても、いつしか、理解できなくなるほどに、脳内変換の癖がついているのに。

おもしろいことに、お金を払ってまで夜の店に行きつつ、「本音を知りたい」「何を考えているのか知りたい」となる。きれいなお姉さんに対して。……幻想をぶち壊すようで申し訳ないが、目の前のきれいな若い女も、ずけずけ言う親戚のおばちゃんも、職場のやり手の女性も、要は同じことなのである。女の本音が知りたいなら、嫌いなタイプの中年女性の話を聞くことから始めればいいのに。女性が仕事でもてなすことに、つまり「演じることに」、お金を払っているのに、本音を探ろうとする。それじゃあ、本当は、女性の言い分に興味ないだろ!とつっこみたくなる。
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こちらのリーフレットを目にした。
精神障がい者雇用まんがリーフレット

作成者は、「鳥取県、鳥取労働局、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構鳥取支部等」。

見えない障がい、見えずらい障がいを持つ人が社会で働けるように、受け入れる企業側の啓発はとても大切だ。とりわけ、一緒に働く人たちの理解を促していくことは必須である。

なので、リーフレット作成の趣旨自体は賛同する。
だが、この文言には違和感を抱いた。
スクリーンショット (138)

労働力人口が大きく減少します、云々。
雇用する側を納得させるための文言なのだろうか。国の本音なのだろうか。逆にいえば、「労働力人口」が満ち足りていれば、精神障がい者の就労支援に力を入れていなかったのではないか。そうかんぐりたくなる。労働力人口が増えようが、減ろうが、社会での精神障がい者の受け皿を作っていくことは必要不可欠なのに。

女性の活躍、女性支援。
このときも、同じ欺まんを感じた。

端的にいえば、「女性の活躍」と言われなくても、自分なりにがんばっているし、ほっといてくれという心境になった。国からみて、「活躍」していなくても、社会的に貢献していなくても、その人なりの日々の幸せを掴んでいるのならば、それでいいではないか。「活躍」以前に、その小さな幸せすら掴むことが難しい人たちに、寄り沿う支援をすればいい。

そして、今では、一億総活躍。
どれもこれも、労働力人口が減っていくから、財源が減るから、仕舞には国力が弱るから……といった思惑しか見えてこない。使う側の思想。

強い立場になれる人たちが活躍して、それで経済が躍進しているときには、どういうふうに弱い立場の人は置かれてきたのか。

労働力を増やすために、国のためにとなる前に、まずは強い立場の人たちの「当たり前」の認識を変えてほしいね。自分たちにとってのメリットは残しつつ、享受しつつ、「頭数が減ってるから、なんとかしてくれよ」と言われても、誰の心に響くのだろう。

国の少子化対策も基本的にそう。
これまでの枠内で考えてたら、何やってもうまくいかない。
だって、既成の価値観は、「強い立場になれる人」のための仕組みからスタートしているから。
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