2008年01月30日

「HOT FUZZ」の原点はすべてここにある・・・・チャンネル4「SPACED」

SPACED当ブログでも昨年絶賛させていただいた「HOT FUZZ」の日本公開を求めるサイトがあるようで、お偉い先生方も支援しておられるとのこと。早速覗いてみると、署名が1670人って。。。さびしいですなあ。どうも。天下のサイモン・ペグ+ニック・フロスト+エドガー・ライトのコラボシリーズ作ですぞ。ってまあこの英国内でのローカルな認識は日本には伝わってないのは明らかですが。

http://intro.ne.jp/contents/hotfuzz.html

で、この3人のコラボは何も「ショーン・オブ・ザ・デッド」で始まったわけではなく、原点はチャンネル4のカルト・コメディー・シリーズ「SPACED」(写真)だったわけです。1999年から2001年まで放送された同作を、つい先日、久々に全エピソード観たわけですが、わたしは彼らの作品の中ではこれが一番好きだった。ということを確認いたしました。

というのもこの作品は、サイモン×ニック×エドガーの顔ぶれに、もう1人重要人物が絡んでいたわけで、それが写真左側のコメディエンヌ、ジェシカ・スティーヴンソンでした。実際には本作のクリエイター&主演はサイモン×ジェシカのコンビで、監督がエドガー、親友のサイモンに担ぎ出されたニックは個性あふれる脇役。という位置づけだったわけです。

うんたらかんたら述べていても仕方がないので、「SPACED」のビデオクリップをリンクします。「HOT FUZZ」の原点(というかそのもの)がここにある。ということが冒頭からわかっていただけると思います。

http://www.youtube.com/watch?v=shHh4Ju7kXA&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=HHXQSnDI9TQ&feature=related

で、今回「SPACED」を見直してみてわかったんですが、ジェシカ・スティーヴンソンの、日本でいうなら腐女子とでもいうんでしょうか、英国のオタク女の視点による笑い。が絡んだ本作は、わたしにとっては最強のコメディーでした。「ショーン・オブ・ザ・デッド」も「HOT FUZZ」も以前絶賛させていただいていますし、どちらも公開年には私的ベスト映画でしたが、何か足りないものを感じてしまうのは、稀有なお笑いライターだったジェシカ・スティーヴンソンの、女の脳みそ。が無いんです、これら2本には。男の子の遊びに熱中しているサイモン×ニック×エドガーの3人を、脇から醒めた目つきで見つつ、時には一緒に遊んじゃったりする女の目。それが欠け落ちている。要するにこう、ツッコミのないボケONLY漫才のようになっていて、締まりが無い(「HOT FUZZ」の長過ぎたエンディング部分にはそれが著しく出てしまったと言えるでしょう)。

ジェシカ・スティーヴンソンについては昔も書いたことがありますが(http://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/archives/2005-01.html#20050109)、彼女はわたしの一番好きなコメディエンヌでした。でした、と過去形にしているのは、サイモンと袂を分かち、結婚して子供を産んだあたりからコメディエンヌとしての彼女は死んでしまったからであり、「SPACED」以降は本人もいけてない女子を演じるのが嫌になったようで、髪を伸ばしてけっこういけてる感を演出しだしたあたりから面白くなくなったなあと思っていると、女優に転向されました。友情出演した「ショーン・オブ・ザ・デッド」でも、すでにいけてる感を前面に出してますので、日本の人々は「SPACED」でのジェシカの捨て身のおかしさを知らないんですよね。残念なことです(ちなみに、彼女は結婚して苗字を変えており、現在はジェシカ・ハインズ。「ブリジット・ジョーンズ・・・」やハリポタにも出演してます)。

「SPACED」第1話のまるごと映像はこちら
http://www.youtube.com/watch?v=qHc0VDdhXVQ

  

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2008年01月24日

サイバー・スーサイド、サイバー・ホステス、で、サイバー・ビター。

3年ほど前、BBCは日本のネット自殺問題のことを「サイバー・スーサイド」などと呼び、そのタイトルのドキュメンタリーまで制作して、“日本人は歴史的に自殺好きだった”といった構成でミシマ、カミカゼ、ハラキリにまで遡り、面白がっていた。という話題をブログに書いたことがありますが、最近では英国も“面白がってたら自分たちの国にも入って来ちゃったじゃんよー”な状況になっており、ウェールズの小さな街で一年の間に連続して自殺した7人の若者たちが、どうもソーシャルネットワーキング系サイトで繋がっていたのではないか。互いの自殺に刺激を受け合って死んだのではないか。というような問題が大きなニュースになっています。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/wales/7204172.stm

http://www.thisislondon.co.uk/news/article-23433609-details/Social%20networking%20sites%20probed%20as%20'internet%20suicide%20cult'%20rips%20apart%20town%20when%20SEVEN%20young%20people%20hang%20themselves/article.do

さて、遥か東のジャパーン国からは、サイバー・ホステス業で生計をたてている友人からメールが来ておりまして、彼女は村上龍の小説を読み込んでSM出会い系などで活躍しておられるようですが、いつも興味深い話を聞かせていただいています。彼女によれば、あの業界では50代熟女の人気が存外に高いそうで、熟女好きの多い都道府県No.1は福岡。2位が大分。3位が東京。なんつう赤裸々なデータに大笑いしたこともありましたが、今回のメールはちょっと。

****************

いまSMサイトにて

おっさんをメール調教中なんだけど

 

メールの返事が遅かったから

私がつくった架空女王になって叱ってあげたの。

 

「謝るなら四つん這いになってメールしな!」とか言って。

そしたら「してます!すみません」って返事が来たので

「本当にしてるか見せてみな!」って返したら

マジで四つん這いになってる顔から下の姿を写メールで送ってきたのよ。

 

 

その寝間着のずんだれた感じが

田舎の父親にそっくりでさー。

凹んだわ

 

まあ、相手はMだからそれが喜びなんだろうけど

やってるこっちは架空Sだし

父親と似た寝間着って‥凹むわ〜

 

あまりのことに

「寝間着なんか着てんじゃねーよ!裸で四つん這いだよ!」

と八つ当たりしたわ

 

しばらくあの男、放置プレイしよ‥

************

ひゅるるるるるると耳の横を風が吹き抜けてゆくのを感じました。

そもそもサイバー・コミュニケーションって、いったい何なんでしょ。そういうもんだと思えば何ら考える必要もないんですが、いったん考え始めるとひゅるるる感が吹き抜けまくってこのギネスもなんだかやたらと苦い。

真夜中のビター。

  
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2008年01月23日

シドみたいになってしまったのはエイミーじゃなかった

「Imaginarium of Doctor Parnassus」撮影中の笑顔シド・ヴィシャスみたいなことにはならないで欲しい。とエイミー・ワインハウスについて書いていたら、想像だにしてなかった人がそうなってしまいました。

「ジェイク(ギレンホール)も専門家の助けを受けて(依存症を)何とかするように言ってたが、彼は拒否した」
「自分の依存症と対峙することができなかった。それができていたら、今でも生きてたはずだ」

等々、いろいろ記事は出てきているようですし、今後も山ほど出てくるでしょう。ぽっきりと、折れたりするもんだなあ人間は。しっかりと、依存せんで生きていかないかんなあ。などと、ぐびぐび酒を飲みながら書いても説得力はありませんが、わたしも最近このあたりはよく考える部分です。

写真は、ロンドンで「Imaginarium of Doctor Parnassus 」の撮影が行われていた先週土曜日に撮影されたものだそうです(クリック拡大可)。FROM DAILY MAIL ONLINE。




 

  
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2008年01月22日

パパラッチ 憎むやつほど 依存症 (季語はパパラッチですかねやっぱ)

エイミーを聴くブリ。エイミー&ブリ随想。という記事を前回エントリーしていたところ、なんとタイムリーなことにデイリー・メイル紙電子版に左のような写真つきのブリトニー・スピアーズの記事があがってきておりまして、どうも聴いておられるようです。ブリはエイミーちゃんのCDを。やはり感じるところがあるのでしょう。

http://www.dailymail.co.uk/pages/live/articles/showbiz/showbiznews.html?in_article_id=509380&in_page_id=1773

英国人は今回のブリ転落・暴走劇には大いなる関心を持っており、いったいそれは何ゆえなのかというと、「このままではブリトニーはダイアナの二の舞になるぞ」といった方向で彼らは盛り上がっているわけで、事故、自殺など死因は何にしろ、この子もパパラッチの犠牲者になって命を落とすぞ。というようなことを言っているわけですね。

http://www.thisislondon.co.uk/showbiz/article-21749553-details/Britney%27s+Diana+death+fear/article.do;jsessionid=x6TGHVgW9y1R27jc1G4KJyDD7mspDdlFBSpQm1p0ZRTKX2cmNy9G!839003075!-1407319225!7001!-1

http://today.reuters.com/news/articlenews.aspx?type=domesticNews&storyid=2008-01-19T013947Z_01_N17236099_RTRUKOC_0_US-SPEARS-PAPARAZZI.xml

しかし、ブリにもダイアナにも共通している点は、彼女らは自分の都合のいいときにはさんざんパパラッチを利用してきたということであり、さらに、嫌だ嫌だと言いながら常にパパラッチの目を異様なほど意識しながら写真に撮られてきた点です。ダイアナなんかはあの有名なシースルー素材のスカートで太股を丸出しにしながら子供たちを抱き上げて写った保母時代の写真以降、亡くなるまで一貫してそうでしたし、ブリはブリで、剃り落とした頭を劇的にパパラッチたちに見せた瞬間、「Closer」のナタリー・ポートマン(または「Lazy Town」のステファニー。こっちを知っている人はごく少数派でしょう。おられたらご一報を。ママ友になりましょう)のようなピンク色のウィッグを被って新恋人とスクープされた写真、などを見てもわかる通り、ボロボロになりながらもまだカメラの目を意識している。

パパラッチ依存症だよなあ。と思っていたらブリの新恋人はパパラッチだった。自分の写真を売っているパパラッチと交際して、「結婚して」などと迫っている。というので、なんとも言えない薄気味悪さを感じていたところ、周囲のすすめもあって別れたそうですが、彼女がリハビリすべき嗜好品は、アルコールでもドラッグでもなく、パパラッチです。彼女は2年ぐらい雲隠れしてパパラッチからデトックスしたほうがいい。

母になって精神状態が不安定になる女性は大勢います。日本人女性なんかは「見苦しいところを他人に見せるべからず」と言われて育っているので、出産後も傍目にはけろっとしている人が多いですが、こちらの病院で出産したりすると、同室の女性が夜中にぎゃあぎゃあ大泣き(しくしく、とかじゃないんです。本当にぎゃあぎゃあ泣くんですから、西洋の女性は。しかも昼間はチーズケーキをワンホール一気食いしてた人がですよ)しながら授乳していた。なんてこともありますし、産後のホルモンの逆流を甘く見てはいかんのです。ホルモンが異常な速度で体内を駆け巡り、なんだかもう自分でも制御できない。というのが産後のうつであり、子供を育てるのが面倒で将来を悲観して落ち込む。とかじゃないんですよ、あれは。日本でもたくさんハンドバッグや小物を売っている英国のデザイナー、ルル・ギネスなんかも、愛らしいデザインを発表し続ける裏で、実は毎夜大泣きしていたらしく、子供の顔を見てもただ死にたかった。と赤裸々に語っていました、女性雑誌で。

この産後のホルモン逆流問題をうまく解決できないままに突っ走っているパパラッチ依存症。しかも男たちに裏切られながら。というのがわたしが感じているブリトニー・スピアーズの転落の構図なのであり、お願いだからしばらく何処かに消えて欲しい。その空虚な穴のような顔を見せないで欲しい。と思わせるほど、女の本能を掻き毟る何かが、最近の彼女の姿にはあります。

わたしは確かにおばはんですが、「ふん、ばかよね」とブリやエイミーちゃんをケタケタ笑えるほど超越してもおりませんし、賢人でもないですから。

  
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2008年01月19日

エイミー&ブリ随想/女の暴走が“武勇”しない理由

堕ちるところまで堕ちたら這い上がれ。

最近、英国のエイミー・ワインハウス、米国のブリトニー・スピアーズの近影をタブロイドで見るたびに思うのは、女の暴走はどうしても痛々しくなるなあ。ということだ。

男性のミュージシャンや俳優だと、がんがん女と寝てがんがんドラッグをたしなんで、がんがん堕ちて激烈にロックンロール。みたいな生き方も痛快な感じで受け取られるが、女性の場合はどうもその堕ち方に目を背けたくなるような悲壮感が加わってしまう。というのも、これはひとえに、女は子供を産む生き物だからだろう。

 

エイミーちゃんがしょうもない男に拘泥し、その異常にひたむきな愛でジャンキー&ヒモな夫を許してしまうのも、是すべておなごの本能のなせる業なり。概して女は、女度の高い女(つまり情の深い女ね。歌姫なんてのは情が深いにきまっている。情の浅い女の歌声に大衆が泣くわけがない)ほど子を産む性としての本能を濃厚に背負っているため、いろんな男と寝たんじゃ子ができたときに誰が父親だかわからない。そんな状態じゃ、どの男もマンモスの肉を持ってきてくれないから、子供は死ぬ。私も飢える。という原始時代からの遺伝子への刷り込みが災いして、たとえどんなバカでもくだらん人間でも1度に1人の男しか愛せないという、致命的な弱点を抱えている。そしてその弱点ゆえに自らの才能までも犠牲にし、どこまでも転落してゆくのである。

 

ブリトニーにいたっては、まさに子を産んだがゆえの悲劇。子供を失ったゆえに発狂し自らの生命を絶って悪霊となって化けて出てくる女の話は古今東西ある(ってまだ彼女の場合はそこまで行ってないが)。

 

男。という性の人たちを見てみると、例えばレイ・チャールズなんて人は7人の女に12人の子供を産ませたりしていて、こうした逸話は痛快な武勇伝、セクシー・ソウル・キングのロックンロールな生き様。なんてポジティヴに解釈され、伝説になるわけだが、女が12人も子供を産み続けたんじゃ、初経を迎えてから閉経するまでの女人生の3分の一を妊娠しているということになるので、そんなしょっちゅうトドのような妊婦姿になってくしゃみする度に尿モレしてるような女がセクシー・クウィーン。というのはちと無理があるし、それにそんなに頻繁に妊娠すれば産後に痩せている暇もないので体重も増え続け、そのような悲惨な事態を回避するべくピルを長期服用し続けた場合にはその副作用で太ってしまい、ロックンロールというより女スモウレスラーになってしまう可能性だってある。ましてや12人も堕胎した場合には、下半身はガタガタ肌はガサガサで、ホルモンも枯れ果てすぐ老婆化してしまい、“痛快”というより“哀れ”な状況になってしまう。

 

何人斬ったという話にしても、例えばセックスマラソン10時間251人斬りを遂行したポルノ女優アナベル・チョン。彼女のドキュメンタリー「SEX アナベル・チョンのこと」は、何度か深夜テレビで観ているが、どんどん入れ替わる男の局部をどんどん自分に挿入させている彼女の姿は、ちっとも武勇な感じはしない。どうしてそんなに自分を苛めたいの。あんた精神的ヘルプが必要だよ。みたいな目線でドキュメンタリー自体が製作されており、なんか個人的にその目線に同化してしまうのも、そんなにつるつる流れてくる男たちとやり続けたところで女はウェットにならないということを同性として知っているからで、文字通り「痛い」と感じるばかりで、何らのポルノ効果も感じられない。

 

彼女は自分なりのフェミニズムを表現するために251人斬りをやったということだが、あれはちょっとフェミニズムというよりは精神的プロブレムを感じさせるだけで、後味が悪い&めっぽう暗い。もっとこう、超越してる女はいないのだろうか。からっと男と寝まくって、がんがんエンジョイするその“生き様”にネガティヴィティーの欠片もない女。と考えていて、頭に浮かんだのが「セックス&ザ・シティ」のサマンサだ。

 

あれは確かに超越してる。男はすべて獲物。いい獲物と見れば片っ端から寝て、大らかに楽しんでフィニッシュ。はいパンツはいて帰ってね。ってすっきりした顔になってばりばりビジネスをこなす大人の女。ってでもよく考えたらこれは好色な中年エグゼクティブのおっさんそのものであって、サマンサは女じゃない。つまり、超越してしまっちゃあ男になってしまうわけで、これも女のロックンロールという定義からは外れてしまう。

 

だがそもそも、男のロックンロールな生き様。というものを女にそのままスライドさせて考えるのがおかしいのであり、女のロックンロールは何人斬っただの、何人の子を孕んだだのいうことではなく、原始時代からのDNAの刷り込みに従い、1人の男を愛し、裏切られ、ボロボロになって、また性懲りもなく別の誰かに身も心も捧げ、傷つき、ズタズタになって見苦く、スキャンダラスに堕ちてゆくのだ。そしてそういう情と業の深い女の歌声だからこそ大衆は心つき動かされるのであり、堕ちきった女が奇跡的に復活した暁には、“武勇”などという節句人形の金太郎みたいな男世界のコンセプトが一万光年の彼方にぶち飛ぶような感動を受けるのである。ジュディ・ガーランドが永遠のゲイ・アイコンである理由はこれなのである。堕ちて、堕ちきって、また不死鳥のように甦る歌姫のドラマ。その弱さと強さ。その圧倒的な強さと圧倒的な弱さに人々は魅了される。

エイミーちゃんかブリトニーのどちらかが、こうした奇跡の復活を見せてくれることがあるだろうか?このお嬢さんたちの堕落劇に対するわたしの関心はこの一点につきる。特にエイミーちゃんは。現在流行りの英国のミュージシャンの中で、25年後もチャート入りしている可能性をもった者がいるとすれば、それは彼女だけじゃないかと思うので、シド・ヴィシャスみたいなことにはならないで欲しいと祈るばかり。

  
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2008年01月14日

英国の幼児たちを熱狂させる“生霊メルヒェン”

IgglepiggleBBC運営の幼児番組専用デジタルチャンネル、CBeebiesについては以前も当ブログで書きましたが、昨年から英国の幼児たちを熱狂させている番組といえば、「In The Night Garden」です。

http://www.bbc.co.uk/cbeebies/inthenightgarden/

この番組、あの「テレタビーズ」を企画制作した人々によってつくられており、”ベッドタイム版「テレタビーズ」”とも呼ばれています。なぜベッドタイムなのかといえば、CBeebiesのベッドタイム・アワーに流れているからです。CBeebiesは毎日午後7時に放送が終了し、終了前の一時間をベッドタイム・アワーと称して、いわば“寝かしつけ”用の番組を流しています。

んで、この「In The Night Garden」。登場キャラはファンシー系ばかりでサンリオのかほりが濃厚ですので、うわーこれ、日本で放送されたら幼児というよりも若い娘さんたちが「かわいいい〜ん」とか言ってぶらぶらいろんなものにぶら下げそう(別にうわーとかいう声を発する必要はないですが)。みたいな純マスコット系です。

(キャラクター総踊りシーン映像でご確認ください)
http://www.youtube.com/watch?v=RI3vI4fDJSY&feature=related

しかしこの番組、単にかわいいだけではなくシュールというか、ちょっぴりオカルトちっく、プチオカ。と言ってもいいほどの気色の悪さがあるのであり、まず毎回パターン化しているそのストーリー展開。ベッドタイム・アワーの番組だけあって、子供がベッドで眠りかけているシーンから始まるのですが、次のシーンでは主人公キャラのIgglepiggle(イグルピグル。イゴォピゴ〜と脱力した感じで発音)が小舟の中で寝ている絵に切り替わり、当該キャラがどんぶらこ、どんぶらこと夜の海の波間を流れて行って夢の世界の象徴であるところのNight Gardenに辿り着き、そこにしか存在しない友人たちと遊んで最後にはまたどんぶらこ、どんぶらこ、と現実の世界に戻って来る。という構成なのですが、どうもこれがミステリアスなのです。なぜなら、これは番組冒頭部分で眠りに落ちる子供が夢の中で遊んでいる話だよ。というなら、どうして別キャラのイゴォピゴ〜が突然出てきて、どんぶらこ、どんぶらこ、をするのか。そして、これが肝要な点ですが、そのイゴォピゴ~があまりにも人間の子供とはかけ離れたルックス(写真中央)をしているのです。テレタビーズもフィンブルズもなにげに気色の悪いキャラでしたが、この形状だけはちょっと掴みどころがないというか、何者なのかが判然としない。

これらを総合的に考えてみると、イゴォピゴ〜は冒頭でベッドに横たわっている子供自身ではなく、子供の内部から外界に飛び出たサムシング。魂。すなわち生霊。と考えたほうが自然であり、そう考えれば、イゴォピゴ〜が子供番組のキャラクターにはあるまじき不健康そうな青白い色をしていることや、なんか全体的にふにゃっとした輪郭の曖昧なキャラであることにも合点がゆきます。要するにこのストーリー、幽体離脱をメルヒェン化したものだったです。

制作側は、イゴォピゴ〜はテディベアをモデルにして考案されたキャラだ。と言っているようですが、こんなに顔色の悪いテディベアはいませんし、第一、頭の左上部分にある赤いちょこちょこは何なのでしょう。頭髪でないのは見ても明らかですし、なんかそこだけ燃えるような赤、しかも流れてる感じで頭の左側だけに。という点も、火の玉が飛んでいる時の炎のゆらぎを意識した赤いちょこちょこなのでは、という疑念を抱かせるばかりです。

そこはかとない気色の悪さ。というのは、無意識のうちに子供が好むエレメントですから(童話なんつうのも、プチオカ。な話が多いですしね)、当該番組は英国の幼児たちの間で大旋風を巻き起こしており、近所の子供会なんかに出かけて行っても、喋る生霊人形を抱えた女児や、ハンドル正面部分に生霊の顔が装着された三輪車にまたがった男児などを頻繁に見かけますが、一部ではイゴォピゴ〜のモデルは本当にテディベアであり、しかしそれだけではありきたりだというのでイギー・ポップの要素が混入されていて、それでIgglepiggleというネーミングになった。という噂もあります。なるほど丸々とふくよかで愛らしかったテディベアが毎日飯も食わずにドラッグばっかりやったらこういう廃人、いや廃熊同様の不健康なビジュアルになるかも。と納得できないこともないですが、テディベア+イギー・ポップ説が本当だったら、ある意味そっちのほうがぶっ飛んでる感じはしますね。つくった本人がまず薬物か何かでトんでたんちゃうか。みたいな。

追記:昨年あたりから、livedoorが勝手に記事の下に広告リンクを貼ってくるようになっており、なんでもこれは記事の内容を反映した広告が自動的に貼られるようになっているということらしいのですが、こういう記事を書くとまた、霊視・除霊相談2万円ポッキリ。とか、水子供養ナビ全国版はこちら。とかいう広告がくっついてくるんでしょうかね。けっこう楽しみで。毎回。

  
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2008年01月08日

2007年ベスト映画 BYガーディアン読者/どこの国でも売れるコンセプト

This Is England手前味噌でアレですが、標記のトップ10は以下のとおり。

http://www.walkerplus.com/movie/news/news3791.html

誰と誰が乳繰り合ったとか誰それが整形したとか尻出したとかほんなんばっかじゃなくて、たまにはこういうのも出してます。こっそりと。

9位の「This Is England」(写真)に関しては、PUB映画夜話 其の一で紹介させていただいています(紹介になんのかよ、こんな書き物で。って感じですが、いいの。わたしはわたしの道をゆくんだから放っておいてちょうだい)。

*すでに一昨年の秋頃だったと思いますが、わたしの手のcarpal tunnel syndrome(手根管症候群)問題について、このブログでぼやいたことがあり、励ましのメイル等をいただいたことがありましたが、GP(自分が登録している診療所の主治医)に痛みを訴えてからなんと一年半の時を経て、ようやくNHSで注射を打っていただけることになりました。

タイムフレーム的なものを詳しく書けば、

2006年10月 GPに手の痛みを訴える。
              ↓
2006年12月 NHSの病院から専門医(リューマチ科だったりしてちょっとショックを受ける)とのアポをオファーする手紙が届いたので、病院に電話。アポを入れる。
              ↓
2007年1月  専門医に会って検査を受けることにきまる(注:きまっただけ)。
              ↓
2007年5月  検査を受ける(注:検査だけ)
              ↓
2007年8月  専門医から二度目のアポの日時を記された手紙が届く(ちなみに手紙に記されていた日時は12月。つまり、5月に受けた検査の結果について医師から説明があるのが7ヶ月先の12月ということなの。ぶっちゃけた話)
              ↓
2007年12月  専門医から検査の結果を説明され、治療としてステロイド注射をオファーされる。
              ↓
2008年3月  ようやく注射を一本打ってもらう(予定)

という風に、たかが病院で注射を一本打ってもらうだけで、このようなたいへんな年表が出来上がってしまうわけで、これが癌だったらわたしはもう他界していると思います。

マイケル・ムーアは「SICKO」という映画の中で、英国の無料医療システムNHSを高く評価しておられましたが、タダほどやばいものはない。というのは常識であり、わたしのようなワーキング・プアならぬボーン・トゥ・ビー・プアの人間は注射1本打ってもらうだけでも一年半の歳月を費やすことになってしまうわけで、お金のある人は最初からプライベート(民間)の医者のところに行って、その日のうちに注射を打ってもらうことが可能なんだということ。そのようなまことに血も涙もないリッチORプアの天国OR地獄。その極端さ。の社会問題を直視しないムーアは、”英国の年金制度はすばらしいでっせ。イギリスで素敵なリタイアメント暮らししてます”などという、英国人が聞いたらのたうちまわって大笑い(または激怒)しそうなぐらいシャロウなことを吹聴している在英東洋人ライターと同じぐらい無責任。”よその国はこんなに素晴らしいのに、わが国はこんなに駄目”とかいうテーマはいつの時代でもどこの国でも売れるコンセプトなので、商売上手といえばまあそれまでで、お上手。なんですけど、お手軽。ともいえますね。まあ要するに換金しやすいものをクリエイトしたほうが勝ちなんでしょうけども、物をつくったり書いたりする人たちは。ビジネスビジネスビジネスなんですなあそうじゃないのと言う人たちほど。

NHSの話に戻れば、わたしの場合はNHSの病院に非常に手厚くしていただいて無事に赤子を産みましたが、NHSの病院の分娩病棟のベッドが足りなかったために全然関係のない病棟に連れて行かれ、ミッドワイフ不在のまま、ナース1人もそばに来てくれず、全然関係のない病棟で下半身丸出しにして頑張るのも何だからってんで、母親に手を握られて病院のトイレで赤ん坊を産み落としたという女性のニュース(誕生直後に赤ん坊は死亡)もありました。それでも無料の医療システムがあるなんて素晴らしい国じゃないか。というポジティブな見方もあるかもしれませんが、わたしのように根っからネガティブな人間はそうは思えません。

まあわたしの注射に関していえば、ウェールズ人の鍼師のおかげで症状が軽くなっているから1年半も待てたわけで。っていうか、ほんとはもう何の期待もしてなかったというか、待ってすらいなかったですが。

  
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2008年01月05日

PUB映画夜話 其の四 THE CRYING GAME(クライング・ゲーム)

Crying Game

もう11年も前の話である。

ある男から、初デートに誘われた。

当時ロンドン在住だったわたしは、男の住む海辺の街まで呼び出されたのである。

あれはクソ寒い12月の半ばであった。

わざわざ電車に乗って訪ねて来た女を、いったいどんなところに案内してくれるのかと思えば、観光客しか行かない悪趣味なピアという娯楽施設に連れて行かれた。

ゲーセンと移動遊園地と土産物屋と菓子屋と飲食店が一緒くたに詰め込まれた、小児性愛者の溜り場とも呼ばれている埠頭式の建物である。

 

初めてデートする女をこんなところに連れてくるなんて、よっぽどモノグサな男なのか、わたしなんかどうでもいいのか、そのどちらかに違いない。

ふん。どうでもいいのはお互いさまだ。

こっちだって最近トーストとコーンフレーク以外のものを食べてないから、うんと年上の男なら何か旨い物でも食べさせてくれるだろうと思って来ただけだもの。

醒めきった気分でピアの中にあるパブに入り、相手のペースに合わせてギネスを飲み続けていると、早くも日が傾き始めていた。

英国の12月は、4時を過ぎると日暮れである。

分刻みのスピードで窓の外は暗くなり、入り口のそばのテーブルに座っていたせいで、ぞくぞく背中に寒気が走ってきた。

 

男と話す内容は面白くないこともなかった。

映画をたくさん観る人のようだった。

しかし映画おタクというタイプでもないようで、監督の名前とか、俳優の芸歴とか、そういうことになるとよくわかっていない。

そのくせ、映画の中の好きなシーンとなると、部屋の窓にかかっていたカーテンの色や、主人公の女が履いていたヒールの高さまで覚えていて、驚くほど事細かく鮮明にその映像を言葉で再現してみせた。

子供のようなやつだな、と思った。

活字を読んで情報収集し整理して記憶することはしないが、映像や絵だったら瞬時にして脳に焼き付けることができるのだ。

この人、ディスレクシックかもしれない。と直感した。

 

「『THE CRYING GAME』とかも、好きな映画だよ」

男は言った。

う。字がまともに読めない上に、ゲイなのかこいつ。

そういえば、ブライトンはUKのゲイ・キャピタルだって誰かが言ってたな。と身構えながらわたしは答えた。

「いい映画ですよね。確かに」

「どういうところがいいと思う?」

「ニール・ジョーダン、好きなんですよね。『モナリザ』も良かったし。引き込まれます、構成がうまくて」

そう言いながら、なんとなくわたしは自分がべらべら薄っぺらく上滑りしているような気分になり、喋るのをやめた。相手はギネスのパイントを握りしめてじっとわたしを見ている。

「始まる時は、IRAの映画かな。と思うよね。でも、終わる時にはロマンスになっていて、純粋なエンタメとして終わるんだよ。それがブリリアントだと思う」

彼は言った。アイルランド系英国人だと言っていたので、やっぱIRAとかにはいろいろ思うところがあるのかもしれない。

黙って彼の顔を見ていると、彼は言った。

「あ。俺、ゲイじゃないよ、もしそう考えているんだったら。でも、ゲイの友人は多いよ。土地柄っていうか、ね。俺はゲイだろうがストレートだろうがIRAだろうが軍人だろうが、ロマンスはロマンスだと思うし、殺し合いよりはうんといいと思う」

 

言い訳しているところがさらに怪しい。

わたしをデートに呼び出したところを見ればゲイではないかもしれないが、バイの可能性はある。と思いながらも、映画についてはけっこう面白いことを言う人なのでだらだら話をしていると、いつの間にか時計は10時を回っていた。

「あっ。わたしそろそろ行かないと、電車がなくなります」

と、そそくさと立ち上がるわたしに

「もうこんな時間?何か食べに行こうと思ってたのに」

と言いながら男も席を立ち、ジャケットを着込んだ。

「そんな時間はありません。ビクトリア駅からのバスだってなくなっちゃう」

「でもお腹空いたろう?駅まで歩く途中で、ハンバーガーでも食う?」

と提案され、バーガーキングでハンバーガーを一気食いして駅まで歩いた。

 

ブライトン駅に着くと、そんなところまで来る必要はないと言ったのに、男はプラットフォームまでわたしを見送りに来た。

電車の中に座っているわたしを、窓の外からじっと見ている。

なんとも情けない、ミゼラブルな感じの、くたびれたおっさんである。

服はアイドントケア系カジュアルって感じのよれよれ加減だし、顔はなんかスレイドのノディ・ホルダーに似ていて、さっきバーガー食ったときのマヨネーズが口の上についたままだ。

バーガー屋を出るとき、口元に何かついてますよ、と教えてあげなかったのは、こんだけ風采のあがらないおっさんがそれ以上風采を落としたところで大勢に何ら影響はないだろう。という、シベリアの雪原の如くに寒々とした判断からであった。

ブライトン・ピア。安っぽい観光客向けのパブ。バーガーキング。ノディ・ホルダー。テリブル。パセティック。アンスピーカブル。っつうか、しょぼ過ぎなんだよこんな寒い日に。なんたる時間のファッキン無駄。

 

欠伸をしながら窓の外を眺めていると、ブライトン発ビクトリア行きの電車が動き始めた。

もうこのおっさんとは会うこともないだろう。

男は暗い目をしてプラットフォームにぽつねんと立っている。

それはまるでシベリアの雪原に置き去りにされる子供のようにも見えた。

いい歳ぶっこいたおっさんが、なんちゅう情けない顔してるんだ。っつうか、どこまでもしょぼ過ぎなんだよこんな冷たい夜に。ああみじめったらしい。と不快感を覚えている間にも男の姿は夜の闇の中に流れて消える。

と、その瞬間どういうわけか、ドントウォントノーモアオブザクライングゲームとボーイ・ジョージが歌い始めてしまったのである。わたしの耳元で。

 

あのときの男と結婚して10年が過ぎたかと思えば、世の中というものはほとほと難儀な場所である。

今朝のブライトン・ピアはあの日と同じような小雪が舞っていた

  
Posted by mikako0607jp at 09:31

2008年01月03日

「Sense and Sensibility」(BBC)は彼に注視、注目。

Dan Stevens 先物買い派は要チェックですぞ。元旦の夜から、BBCの新春特別ドラマ企画として「Sense and Sensibility」が始まっておりますが、ダン・スティーヴンズ(写真)が、映画版でヒュー・グラントが演じたエドワードの役を演じるというので、初回から胸をはずませて観たわけですが、今回のドラマ版の脚本を書いているのが、あの「Pride and Prejudice(高慢と偏見)」ドラマ版を手がけたAndrew Davies。

http://www.bbc.co.uk/drama/senseandsensibility/

よって「Pride and Prejudice」ドラマ版における、かの有名なコリン・ファースの濡れシャツ・シーンにもひけをとらない、素晴らしいダン・スティーヴンズの見せ場が用意してあるよ。どんなシーンかはあえて言わないけど。ふふふ。と、むかし日系新聞社のロンドン駐在員事務所に勤めていたときの同僚で、現在は英国紙でテレビ関連記事ライターをしている英国人J女史がメールして来ました(ああいう人たちは先にビデオが見られるからいいですよね)ので、英国在住の女性の皆さまは一応チェックしておかれるといいかもしれません。わたしも今か今かと目を皿のようにし、脇で泣き叫ぶ子供も無視して待ち焦がれているわけですが、初回ではなかったようですね。ひょっとすると薪割りのシーンでしょうかね。

ダン・スティーヴンズといえば、ドラマ「The Line of Beauty」で上流階級のゲイ青年を演じたときから、あらまあ。と注目しておりました。繊細系英国人美男俳優の真打ち登場。という感じで、ヒュー・グラントが老いた今、後継者としてすっぽりその穴を埋められる人なのではないかしら。しかし、正統派美男のわりには主演デビューが問題作同性愛ドラマってのは冒険的なチョイスだな、と思っていました。

http://www.bbc.co.uk/drama/lineofbeauty/

が、今回の古典ドラマで軌道修正、一気に勝負に出た。という感じですね。オーランド・ブルームでは童顔過ぎ、ジュード・ロウではぎらぎらし過ぎ、で、空席になっていたど真ん中のポジショニングに、じわじわ上って来るんじゃないかと思いますよ。この俳優さんは、これから。って言ってるのは別にわたしのオリジナルな意見ではなく、英国メディア全般の見方なわけですが。

  
Posted by mikako0607jp at 08:27

2008年01月02日

Jools Holland's Annual Hootenanny。ああ、毎年毎年こればっか。

ダンシングで年越し。年が変わったからといって何らのめでたいこともございませんので新年のグリーティングはシンプルに、

明けました。

で終わらせていただきたいと思います。

今年は昨年の続き〜で〜、来年は今年の続き〜か〜、というような何の変化もない生活をしていることがわかっていただけるかと思いますが、日本に紅白歌合戦があるなら、UKにはJools HollandのHootenannyがあるさ。おお。大晦日も観てたともTVを。年越しは自宅でJoolsと共に。

いつの間にやらBBCのJoolsのサイトにいけば番組そのものが観れるようになっているようですので、講釈はたれずにリンクを貼ります。ゲストの顔ぶれ(写真の方々など)もそちらでチェックしていただければ。

http://www.bbc.co.uk/later/series30/hootenanny/

あんまりのれる顔ぶれじゃなかった今回ですが、カイリーちゃんの著しいマリリン・モンロー化(わたしは前から言っていたのです。マドンナやデビー・ハリーがモンロー化しようとしてみたところで彼女らでは骨格が太過ぎるし、人間的にもマッチョ過ぎ。モンローの儚さを持っているのはカイリーちゃんだけだと)&ゴシップ書きの視点で言わせていただければ、ねっとりとカイリーちゃんを追っていたポール・マッカートニーの視線。が気になりました。考えてみればカイリーちゃんはまさにポールの好みに当てはまるわけですが(顔の輪郭といい、髪の色といい。レニー・ゼルウィガーはやっぱ違うだろう。というのはすぐわかりますよね。中年以上の方々には)、さすがにカイリーちゃんはべたべた接近してくるポールのかわし方がうまかった。カメラが二人をとらえる度に、それとなくカイリーちゃんが距離を広げて行っているのがわかり、フィナーレではいつの間にかポールの横で歌っているのがルルになっているのに笑いました。

というわけで、上記のようなしょうもないことが気になった以外は、どうでもいいような今年のHootenannyでした。

やはり、昨年のこの演奏のようなブリリアンスはそうしょっちゅう出るもんじゃないということでしょうね。

http://www.youtube.com/watch?v=wcZrnMDOEs8

  
Posted by mikako0607jp at 10:06