January 10, 2007

イラン 第15日目3

1月9日火曜日 晴れ
イランへ来ているのはもう5度目ということで今回はあまり、イラン国内で観光をしていません。本当はペルセポリス(紀元前に立てられてアレクサンダー大王によって破壊された建物の遺跡)やイスファハンのイマーム広場、モスクなど世界遺産に登録されているものがイランにはたくさんあるので写真などお見せしたいのですが、残念です。帰国までにキーシュという島には3泊4日で行く予定なので、その島のご報告は必ずします。
ここ数日の午前中は英語の先生をしている義理の妹さんにペルシャ語のレッスンを受けています。久しぶりに比較・最上級など文法を覚えていてなんだか中学生に戻ったような感じ。勉強は結構大変なのですが、レッスンの合間に妹さんといろいろな話をするのが楽しいのでなんとかがんばれています♪
今日は妹さんとそのだんなさまのお話をしたいと書きたいと思います。イランでは独身の男性と女性が一緒に歩くことや田舎のほうでは女性が一人で歩くことが禁じられています。禁じられているというのは国の法律でとともに、家族もそのような行動に出ないように目を光らせていることを意味します。昔は警察が道に立っていてもし、見つけたら逮捕されていたとのこと。イランの学校は高校まではすべて男女別学で大学だけは共学のようですが、今でも共学の大学の中であっても大きな教室では男性が前に座り、女性が後ろというように分けられており、やはり大学の人が見張っているようです。ということは、大学での議論はおろか、デートなんてもちろんできないことになるのですが、シラーズのような大きな町ではこの2〜3年でずいぶん緩やかになってきています。昨日の晩のお食事はファーストフード(イラン版ケンタッキー)にいったのですが、若い子たちがたくさんデートをしていました。自由に外を男の子と出歩けるようになって、ようやく最近は恋愛結婚も増えつつあるみたいです。
では、男性と女性の交際が認められていなかった昔の結婚はというとほとんどがお見合い。お相手は遠い親戚が多かったみたいです。昔は上にも書いたように女性は結婚していないと自由に外を歩けなかったり、経済的にそして物理的に自分の両親から離れられなかったりしたので、お見合いした男性から結婚したいといわれればほとんど断ることがなかったとのこと。自由を得るために結婚をしていたのですね。けれど、お見合いで出会ってすぐ結婚してしまうとやはり、性格の不一致などがあとから分かり、離婚するケースも少なくないみたいです。ここでもまた、問題が。この問題は今でも存在するのですが、イランの離婚制度は女性側がしたい場合は難しく、逆に男性側がしたければたやすくできる制度。なので、結婚によって自由を得るはずが、逆にとっても不幸になってしまうことも多々あるようです。
妹さん(フルーグ)とそのだんな様(メルザード)が出会った18年位前は家には電話がなく、デートなんてもちろんできず、とっても大変だったといっていました。そんな時代に高校に通うフルーグをメルザードが見初めたことがきっかけなのですが、手紙を書いて私書箱に投函したり、タクシーに偶然を装って乗ったり、とにかく両親にも友人にも秘密にして5年。そして、ようやく結婚できる歳になり、両親に告げるとそんな不純なことをしていたなんてと反対され、とにかく結婚するまでには問題だらけだったそうです。いつの話かと思っちゃうくらいのことですよね。それだけの困難を乗り越えたから、結婚して13年経った今でも仲がよいのかもしれません。
今、イランでは結婚適齢期の女性が400万人おり、それに比べて男性が200万人しかしないそうです。だから、大争奪戦が繰り広げられているとのこと。先ほど恋愛結婚も増えつつあるといいましたが、やはりお見合いが主流のイランで結婚相談所など開いたら、客観的な情報などを集めてあげられるので幸せな人を増やせるかもしれませんね。
日本では当たり前にできる恋愛ができないイラン。またまた、びっくりさせられました。


mihoko1010 at 14:02│Comments(0)TrackBack(0)clip!イラン 

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