未解決事件データベース

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未解決事件・失踪/行方不明事件・印象に残った事件wiki
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タクシー運転手強盗殺人事件

 1971年(昭和46年)8月13日の朝、大分県大分市四号地の
裏川下を走る道路に停めてあったタクシーの車内で、
運転手の下条忠敏さん(当時33歳)が死亡しているのを、
通りがかった男性が発見し警察に通報した。
 下条さんは首など全身8か所あまりを刺されて
運転席で血まみれの姿で死亡しており、
売上金を入れた袋が無くなっていた。
(袋は後に付近の河川敷で現金を抜き取られた状態で発見された)
 13日深夜0時頃、下条さんのと思われるタクシーが
若い2人の男性を乗せたとの同僚による目撃情報がある。
また、事件数日前から黒い車を走らせながら
下条さんが勤務する会社のタクシーの車内を、
運転手の顔を確認するように覗き込むヤクザ風の男がいたことが
運転手たちの間で話題になっていたという。
 このことから警察は強盗だけでなく、
怨恨の線も視野に捜査を続けたが、犯人が判明しないまま時効を迎えた。


山形県戸沢村ツキノワグマ3人食害事件

 1988年10月9日、山形県最上郡戸沢村古口の山林で、
クリ拾いをしていた女性(61)がツキノワグマに襲われた、
と一緒にいた仲間が新庄署に届けた。
女性は夫や友人ら計四人で山に入り、正午すぎクマに出くわしたが、
一人だけ逃げ遅れたらしい。
警察官らが付近を捜索したところ、左足太ももなどをかまれ
血だらけで倒れている女性を見つけ病院へ収容したが、
間もなく出血多量で死亡した。

 一方、地元の猟友会員らがこの日午後、現場近くにいたクマを発見、射殺した。
戸沢村では5月にはタケノコ採りの男性(61)と、
3日前の10月6日にはクルミ拾いの女性(59)がツキノワグマに襲われて死亡しており、
猟友会員ら約五十人が出て山狩りをしている最中の事件であった。

パチンコ店帰り女性殺人事件

  2008年8月30日の夜、神奈川県相模原市相模大野の路上で、
無職の藤村美代子さん(当時73)が、首などを数か所刺されて死亡した。
藤村さんは近所のパチンコ店からの帰りで、現金の入ったバッグは
現場から150メートル離れた路上で見つかっており、盗られたものはなかった。
首を執拗に刺すなど強い殺意が伺えるが、藤村さんにトラブルを抱えていた形跡はなく、
当日は大雨が降っていて、有力な目撃情報も得られなかった。
 事件後、近所のアパートに住む30代男性の玄関のドアノブから、
被害者と同じ血液型の血痕が付着しているのが見つかる。
男は行方不明で警察が行方を追っているとの報道があったが、
その後続報はなく、事件は未解決のままである。

男性行方不明事件(殺人事件として捜査)

 1996年2月8日、京都市南区に住む男性(当時40歳)が、外出先から家族へ電話した後行方不明になった。
5日後の13日、伏見区内の路上で男性の車が乗り捨てられているのが発見される。
車内の助手席には男性の血痕が残っていたが、男性の姿は見つからなかった。
 警察は遺体が見つかっていないものの殺人事件として捜査していたが、
2015年に証拠品を紛失していたことが発覚している。

パチンコ景品交換所強盗殺人事件

1991年6月26日午後2時55分ごろ、土浦市(旧新治村)藤沢のパチンコ景品買取所で、
従業員の佐藤茂雄さん(当時65歳)が刃物で刺され、現金約600万円が奪われた。
佐藤さんのこめかみと首には包丁が刺さったままだった。
2006年に時効を迎えた。

田辺信子さん行方不明事件

 2001年(平成13年)9月24日、広島県府中町の自宅マンションから
主婦の田辺信子さん(当時50歳)が突然姿をくらました。
 信子さんはその日、友人と食事をとる約束をしていた。
その友人が車で信子さんのマンションへ向かう途中に、
携帯に信子さんからの着信があったが、運転中のため電話には出れなかった。
マンションに着いた友人は折り返し信子さんの携帯に電話してみると、
電話からは「あー」という声だけ聞こえ、すぐ切れてしまった。
もう一度かけても同じ「あー」とだけで切れてしまい、
その後は何度かけても繋がらなくなってしまった。
友人はマンション3階の部屋へ行ってみるが、
ドアには鍵がかかっており、チャイムを鳴らしても応答がない。
なぜか玄関の前には、隣に住む義母が使う車椅子が広げたまま置いてあった。
約束をすっぽかされたと思った友人は怒ってそのまま帰っていまうが、
夕方になり信子さんのことが気になり、入院中の信子さんの夫と連絡を取って
マンションの部屋に入ってみたが、そこの信子さんの姿はなかった。
 部屋の中は特に荒らされた様子もなく、信子さんの鞄だけが無くなっていた。
昼間玄関前にあった車椅子は、たたんでいつもの位置に戻してあった。
友人達で手分けして信子さんの行方を探したものの見つからず、
夜遅くになって警察へ捜索願を提出した。

 その後も信子さんの行方はようとして知れず、
携帯電話にかけても繋がらない状態が続いており、
電波は失踪翌日夜に呉駅を最後に途絶えていた。
 また、マンションの防犯カメラには、
失踪した時間帯にエレベータが信子さんの住む3階へと上がっていき、
直後に60歳前後の男がエレベータに乗って下へ降りていく様子は映っていましたが、
信子さんがエレベータで降りる様子はその日のカメラには一度も映っていなかった。
彼女には心臓に持病があるので普段からエレベータを使用しており、
自分の意思でわざわざ階段を使うことは考えにくいことから、
彼女の失踪には第3者が関わっていることが伺えた。

 失踪から5日後の29日、マンションの郵便受けに入っていた手紙が見つかる。
26日の消印が押され、差出人の無い手紙にはワープロで、
「私もやっと妻子と別れ、はれて信子と一緒になることが出来ました。ふたりを探さないで下さい。」
と書かれていた。
 この手紙などから、警察は信子さんが愛人と自らの意思で失踪したと判断し、
特別な捜査は行われなかった。
だが信子さんは失踪前後も1000万ほどある貯金を下していなかった。
また、夫の親族男性から遺産相続がらみで脅迫を受けていたという。




青森新和村リンゴ農家一家8人殺人事件

 1953年12月12日深夜、青森県新和(にいな)村[現弘前市]小友宇田野地区の
リンゴ農家・M家の三男で桶職人のT(24)は、大量に飲酒して酩酊状態となり、
味噌を盗もうとして実家の物置小屋に忍び込んだ。
そこで猟銃を見つけたTは銃を手にすると裏口から実家に忍び込み、
寝ていた父親(57)他、祖母(80)・長男(35)とその妻(33)、
長男夫婦の子で長男(7)・長女(5)と叔母(61)を射殺し、
さらに家へ放火して長男夫婦の二女(3)を焼き殺した。
 犯行後、Tは親戚に付き添われて駐在所に自首して逮捕された。
その姿は皮の胴着の下に弾帯を装着して散弾を挟んでいた。
Tは犯行時の記憶がほとんどなく、父親へ猟銃を撃ったことは覚えていたが、
他の者への犯行や放火については覚えていないと証言している。
 捜査で放火についてはTが放火した証拠が得られなかったため、
焼死した次女は殺人の被害者には含まれず、7人殺害と住居侵入の罪で送検された。
 裁判では犯行当時の精神状態が争われたが、
青森地裁は「Tは犯行当時酩酊状態にあり、味噌を盗んだことが
父や兄に見つかると殺害されてしまうと被害妄想状態に陥り、
日頃の恨み(家から追い出され知り合いの物置で暮らしていた)が爆発して犯行に及んだ」
もので心神喪失により殺人については無罪とし、
住居侵入に対してのみ有罪(執行猶予)の判決を言い渡した。
この判決は高裁でも維持され判決が確定。Tは釈放された。
 釈放後、Tは村に戻り兄と共にリンゴ園を経営し成功。
結婚をして子をもうけ、自治会長等を勤めるなどした。
しかし晩年の2001年12月、運転していた軽トラックが
雪道でスリップし対向車線からはみ出してきた乗用車と正面衝突、
Tは死亡した。享年72歳。

※この事件が後に都市伝説として有名な「杉沢伝説」のモデルになったともいわれている

宇治マラソン中主婦行方不明事件

1978(昭和53)年11月23日夜9時ごろ、京都府宇治市槙島で、
マラソン(ランニング)中の主婦、前田昭子さん(当時38歳)が行方不明になった。
夫からの届け出で警察が付近を捜索すると自宅近くの農道で血痕が見つかり、
そこから200メートル離れた田んぼまであぜ道に血痕が点々と続き、
人を引きずったような跡と複数の足跡も残されていた。
流れ出た血液は1リットルあまりにものぼっていた。
(血痕の血液型はO型で前田さんと一致している)
しかし前田さんの姿はそこにはなく、連れ去られたものと思われた。
付近で交通事故の痕跡がないことから、警察は殺人・死体遺棄事件として捜査したが
未解決のままである。

ブティック店員女性殺人事件

 1992年5月13日、大阪府堺市の自宅マンションで、
ブティック店員の寺崎里美さん(当時30)の刺殺遺体が発見された。
 里美さんは午後6時半ごろ、一人で帰宅。約十分後、知人の男性に
「コタツの位置など変わっている。だれか入ったみたい」と電話をかけ、
約1分後、再び電話があり、「お父さん」とだけ叫んで、電話は切れた。
知人男性が駆け付けると玄関にカギがかかっており、合鍵で入ると里美さんが死亡していた。
 2日後、自宅から1.5キロの公園植え込みから寺崎さんのハンドバッグが発見され、
数万円抜き取られた財布、本人名義の健康保険証、 アドレス帳などが
路上に面した植え込みの上に並べるように置いてあった。