2008年07月29日

トンネルを抜けると、そこには死体が転がっていた。マデイラ随想

黒棒。棒じゃないけど

トンネルを抜けると、死体が転がっていた。

白い布に覆われたその物体が、中央分離帯に放置されていたのである。

救急車などは出動してきておらず、ポリスのおっさんが死体のすぐ隣でのんびり腕を回しながら交通整理にあたっていた。

 

白い布が風にめくれあがって見えたのは、長い黒髪の小柄な女性だった。

見世物小屋や化け物屋敷で見るようないかにも死んでいますといった感の見事な死体だ。

 

あれ、もしかして、わたし?

と思った。

どうしてそう思ったのかは不明だが。

 

貧乏人のわりにはいろんな国にお邪魔させていただいている(だから貧乏なのかもしれないが)わたしだが、空港から市内に向かう道で死体にお迎えしていただいたのは初めてだ。

 

マデイラは不思議な場所である。

見たこともないような珍妙な花々が咲いていて、それらが異様にでかい。その上、色彩があまりに鮮やかで、地球上に存在する生花とは思えない。

ひょっとするとこれらはアナザー・プラネットから来た植物なのか。

とも思えるが、街全体の景色はなぜか別府、或いは温泉街に向かう車中から見る大分県または長崎県の山中の風景そのものだ。しかも、この島はカステラ(ちなみに英国では“マデイラ・ケイク”と呼ばれるバター臭い菓子に変貌している)と鶏卵素麺の故郷でもあり、ちょっと土産物屋などに足を踏み込もうものなら、なんだなんだそんな円形に焼かれてナッツのデコレーションなど施されたりして気取りやがって、要するにてめえ、黒棒じゃねえか(冒頭の写真参照)。と語りかけたくなるような懐かしの九州銘菓(っつうかルーツはマデイラ銘菓なんだが)がずらりと棚に並んでいる。

 

ポルトガル人があ、長崎へ〜〜。

と、つい九州の製菓会社のCMソングを口ずさみたくなる島マデイラは、どうにも海外とは思えなかった。

 

昔から思うのだが、神社仏閣とか皇居とか桜の花とか、そういうものにわたしは全く郷愁を感じない。坂の上のカソリック教会や海水浴場の海の家や、黄緑と紫の大きな紫陽花がわたしの日本だ。というか、故郷の福岡なのだ。

そのせいなのか、例えばメキシコやスペインの海辺の街に行くと、東京や京都に行くよりよほど郷愁を感じてしまうのであり、カステラや黒棒まで食えるマデイラ島となると、もはや気分はホリデイというより里帰りであった。

 

マデイラは、英国では老人の間で人気の隠居先である。“海に浮かぶ庭園”などと呼ばれるほど植物満載、花満載の島だからして、ガーデニングと海辺のリゾートが大好きな英国の老人たちが、ひと粒で二度おいしい隠居先としてこの地を選ぶのは納得できる。カナリア諸島同様冬でも温暖な気候だが、マデイラはカナリア諸島のように人工的なリゾートではない。カナリアのように島全体をリゾート客のために提供するのではなく、いぶし銀のような地元民の生活の一部をリゾート客に提供しているのだ。

 

実際、ツーリスト地区を少しでも離れると、街角のバーなどにも

「あそこにバーがあるからビール飲んで行こうか」

などと言って女がふらふら入って行けないような雰囲気が漂っている。

薄暗い店内は真っ黒に日焼けした肉体労働者の男たちでむんむんしており、男臭く、汗臭く、たばこ臭い。福岡の夕暮れ時のカクウチ酒屋の匂いとまったく同じなのである。

 

ポルトガルは、長いことEU屈指の貧乏国の座をひた走ってきた。

マデイラにしても開発されたリゾート地区を離れれば、目に見えて貧乏くさい。

飯の旨さで有名なイタリア、スペイン、フランスのような食の派手さもない。

前述3国のリゾートと比べるとマデイラはなんとなく垢抜けないというか、洗練されてないというか、粗野な印象があるが、その中にも時々ダイヤモンドの原石のような人物が出てくるというのは、マデイラ出身のクリスティアーノ・ロナウドなどを見ればわかる。

 

人間が、飲んで働いてセックスして生きていれば、そりゃ道端に死体のひとつぐらい転がってるよな。

 

マデイラはそんなことを普通に思わせる野太さを持っていた。

それは投げやりというのとは違い、大変に前向きなことなのだ。

人間はもっと生の死体を見ながら生きて行くべきなのである。

 

ぐちゃぐちゃ理屈ばかりこねやがるアングロサクソンの国でくたびれ果てていたから、そろそろわたしも死体を見なきゃいけない時期に来ていたのだろう。

 

トンネルを抜けると、わたしの死体が転がっていた。

じわじわ中身から滋養強壮してもらったいいホリデイだった。

 

追記:ホリデイに出かけると何故かメールをたくさん頂くという不思議な現象がありまして、またもや全く返事は書き始めておりませんが、すべて拝読させていただいております。サマーホリデイに行ってきちゃったよーん。などと書くとどやしつけられそうなメールが多いわけですが、子盗み問題に関しては、サポートする会発足&第一回ミーティングなど仕切り直しの動きあり。

  

Posted by mikako0607jp at 19:55TrackBack(0)

2008年07月18日

(ひさしぶりに)英国映画電子草紙 其の八 「Brick Lane」

Brick Lane ロンドン東部ブリックレーン。といえば、80年代には“カムデン、ポートベローはもう古い。今ブリックレーン・マーケットが最高にお洒落”などと書きたてる日本の雑誌にそそのかされて多くのボウフラ系日本人がうろついていた地域だったが、アングロ系ニューウェーヴ・カルチャーに憧れて渡英した黄色人種たちは「なんかでもこの辺りって、カレーの匂いばっかりして白人がいないよね」か何か言いながら次第に寄り付かなくなった地域でもあった。

 

その名もズバリ「Brick Lane」は、そのブリックレーンの公営団地に住むバングラ系移民の家族の日常を9.11発生時期に前後させて描いており、原作本は大ベストセラーになった(買った人が多過ぎて、今古本屋に行けばだいたい1ポンド均一のボックスに入っている)。

 

いろいろ伏線的な要素は絡んでいるのだが、厳格なイスラム教徒女性として育てられ、夫の言うことは神の声であるという宗教的信条に従い、家の中だけでくるくる立ち働きながら生きているヒロインが体と頭に布を巻きつけて他人様に肌を見せないよう歩く姿と、刺青のはいったぶよぶよの腕をキャミソールからはみ出させた英国人のおばはんがスパスパ煙草を吹かしながら歩くあられもない姿の鮮やかな対比、対照。がこの映画のすべてであるようにわたしは思う。

 

ヒロインの夫は、9.11発生後、英国内で広がるイスラム教徒への迫害を懸念して、母国に帰ろうとするのだが、その父親に向かって十代の娘が言う。

「お父さん、私はこの国に残る。養子縁組してもらうよ」

烈火の如く怒る父に負けて仕方なく前言を撤回する娘だが、夫に隠れてこっそり若い男と不倫しているヒロインに泣きながら呼びかける。

「帰りたくないんでしょ、母さんだって。どうしてそう言わないの。一度でも自分のしたいことを言ったらいいじゃないの」

 

夫以外の男に肌を見せないようにして家の中だけでくるくる立ち働く妻は、本人が好きでそうしているのなら別にかまわないが、女がそうして生きて行かないと咎められる民族に生まれ落ちたからそうしているのであれば、たいそう不自由だし、不幸だ。

 

パンクあがりと思しき英国人のキャミソールおばはんがいくら見苦しかろうが、楚々とした人妻バングラ女性がいくら美しかろうが、女が思うように行動し、あられもない姿を公衆にさらすことのできる社会というのはブリリアントなのである。それゆえ、一度その社会で生きた女がそうでない社会に帰る時には、その社会でしか生きたことのない女性たちの百倍の不自由を味わうことになる。

 

そのことを漠然と感じ取っているからこそ、ヒロインの十代の娘は

「私はこの国に残る。養子縁組してもらうよ」

と言うのだ。

 

ふと、このバングラ娘の横顔が、“日本人の母親から精神的虐待を受けている”と大騒ぎしてソーシャルワーカーに母親の親権を剥奪させ、フォスターファミリーのもとで暮している友人の娘と重なった。

そして、考えたのである。

日本は、女が思うように行動し、あられもない姿を公衆にさらすことの許される社会なのだろうか。法や政治やシステムといった表向きのことではなく、本当に国民の意識の深みまでが、そういう国になることを許しているのだろうか。

英国でも大きく報道されたプリンセス・マサコ問題や、“あの国ではいまだに女性はセカンド・シティズンらしいよ”という一般的英国人やマスコミの論調は、日本人の母親が帰国したがっていることを知っていた日英混血の少女の目に、どう映っていたのだろう。

 

Brick Lane」では、ヒロインは子供と一緒に英国に残る決意をする。

「この国が私のHOMEです」

と宣言し、夫だけをバングラデシュに帰すのだ。

 

人が動き、世界が混沌としてくると、家族というユニットの中でも各人が母国だと思う国が違ってくる。

母国観(つまり自分が生きやすい場所で生きたいと思う気持ち)の前には、家族愛なんてものは所詮むなしく敗北するしかない。人種混合国に住めば、そんな話は日常的に転がっている。

 

それは時にはとても悲惨で、残酷な結果になることもある。

が、それでも淡々と、人はどうにか生きていけるものなのだ。

げっそり痩せるほど取り上げられた子供のことで苦しみながら、託児所で笑って他人の子供の失禁の始末をしている友人の姿に、そのことを強く教わっている。

  
Posted by mikako0607jp at 10:12TrackBack(0)