2007年12月30日

クリスマスTVからお笑い2本。ブラックアダーとキャサリン・テイト

Blackadder's Christmas Carol

ASDAクリスマスカード30枚ボックス入りを96ペンスで買った。

半額以下になっていたのである。

カードには金銀の文字でHappy Christmasと印刷されていた。

今買って一年後に使えばお得ですよということであろう。

来年の冬まで生きようと思った。

 

ぬわああああんちゃって治ちゃんの怪。というわけで、クリスマスが終わりました。今年もひたすら観ていたとも。TVを。

 

BBC2 「Blackadder’s Christmas Carol」(写真)

 

この国のテレビ局はゴールデンアワーでも平気で昔の番組を再放送しますが、それはクリスマス・イヴとて同じこと。もうかれこれ10年以上も前になりますが、ケンブリッジ英語検定のProficiencyというイグザムを受けるためブライトンの小さな英語学校に3ヶ月ほど通ったことがあり、そこの講師っつうのがかなりいい加減(たぶん同年代)で、いわゆるレッスンというものをやってくれず、試験対策問題集をさせるか、「Blackadder」のビデオを見せるか、のどちらかで自分はティーを飲みながら本ばっかり読んでいる人でしたが、おかげで「Blackadder」は全4シリーズ+単発特番合わせて、おかしいシーンの台詞は暗唱できるほど内容を覚えており、1988年クリスマス特番として製作された「Christmas Carol」も、“こんなもん毎日観て大笑いしてて試験勉強になんのかな〜”と疑問を感じながらもやはり笑っていた当時を思い出しながら懐かしく観ました。

 

http://www.youtube.com/watch?v=UUCU6AbWoOI

 

ローワン・アトキンソンといえば国際的にはMr.Beanとして知られているでしょうが、英国内ではBlackadderが代表作。英国コメディの名作中の名作として今でもファンが多く、特にシリーズ4「第一次世界大戦編」の最終回のエンディングは有名。「西部戦線異状なし」を髣髴とさせる、コメディの結末とは思えない衝撃的かつサッドな終わり方(登場キャラ全員が戦死したことを匂わせるスローモーションのラストシーン。そしてエンドロールを流さない詩的な幕引き)は、当時の視聴者たちの度肝を抜き、その後の英国コメディの常識を変えたと言われており、英国映画協会が2000年に選んだ“史上最高の英国テレビ番組100”で16位に入っています。

 

 http://www.youtube.com/watch?v=mep60vasbfI

 

今回、久々に「Blackadder」を観ながら思ったのですが、やはり英国コメディのすごいところは、インテリジェンスとバカ(silliness)が均等に配分されているということ。モンティ・パイソンなんかでも日本ではインテリ層のコメディと誤解されている節がありますが、例えば「Life Of Brian」のビデオなんかは、わたしの住んでいるような低学歴低収入ロウワー・ワーキングクラス地区の人々の家に行っても必ず置いてあります。煉瓦つき職人の青年の家にも、ディスレクシアで字が読めない肉屋のおっさんの家にも、モンティ・パイソンのビデオはありました。これはモンティ・パイソンの笑いも、根本にあるものはバカ(silliness)だからなのであり、それは英国のコメディには一貫して流れているものです。

 

英国人って、イメージ的には「インテリにしかわからないインテリの笑い。わからない人はついて来なくていいの。ひひひひひ」みたいなことをしそうですが、意外にお笑いがテーマとなると、「ひひひ」とヒステリックで籠もった笑いを浮かべるのではなく「ははは」と口を丸く開けて豪放に大笑いしたい(させたい)。みたいなところがあり、そういうある種の真摯さがインテリなコメディをもバカまみれにしてしまうのでしょう。素晴らしいことです。

 

BBC2 「Catherine Tate Christmas Special

 

キャサリン・テイトは英国で一世を風靡しているコメディエンヌですが、正直言ってI don’t get her。何でもこなせる器用なコメディエンヌ。ですから、「うまいなあ」とは思いますが。

 

同様の理由で、わたしはビクトリア・ウッドもどうでもよくて、彼女よりは相方だったジュリー・ウォルターズのほうが好み。器用さはないが、強烈な芸風&個性(人間性の流出という意味での)があり、何をやってもその人になる。というコメディエンヌのほうが好きなんだと思います。ということを再確認したのが、今回のクリスマス・スペシャルでのキャサリン・テイトとキャシー・バークの共演。バークは相変わらず醒めきった目つき(彼女の魅力は、そのおそるべき客観性ですね。人を笑わせている自分をどこかでじっと凝視している)で出て来て、その無視したくともできない存在感で器用なテイトを完全に霞ませていました。

 

http://www.youtube.com/watch?v=xnPtLpVAdG0

 

バカ(silliness)といえば、ジョージ・マイケルのゲスト出演。ストライプのパジャマ姿のぷよぷよさ加減といい、時々音が思い切り外れる「ニューヨークの夢」のカラオケ・デュエットといい。彼はリッキー・ジャヴェイズの「Extras」のラスト・エピソードにもゲスト出演してましたが、あちらの方では、ゲイ御用達の公園で相手を物色する同性愛者の1人としての自分自身。の役を演じておられました。今年のクリスマスはコメディづいておられたようで、英国人の大好きな「自分を笑いものにできる過去の大物スタア」を狙っておられるのかもしれませんが、彼の場合は5年ぐらい遅過ぎた気がします。


http://www.youtube.com/watch?v=yw-qHG6Npds

  

Posted by mikako0607jp at 09:21

2007年12月24日

メリー・クリスマス。あんたのケツに

トニー・ブレアがカソリックに改宗。なんてニュースが世界的にヘッドラインを飾っておるようですが、党派を超えて半(全?)呆けのサッチャーまで担ぎ出しPR活動に力を注いでいる現首相、ブラウンくんの心境やいかに。って、別に話をごまかしているわけではございませんが、わたくし、以前何らかの書き物におきまして、ブレアはカソリックだ。などと思い切り嘘を申しておりました。毎週日曜日に嫁や子供と一緒にカソリック教会のミサに通っておられたのですっかりご本人も改宗されたものと思い込んでおりましたが、やはり首相をやっておられるうちは英国国教会の枠組からはみ出ることはなさらなかったようですね。ブレアちんのケースからもわかるように、夫婦で宗派や所属教会が違う場合、嫁の所属する教会に夫も通う。というのがわりと一般的です。欧州のクライスト教信者の間では。

しかし。
このブレアのニュース関連報道でわたしも初めて知ったのですが、どうも英国では過去500年間で初めて、カソリック信者の数が英国国教会の信者の数を上回っているらしく、カソリックの巻き返しが著しいそうです。ブレアちんは、ここでもトレンドにのってるわけですね。退任してもなお。

元切支丹のわたしとしても、来年はうちの坊主のクリスニング(スを語尾に移動したりしたら駄目ですよ。でひゃでひゃ喜ぶな、そこのおっさん、刺すぞ)問題なども控えておりまして、このあたりは微妙な問題でありますが、とりあえず今のところは深く考えず、仕事もなければ金もないというずず暗い日々が続いておりますので、なんとなく飲んで寝て、起きたらまた飲んで寝て、そのまま年を越そうと思っています。

というわけで、クライスト教の話題に落ち着いたところで、クリスマスのご挨拶を。アイリッシュ浪花恋しぐれでどちらさまもそれなりにそれぞれのクリスマスをお迎えください。

http://www.youtube.com/watch?v=cwZbo_K7nsY

  
Posted by mikako0607jp at 11:28

2007年12月20日

Liverpool Nativityは市民の祭典/やけくその彼岸

16日放送(BBC323日にBBC1で再放送)の『Liverpool Nativity』は、『Manchester Passion』に比べると、どうもコジンマリ自己完結してしまったというか“どんたくフィナーレ、福岡市民総踊り”みたいなノリになっていた。というのが率直なる感想。

 

http://www.bbc.co.uk/bbcthree/programmes/nativity/

 

http://icliverpool.icnetwork.co.uk/0100news/0100regionalnews/tm_headline=thousands-turn-out-in-city-centre-to-see-liverpool-nativity&method=full&objectid=20260623&siteid=50061-name_page.html

 

マリアが貧しいリバプールの少女で、ヨセフがAsylum Seeker(政治的亡命要求者。邦訳すると、いかついですな。彼らの呼称は)。という設定は「モダンで現代的ひねり」を意図しているのでしょうが、移民問題がほとんど沸騰しているといってもいいほどホットな政治・社会問題である現在のこの国においては、「あー、またこのネタで何か説教たれる気かな」みたいな感じで、やや食傷気味のテーマか。

 

政府の移民締め出し政策によって迫害を受けるヨセフと、処女なのに懐妊してしまった恋人マリアが逃げ惑う道すがら、誕生したジーザス(予想どおりやっぱり出ましたよ、“ビューティフォ、ビューティフォ、ビューティフォ・ボ〜イ”が、ここで)を連れて、喜びと使命感におののきながら歩き去って行くフィナーレのシーンでは、司会進行アナウンス+お告げデューティーまでを1人でこなしたガブリエル役のおっさん(『コロネーション・ストリート』のおっさんが天使、ってのはいい着想だったと思います)と広場に集まったリバプール市民のやり取りがもう、まさに、どんたくフィナーレでした。

「リバプール市民は、ヨセフを迫害したりする薄情な真似はしないよなあ」(BYガブリエルおやじ)、「おおおーっ」(BYリバプール市民)、「I love you, Liverpool !! All you need is …?」(BYガブリエルおやじ)「Looooove!!!」(BYリバプール市民)の後で一気に『All You Need Is Love』に突入。みんなで喉が破れるまで大合唱。みたいな。

リバプーリアンというのは、ほんとうに郷土愛が強いんだなあと。

これはマンチェの時にはなかったノリ。

リバプールはマンチェスターのように大都市ではないので、広場に集っていた人々も大半が根っからの地元の人々。という理由もあるんでしょうが。

 

わたしは日本国福岡県福岡市の出身なのですが、あそこもその昔はマスコミや音楽業界の宣伝担当者の方々によって“日本のリバプール”などと呼ばれていたことがありまして、「またリバプールの何処のどの辺りを見てきて福岡に似てるなんて言ってんだよ」とわたしなんかは呆れかえっていたものでしたが、今回はちょっと、あ。似たとこあるかも。と思いました。あの、良い意味で勢いのある、悪い意味で脳天気な、ユナイテッド・ローカルズ化したときの熱さ。は相似しておりますね。

 

**********

 

わたし個人的には週末は体調を崩しておりまして、高熱で脳が半溶けになっている状態+脇から坊主がカスタネットでがんがん顔を攻撃してくるという、あまり快適とはいえないシチュエーションで当該番組を視聴しておったのですが、何ゆえそうしたことになってしまったのか、『Let It Be』を聴きながら、つ、つーと涙を流すなどというデスパレートな事態になってしまいました。

 

わたしはビートルズの楽曲にはさほど入り込んだことのない人間ですが、『Let It Be』だけは、ポールのやけくそぶりが心に迫ります。泥と糞尿と何だか得体の知れないずるずるが渾然一体となった沼地が乾き果て、もはやその悪臭すら匂わなくなってしまった荒土の向こうに、うっすらと奇跡のように見える、いやそれ自体が単なる幻視なのかもしれない、美しい虹。そういったやけくその彼岸を感じさせるものがこの楽曲にはあります。

 

やけくその彼岸。

それは諦観でもなく、悟りでもない。

そこにあるものは、やはり一縷の祈りなのではないかと。

 

なあ〜〜〜んて、しょうもないことを考えてぼんやりしたりするから元切支丹ってやつぁあお話にならねえぜ。と人知れずくねくね含羞していると、頭の上にギターの玩具を振りかざした坊主が、母親の顔面めがけて思い切り振り下ろしてきたのでした。

 

追記:鼻血というものを久々に流しました。

 

http://youtube.com/watch?v=GcZ8Gz0rDtw

  
Posted by mikako0607jp at 09:24

2007年12月14日

わずか30ポンド(現在のレートで6881円)の人生なのか

以前当ブログでも書いた覚えがあるが、Susan Millerという占い師がおり、彼女は“無料でこんな長いもの読ませてもらってもいいのかしらん”というような激ロングなMonthly Horoscopeをネット上で読ませてくれる。

 

http://www.astrologyzone.com/

 

で、ふたご座の12月である。

なんか物凄くラッキーらしい。特に9日から11日の間は、Life changingな出来事が起こるとさえ書かれており、恋愛、またはビジネス上のパートナーからプロポーズ(オファーという意味を含む)を受け、そのパートナーとのコラボ関係はとどまるところなく発展し、ようやくあなたにも経済的な安定が訪れるであろう。67日生まれの人間はそのパワーを特に活用できる。などと誕生日まで指定して書かれているもんだから、いったいどうなることかと思いきや。

 

既婚者だし今のところ不倫もしてないから恋愛の相手からのプロポーズ、なんてことはないとわかりきっているのだが、ビジネスにしても現在のわたしは日照り状態(脇でぎゃあぎゃあ泣いてるガキの声が電話線の向こう側にいる相手に丸き聞こえの状態で、デッドラインのきつい仕事は無理ですう、とか言ってるうちにクライアントが激減したという事情もあるが)。誰からも何のオファーもない。ふざけんなよ、 と激憤していると、ぽろっと11日夕刻に一通のメールが送られてきた。

 

開いてみれば、真夜中に電話してきてわたしを激怒させた担当のねえちゃんに電話でF言葉を浴びせて以来仕事が一切こなくなっている米国の翻訳会社の経理部。

「半年ほど前に送金した支払いの金額が、請求書より30ポンド少なく送られていたことがわかりました。こちらのミステイクですのでお侘びさせていただき、30ポンドの支払いを今月末に送らせていただきます」

などとメリケンにしては珍しく、しおらしく事務的&簡潔な文面。

 

こっちもきちんと請求書と支払いの額を確認していなかったのだから、気づいてない方もアホっちゃアホだが、わたしのことである。まあ万事がそんなもんだ。

自分がもらうべき金銭が入ってくるだけのこととはいえ、なんとなく、ラッキ、ららららら。な気分になって机の前でくるくる回って踊りつつ熟睡している息子の頬にちゅうなんぞさせていただいたことを告白させていただき、その後でふと思った。

 

30ポンドがLife changingな金額なのか、わたしの人生って。

  
Posted by mikako0607jp at 13:49

2007年12月13日

エイミーとひばりの歌唱法が似ている件について

激女。の激って、VIOLENT それとも INTENSE?*最近あちこちで耳にするマーク・ロンソンfeatエイミー・ワインハウスの「ヴァレリー」ですが、ほとんどこぶしが回っていると言ってもいいような当該ヴァージョンでのエイミーちゃんの歌唱法を聞いていると、「ミソラヒバリ リズム歌謡を歌う!1949-1967 」あたりのファンキーな美空ひばりを思い出してしまうのはわたしだけでしょうか。

特に、「Why don't you come on over Valerie」でサビに突入する時の、「ヴァアア〜レリイ〜」のコロコロこぶしが回っていながらも異様な粘り気を感じさせる「ヴァアア〜」部分の伸びが、もうどうしようもなくひばり。これ、ひばり。と一人で思い続けているのですが、周囲の人間は誰一人としてひばりなど知りませんので、さびしい想いをしております。

The Zutons feat. Hibari Misoraヴァージョンも聞いてみたかったですね。この楽曲は。

http://youtube.com/watch?v=RI_xYIxUTE0

*東京方面、ウィーン方面(こちらは絶賛療養中でいらっしゃるようですが)の方々の、お身体の回復をお祈りしております。

健康あってのその他もろもろ。

調子悪いときは、甘えて、人に迷惑かけて、さんざん嫌われてでも自分の健康を取り戻しましょう。

  
Posted by mikako0607jp at 11:14

2007年12月11日

PUB映画夜話 其の三 VENUS(邦題:ヴィーナス)

Venusブライトンという街には、いにしえのグラマラスがほのかに香る高齢者たちがけっこう住んでいる。

ここでいう高齢者とは、50代、60代の人生の斜陽世代のことではなく、70代、80代の沈陽世代の人々のことである。

 

こうした高齢者たちは、昔(といっても、この昔は平気で40年前だったり50年前だったりするわけだが)は芸術や演劇、文学の世界でぶいぶい言わせた人々だっただけに、それなりに今も収入源があったり、身内でなくとも面倒を見てくれる人がいたりするものだから、ロンドンの住居を売却して海辺の街の養老院に入るという、よくある老後の選択ではなく、独りで海岸沿いのフラットで生活していることが多い。

 

街を歩いていても、なんとなくこうした高齢者たちはわかる。きっと若い時には、異性関係(もちろんブライトンであるからして同性関係も多いが)の方面でもぶいぶい言わせていたんだろう、みたいな色気が、ふとした拍子に目元から零れ落ちているからである。

 

そういう高齢者たちは、今どきの若者たちが行くような、大きなガラス窓があって床はフローリングの、かーんと音がしそうなほど清潔でトレンディなパブには立ち入らない。彼らには彼らの社交場があり、そういうパブにはミドルエイジ以上のゲイの方々なんかも多く出入りしていて、明るくラガーのパイントなどは注文できないような、一種独特の、縁地色のビロードじみた雰囲気がある。パブというよりも、バアと呼びたくなるような。

 

つい先日、古くから知っているゲイの友人と街で出くわしてしまい、誘拐されるかの如くにわたしもこうした”妖し系”パブの一つに連行されてしまった。

「あらー、Eさん。ご機嫌いかがあ!?」

パブに入るなり、友人がアスコット・タイを巻いた爺さんに挨拶をした。歳の頃なら70代後半。異様に皺が深くて染みの多い、荒涼とした肌。きっと若い頃は、日焼けしたいい男だったんだろう。日焼け止めだのモイスチャライザーだのUVケアの重要性がどうこうされていなかった時代である。年老いた白人男性は、若い頃にビーチ・ホリデイを楽しめた身分だった人ほど、かなしい皮膚をしている。

 

Eさんが出てた映画、この間フィルム4で午後やってたから観ちゃった。すんごいいい男だから、体が震えちゃった。Eさんが夢に出てきたもの、あの晩」

アスコット・タイの老人は無言で笑いつつ、自分のワイングラスに手を伸ばす。この目の細め方。このグラスの握り方。単なる肌のばっちい爺さんじゃない。まだまだ恋だってできるような仕草だ。

「孫娘はあの映画を観て、僕じゃなくて、共演の俳優のほうが気に入ったみたいで、彼に男の孫がいたら紹介して欲しいなんて言うんだよ、真剣に」

「ははは」

「孫から恋愛の世話を頼まれるようになっちゃ男もおしまいだよ。年寄りはもう家に帰って、ココアでも飲んで寝ることにするよ」

と言ってしなやかな仕草で離れて行った老人の後姿を見ながら、わたしは言う。

 

「ビューティフルな人だね。なんかこう、存在っていうか、雰囲気が美男」

「彼、若い時は鳥肌立つほどゴージャスだったもの」

「なんかちょっと、『Venus』のピーター・オトゥールを思い出しちゃった」

「ああ。いい映画だったわね、あれも」

「あのアスコット・タイの俳優さんも、若い時は沢山女を泣かしたんでしょうね」

「そりゃそうよ。泣かしても泣かしても女のほうから寄ってきたんだもの、ああいう人たちは。彼は3回結婚して3回離婚してるんだけど、それだってモテ過ぎが原因だもの」

「モテるってのも、幸福なこととは限らないからね」

「そうそう」

「むかあし、わたしも妙にモテる男とつきあってたことがあったの。なんかあるんだろうね、ああいう男には。風にのってく匂いが他のおしべより強烈、みたいな」

とわたしはまたもや昔の男の話を始める。ゲイの友人と会うと、どういうわけか昔の男の話になる。恥ずかしげもなく昔のバカタレな恋の話をしながら、「わかるわあ〜」とか言いつつでろでろになって手を握り合えるのは、わたしにとっては同性よりもゲイの友人だ。

 

「で、モテる男の性ってやつだけど、雌と雄ってのは常にしっくり嵌り合うわけでもないから、嵌り方の調子悪い時期とかもあるわけじゃん。そうすると、常に他の雌がいっぱい周囲にいるものだから、ちょっと気分転換でよそに嵌めてみたりするのよ」

「うん」

「そうするとさ、より多く相手に惚れてる方は、やっぱ傷つくんだよね。で、こんなことが続くんならもう別れようって思うのよ。自分の心身の健康のために」

「そうなのよね」

「で、別れ際に言ってやったのよ。あんたはきっと、自分がしょぼしょぼの汚い爺さんになって、若くてかわいい女の子に片思いをして彼女にいっぱい傷つけられたりしたら、誰かに恋をするっていう感情がわかると思う。それまであんたにはわからない。って」

「それ、いくつの時?」

「十代だった。わたしも相手も」

「ははははは。あんたティーンにそんなこと言ったって。老人になるなんて死ぬのと同じぐらい自分とは関係ないと思ってる年頃だから、“はあ?”みたいな感じだったんじゃないの」

「うん。そんな顔してた」

「でも、本当に『Venus』みたいな話。あの映画でピーター・オトゥールがさ、車の中で立ち上がった若い娘のミニスカートの太股を見つめながらニコニコして座ってるシーンがあるでしょ。あれ、赤ん坊みたいに幸福そうで、たとえ報われなくても恋をしながら死んで行けたから、あの人は幸せだったって、思えるものね」

「うん。ある意味、この世で一番ハッピーな男の映画だよね」

「そうそう。死ぬシーンもまた、傍らにいる若い娘がミニスカートで、むき出しの太股がいいのよね。死んで行く老人の傍らではつらつと弾力性があって淫らで。あれは史上最高の太股映画です」

などととめどもない話をしながら、師走の英国の夜は更けて行く。

 

十代だったあの男も、今は40代のいいおっさんだよなあ。と思いながら

40代なんて、まだまだだよね」

と言うと、ゲイの友人が答えた。

「そうよ。あんたのティーンの頃の男なんか、まだあと30年ぐらいたたなきゃ本当の恋なんかできないってことじゃない」

「そう考えると、長いよね」

「長いわよ。果てしなく。ライフって、どうも思ってたより長いみたいなのよね」

窓の外に、先ほどのアスコット・タイの老人が、灰色のコートに身を包んで1人でとぼとぼ舗道を歩き去って行くのが見えた。

 

http://video.movies.go.com/venus/

 

http://www.venus-cinema.com/

  
Posted by mikako0607jp at 09:30

2007年12月10日

今度は”Liverpool Nativity"だそうですよ。

去年だったかその前だったかは忘れましたが、「Manchester Passion」なるBBCの番組について取り上げたことがあり(ありがとうございます、YOMOYOMOさま(のことを知らない方はこちらへ。http://www.yamdas.org/ )おかげさまをもちまして、当該エントリーはWeak&Smallの当ブログでは空前絶後のヒット数でありました)、要するにこの番組は、マンチェスターを舞台とした、マンチェスター出身のミュージシャン&バンドの楽曲によって構成されたクライストの受難劇(情熱じゃありませんよ。かんしゃくでも情欲でも)であり、イースターにBBCが放送したものですが、今年のクリスマスはリバプールだそうです。

つまり、BBCは、今年はリバプールの街を舞台として演じられる、リバプール出身のミュージシャン&バンドの楽曲で構成されたクライストの降誕劇を製作・放送するそうで、The Beatles、The La's、The Zutonsなどの曲が使用されるそう。「ビューティフォ、ビューティフォ、ビューティフォ、ビューティフォ・ボ〜イ、ビューティフォ、ビューティフォ、ビューティフォ、ビューティフォ・ジ〜〜ザス」みたいなノリになるのは必至ですが、放送は16日でチャンネルはBBC3。BBC2でも宣伝ビデオが頻繁に流れておりますので、クリスマス当日、またはその前後にBBC2で再放送される可能性は大だと思います。

http://www.bbc.co.uk/liverpool/content/articles/2007/11/16/liverpool_nativity_feature.shtml

http://www.bbc.co.uk/liverpool/content/articles/2006/11/06/capital_of_culture_liverpool_nativity_feature.shtml

  
Posted by mikako0607jp at 12:35

2007年12月08日

モリッシーよ。君は自己弁護すべきではなかった

最近英国を賑わせた芸能ニュースの一つとして、NME掲載のモリッシー・インタビューのレイシスト発言事件というのがありましたが、

 

http://music.yahoo.co.jp/music_news/d/20071201-00000039-bark-musi

 

http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/7126967.stm

 

BBCでもCH4でもITVでもFiveでも1日中ニュース番組で流れていたことに軽い衝撃を受けました。さすがポール・マッカートニーを抜いてミュージシャン部門の“生けるブリティッシュ・アイコン”1位に選ばれただけある。というか、モリッシーは日本における美空ひばりや、フランスにおけるエディット・ピアフのような国民的歌手(英国は男性だという点に注目。これはそのうち書きたい題材です)である。と、むかし半分笑いを取るつもりで書いたことがありますが、どうやら本当に現実になってしまっている模様。

 

この“レイシスト”視されている彼の発言内容をニュース番組で聞いていたうちの連合いとその友人が漏らした言葉は、

「その通りじゃん」

「真実だよな」

でした。ちなみに、うちの連合いもモリッシー同様アイリッシュ移民の子供ですし、その友人はアイリッシュとユダヤ人の子供です。

 

今回のモリッシー発言のニュース報道のされ方を見ていると、“モリッシーはかくかくしかじかという問題発言をした”という事実報道の最後に“モリッシーはアイリッシュ移民の子供である”というオチの一言がついているものが多く、ああやっぱり英国人は意地悪ねえ、と再確認するわけですが、どっちがレイシストかっていえば、こっちのほうがかなりきてるな。と笑わずにはいられませんでした。

 

しかし。モリッシーのいうところの、血はアイリッシュ、心はイングリッシュ。ってのは何もアイルランド系英国籍保持者だけの話ではなく、この国には「ジャマイカン・ブラッド、イングリッシュ・ハート」とか「インディアン・ブラッド、イングリッシュ・ハート」とかいろいろ幅広く存在しておられるわけで、そういう方々も皆、モリッシーが発言したようなことは感じておられると思います。ただ、色つきの方々の場合は、「何言ってんだ、自分だって見るからに英国人じゃないくせに」と大笑いされてしまうから言わないだけで。

 

モリッシーという人は、けっこうこの種の発言は探せば出てくる人で、“米国では自分のギグに来ているのはヒスパニックばかりで、なぜか白人がいないんだよ”みたいな、取りようによってはレイシストとも取られかねないことを平気で言ったりするのですが、それは彼が特にレイシストということではなく、無防備だからです。そしてモリッシーの魅力というのも、実はこの“無防備さ”なのであり、彼はいつもそうでした。

 

「沢山友達がいてネットワークが充実」していて「外出してライフをエンジョイしている」ことが“ハッピー”の基礎条件である西洋社会で、「友達が少ない」とか「外に出るのが嫌だからほとんど家にいる」とか、そういうことを彼はガツンと無防備に言ってしまう。このようなアティテュードは、そう言いたいんだけども言えない多くの人々にとっては「俺はアナキストでアンチ・クライストだ」という宣言同様に痛快なものであり、この無防備なやけくそ&やけくその強靭さに胸を打たれ、共鳴する人々が後を絶たないからこそ、その一見弱そうだが実は怖れ知らずの“ハッピーじゃないやつ”はビートルズの生き残りよりも偉大だと評価されるまでになったのです。

 

それゆえわたしは、モリッシーは今回の発言を自己弁護するべきではなかったと言っておきたい。ましてやNMEに対する呪詛、当該出版物編集部員に関する批判、訴訟の意志の表明など、どれ一つとっても余計なこと。NMEがどのような出版物になり果てているかは、お子様以外はみな知っていることです。

 

今回のモリッシーの発言に「That’s true」と(こっそり)漏らした英国人(“〜・ブラッド、イングリッシュ・ハート”の人々を含む)は多かったはずだからこそ、わたしは遺憾に思います。英国全体がイミグレ問題やポリティカリイ・コレクトネスに神経質になり過ぎて、まるで圧政下の社会のように言いたいことの言えない世の中になっているからこそ、今回のモリッシー発言はいかにも彼らしいのであり、「Well said」だったのです。それなのにぐずぐず自己弁護してしまう彼の弱さが好き。というコアなモリッシー・ファン的感情も理解できないではないですが、やはり今回だけは、モリッシーは言いっ放しにしておくべきだった。

 

わたし自身は、どちらかと言えば「世界に新しい人間が生まれるとすれば、それはハイブリッドだ。自分はハイブリッドに望みを託す」という坂口安吾の言葉に共感するほうなので、人種や血なんかはどんどん混ざればいいし、国籍などという面倒くさいものは廃止すればいいとさえ思っていますが、今回のモリッシー発言を“レイシスト”と呼ぶのであれば、わたしだって「ロンドンの地下鉄に乗っていても英語が聞こえない」とこのブログで書いた覚えがありますし、「子を産まぬアングロサクソンは100年後には絶え、英国はインド人と中国人の国になっているかもしれない」と書いたこともあります。

 

が、わたしの場合は白人ではありませんし、この国では差別される立場なので“レイシスト”ではない。というか、なれない。

個人的には、このCAN BE と CAN NOT BEの現実こそがレイシズムなんだと思いますが。

  
Posted by mikako0607jp at 11:33

2007年12月06日

(F)ブリテンの街角から

うちの隣の隣の家には、定期的にポリスが訪ねて来る。

それがいつも婦人警察官で、きまってマークス&スペンサーの袋をさげて玄関に入って行くものだから、ああ親戚か何かなのね。わりと生活に余裕のある親戚の娘が、パトロールの合間にマークスから買ってきた高級食品を1人暮らしの親戚のおばはんに差し入れ、ASDAとかLidlでしか買い物しない貧民街のおばはんに「ありがとう。こんないいもの食べたことないから」と涙ながらに感謝されたりしているに違いない。ええ話やないかい。と考えていたのである。

 

が、先日近所の奥さんに聞かされた話によれば、わたしの想像は120%間違っていたらしい。

なんでも隣の隣の家のおばさんの夫は強盗・レイプの常習犯だそうで、二度ほどプリズナーになられたこともあり、二度目のおつとめを終えてから隣の隣の家のおばさんと知り合い、この街で所帯を持っておとなしく暮らしていたのに、一年ほど前にまた何処ぞの家に押し込んで若い娘をレイプしたとかで、現在逃亡中なのだそうである。

 

「えええええっ。でも、あそこのおじちゃん、笑顔のキュートな、っていうか、ちょっと雰囲気のある、なかなかのハンサム・ガイでしたよね」

などという所感は問題の核心とはずれているかもしれないが、わたしがそう反応すると、豹柄のバスローブを着て往来に仁王立ちしている近所の奥さんが言った。

「そうなのよー。実はあの二人も、あの旦那があの家にブレイク・イントゥしてきたのがそもそもの馴れ初めでね。レイプされちゃったのよ、あの奥さんも」

「ええっ?」

「それでなんかその後も彼が夜中に戻ってきたりなんかしてずるずるいい仲になっちゃって、一緒に住むようになったみたい」

「・・・・・・」

 

10年もこの街に住めば、もはや多少のことでは驚かなくなっているわたしだが、この話にはさすがに言葉を失った。レイプ愛。だったとは。しかもよく聞いてみれば、あのキュートなスマイルの旦那はDVのほうも凄まじく、おばはんの悲鳴を聞いた近隣の人々が警察に電話するということも一度や二度ではなかったらしい。ぼさっと生きているものだからそんなことには全く気づいていなかったわたしは、ふだん仲良く家の前庭の薔薇の手入れをしたり、ガキどもが舗道に散らかしていくビールの空き缶やタバコの吸殻を黙って清掃しておられる当該夫婦の姿を見て、貧しいけれどしゃんと背筋を伸ばして生きている清清しい男女。みたいなイメージしか持っていなかった。「DOPEY COW」と連合いに罵倒される所以である。

 

それに第一、そんな他人の家や婦女子の肉体にブレイク・イントゥする癖のある人物がほんの二軒先に住んでいて、時折「ラブリイな天気っすね」などと言葉を交わしていたかと思うと複雑な心境にもなる。

わたしがそう言うと、近所の奥さんは、巻きタバコと並んでロウワー・ワーキングクラス御用達シガレットであるところのスーパーキングスの黒箱を吹かしながら言った。

「大丈夫よー。ああいう人たちは、自分ちのドアステップでは絶対に悪さしないから。だって、住んでいる家の近くで何かやらかしちゃったら、すぐ捕まるでしょ」

「そりゃそうですね。するってえと、実はこの辺って最も安全なエリアとも言えるんですね」

「そうよ。何も心配する必要ないわ」

近所の奥さんは断定的にそう言って、豹柄のバスローブの裾をからげ紫のサテンのパジャマの尻のあたりをボリボリ掻きつつ自宅に帰って行った。

 

何ゆえそのようなしどけない姿で彼女が道端に立っていたのかというと、近年わが街でも勢力を広げているフディーズが彼女の家の前に集結して窓ガラスに空き瓶を投げつけたりしてきたものだから、「何をなさっておられるのですか、この良からぬお子様たちは。まだ陰茎の外皮も完全に剥け終えていない身でそのような大人びたことをなさっていると、当方の配偶者の友人の中でも特に犯罪歴の豊富な方々を集めて、あなたがたの首の骨をブレイクさせていただくという措置を講じることになるかもしれません」と怒鳴りながら走り出て来たのである。

 

そう。うちの界隈でも、ジャージの時代はとっくに終焉を告げている。近年の英国の下層に暗躍する良からぬお子様たちはフディーズ(Hoodies)と呼ばれており、頭巾のついた衣服を好んで着用するのでそう呼ばれているわけだが、彼らは常に自らの頭を覆い隠し、まるで鼠男のような様態になって、破壊活動、窃盗活動、集団暴行&その一部始終の携帯電話ビデオ録画活動、などを行っている。ちなみに鼠男というのは、村上春樹のほうではなく、ストレートにゲゲゲの鬼太郎のほうを思い浮かべていただきたい。よって彼らのファッションは、フランシスコ会修道士系と言うこともできる。

 

が、さすがの鼠少年たちも、午後なのに豹柄のバスローブを着てFワードを連発しつつがなり立てる20号サイズのおばはんの迫力に負けたのか、散り散りになって逃走して行き、近所の奥さんも自宅に戻って行った後では、人っ子一人歩いていないストリートに、「ウエスタンでもオリエンタルでもないしいったい何なのかしらねー」みたいな珍妙な顔立ちの幼子を抱いた東洋人の女が、いつもと同じようにぼさっとして立っているばかりだ。

 

「このあたりで子供を育てたくないなあ」と連合いは言う。

彼は育児などには全く関心はないが、子供の将来ばかりを心配する。男という生き物には概してそういうところがある。先のことばかりを見越して、心配して、現在を見落としている。

「あんたの両親、揃ってルーザーズってやつだから、百万年たってもここから出て行けないと思う。だから、あんたタフに育ってよね。バカでも非行少年でもいいから。へらへらしてたらやられるんだよ、この界隈じゃ」

そう坊主に言い聞かせてみる。

と、早速へらへら笑い始めたので、こいつ途方もないアホか、それとも笑いのセンスを心得ているかの、どっちかだよな。と思いながら横顔を眺めていると、彼は急に神妙な顔つきになって上空を見あげた。

 

この世を見始めて16ヶ月の瞳に、朝も昼も夕も同じ色をした貧民街の空の灰色が映っている。

  
Posted by mikako0607jp at 09:39

2007年12月04日

ポールの息子。そしておもにヘザー・ミルズの話など

Paul & James*ポール・マッカートニーの息子のジェイムズ(写真)が、現在父親と共にアルバムを製作しておられるんだとか。

この方は二人の姉(メアリーとステラ)とは異なり、父の名声から必死で逃走しながら生きてきた感があって、一時は森のくまさんか麻原彰晃かというようなルックスに成り果て、苗字をひた隠しにしてブライトンに潜伏しておられたこともありました。その頃は地元民ゴシップとしていろいろ彼の話を聞かされておりましたが、どうも心機一転、すっきり減量して”父親そっくり”をウリにしようと軌道修正されたようですね。

*ポール・マッカートニーといえば、週末のタブロイドにまたもや若き日のヘザー・ミルズの局部全露出ポルノ写真がセンセーショナルに掲載されておったようですが、この人はもはや昔の小野洋子以上に英国民に嫌われている。と年配の方々も仰っているほどで「アートな魔女とポルノな魔女じゃ、そりゃアートのほうがなんか頭よさそうだからじゃないの」と、パブで言っておられるおじいちゃまもおられました。

実はわたしはこのヘザー・ミルズという人とはお会いしたことがありまして、と言っても、かれこれ9年ほど前、ロンドンの某日系新聞社で女中奉公していた頃にお茶(正確には水)を出したというだけなんですが、彼女についてはずっと鮮明に覚えていました。

当時の彼女はまだポールとは知り合っておらず、”車椅子にのったモデル”として一部で話題になっていた頃で、当該日系新聞社も”障害に負けず逞しく生きる女性のヒューマン・ドラマ”みたいなノリでインタビュー記事を構成していたと記憶しておりますが、その記事の取材のために車椅子にのって事務所に現れた彼女が、まったくのすっぴんで拍子抜けするほど地味だったので、「ありゃモデルって感じじゃないよねー」と受付の英国人嬢がコメントしていたのを覚えています。

で、女中のわたしが彼女を会議室までご案内し、お茶(正確には水をリクエストされたのですが)を出したわけですが、「スパークリングはありませんので、スティルでもよろしいでしょうか?」と尋ねたわたしに、彼女は「蛇口の水でかまいません」と率直な答えをお返しになり、その直後、「後ろを向いてもらえませんか」と仰いました。「へっ?(なんで?)」とわたしが突っ立っていると、彼女は車椅子でするりとわたしの背中に回り、「何かついてます」と言って糸くずを取ってくださったのです。

それだけのことをどうしていまだに鮮明に覚えているのかというと、お茶くみ女中歴の長い、というか、わたしのキャリアの75%はお茶くみなのではないかというぐらい企業ピラミッドの下層部のみを這い回ってきたわたしの就業人生の中で、このようなことは後にも先にもこのときだけだったからです。スケベ心のある男性の来客や、女性には親切にしておきたい知性派ジェントルメン(まあこれもスケベであることには変わりないのですが)は別にして、お茶くみ女中の背中についた糸くずを取る女性の来客なんてのはまず一人もいません。ピラミッドの最下層構成員である同性にそんな親切をしたところで、キャリアの足しにも、性欲の足しにもならないからです。なので「いやー、この女性はちょっと違う」と感心し、その後もニュース等で動きを追っておりましたところ、いつの間にかポールとくっついたりして有名人になってびっくりした。といった経緯があったのです。誰も知らない、この東洋人のお茶くみ女中のしがないライフのほうでも。

ヘザー・ミルズにはそういう一面もあること(こういう、人間のとっさの動き、というか、自分の人生に何ら関わりのないストレンジャーに対する反応・行動ってのは、基本的に死ぬまで変わらないと思うんですよね。下心や戦略のない習性ですから)を知っている人は少ないでしょうし、知っていても今の英国では発言しにくいでしょう。「六十いくつにもなって楽屋でグラスばかり吸って腑抜けのようになっている父親の姿など娘には見せたくないから、ツアーにはついて行きたくなかった」とか、よく聞いてみれば「ああそりゃ正論」みたいなことも言ってるんですけどね、彼女は。人間というものは多面体であり、いい人、とか、悪い人、とかいう単純で一方的な人間は存在しないのだ。ということをわかっているような成熟を感じさせる国でありながら、なんかこういう国宝級人物とか王室構成員とかの話になると、英国人は”魔女狩り”をしたがる(っていうか”バカ狩り”のほうが熾烈な感じがしますね、ここは)し、急にお子ちゃまになる。なんだかよく知ってる国の人々を思い出してしまいます。

  
Posted by mikako0607jp at 10:27

2007年12月01日

レイ・ウィンストン。そしておもにキャシー・バークのことなど。

レイ・ウィンストンじゃねえよな、こりゃどう見ても。

前回の「NIL BY MOUTH」は、かれこれもう10年前の映画であり、リンクさせていただいているレビューは故・淀川先生のものであります。現在日本で公開中なのかと思われた方もおられるようですので、念のため。

 

さて、「NIL BY MOUTH」といえば、ゲイリー・オールドマンの脚本力、監督力もさることながら、主演のレイ・ウィンストンとその妻役のキャシー・バークに尽きます。

 

レイ・ウィンストンについては、以前当ブログでも「Sexy Beast」で書いたことがありますが、現在また「Beowulf(ベオウルフ 呪われし勇者)」で注目を集めています。この映画の広告の目玉は、おそらく日本ではアンジェリーナ・ジョリーだろうと思われますが、英国では主演のウィンストンの変貌ぶり(いくらCG加工っつったってありゃ別人。詐欺だ。等)が話題になっています。彼は「The Departed」やインディ・ジョーンズ新作などへの出演で、近年ハリウッドへの進出めざましい英国人俳優の1人ですが、どうもうまい使い方をされていませんね。米国では。そういうわけで彼の代表作は前世紀にかたまっているわけですが、近年でもニック・ケイブ脚本の「The Proposition」は素晴らしかったと思います。

 

そして、いよいよキャシー・バークです。

 

彼女に関しては、自らバーク・ファンを認めておられるBrits On TVのシャオさんが、このようなすばらしいページを作成しておられます。日本語でキャシー・バークについてここまで語っておられるサイトは、間違いなくシャオさんとこだけでしょう。

 

http://bontv.web.infoseek.co.jp/star.kathy.htm

 

キャシー・バークはモリッシー・ファンとしても有名であり、彼の楽曲のビデオやCH4の「The Importance of Being Morrissey」などにも出演しており、同世代のふたご座の女としてはちょっと気恥ずかしくなるほどその好みが理解できるわけですが、自らアイリッシュ移民の子供である彼女はまた、当然ながらジョン・ライドンにも特別な感情を抱いておられるようです。

 

映画「シド&ナンシー」にも、ジョニー・ロットンの親衛隊の1人の役(でしたよね。違ってたらご指摘を。チョイ役でしたし、20年前の映画ですからおばはんの記憶は曖昧)で出演しており、なるほどゲイリー・オールドマンとは古くからの縁続きであったのだな。ということがわかるわけですが、ロンドン出身の彼女もローティーンの頃にセックスピストルズにやられたクチで、いっぱしのパンク気取りで髪をおっ立て、肩をいからせてキングスロード界隈を歩いておられたそうです。

 

で、そんなある日のこと。いつものように彼女がキングスロードを歩いていると、なんと当時はジョニー・ロットンと呼ばれていたジョン・ライドンその人が、正面からこちらに向かって歩いて来るではありませんか。げげげっ。と顔面蒼白になった少女キャシーは、ど、ど、ど、どうしよう。サインして欲しい、握手して欲しい、できればハグも。などと激しく動揺しながら、ああでも、そんなことを言ったら私はパンクじゃない。ジョニーにも軽蔑されるだろう。あああ〜〜〜ん、で、でもどうしよう、そんなことを考えている間にも本物のジョニーがもうそこに、そこにいる〜〜〜〜〜、と小さな胸をバクバクさせながら彼とすれ違う瞬間、いきなり

 

FUCK OFF

 

と口走ってしまったのだそうです。

 

「はははははははは」

 

と愉快そうに笑いながら遠ざかって行くライドンの声が背中の後ろで聞こえていました。とむかし何かのチャット番組でキャシー・バークが語っていたのを観たことがあります。

 

二人とも、らしくて、いいエピソードだと思います。

そして、どちらも、わたしは大好きです。

 

100%コメディエンヌ・モードのキャシー(相手役に注目。そう、「さらば青春の光」のフィル・ダニエルズです。最近では「EastEnders」のケヴィンとしてのほうが有名ですが)

http://jp.youtube.com/watch?v=wF3hL-_3vnw

 

 

Nil By Mouth」のカンヌ映画祭主演女優賞モードのキャシー

http://jp.youtube.com/watch?v=Zv6dmfWY7d0

 

追記:PUB映画夜話と文体が似ているからでしょうか、急に長編雑文「Fu**ing Angel」のことを思い出してくださった方が複数おられ、あれは期間限定だったのかというご質問もいただきましたが、実は一部変更をしておりまして、いつかまた書き直しヴァージョンをアップしとこうと思いながら夏が秋になり、秋が冬になっただけです。そのうちページを復活させますので、長い、長ーい気持ちでお待ちいただけると幸い。と共に、あんな屁ほどの価値もないおばはんの昔話(い、いや、あくまでもフィクショナルな)を、読んでいただいてありがとうございます。

  
Posted by mikako0607jp at 09:21