みかづきの裏側

ブログランキング・にほんブログ村へ


************************************

心にひとつ、またひとつと
小さな穴があいていく

その穴を埋める術はなく

それは連なって
ひとつの大きな穴となって

でも
それは漆黒ではなく

澄み切って輝く青空のような
暖かい穴

きっと埋める事はないだろう
きっと埋まる事はないだろう

だって
幸せだったから
だって
愛があふれていたから

********************************

茶々丸が虹の橋へと旅立って行きました。

もうすぐ2週間になります。

2013年8月23日。午後7時35分。

ごえもんとしんのすけの待つ
あの橋へ走って行きました。



癌の診断が下ってから
経過を書こうと思っていましたが
低迷安定で書けませんでした。

手術後2か月もたたないうちに
再発してしまいました。

結果、死因は
脂肪肉腫の再発と転移による
内臓機能低下です。

あたしにはもう何もしてあげられませんでした。

再発は切除した患部を埋める為に活性化した細胞が
癌細胞だったこと。
転移は腹腔全体にびらん状に広がってしまったこと。

もう手術も出来ませんでした。

ただただ
最後まで好きな物を食べて
みんなと一緒に
すこしでも幸せだったという時間を過ごしてもらいたかった。

亡くなる前の2週間は給餌しないと食べられず
最後の2日は給餌も食べられませんでした。

食べられる物だけでも
水分だけでも・・・

そんな状態になり

23日、午後5時頃から呼吸が困難になって
抱っこして体をマッサージして
沢山撫でてあげていると
もう力が入らなくなってしまいました。

その日は午後から雨で
夕方も激しい雨が降っていたのですが
そんな状態になった時
1時間くらいでしょうか
雨がふっとやみました。

「僕を病院に連れてって」

そんな風に思いました。

自転車を飛ばして病院へ連れて行き
受付をした直後にキャリー内で倒れてしまい
すぐに診察室に入ったのですが
その時には息を吸うのもやっとになって

初めて、茶々の鳴き声を聞きました。

キーキーと高く響き渡る叫びでした。

あたしが最後にかけた言葉は

また

「茶々!おかぁしゃんだよ!がんばって」だった。

もう十分頑張ったのにまた言ってしまいました。

先生に連れられ酸素吸入直後に
呼吸も心臓もとまってしまいました。

何もする暇がなかった。

でも、一番辛い苦しみが長くなくて良かったのかもしれません。

もうこれ以上はかわいそう。


もう沢山頑張ったから
お休みしてもいいかな・・・
ちょっと疲れたかもでし。

そんな風に思ってたのかもしれません。

いや
そう思いたいんだと思います。あたしが。



毎日のお世話で
今日は元気がないな、
今日は楽しそうにしてるな、
そんな変化をここに記していければよかったのですが
今回は余裕がありませんでした。

病気の事も
再発は目に見えてわかりましたが
転移は本当にわからなかった。

わかっていても
手段はなかった・・・

だから
ただただ毎日
美味しいと食べてくれるものを食べられるだけ
楽しいと思う事を楽しめるだけ
気持ちいいと思ってくれるならいつまででも撫でて

でも嫌がるお薬や給餌もしなくちゃ生きられない
心を鬼にもしました。

いつかまた
部屋中を冒険しながら走り回ってくれるんじゃないかと
そう思わずにはいられなかった。

あたしが潰れそうだった。

1日に何十回も何百回も
息をしているのを確認せずにはいられなかった。

そんな余裕のないあたしをきっと
茶々は見ぬいていたんだろうな・・・と
今になって思います。

しんのすけもあたしの手から旅立ちました。
ごえもんも奇跡的にあたしの手から旅立ってくれました。

そして茶々丸もお兄ちゃん達と同じように
手の中でとはいかなかったけれど
その瞬間だけは離れていたけど
でも、あたしを待って、雨をやませて、辛い思いをさせる事なく
あっという間に旅立ちました。

我が家の3兄弟は
本当に母思いの優しい子ばかりでした。

IMG_0314



あたし
今までずっと引きこもり主婦でした。
生活の9割は3兄弟の為に生きてたといっても過言ではないくらいでした。
だから外には出なかった。

そんなあたしが
何故かこの時期に
この茶々が闘病してる時期に
パートを始めました。

8月の事です。

自分でもわからなかった。

あんなに外に出るのは嫌だったあたしが
みんなの傍を離れていると心配でどうにかなりそうだったあたしが
給餌をしている子を留守番させて
パートに出るなんて。
週2日、短時間でしたが
それでも数時間でも気が気じゃなかったのにどうして?


しんが逝った時には
ごえと茶々がいたんです。
2人のお世話をする事でなんとか立ち直れました。

ごえが逝ってしまった時は
もう食滞が始まりかけた茶々がいました。
茶々はごえが逝くまで頑張ってくれていて
ごえは茶々の具合をみて旅立ったのかと思うくらい
不思議なタイミングでした。

そして茶々は

あたしにはもう誰もいなかったんです。
失いたくなかった。

逝ってしまった後に
仕事が残りました。

とても不思議でした。

茶々のお葬式をあげた次の日から
仕事しました。
まだ研修中だから覚える事が沢山で
数時間はちゃんと真剣に仕事しました。

帰ってきて
暗い部屋、静かな部屋、暑い部屋
それだけで泣いてしまったけれど
でも次の日も仕事に出かけました。

母が

「きっと、茶々は、自分がいなくなった後のあなたが心配で
 仕事を残していったんだね」

そう言いました。

仕事を週に2日、
23日はいつもは家にいるあたしが
たまたま用事が重なってしまって夕方まで留守にしてしまいました。
そんな日の夜、茶々は決めたんでしょう。

仕事にいっている時に逝かないように
あたしが留守の時に逝かないように
あたしが後悔しないように
あたしの為に待っていてくれたんだ、きっと。

どの位前から苦しかったのか
わかりません。情けないけど。

でも、本当に最後は沢山抱っこさせてくれて
沢山撫でさせてくれて
最後の鳴き声は苦しくて鳴いたんだと思うけど
でも

「おかぁしゃん、ありがとう」って言ってくれたのかな。
なんて。

「おかぁしゃん、がんばって」って言ってくれたのかな。
なんて。

だから虹の橋へ送り出した時の言葉は

「茶々、いってらっしゃい!」


だって、あまりにも穏やかで
まるで見つめると体が上下して息をしてるんじゃないかと錯覚してしまいそうな位
眠っているような姿だったから・・・


IMG_0306


沢山のお花で華やかに
ぞんぶん食べられる様にごはんを添えて


「いってらっしゃい」



IMG_0311




それからのあたしは
2日位泣いて
今でもケージもごはんも遊び場もそのままだけど
泣いた後は普通に過ごしてます。

お骨が帰って来て
あの日から2週間経ってやっと
無意識にケージを覗くこともなくなって

毎朝、
ごえとしんと茶々に手を合わせて
います。


IMG_0325



普通に過ごしてた気でいたけど
1日の大半を子供達がしめていたので
その空白をどうにかしようと
今までしなかったゲームをしてみたり
ずっと何かを見ていたり・・・

家事をすればいいのですがね(苦笑)

ブログも書こうと思ってたんだけど
ごえやしんの時みたいに報告出来なくて
沢山心配してもらって、
茶々を愛してもらったのに。

やっと書けるかなと思ってたら
やっぱり泣いちゃいました。


でもやっと区切りをつけられます。


ごえちん、ありがとう。
しんちゃん、ありがとう。
茶々、ありがとう。

みんな、我が家に、母の元へ来てくれて
ありがとう!

そして、
愛してくれたみなさん

ありがとうございました!

IMG_0316

茶々丸 4歳4か月29日 2013年8月23日没




にほんブログ村 うさぎブログ ネザーランドドワーフへ
にほんブログ村

随分とご無沙汰しております。

ごえははです。

先月手術を行った茶々の病理検査結果が出ました。
(7/3)

結果は


脂肪肉腫


悪性です。


その中でももっともまれな組織亜型である


多形型脂肪肉腫


だと思われます。


うさぎでは検索できなかったので人で調べると

高悪性度になります。


最悪の結果になりました。


患部から皮膚がんを考えていたのですが
あながち間違いではなかった様です。

今回の切除手術はやはり間違いではなく、
この病気は
外科的切除が第一選択であり
投薬などでは治療は出来ないらしいです。
(by うさぎ)
ちなみに人なら放射線治療が行われるらしいですが
うさぎさんの場合は切除以外の有効な治療法はないという事でした。

なので今回患部を切除することで治療は終了です。


ただし、この多形型脂肪肉腫は転移と局所再発の危険が高く
今回の診断結果では
転移よりも局所再発の注意を受けてます。




今回は周囲と深部の結合織への浸潤はみられなかったのですが
一般的には浸潤性に増殖する危険が指摘されているようです。


難しい事を色々と書きましたが
要するに


同じ所にまた腫瘍が出来る危険が高く
また、有効な治療法が確立されておらず
再発した際には再度切除する他ない。



という事です。


この多形型脂肪肉腫というのは人でもまれで
脂肪肉腫の約5~10%だそうです。

人でもそんな確率ですからね。
うさぎさんで視診や触診で病名が出てこない筈です。

なんとも当たりな感じです。

しかも高悪性度で再発の可能性は1/3
転移は40%
5年~の生存確率は50%ほどです。
しかも人で放射線治療をしている場合の数字です。
うさぎさんで後5年だと寿命的にはどうかな、なんて考えたり。
遠隔転移(特に肺らしい)してしまうと年齢的にもなかなか難しいかもとか考えたり。
脂肪肉腫でももっと低悪性度の物もあるのに。
はぁ~。



これ自体はよほど浸潤して骨にまで達していない限りは
痛みなどはないらしく
茶々も平気で触られていたのもうなずけます。


もし見つけてすぐの小さい時に切除手術の判断をしていれば・・・と
思ってしまいますが
(初めて診て貰った獣医さんには放置か切除かと言われていた)
小さい黒いニキビみたいな時には
まさかこんな病気だとは思いもよらなかったというのが本音ですし
今更過去には戻れないというのもあるので
今は受け止めて、再発した時に見逃さない様にと
それだけは気を付けていきたいと思っています。

こんな風に考えられたのも
ごえのおかげかとしみじみ思ってしまいます。
後悔しても病気が治るわけでは無いですしね。
ちゃんと今も生きていてくれているのですから。


なにせ悪性腫瘍だったのにもかかわらず
抗がん剤とかなんとかのケアがないので
もうどうしようもないのですよ。
どうにもなりません。


今は
まだ食餌量が戻らない茶々に
少しでも食べて貰って元気になってもらう事だけ考えています。



以前からあった背中の白いかさぶたですが
これもよく探してみると
両足付け根にもみられていて
今の所こういう皮膚炎にまつわる菌やダニ、ノミなどは見られない事から
免疫力低下による皮膚炎かと思われ
一応、抗菌剤と抗アレルギー剤の投薬を続けています。
抗菌剤に関しては手術後というのもありましたし。



原因が外にみつからないのであれば
体力、免疫力の強化が目標になるので
プロポリスあたりで内面から底上げしてあげようかとも考えています。
まだ未定ですが。


茶々に関してのこういった事実は
最悪を考えていたので
意外にすぐに受け止め理解し納得していたのですが
なかなかこうやってブログにUPすることが出来ず
読んで下さり、心配してくださっている方々には
より心配をかけてしまったかもしれません。
申し訳ありませんでした。


ただ、術後2週間程
ごえの時同様、24時間体制の介護をしていて
布団で寝る事も出来ずにいたので
その辺はどうかご理解下さい。


正直、数日前にさすがにあたしが体力の限界を超えたのと
茶々の食餌量が術前まで戻ったので
数時間ではありますがベッドに入るようになったばかりで。


相変わらず無茶な介護をしております(苦笑)。


少しずつ伸びてきた食餌量ですが
今また頭打ちになってしまっているので
対策を検討中です。



前回の記事にコメントを下さった

きょうこさん
ayameさん
anbouさん
中西れなさん

個々にお返事が出来ずにここまで来てしまってごめんなさい。
心配してくださってありがとうございます。
みなさんが仰ってくれていたような結果にならず
明るいお返事が出来ずすみません。
みなさんのお気持ちは心の奥深くまで届いております。
こんな簡単な言葉でしかお返しできませんが
これをお返事とさせてください。


また次回からは
もう少しましな記事を書けると思っていますし
少し痛々しさから解放されてきた茶々の写真もUP出来るかと思います。

なので今回はコメント欄は閉じさせて頂き
暗いお話はなしでよろしくお願いします。

勝手言ってすみません。


それと、
まれな病気ではありますが
もしこれを読まれているうさ飼いさんがいらっしゃいましたら
参考になればと思います。
もう少し詳しいお話も出来たのですが
ざっくりとなってしまいましたけれど
ある意味特徴的な患部や症状だったので
同じ様な症状が見られたりした場合は
是非かかりつけの獣医さんに早めにご相談ください。

このブログでの病気に対する診断や治療は
すべて、茶々丸に対しての物です。
どうか鵜呑みにせずにいてくださいね。


では、長くなりましたが
読んでくださってありがとうございました。





にほんブログ村 うさぎブログ ネザーランドドワーフへ
にほんブログ村

昨日、手術を受けた茶々丸。

無事に終了しました。

ご心配おかけしました。

昨日の午前中に病院へ行き、夕方お迎えという感じでした。

その間に血液検査と麻酔、手術となりました。

当日の朝までは
まさか痛い事をされるとは思ってなかった茶々。
あたしも初めて離れるのに不安がありましたし
なにより麻酔から覚めなかったらどうしようと緊張していましたが
途中に問題も起こらず、予定していた内容も変更なく行われました。

お迎えに行ったときにはすでに麻酔から覚めていて
キャリーバッグに入ってました。

取り敢えずは無事で良かった。



さて、さて。


まずは、術前の血液検査の結果。

茶々丸検査結果

総合的に手術をするにあたっての問題はなかった様です。

今日になって細かく調べてみたのですが
個々の事よりも多項目での比較が難しいので
ここにはあまり書きませんが、
ALTとASTとALKPの関係が分からない・・・ムムム
肝臓は無事なのか?

ちょこちょこ基準値から外れているのですが
大きいところは先ほどのALKPですか。これが悪い方の指標でないといいのですが。

TRIGは食餌の摂取量が少なかった事から
多少上がっているんだろうと思います。

こういう結果を見て考えてると
あ~学生時代にもっと勉強するんだった・・・orz と悔やまれます。
ついでに入ってた筈の知識も耳から流れ出たみたいで
考えるのに時間がかかるぅ~!
ちょっと悔しいです(専業主婦の前の本職だっただけに)。

手術内容ですが、
去勢手術は問題なかった様で、
鼻のニキビみたいなのは表面を取り除いただけの処置になりました。
数日前に歯が折れた事を手術前に先生に伝え
もし可能なら歯も臼歯まで診て貰えれば・・・とお願いしていたのですが
その処置も一緒にしてもらえました。

歯に関しては、切歯のカットと
初めて麻酔をかけての臼歯チェックにて
左側の歯にスパイクが見られたとのことで
その処置をしてくれたそうです。


麻酔時も特に問題はなく
ただ、鼻のニキビを取るには不安定になるという事があり
前述の処置になったと言っていました。


本命の右頬の出来物(腫瘍?)。
今回の臼歯トラブルとは反対側だったので
先生が事前に言っていた通り、
歯の感染等ではなかった模様です。←おそらく、です。

切除は目の下ぎりぎりまで出来物があったため、
大きく取り除く事は出来なかったと言う事ですが
もともとお顔が小さいですから、結構大きな傷になっていました。
出来物は皮膚(皮下組織)までで筋肉まで達してはいなかったという事です。
傷口はだいたい3cm。
顔の半分近くの毛が刈られてしまい痛々しい姿です。

取り除いた物はそのまま病理組織検査にまわされています。
外注なので結果は1週間後です。
悪性でなければいいのですが
こればかりは検査結果を待つしかありません。

昨日はとにかく茶々を連れて帰るのが先決で
詳しく話を聞く事も出来なかったので
来週の診察でもっと掘り下げて聞いてみたいです。

帰宅後の様子はまた後日に書こうと思います。
長くなりそうなので(汗)。



当の茶々の風貌ですが
事前に毛を刈ること、切除後の縫合で皮膚が寄れてしまう事等は聞いていたのですが
やはり実際そうなった茶々を見ると切ないものがありました。

対面した時あまりのショックで息が止まりそうでしたが
そういう事を言っていても仕方ないと出た言葉が

「キカイダーみたいになっちゃってる・・・」

でした(苦笑)。

わかるかなー
「キカイダー」
人造人間キカイダー。

あんな感じです。

毛はそのうち伸びますから
だんだんとキカイダーからうさぎへ戻っていくのでしょうが
やはり皮膚の寄れはみられます。

正面からみると
顎のラインがあがっていて
横から見ると目の下がつっぱっています。

目を開けていると少し充血しているようで
左右の表情が違う様にみえます。

あの可愛い三角顔からちょっと変形してしまいました。

でもやっぱり愛しいわが子ですからね(産んでないけど)
回復するまではあたしのすべての時間を捧げて看護します!


術後の写真を撮ったのですが
衝撃写真なので下の方~~~~に貼り付けておきます。
見たい方のみスクロールしてください。



にほんブログ村 うさぎブログ ネザーランドドワーフへ
にほんブログ村
















































IMG_0164

顔の右側の毛が刈られています。(向かって左)
正面から見ると目がないようにも見える・・・

これを見ての絞り出した一言が「キカイダー」

顎のラインが左より上がっています。



IMG_0165加工


右から撮った写真。
目の下に3cm程の傷跡が見られます。
ここがつっぱっていて目の下側が少し充血してます。




IMG_0166

左から撮った写真。
いつもの茶々にみえるんですがね。



早く傷口が塞がって毛が生えるといいね。茶々。

このページのトップヘ