2013年11月23日
2011年 演奏会の予定
ポール・ヴブラニィエツ クラリネットリサイタル
♪INTER NATIONALGATHERING
2011・3・16 (in NY)
(ピアノ小形美香子)
ストラーセンターアートリサイタルホール
小形美香子ピアノリサイタル
2010年 9月13日(pm7:30)
ニューヨーク市立大学ホール (終わりました)
小形美香子&ポール・ヴブラニィエツ
デュオリサイタル
2010年 12月22日(水) 川上町文化交流会館
(川上中学校による招待演奏会) (終了)
2010年 12月24日(金) 高槻現代劇場 (終了)
♪♪♪演奏会のCDができました。♪♪♪
(2009年12月1日ルーテル市ヶ谷センターライブ録音)
昨年の演奏会は、リーデンローズ、高槻現代劇場、ルーテル市ヶ谷センターの3ヶ所で行なわれ、ルーテル市ヶ谷センターでのライブ録音がCDになりました。
2012年02月08日
メトロポリタン美術館とメトロポリタンオペラ


1月3日はメトロポリタン美術館へ、そして夜はメトロポリタンオペラを鑑賞。
朝、マンハッタンへ出かけるポールさんの車で一緒にマンハッタンへ。
アッパーウエストサイド、ブロードウエイ81丁目・ゼイバーズの近くで車を降り、そこから地下鉄でまずはメトロポリタンオペラ劇場まで行き、オペラのチケットを買い、大学へ行く娘と別れ、私達は美術館へ向かった。
美術館へ行った時、いつも最初に観に行くのは2階にある日本人作家のコーナー。
時々展示物が変わるので、知り合いの鎌田幸二さんの作品が展示されているかどうか観に行くのです(今回は展示されてなかった)。
それから1階に下り、一番奥にある「ロベルト・リーマン・コレクション」の
コーナーへ。
ここには娘から聞いたボッティチェリの「受胎告知」があるからです。

「ロベルト・リーマン・コレクション」の部屋は広く、 エル・グレコ、ゴヤ、モネ、ルノアール、ゴッホ、マティスなどなど、ここだけでも1つの美術館になると思うほど、多くの作品が展示されている。
お昼は地下のレストランへ。
サンドイッチ、パスタ、サラダ、お寿司、飲み物など、自分で好きなものを選びレジでお金を払う。
私はいつもサラダ、パン、コーヒーと決まっているけれど、向かいの席では可愛い女の子がお寿司食べていた。その後は、2階のフロアーを観て歩くのだけれど、2階のごく一部を観ただけで、たいてい時間切れとなる。
7時にオペラ劇場の前で待ち合わせていた娘と会い、寒いのですぐに中へ。

オペラは「ヘンデルとグレーテル」珍しく英語の歌詞で、素晴らしい歌声に引き込まれ、心地よい時を過ごしました。
2012年02月03日
美味しい日本の食材


短い旅から帰った翌日の1月2日は、買い物デー。
近くにショッピングモールがあり(車で20分くらい)そのモールの中へ、マンハッタンにあるデパート・「メイシーズ」もあるので、まずはメイシーズへ。
メイシーズはバーゲンセールの真っ最中。
大勢の人でゆっくり見る間もなく、予定のものだけを買い早々に引き揚げ、次は日本食料品スーパー「みつわ」へ。
夫が滞在中に、娘達のためにギョーザを作ることになり、その材料調達が主な目的。
日本食料品の店なので、ビール、お酒、刺身、お豆腐や漬物に至るものまで日本のスーパーと同じようなものがあるけれど、日本で買うより高め。
中でも和菓子は、同じものが日本のデパートで売られている値段の倍ちかい値段で、店頭に並んでいる。
「メイシーズ」と「みつわ」へ行っただけなのに、アパートに帰りついたのはもう夕方。
こうして貴重な一日は過ぎたのです。
そうそう、この日の夕食は焼き肉で、「みつわ」で買った日本からの食材はどれもこれも美味しいと言いながら食べておりました。
写真は、左は、ニュージャージのみつわから見たマンハッタン
右は、マンハッタンから見たみつわ付近
2012年01月30日
嬉しい再会


旅行3日目の1月1日、ホテルで遅い朝食をすませ、お昼頃、
ミリサン&ボイコさん宅へ向かってまっしぐら。
元日早々ご迷惑ではないかしらと娘に聞くと、ミリさん達は私達が娘の所へ行くとわかって以来、待ちかねていらっしゃると、娘が話した。
3~4時間かかったかどうか、遅い午後ミリさん&ボイコさん宅へ到着。


美味しいコーヒーとケーキで話が弾む。
ポールさんとボイコさんは、冗談ばかり言い合いながら真面目な会話。
そして、いつもニュースや雑誌で最新のニュースをキャッチされている ボイコさんは、私達に、日本でまた地震があったらしいけれど、被害は出てないと教えて下さった。
そうこうしているうちに、テーブルには夕食のお料理が並びだした。


オードブルの野菜のスティックやエビ、チーズ、そしてチキンスープに サラダ。
メインディッシュは、左のお鍋のロールキャベツとソーセージ、キャベツ、人参を一緒に煮込んだ物、そして、大きなハンバーグのようなものに、マッシュポテト。
お肉を食べない私には特別に、ピーマンの中へ野菜とパスタを詰めてトマトスープで煮込んだものを(右の写真)。
大きなピーマンで1つ食べただけでお腹がいっぱいになったけれど、美味しくてマッシュポテトやキャベツも全部いただいた。
まるで親戚の叔母の家に来たように遠慮もしないで、お料理にぱくついている自分にビックリ!
楽しい時は、あっという間に過ぎ、娘達のアパートに帰リ着いたのは深夜となりました。
2012年01月24日
ワシントンブリッジの雪景色とイルミネーション


今日の毎日新聞夕刊に、「強い寒気の影響で、西日本では日本海側を中心に23日から24日にかけて大雪に見舞われた」と載っている。
昨日メールを開くと、珍しく娘から雪景色のワシントンブリッジと、アパートの駐車場の写真が送られてきていた。
ニューヨークは昨年一度雪は降ったものの、その後は暖かい日が続き、1月21日の夜久しぶりに雪が降ったとのこと。
さて、前回の続きです。


「スプリングフィールド美術館」を夕暮れに出た私達は、ポールさんが事前にリサーチしていた、スプリングフィールド公園のイルミネーションを観に向かった。
公園の入り口で、チケットを買おうとしている私達の車に、隣の車の人が何か渡してくれた。
ポールさんが入場券だと驚き、私達皆も驚いた。
アメリカで、しかも知らない街で、知らない人から入場券をプレゼントしてもらうなんて!
広い公園の中には、さまざまな色の、光の絵が浮き上がっている。
全部見て回るのに30分くらい(車で)かかったようだけど、私は時差ボケなのか突然睡魔に襲われほとんど観ていない。
ホテルに戻り、フィットネスで汗をながしたあと、例のごとく焼酎パーティとあいなったのでした。2012年01月21日
スプリングフィールド美術館

ヤンキーキャンドルを出た後、次の目的地はマサチューセッツ州・
ディアフィールドという町にある「スプリングフィールド美術館」。
ホテルに置いてあったパンフレットに、「スプリングフィールド美術館に モネの絵が展示されている」と載っているのを娘が見つけたのです。
大晦日の31日の遅い午後。
訪れている人は数人で、静かな美術館でゆっくり絵を眺めながら過ごした。


左のゴッホの自画像は、メトロポリタン美術館にある正面を向き、麦わら帽子をかぶっている自画像とは違う一枚。
右側の絵は、モネの家の庭で絵を描いているモネを描いたルノアールの作品だと娘が話してくれた。
そのルノアールの作品のカンバスは、もともとモネが使ったカンバスだったとのこと。
美術館には、まだまだ興味深い素晴らしい作品がいっぱい展示してあったけれど、この2枚の絵を観れただけでもここに来れた幸せを実感。
もう閉館時間だと言われ、外に出てみると辺りはこんな景色に変わっていた。また時間をかけ、ゆっくり過ごしたいと思った場所です。
2012年01月19日
暮から新年の小旅行。


ニューヨークに着いた翌日から2泊3日の車の旅へ。
しばらく前、娘は論文のことでコネチカット州のイエール大学の図書館に行ったそうで、そのイエール大学のある「ニューヘイブン」という街が最初の目的地。
ニュージャージから車で2時間くらい。
遠くはないのに、いろいろ用事を済ませて出かけたら、辺りが薄暗くなる頃到着。
大学は休みなので閉まっているけれど、大学の匂いを嗅ぎながら、大学の周りを歩く。
どこまで続いているの、というくらい大学の建物が続き、バスターミナルのような所へ出てくると、ツリーのイルミネーションが!
そして、以前来た時食べてとても美味しかったというピザ屋さんで夕食を。


翌日はマサチューセッツ州・ディアフィールドという町へ移動。
ヤンキーキャンドルというロウソクの展示場やショップ、そして博物館を見学。
ポールさんは自分の手の形を作りエキサイト!
ヤンキーキャンドルの敷地内にあるレストランは、雰囲気のよい広い レストランで、お料理も美味しかったのに、写真を撮り忘れて残念!
2012年01月13日
ニューヨークへ無事到着


私がニューヨークへ行く時は、伊丹→成田→ニューヨークで、成田からニューヨークへの直行便を利用する。
成田発29日am.11:15分だったけれど、14時間の時差があるので、 ニューヨークへの到着時間もニューヨーク時間で同じ日の29日午前9時30分で、ほぼ予定通りに到着。
入国審査は最近では指紋と顔写真も撮られる。
指紋も最初は人差し指だけだったのに、いつ頃からだったか全部の指の指紋を撮られている。
審査官に「見物?」と聞かれ「そうです」と答えると、「見物なのにどうしてニュージャージへ行くの?」(入国審査用紙の宿泊欄に娘の住所を書いていたから)と聞かれ、「娘が住んでいるから」と答えると頷いて
OK。
迎えに来てくれた娘達の車に荷物を積み込み、ニュージャージに向かって出発。
今日は娘が運転するというので、私が前に。(ポールさんが運転する時は、私が遠慮して前に座らないので、娘が運転することになったのかなー?)


JFケネディ空港があるブルックリンから北に向かってクィーンズに入り、クィーンズとマンハッタンを結んでいるクィーンズボロブリッジ橋を渡ってマンハッタンへ。
マンハッタンに入り、イーストリバーの横を走っているとヤンキースタジアムが見え、慌てて写した。(右側の写真)
このあと、マンハッタンの街を横ぎり、
ワシントンブリッジを渡るとニュージャージ。
マンハッタンとはまた違った景色が広がる。冬なので木が枯れているけれど、緑のある季節に見ると雰囲気が違う。
2012年01月10日
一緒に過ごしたい!
、
娘にお正月に帰って来れるかどうか聞くと、論文で忙しくそれどころではないと言う。
もう母はいないし、夫と二人だけでお正月を過ごすのも味気ないと、 腰の重い夫に腰を上げてもらい、急に娘の所へ行くことにした。
29日の早朝、いつも通り伊丹空港のチェックインカウンターで手続きを始めると、「エスタ」が再申請されていないと言われてビックリ!
「エスタ」を初めて申請したのは、2年以上前だけれど、2年で期限が切れるので、再申請しなければならず、確かにパソコンで再申請をし、念のため印刷し、持参していた。
よく聞いてみると、初めて「エスタ」を申請した時は申請の為の料金は必要なかったけれど、最近では申請の為の料金が必要だとのこと。
申請の画面の最後に料金の振り込み画面が出てくるのだそうだけど、私は「再申請を許可(初回はここまででよかった)
という画面で終わってしまっていた事が分かった。
えー!ではもう間に合わない(以前は渡米2~3日前迄に申請しないと間に合わないと書かれていたので)!!
飛行機に乗れないのかしらと尋ねると、2階のスターバックスの横に パソコンがあるので、そこで今から再申請をすれば間に合うと言われ、 大慌てでパソコンに突進。
「時間は十分あるから大丈夫」とは言われたけれど、慌てているので、せっかく終わりの画面にたどり着いても、突然画面が消えまた初めからやり直したりで、夫と二人分の再申請を、カードでしっかり料金を払い、「再申請を受け付けました」と出るまでに30分以上もかかってしまった。
そしてチェックインのやり直し。
無事チェックインでき飛行機に乗れることになり、ヤレヤレ。
上の写真は、伊丹〜成田への飛行機の中で見えた富士山と、成田〜ニューヨーク線の中で出た機内食のチーズの前菜。
ドリンクはシャンペンを。
下の写真は、成田~ニューヨーク線の和食メニューと、洋食メニューの機内食です。




2011年12月30日
思い出のとき
日が経つのは早いもので2011年もあと2日で新しい年を迎える。12月の初め、福井県の越前海岸に行った。
せっかく福井県に行くのだから、久しぶりに永平寺にお参りもしようと、始めの目的地は永平寺となった。
しばらく前、足が弱ったという伯母を見舞い方々尾道の天寧寺に寄った時、夫の従兄弟から、曹洞宗の本山、永平寺の行事のため永平寺に行った時の話を聞いたばかりだったからか、自然に私達も永平寺にお参り したくなったのです。
永平寺の山門の前に立つと、その昔、娘と一緒に来た事が思い出された。
古い大きなお寺の廊下や、長い階段を歩くのは冷たかったのに、すれ違う修行僧の方々は、素足だったのだけは覚えている。そういえば、天寧寺の従兄弟や、夫の実家の松岳寺の義弟は今でも、素足で過ごしている。

翌日は、東尋坊へ。東尋坊にも、あの時娘と一緒に行った。
その後回った、那谷寺にも一緒に行っている。
夫は、那谷寺には私は行ったことがないと思っていたそうで、私も確かな記憶はなかったけれど、境内に入った時、ああここには来た事があると、見覚えがある景色を前に、思ったのです。
考えてみれば、その昔、娘と一緒に行った所を巡っている。
何年も何年も前の学生だった頃、文学の先生が「人は思い出と共に生きている」というようなことを話されたのを覚えているけれど、最近よくその言葉が思い出されます。
写真は、娘と一緒でないのが、今回写したものです。

