2007年11月28日

PUB映画夜話 其の二 NIL BY MOUTH(邦題:ニル・バイ・マウス)

NIL BY MOUTH

結婚してわかったんですけど、きっと日本人と英国人って、言ってもいいことと、言ってはいけないことの境目が違うと思うんです。

と、Nちゃんはつぶらな瞳で訴える。

 

先日、お前なんか役立たずだから日本に帰れ、と言われました。

いやあそれ、うちもそうよ。役立たずどころか、低能の雌牛とか、生きる価値もないルーザーとか、お前の存在自体がスペースの無駄だとか、日々言われてるよ。

ふつう言いませんよね、そんなこと。相手のことを大事に思うんだったら。

言わないだろうね。

大事に思われてないってことは、愛されてないんですよね。

そうかもね。

 

そういうことが続くと、こっちだって相手のこと愛せなくなっちゃいます。

Nちゃんはそう言って涙ぐむ。

三十一歳のNちゃんは、日本では大学の先生のお嬢さんだったらしい。

知的でエレガントでかわいくて、日本人のリーマンか何かに嫁いでいたら役立たずどころか評判の素敵な奥さんになっていただろうに、なぜか留学中に公営住宅地に住むガラの悪い英国人なんかと恋に落ち、そのままそいつと所帯を持つなどという冒険をやらかしてしまったものだから、妻に罵詈雑言を浴びせる男の気持ちが理解できないと言って泣いている。

 

こないだ妊娠したかもしれないと思って、そう伝えた時にも、酔って暴れて家を出て行ったきり朝まで帰って来なかったんです。

うちなんかあんた、子供ができてからも、「俺はガキより猫のほうがいい。猫は自分の糞は自分で片付けるし」とか言ってオムツ一つ換えたことないし、風呂だって入れたこともないよ。写真撮る時だけはどこからともなく現れて、自分が抱いて笑ってたりするんだけど。

でも、英国人男性はまめに育児参加するとか言うじゃないですか。

あれはあくまでも、ちゃんと学校出たインテリでやさしい男たちの話なんじゃないの。それにうちの連れの場合、血統的には男尊女卑カソリックのアイリッシュだしね。

 

どうしてこの国の下層階級の男の人たちってそうなんでしょうか。

まあみんながみんなそうってわけでもないんだろうけど。でも、貧民層の男ってのは、一般的には幼稚でわがままで暴れがちだよね。ヴァイオレンスに耐えられない女は、手を出しちゃいけない領域だと思う。恋愛中は違ってても、一緒になって時がたてば、やっぱ出てくるから。言葉の暴力はそのうち必ず行為に変わってゆくし。

私は駄目なんです。暴力的っていうのが。行為も、言葉も。

Nちゃんはテーブルに顔を伏せて号泣した。

酔っているのである。

飲めないくせに飲んでいるうえ、ふだん話せない母国語を喋っているので気が緩み、いよいよ酔いが回ってでろでろになっているのである。

 

Nちゃんたちの場合は間違いなく別れたほうがいい。と思うが、わたしは黙って見ている。わたしなんかが言わなくとも、そうなるべき人たちはそのうちそうなっていくからだ。下層階級の男と恋に落ち、その本来の有様に耐えられずに別れて行ったジャパニーズ・ガールズは何人も知っている。

 

なぜなら、ここにあるものは日本で読んできた本や人から聞いた話とは違うからだ。

ここにあるものは、知識やイメージなんてものとは全く関係のない、残酷なほど厳然とした形あるものだからだ。

それは仕事をこきやめてきた男が手に握り締めているP45であり、立腹した男がぶち投げて割れたマグカップやビール瓶の破片であり、二週間以内に支払わない場合には裁判所で会おうなどと住民を恐喝するカウンシルからの住民税の督促状であり、貴様も外で働いて毎月きまった額の収入を持って来いと男に怒鳴られ椅子から蹴り落とされた時にできた脛の青あざだ。

総じて、これらを生活という。

 

この種の生活は、正義派ケン・ローチの描く世界のようにはっきり白黒がついているわけでもなく、情愛深いマイク・リーの映画のように牧歌的でもない。彼らが描けなかった下層家庭の真実を淡々とありのままに撮ってみせたのは、ゲイリー・オールドマンだった。

In the memory of my father”と彼は宣言している。

このメモリーには、ホープとかシンパシーとかいうフリルは一切あしらわれていない。

 

言葉の暴力はそのうち行為に変わるから、どこで見切りをつけるかが重要だよ。

 

そう言ってみたけどNちゃんがテーブルに突っ伏して寝ているのでまるで独り言のように聞こえた。ふと脳裏をよぎったのは、親父からコタツを投げつけられて鼻血を垂れ流しながら玄関先にうち倒れていた母親の姿。その母親の顔が、「NIL BY MOUTH」で夫に暴行を受け運ばれた病院のベッドで、「Do you still love him?」と訊かれて沈黙していたキャシー・バークの血まみれの顔に重なる。

 

あの映画、どうして最後にみんなで笑っているのか理解できないんですよね。

Nちゃんは言っていた。

 

あの笑いはね、家族の腐れを象徴しているんだよ。

夫婦とか家族なんてものはどだい腐っているから。

愛っていう言葉は、その腐れの別称なんじゃないかなと最近思うようになったよ。

 

そう言おうかと思ったが、Nちゃんが寝ているのでまた独り言のように聞こえると嫌だからやめた。

 

http://www.magazine.co.jp/features/movies/yodogawa/1109nilByMouth/home.html

 

http://www.youtube.com/watch?v=3F9bNgBg_9k&feature=related

  

Posted by mikako0607jp at 08:28

2007年11月26日

愛蘭の国。所感あれこれ。

その目元。その傲慢。

*あまりにも、あまりにも懐かしい御仁と再会。「驚くほど変わってない」の言葉に喜んでいいのか悲しむべきなのか。相変わらず小汚くて貧乏くさいということなのだろう。相手はこぎれいで余裕ありそうな中年。ヨレッとしたわたしにパリッと向き合っていた。そもそも日本人がヨレッとしていて愛蘭土人がパリッとしているなんて、おかしいじゃないか。何が起きたのだ、世界には。過去20年の間に。

 

*“今にクラッシュする”と言われ続けながらいまだ持ちこたえているらしいアイルランドのバブル経済。田舎道を車で走っていても建設中の住宅地だらけ。配偶者が若い女と逃げてうつ病になり、2年ほど寝て暮らしていた連合いの従姉妹も、住んでいた家の地価がバカ上がりしたおかげで思わぬ大金を手にし、そういうことになるとすっかりうつも治り、配偶者まで若い女を捨てて戻ってきたりして、おニューの住宅を購入。確かにショールームみたいに綺麗+便利そうな家なんだが、まるで“金妻”の小川知子と坂東英二が住んでいた家みたいだ。

 

住む場所は人間の性質や精神に大きな影響を与えるので、こういうところに住み始めるとアイルランド人は変わるな。と直感。いや、すでに変わっているようだ。うつ気質でエキセントリックでラウドだがどうしようもなくセクシーだった連合いの従姉妹と、男臭い野獣体質でユーモアがあって太っ腹なんだがどうしようもなくスケベだったその配偶者が、すっかり小川知子と坂東英二のサイズに変容を遂げていた。

 

*とはいえ、うつの女。英国は男性のうつ患者が圧倒的に多いそうだが、アイルランドは女性が多いらしい。今回もうつの女性2人と会った。2人とも一日中家で寝ていて外に出ない人たち。家の中は荒れ放題で天井から蜘蛛の巣が垂れており、パジャマ姿で他人を迎え入れる人々なのだが、どうも彼女たちには一種異様な美しさがある。病人を美化するわけではないが、肌が人間とは思えないほど白いうえ、目がすごい。「アイリッシュの女はキ*ガイばっかり」がうちの連合いのアイルランド人女性評だが、田舎で一日中寝ているアイルランドのうつ女性には何かがある。この人単なるうつじゃなくて、どこか違う世界と交信してるんじゃないか、みたいな。

 

*ちょっと入り用ありて、ダブリンのGeneral Register Officeへ。連合いの父親と母親の誕生証明書、二人の結婚証明書、連合いの父親の死亡証明書のコピーを入手。が、連合いの父親の生年月日の日にちが、誕生証明書と死亡証明書とで異なっており、二人の結婚証明書に記された母親のセカンドネームが明らかに間違っている。ははははは。この辺りは全然変わってないようだ。アイルランドの記録のいい加減さ。

 

TOYOTAHONDAか忘れてしまったが、日本の自動車会社のCMSomething Happensの「Hello, Hello, Hello, Hello, Hello」が使われていた。懐かしい。と思う間もなく、うちの坊主がパブのテレビの前に走って行って尻をぶんぶん上下しながら踊り始め、飲み客たちから拍手喝采を浴びている。そういえば、妊娠していた時から、「Irish Rock A to Z」を聴いていると、彼はこの曲とVirgin Prunesの曲がかかるとノリノリになってわたしの腹を蹴り上げていた。胎児の記憶。ってのは本当にある。間違いない。

 

というわけで、さわやかに「Hello, Hello, Hello, Hello, Hello」を。Virgin Prunesは週明けに聴くにはちょっとおどろおどろしいので。

 

http://www.youtube.com/watch?v=6PBzmpT0yQE

 

(注:写真は内容とは関係ないのですが、1964年にドイツで撮られたアイリッシュ青年の写真だそうで。どうもわたしの生涯の恋ってのは、特定の男ではなく、アイリッシュ男ということなのではないかということに、今更ながら思い当たりました)

  
Posted by mikako0607jp at 09:20

2007年11月21日

愛蘭土へ

James Joyce on Talbot Street行ってまいります。それにしても、この国を漢字表記にすると、どうも午後の奥様よろめき劇場のような、夜のヒットスタジオか何かのセットで胡蝶蘭に囲まれて「魅せられて」を歌うジュディ・オングのような、そういう系統のビジュアル効果を持つ国名になってしまいますね。

今回は、とても懐かしい人に会えることになっているので、楽しみやら不安やらいろいろあるんですけれども、飲んだ勢いで行ってきます。

それでは、少し早いですが、みなさまよい週末をお過ごしくださいませ。

  
Posted by mikako0607jp at 09:03

2007年11月20日

あなどれない。英国国営放送の0〜6歳児向けミュージック番組

BLUE MAN GROUP

英国の国営放送BBCは、子供番組専用デジタルチャンネルを2局運営している。6歳から12歳までをターゲットにしたCBBCと、乳児から6歳までを対象にしたCBeebiesだ。

「テレタビーズ」「ポストマンパット」「きかんしゃトーマスとなかまたち」「ボブとはたらくブーブーズ(BOB THE BUILDER)」などの日本でも知られている番組が見られるのは低年齢層を狙ったCBeebiesのほうで、こちらには「In The Night Garden」「Underground Ernie」など、今後日本でも放送されることになるだろうヒット作&秀作が目白押しで、CBBCよりも番組の質、視聴率ともに高いチャンネルである。

 

で、わたしも15ヶ月の息子と一緒に日々当該チャンネルを視聴させていただいているわけだが、最近、ちょっとこれ凄いんじゃないかな。と思っている幼児向け音楽番組がある。「Space Pirates」( http://www.bbc.co.uk/cbeebies/spacepirates/ )と題されたこの番組、英国では子供たちに人気の高い映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」を意識したと思われる設定で、ルックスはちょっと違うが喋り方などはジョニー・デップを意識している海賊姿のお兄さんが進行役、というかDJ役を務め、毎回3曲ずつミュージック・ビデオやスタジオでの録画演奏を流す。という進行になっているのだが、この3曲というのが幼児向けにしておくには渋い。いや、渋過ぎる。

 

例えば、先週の土曜日のメニューは、一曲目がREMの「Shiny Happy People」。二曲目はJinglesと呼ばれる番組名物の愛らしいパペット・バンドが恒例の有名曲カバー演奏をするわけだが、この日はローリング・ストーンズの「She’s A Rainbow」(しかもボーカルはリアム・ギャラガーのパロディという、知ってる人は知ってますね、なひねり付き)。そして三曲目は、なんとBLUE MAN GROUP(写真)のスタジオ演奏。わたしは三曲目のチョイスに唸った。確かに子供たちにウケそうなルックスではあるが、すっげー。と思いつつ、“3曲の中でどれがもう一度聴きたいか”を決める、番組おきまりの子供たちのリクエスト集計の結果を見守っていると、1位はBLUE MAN GOUP。ほんまかいな。と訝るものの、画面の中では子供たちがブルーマンで踊り狂い、画面の外ではうちの坊主までもがぶんぶん尻を上下させてテレビにかぶり付きでダンスィングしている。

 

これが大音楽帝国(と自分たちでは思っている)ブリテンの、ロック英才教育なのだ。差がつくはずだよなああ。

っつうか、実はこの番組、ロックだけではない。ワールドミュージックの方面にもかなり力を入れており、パプアニューギニアのミュージシャンを連れてきてストリング演奏をさせてみたり、中国の伝統楽器を演奏する女性バンドを出演させてみたりして、Jools Hollandの番組などよりよほどレアな音を聴かせている。

 

幼児向けだからといって手加減しないのか、それとも最初から親がターゲットなのか。

おそらくその両方なのだろうが、“ヨーロッパで一番子供たちが不幸なのはブリテン”という国連の調査結果を踏まえた上で、それでもやはり、生後15ヶ月の子供が「She’s A Rainbow」を演奏する人形たちを見てきゃっきゃっと笑い、ぶんぶん縦ノリでリズムを取っているかと思えばピアノソロの部分で左右に肩を揺らしたりして、「あんた、いつの間にか横揺れの技術も覚えたのねええっ」と親を大笑いさせる、そういう国でこそわたしは子供を育てたい。

 

パペット・バンドJinglesの「She’s A Rainbow」の映像はこちら。

http://www.bbc.co.uk/broadband/mediawrapper/consoles/spacepirates/bb_wm_console.shtml?pack1-jinglesrainbow_16x9

 

番組中のブルーマンの演奏はこちら。繰り返しますが、0歳〜6歳がターゲットの番組で流れた映像です。

http://www.bbc.co.uk/broadband/mediawrapper/consoles/spacepirates/bb_wm_console.shtml?pack1-BLUMAN_16x9

  
Posted by mikako0607jp at 09:48

2007年11月18日

PUB映画夜話 其の一 「THIS IS ENGLAND」

Oi!!!!!

チャーリーはスキンヘッドだ。

UKのメディアやファッション業界にはスキンヘッドの中年はけっこういるものだが、彼のスキンヘッドはそういうトレンディなものではない。1980年から時間が止まったスキンヘッドなのである。それは彼に妙に脚が短く見える長さでジーンズの裾を折り上げる癖のあること、そして今どき見かけることもなくなったドクター・マーチンのブーツを履き続けていることでよくわかる。

 

チャーリーは今年45歳になった。

若い頃にはブライトン北部の工場団地で働いていたという。スカやレゲエやソウルを聴いていたと言っていた。週末にはネオ・モッズな古着できめた彼女とブライトン・ビーチで朝まで飲んでダンスしてファックしたらしい。

青春だったんだよなー。と回顧するチャーリーには、その時の彼女との間にできた娘がいるが、生後3ヵ月の時に一度顔を見たきり、どんな人間になっているものやら、生きてるのかどうかすら知らねえよ。と耳の裏を掻く。

 

ナショナル・フロントとかはさ。とチャーリーは言う。

俺は乗り切れなかったね、黒人の友達多かったし。ケンプタウンのほうにはあの頃からゲイが住んでいて、ナショナル・フロント毛嫌いしてたよ。ゲイのスキンヘッドって、実はあの頃からいたんだ。っていうか、ブライトンにはけっこういたよ。北部のマッチョな地域に居づらくなったゲイがこっちに移住し始めた頃だったからな。だから、ナショナル・フロントはブライトンじゃ幅きかせられなかったよ。ここはあの頃から、ゲイも外人もみんなまとめてラブ&ピース。みたいな、ボヘミアンな気質あるから。

 

でもよー。と言ってチャーリーはラガーのパイントをテーブルに置いた。

中部とか北部に生まれてたら、俺もわからなかったかもな。

退屈な地方に住んで、経済もどん底で、ワーキング・クラスは真面目に働いても働いても金が足りなかった時代だぜ、「外国人を排斥すればイングランド人はハッピーになれる。マギー・サッチャーをぶっ殺せ」とか洗脳されたら、うおーっ、と行っちゃった可能性あるな。特に、女にふられた後とかさ。格好の排出機会じゃん、行き場のない怒りと精子の。

 

ふうん。じゃあ、あんたはどうやって排出してたの、その行き場のない怒りと精子。とわたしは訊いた。

俺はけっこう、ちょろちょろ出してたクチだから。精子のほうを。とチャーリーは笑う。

ねえ、怒りと精子って、いったいどっちが重いのよ、男の子にとって。

それらは密接にリンクしているが、精子のほうがフィジカルなだけに、出してしまえば軽くなるよ。それに、溜めると厄介だ。気が狂うこともあるし、死ぬ奴もいるから、俺はそっちはまめにテイク・ケアしてたね。

 

というわけでちょろちょろ精子を出しながら生き延びてきたチャーリーは、前述の娘のほかにも、男女取り混ぜて4人の子供がいるらしいが、最後に次男に会った11年前を境にどの子供とも音信不通になっており、全員母親が違うだけに連絡を取るなどと考えただけでも面倒くさいらしくて、今でもクリスマスにカードを送っている子供なんかは、1人もいないらしい。とんでもないバイオロジカル・ファザーである。

 

だけど、こんな俺でも、子供たちと観たいなあ、と思う映画があってさ。

パイントグラスの口をちょろちょろ舐めながらチャーリーは言った。

何のこと言ってるかだいたいわかるけど。

わたしが言うとチャーリーは、ふふん、と笑う。

Billy Elliot(邦題:リトル・ダンサー)」じゃねえよ。

いや、その映画のこと考えてたわけじゃないけど、わたしも。

 あんたみたいな頭の若者がいっぱい出てくるあれでしょ。ラストシーンで12歳のスキンヘッドの少年が聖ジョージの旗を海に流す、あの映画。

 Billy Elliot(リトル・ダンサー)」がワーキング・クラスの少年のグッド・サンプルだったら、「This Is England」はノット・ソー・グッドなサンプルなんだよ。言うまでもないが、いつだって真実に一番近いことを語っているのは、ノット・ソー・グッドのほうだ。

そう言ってチャーリーはトイレに立った。

 

チャーリーはスキンヘッドである。

メディアやファッション業界のお洒落なスキンヘッドではなく、時代遅れで格好悪いスキンヘッドだ。

チャーリーが1980年に働いていた工場のあった場所には、今では米国のウォルマート傘下のASDAという巨大なスーパーマーケットが聳え立っているし、彼がネオ・モッズな彼女とダンスしたりファックしたりしていた浜辺では、ファットボーイ・スリムが何万人もの若人を集めてダンスパーティーを開催している。

 

しかし、そうした時の流れとは関係なく、彼は今でも1980年代にマギー・サッチャーが住民に払い下げにした公営住宅に住み、工場で働いている。変わったことといえば、あの頃一緒に住んでいた母親が亡くなって、その後に迎えた妻やパートナーたちもみんな出て行って、1人暮らしになったというだけだ。

彼の働く工場は朝が早いらしい。朝5時半に仕事に出かけ、夕方4時に帰宅する、規則正しい生活。日没後にブライトン・ビーチに行ったことはもう何年もないと言う。俺の人生このままで終わるのかな、と思っても、昔のようにムカつかなくなったよ。と笑える年齢になったのだ。

 

でも、チャーリーが子供たちとあの映画を観ることは永遠にないだろうな。とわたしは思う。別れた女たちと電話口でうまく世間話をしたりして、子供と会わせてもらう交渉を行うには、彼はズボラ過ぎるし、気が弱すぎる。第一、  彼のことだから女たちの電話番号すら失くしているかもしれない。

 

彼の子供たちは、どこかであの映画を観たことがあるのだろうか。自分の父親もスキンヘッドで、まさにあの映画の世界で生きていたことを、知っているのだろうか。

だが、あの映画を観て、むかし愛したスキンヘッドのバカタレを思い出したりしているのは本当は母親たちの方だろうなあ、とわたしは思うのだが、そのことはまだチャーリーには言ってない。

          

http://thisisenglandmovie.co.uk/

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日本でも公開されるべき。Let me translate, you fu**ers!!

  
Posted by mikako0607jp at 10:10

2007年11月13日

マルコム、出る前から降板。のニュースについて

ゴシップ書きなどもやらせていただいている関係上、UKのメジャー・サイトにあがってくるエンタメ系ニュースは毎日まじめにチェックさせていただいておるのですが、”I'm A Celebrity Get Me Out Of Here”の放映が始まる前から「マルコム降板」のニュースが速報トップにあがってきたりなんかしたものだから、まだ番組は始まってもないのに何やっとんだ、この爺さんは・・・という、苦笑+呆れ+やっぱりねー+疲れ、などが渾然一体となった複雑な心境で眺めておったわけですが、まあ要するに、これがやりたかったんでしょうね、最初から。

http://uk.news.yahoo.com/pressass/20071112/ten-mclaren-i-m-a-celebrity-is-fake-5a7c575_1.html

ジョン・ライドンが途中で出てきたジャングルを、俺は入る前から出てきてやるぞ、みたいな。けど、世の中何でもかんでも早ければいいってもんでもございませんし、女はやっぱり、早過ぎるのは嫌いなのよん。と久々にエロ表現の一つも挿入したくなるような”マルコム・マクラレン、ジャングル番組出演へ”の顛末でございましたが、あの爺さんはITVの重役と懇意にしておられるようなので、この降板はもともと合意の上だったのだろうか。という点も気になるところです。

ご本人は当該番組を”リアリティー・ショー”ではなく”フェイク”だ。などと主張しておられるようですが、”オーセンティックなものよりフェイクのほうがよほど素晴らしい”をモットーに音楽活動をなさったりしておられた方が、いまさら何を熱血ストレートなことを言っているのか、相変わらず怪しい限りで笑えるといえば笑えますが、また彼のことだから、しばらくはべらべらべらべら喋るんでしょうね。あちこちで。

おそらくまた何らかのプロモートしたいプロダクトを抱えておられるのでしょうが、やはり彼はべらべら先に喋って金をひっぱってくる人。ライドンはべらべら喋る前にすっぽり尻を出して聴衆の注目を引く人。という、ビジネス・パーソンとパフォーマーのメソッドの違いが如実に出ている。と思いました。

ライドンがこの件につき、セックスピストルズまつり公演のステージから何かコメントするのかどうか、も見ものですが、ライドンVSマルコムの構図は、英国でいえばクリスマス時期のPANTOのような、日本でいえば吉本新喜劇のようなものですから、ほのぼのして心温まるネタではありますが、観客席から”いよっ!ロットン屋”と声をかける気にはなれないわたしがいるの。

いつもおんなじってのも、女は燃えないものなのよねん。

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話はころっと変わりますが、ようやく見ました「Perfume」(「パフューム-ある人殺しの物語」)。いいですねえ。金色野獣。って感じで。香りづくりの天才=獣。なんて女にはたまらん設定。処刑シーン以降の壮大なる劇画的演出には大笑いしましたが、最初の殺人シーンまでのいやらしさはしょぼくて暗くて美しくて、たいへんに好みでした。見てくださいまし、奥様方。

  
Posted by mikako0607jp at 02:23

2007年11月11日

ピストルズ再結成。で、マルコム・マクラレンはジャングル番組に

マ、マルコメの野郎がピストルズからユンボへ。

などと詠嘆していたわたしであるが、先ほど子供に餌を与えながらぼんやりITVを観ていたら、数年前ジョン・ライドンが大活躍したジャングル番組”I'm A Celebrity Get Me Out Of Here”(よく知らない人は拙著を読むこと。もう絶版だけど)が今年も始まる模様。どうでもいいなあああ。という目線で当該番組の予告宣伝ビデオを観ていると、出演者の名前が横テロップのごとくに画面を流れて行ったわけだが、びっくりして思わず子供の喉までスプーンを突っ込んで咽させてしまった。

Malcolm McLarenだとおおおおおおおっっ。

で、次の瞬間に出たのは大爆笑である。はっはっはっはーっっ、はーははははははははは。生まれて初めて気の触れた人間を見るかのごとくに怯えた表情で固まっている15ヶ月の息子をガキ用の椅子の上に残し、急ぎPCの前に走ってITVのホームページから当該番組のサイトに行ってみれば、この通り。

http://www.itv.com/Entertainment/reality/iacgmooh/Thecelebrities/MalcolmMcLaren/default.html

ピストルズが30周年勝手に来やがれツアーを始めたと思いきや、来週からマルコムの野郎がジャングル番組に出やがる。なんて。ははははははは。せっかく人が、「Fast Food Nation」プロデュースでのいい仕事ぶりをほめてやったばっかりだったのに、この爺さんはもう・・・堪え性がない。

これまでもITVから幾度も出演依頼があったと聞くが、断り続けてきたマルコムが今年出演する気になったのは、言わずもがなではあるが、”ピストルズの再結成ツアーと放送が重なる”という理由だったのは疑う余地もない。ライドンへの痛烈な嫌味。のつもりにせよ、コメディアンとしての大ブレイクすら予感させた数年前のライドンの才能に対するオマージュ。のつもりにせよ、良識のあるおばはんぶっておセンチになっていた最近のわたしを腹の底から笑わせてくれた事件として、高く評価したい。

やっぱり、ピストルズ(およびそのマネージャー)はこうでなきゃいかん。と再確認し、ガキ用の椅子の上から不安げなまなざしでこちらを見ている息子の手を取ってワルツを踊った。

チンケな伝説になんかなるなよな。タイムリーな時期に、大笑いさせてくれ。現役で、しつこく、いつまでも、恥をかき続けろ。それが大人の美しさというものだ。

  
Posted by mikako0607jp at 06:19

2007年11月07日

燦々と11月。どげんなっとうとかいな。

*というわけで、パティオ(まだコンクリは入ってないから、親父がユンボで掘って行っただけの、文字通り荒削りな状態ですが)へと続くフレンチ・ドアから差し込んでくる透明な日ざしを浴びながらこれを書いておりますが、それにしても、どげんなっとうとかいなね。今年は。こんなに好天に恵まれる秋が、この国にあってもいいのか。今年の英国は、何かがおかしい。

*よもやピストルズの30周年勝手に来やがれ祭りを天が祝福しておられるわけでもないでしょうが、海外(インクルーディング・ジャパ〜ン)から祭り見学目的で渡英して来られる日本人の方々がやはりおられるようで、ほぼ4週間まともにチェックしてなかった電子メイルボックスを覗いてみれば、旅中使用する籠や旅籠、茶屋などに関する情報を求める人々からのメイルがちらほら届いております。が、わたしの今秋のテーマはピストルズではなくユンボ、しかも当方はロンドン在住ですらございませんので、このテのメイルは、日本語でいえば勘弁していただきたい。博多弁でいえばせからしかったい。英語でいえばBugger off!またはSod off!ということでご理解いただければ幸甚です。

*とはいえ、ピストルズとユンボ。

二つの言葉を並べ書いてみて思うことは、パンクだニューウェーブだUKアートだファッションだなどと、小判時代の宝島を中心とするメディアにだまくらかされて渡英、そのままずるずる居ついちゃって気がついたら40代。みたいな同世代の英国在住日本人(大半は雌のみなさんですが)の方々が数多くおられることをわたしは存じ上げておりますが、この”つるっと来て住みついちゃったの”世代も、それぞれのユンボ問題を抱える年代になった。ということであります。

もちろん、わたしは何も庭造りの話をしているわけではありません。わたしにとり、”ユンボ”の言葉が象徴するものは、老いてゆく日本の両親。そしてその事実に付随する種々の問題。といった、男問題や音楽問題などのように足の裏か何かかきながらつらつら書き飛ばすことはできないへヴィな事柄なのです。

ピストルズからユンボへ。
ライドンから林フミ子親父へ。
安全ピンからゴム長へ。

そして、スローガンから生活へ。

「ユンボに座りっぱなしやけん、俺はまた痔が悪うなるばい」か何か言いながら極東から来た66歳の爺さんが掘り起こしていったブライトンの白亜の庭を見るにつけ、活字よりも映像よりも、よほどすごくて真に劇的なのは日常である。ということをしみじみ感じている今年の秋です。

追記:このあたりは、久々でわがベスト・フレンド、エザキ編集長とお話させていただいた時にも話題になった点でありました。十何年も会ってないくせにベスト・フレンドもへちまもないもんですが、わたしはそう思っており、この認識は四半世紀変わっておりません。来年こそぜひ、お会いしましょう。

  
Posted by mikako0607jp at 01:40

2007年11月05日

林フミ子親父、UKでユンボに乗って帰る。そして後継者は隣家の息子。

ユンボ。などというタイトルを掲げても、何のことやらさっぱりわからんだろうとは思いますが、親父と母が無事に帰国いたしました。

UK在住の子供を訪ねて来られたご両親というのはけっこうおられるでしょう。が、うちの親父のように4週間みっちりユンボ(写真)に乗って帰った爺さんというのは珍しいのではないかとわたしは思っているのですが、実はうちの親父、”ジャングル状態でほっぱらかってある、様々の動物の巣と化した荒野”として有名な我が家の庭を造園するために来てくれたのであり、底冷えのする英国ではさすがに彼も地下足袋は履きませんでしたが、深緑色のウェリントン・ブーツ(要するにゴム長)を履いて、英国南部の呪わしき土質であるところのCHALK(化石化した貝殻よりなる白亜。または白亜質。英国南部海岸は白亜の絶壁で有名。BYジーニアス英和大辞典)とユンボで格闘してくれました。

4週間の滞在のうち、休みは1.5日のみ。という凄絶なスケジュールで、老体に鞭をうちながらがんばった林フミ子親父でありましたが、志なかばにして帰国せねばならなくなり(「おまえんちの裏庭は、庭っていうより山たい。土台をつくるだけで二ヶ月はかかるばい」BY親父)、なんとその後を引きついだのが隣家の息子(旧雑文形態でものを書かなくなってから数年が経過しておりますが、その間に彼にもいろいろありまして、現在はプロのユンボ乗りとしていっぱしの社会人になっており、二ヶ月後には父親になります。:「こんな貧民街から俺は絶対に脱出したい、とか言ってたくせに、貧民街の男そのものみたいな人生のルート辿っちゃって、バカたれよねー」BY彼の実母。「まあ、けどこれから40歳までに、少なくとも三回は人生の仕切りなおしをすると思うよ。あいつも」BYうちの連れ合い)。

というわけで今日もキッチンの窓からユンボのアームを振り下ろす隣家の息子の凛々しい顔を眺めながら(「よか男やなかね。あのガイジンさんは、ほんなこときれいかー」BYうちの母親。うつ病のくせにこういうことだけは気になるらしい)一日を終えたわけですが、こうして思い返してみれば、過去一ヶ月間はあまりに不可思議というか非現実的というか、わたしの中ではシュールと言ってもいいほどの日々が展開されてきました。

ブライトンと博多。という、自分の脳内ではきっぱりと分離し、ミックスすることのないはずだった二つの場所が、いきなり見事に融合してしまい、林フミ子親父と隣家の息子がうちの庭をつくっている(連れ合いは二人のアシスタント。ユンボに乗れないから)なんて、わたしにとっては、人類が月に移住するよりもあり得ないことだったんですが、それがこんなにあっさりと実現し、やってる本人たちは言葉なんて互いにわからないくせに(うちの親父は英国にいようがどこにいようがお構いなしで日本語(しかも博多弁)のみで通す奴だということがよくわかりました)、なぜか肉体労働者同士でわかり合ったりして互いの肩を叩きながら「オッケー」「よっしゃー」とか言い合ってる。ってのが、すごい。と思いました。これは会社員とかでは絶対にあり得ないノリですよ。

考えようによっては、制作側によるドラマタイズや、サウンドやカメラワークによる人工的盛り上げの一切存在しない、本物の、リアルなウルルン滞在記を見せてもらったような気がして、66歳でUKでユンボに乗ることになろうとは夢にも思わなかっただろう博多の土建屋の爺さんが、土木・建設機械リース屋から来た、腕いっぱいに刺青の入ったコワモテのユンボ担当の兄ちゃんから”Good job”とか言われて嬉しそうに親指を突き上げて笑っているその映像が、わたしの頭に焼き付いています。

ほんと、誰かが書かせてくれるなら一年ぐらい毎日書いていられるほどネタはあるんですけれども、金も暇もない身ではそれも叶わず、あああ書きたい。でも不可能。みたいな、ジレンマと共に今日もお開きにしたいと思います。

このあたりだけは、相変わらず、いつまでたっても、延々とトコシエに変化することのない現実なんですが。

  
Posted by mikako0607jp at 10:02