平井美帆 MIHO HIRAI BLOG

思ったこと、感じたこと、ぼやいてます。


Smash the patriarchy!










San Clemente Pier
San Clemente, CA, USA


©MihoHirai









カテゴリ: 読書

この間の伊豆旅行で知り合った女性とランチにいった。

その女性、大久保さんが自費出版された『母、かしこ』。
母、かしこ
大久保 薫
文芸社
2015-10-01


大久保さんは拙書『獄に消えた狂気』を、3、4日かけて読んでくれたという。
彼女の母親は2007年12月に倒れ、09年5月に亡くなった。その間の記憶と私が鄭永善という一人の女性を追っていた時間を重ねあわせ、自分の人生で起きていたことに深く思いを巡らせたそうだ。最後の母子旅行が、07年10月の長浜・彦根だったことも興味を持つ一因だったと話していた。

ノンフィクションは書き手の旅。その旅に、読み手も伴走してくれたのならば、これほどうれしいことはない。書いているときは孤独と隣り合わせなだけに、世に出て初めてその孤独が癒される。

***
大久保さんのお母さんは血管性認知症を患い、1年半にわたって病院を転々とした。その間、彼女は東京から大阪の実家に移り住んで世話をした。(父親はもっと若い頃に他界。この点も自分と似ている。)

後記で大久保さんが、

「小説というほどストーリーは無く
詩というほどセンチメンタルで無く
エッセイというほどメッセージも無く
メモというには気持ちが入りすぎて」

と書いているように、どのジャンルにも入りきれない、『母かしこ』は母への想いを集めた作品。

こまごまとしたことを忘れてしまったお母さんが、いつも探していたのは「娘」よりも、「おばあちゃん」。……自分の母親だったという。死に近づいていく母親との日々を、「どちらの立場でも母の子としての通る道と将来自分が行く道」と大久保さんは綴る。

私はどちらの覚悟もできていない。
いずれ、母がどのように逝くかも、自分がどのように逝くかも、想像できない。
想像できないし、あまり想像したくない。けれど、避けられない道。

「もうすぐ別れの日が来ると思うと
切なくなり母の膝に頭を置いた
『頭撫でて』というと
グッグッと力強く撫でてくれた
頭を上げ母の顔を見ると
キョトンとした顔でじっと私を見ていた」
(73ページ)

母かしこ

切なくなるけれど、なぜだか心が温かくなる。ページを開くうち、自分もいろいろな記憶が蘇った。
このエントリーをはてなブックマークに追加

目的の文献を借りに図書館へ。(ルポに理論的なことはあまり書かないけど、一応書く分野にかかわる研究には目を通しておく。)

ふと、おもしろいタイトルの新書を見つけた。
image
「『まだ結婚しないの?』に答える理論武装」……(笑)もう40過ぎると、そんなことも言われなくなるのだけれど。

自分は223ページのケースに当てはまるようだ。
image

しかし、「理論武装でこう言い返す!」の各回答が長い長い。理屈っぽい。小難しい。ケンカ売ってるみたい。雑談のなかで、軽口を叩いた相手はこんなふうな答えがきたら、ポカーンとしてしまうだろう。しかも、こちらもすぐには言い返せそうにない。image

そういう人のためには、最後に「*3秒で反撃」の回答もある。いやあ、色んな企画のアイディアがあるのだなあ。
理論武装の内容はタイトル通り、どれも理屈っぽい。けれど、ずばりと社会問題に切り込んだり、既存の価値観やステレオタイプに揺さぶりをかけたりしている。さらに、笑いの精神も込められていてよい。

この本が成立するほど、日本は結婚していない人に、あれこれ言う他人が多いわけだ。



追記:この本の著者のことは知らなかったのだけども、あとから検索してみると、ジェンダーフリーという用語に関して、ひと悶着あったみたいである。……話は飛ぶが、英語の感覚からすれば、ジェンダーフリー(gender free)というと、生物的な差異(子宮、卵巣、精巣など臓器の違い、筋肉量やホルモンの違いなどなど)まで、「なくそう」というニュアンスに感じられる。

これに限らず、和製英語みたいな語句がたまにあって、よくわからないときがある。
このエントリーをはてなブックマークに追加

偽善、欺瞞、忌避。

人はみな、もやもやとしたものを抱えて生きている。表には出さずとも。

とくにいまは、来るかもしれない大地震のこと、原発のこと、被爆のこと、雇用のこと、高齢化社会のこと。あるいは国際政治での日本の立ち位置のことなど、不安要素が尽きない。

少しでも、社会の求める「正しい」ことから逸れた発言をすれば、それを「正す」という名目の下、過剰な攻撃に晒される。

誰も正しい答えを持っていないことに、みな、イラついている。

『雨女』は、おもしろおかしく、軽快に展開する。
プロットは楽しい。

だけど、危機的状況に追い込まれた人々の心に宿る、ふだん見えない攻撃性をやんわりと、漏らさずに描いていて、ページをめくる速度が遅くなったり、速くなったりする。考えさせられるのだ。いや、思い起こされる、といったほうがいいかもしれない。なんとなく感じているけど、口に出してはいけなようなことを。

笑える台詞に笑いながら、
「かたちのない暴力」が蔓延る社会に、
そんな社会におびえながら生きる個々の姿に否応なく、ひきこまれていく。

この社会に、人柱は必要なのだろうか? 
私たちは見て見ぬふりをしているだけなのか。


* * * * * *
『雨女』 (町田康、『新潮』6月号
ネタばれにならないよう、ストーリー入れずに書いた。
このエントリーをはてなブックマークに追加

ずっと以前から好きな文庫が、『暗鬼』。乃南アサさんの作品の中で断トツ、好きだ。

暗鬼 (文春文庫)
乃南 アサ
文藝春秋
2001-11


大きな家に住む9人の大家族に嫁いだ主人公が、次第に、
取り込まれて、マインドコントロールされていく過程が実によく描かれている。

カルト宗教の信者の取り込み方、閉ざされた集会なども、
こんな感じなのかなと思ったり…。

思い出したころに何度も読み返す。

こういう読み方が好き。夏目漱石の『こころ』もそう。
このエントリーをはてなブックマークに追加

下の七三一部隊で、そういえば、あったなあ…とうちの中をごそごそ。あったあった。『悪魔の飽食』(森村誠一、角川文庫)。久しぶりに読もう。他の七三一関連書もまた読んでみよう。七三一部隊といえば、一時、元部隊員、元マルタの証言ビデオなども見たなあ。おどろおどろしいものが好きなのではなくて、歴史に興味がある。

前に児童書で『イレーナ・センドラー』を書いたときも、書くにあたって、私自身、ホロコーストをもっと知らなくてはならなかった。だから、子ども向けの本に描写はしてないが、いろいろな記録ビデオも見た…。アメリカのホロコースト記念博物館のサイトから、探せば、見れるのだ。言葉を失う、とはこういうことで、あまりの映像にしばらく固まってしまった。ゲットーでゴミのように回収されていく子どもの遺体。枯れ木のような遺体の山山山…。

人間て、ここまでできるのかと。
別に日本人だから、ドイツ人だから、ではなくて。
続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加

惰性な日々も中盤に突入しつつある…。
今朝は明け方、『下山事件 最後の証言』(柴田哲孝、祥伝社文庫)を読み終える。

いや~、おもしろかった!

料理番組で、レポーターが「おいしい!」とコメントするほど稚拙? でもそう思った。解説者(櫻井よしこ)の言葉を借りれば、「興奮を覚えた」ってやつですね。

後半からは七三一部隊だの、吉田茂だの、満鉄だの、次から次へと壮大な謀略・策略のオンパレードで、まるでアメリカ映画の世界。話が複雑すぎて、1回では完全に把握できない。時間をあけてまた読もう。

おもしろいねえ。時間が経たないと、出てこない(語れない)真実ってのはあると思う。だから、事件直後の報道ってあんま、当てにならない。

下山事件といえば、さきに『下山事件』(森達也、新潮文庫)を読んでいた。これはこれでおもしろかったのだが、なんか、だんだん事件とはかけ離れて、最後のほうは内輪の揉めごと暴露になっていた…。やっぱ、真実を追い求める執念が、柴田さんの作品には強くにじみ出ていたんだよね。(自分のなかで区切りをつけれるまで、みたいな)

なんでも書いちゃって、だらだらと考えているところ(失礼!)が、森さんの作品ではおもしろいんだけど(私もだらだら考えちゃうほう)。そういえば前、森さんの『東京番外地』(新潮社)を読んだが、知ってる編集者さんが登場してて、笑ってしまった。そのまんまやん!って。^^

つぎ、どれ読もうかなあ(溜まっております。さらに昨日また新しい本、買っちゃった)。下山事件では『葬られた夏』(諸永祐司、朝日文庫)も手元にあるんだけど、ちょっと疲れた。。
このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ