2008年08月27日

Life Is A Piece Of Shit. 〜人生は一片のクソ〜

ライフ・オブ・トドラーズ 英国人民ピラミッド最底辺およびその周辺構成員をサポートする慈善団体でわたしがボランティアとして働き始めてから、約半年の月日が過ぎんとしている。

 

当該団体はブライトンに拠点施設を構えており、そこでコンピューター、アートなどのコースを失業者&低額所得者に無料提供しながら、もう食い詰めちゃってにっちもさっちもいきません状態の人々のための住居および生活必需品の提供、政府各種補助金受給に関するアドバイス等を行っている。

 

この施設には付設託児所もあり、コースを受けに来る人々や明日の塒も不確定な人々、所得が低過ぎ子供を保育所や幼稚園に預けることが出来ない人々などの子供たちを預かっており、責任者と責任者代理を除けば、スタッフ全員がボランティアだ。

 

わたしがこの託児所で働くことになった時、そもそも居住しているのがあまりガラのよろしくない地域だったのでこの世界の匂いには何ら抵抗を感じなかったが、5歳以下の底辺幼児に囲まれた経験は皆無だったため、最初は3分毎にこめかみが決壊しそうになり、それを堪える度に頭部に血が溜まってわんわんしてこのまま脳がぶち割れて絶命するのではないかと思ったことも一度や二度ではなかった。

 

「やっぱこういう仕事はわたしには向かないと思いますので、辞めます。そもそも、子供なんて大嫌いですし」

と言ったわたしに、託児所の責任者は答えた。

「あなたのような人は、うちのような託児所には向いているわ。だって、あなたは子供というものに対して全然夢を抱いていないんですもの」

還暦を迎えたアニー・レノックス。といった感じの風貌の責任者は穏やかに微笑している。

「騙されたと思って、もう少しやってごらんなさい」

か何かうまいことを言われて、本当に騙されてもう少し、もう少し、とずるずると辞めるタイミングを逃しているうちに春が来て夏になり、その夏も終わった。

見渡せば、相変わらず託児所内部にはノー・フューチャーな幼児がふきだまっている。

 

ようやく立てるようになった赤ん坊の両足を思い切り踏んではぎゃあぎゃあ泣かせ、「なんでそんなことをするの?」と尋ねたら、「俺のすることに理由はない」「理由のないことをするのは楽しい」などとアナキーなことを答え、いきなりわたしの髪を引っ掴んで10本ほど根こそぎ抜いて行きやがった4歳の凶暴児ジェイク。

 

椅子の背中に紐をくくりつけて赤ん坊の人形を逆さに吊るし、それをめがけて玩具のナイフを連投しながら「醜い禿頭の小人は永遠に地獄で殺され続けるのだ」などと呟きつつ、完全にイッてる目つきでへらへら笑っている戦慄のゴシック・トドラー、レオ(5歳)。

 

Thank youと言ってごらん」「FUCK」「スナックの前は手を洗おう」「FUCK」「みんなとお絵かきしよっか」「FUCK」「オムツからうんこはみ出てるよ」「FUCK」と暗い目をして世のすべてのものを否定する1歳の反逆児デイジー。

 

子供の前には無限の希望と可能性が広がっている。なんて一般論は大ウソである。英国では生まれた時から生きてゆく階級というものが決まっている。そこから這い上がって行けるのは能力と意志力に恵まれた一部のアンビシャスな子供たちだけで、大半は有限の希望と閉ざされた可能性の中で成長し、親と同じ階級の大人になるだけなのだ。という殺伐とした現実がここにいると嫌というほどわかる。

 

そんな過日。

アル中で無職の父親と2人だけで自宅に置いておくのは危険だというので某託児所に連れて来られている4歳のルークが、茶色い粘土で熱心に“ドラゴンのうんこ”を製作していた。

茶色の粘土が用意されているのは、それを地面に見立て、その上に動物や植物の玩具を置いたりなんかして自分なりの牧場を作ってみよう。というプリティな意図に基づいているからなのに、茶色いからといって安直に排泄物を製作しようとは、いかにも子供らしい猿じみた発想だな。ふん。と思って見ているとルークが言った。

Life is a piece of shit

「へっ?」

「うちの父ちゃんがいつも言ってる。人生はうんこなんだって」

 

Life's a piece of shit, when you look at it.

 

モンティ・パイソンの「Always Look On The Bright Side of Life」の歌詞の一部がふと脳裏に浮かんだ。

 

「そういう歌で終わる映画があるよ。あんたの父ちゃんも、絶対見たことあると思う」

「ふーん。人生って、本当にうんこなの?」

「まあね」

「ドラゴンのうんこより大きい?」

「ルークの父ちゃんやわたしのは、大きいかもね。大人になりゃなるほど人生と呼ばれるクソは大きくなるから」

「僕のも大きくなる?」

「うん、なるよ。間違いない」

ルークはテーブルの上にあった全ての粘土を集めて自分の頭ぐらいの大きさもあるドラゴンの糞を製作した。

「これは何?」

と尋ねる白髪のアニー・レノックスに得意げな顔で答えている。

「ドラゴンの人生」

「はあ?」

その瞬間、戦慄のゴシック・トドラーことレオがドラゴンの糞にペンをぐっさりと突き刺し、「腐った人間の脳に聖なる矢の拷問を」か何かまたダンテの影響を受けたのかと訝りたくなるようなことを言っていると思えば、部屋の隅では凶暴児ジェイクがデイジーの髪を引っ張って転倒させ、床に倒れたデイジーはデイジーで「FUCK! ぎゃあああああああああ、FUCK! うぎやああああああああ、FUCK! FUCK! 」と下品な号泣を聞かせている。

 

まったくもってこのガキどもにはミゼラブルさの欠片もない。

どんなに未来が有限だろうが可能性が閉ざされていようが、いつ如何なる時にも頼もしいほど邪悪で、暴力的で、反抗的である。

「人の髪を引っ張るのはやめなさい」「何で?」「痛いでしょ、引っ張られた方が」「他人が痛がることは楽しい」「でも赤ちゃんが怪我したらどうするの」「禿頭の小人は永遠の闇の中で罪の痛みにもがき続ける」「FUCK! FUCK!」「あっ。デイジー、・・・FUCKはいいけどあんた背中に下痢便が出て来てんじゃん、くっさーい」「禿頭の小人は悪臭漂う地獄の池で永遠に死に続ける」「デイジーおいで、オムツ替えに行こう」「FUCK! FUCK! FUCK YOU!!

 

底辺託児所のガキどもは、今日もどうしようもなくノー・フューチャーで、一片のクソの如き人生と向かい合い、受け入れ、消化しようとしている。

そんな彼らに、わたしは最大のリスペクトを払うものである。

  

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2008年08月23日

故H・レジャーのジョーカーのモデルは、ロットンというよりライドンだった筈。

こ、この動きは。あの方でしょう 数か月前から気を入れて書こう書こうと思いながら、それ以上に書きたいことがあったのでおざなりになっていたトピックに、

“故ヒース・レジャーは、「ダークナイト」でジョーカーを演じるにあたり、監督から「UKパンクの雄、セックスピストルズのジョニー・ロットンを参考にしてくれ」と言われていた”

 

http://www.thesun.co.uk/sol/homepage/showbiz/film/article1277649.ece

 

という話があり、これは音楽雑誌MOJOの音楽賞授賞式でピストルズがICON AWARDを貰った時に、プレゼンターを務めたジュリアン・テンプル監督も言及していたことである。

 

http://www.youtube.com/watch?v=KlN-ofNfQhE&feature=related

 

ものすごく怖いけど、笑える」「なんのキャラ設定もなく、ひたすら歪んだ精神で犯罪に走るジョーカーの不気味さ」「英国パンク調に演出されている」と、MovieWalker試写室ランキングでも評論家の先生がたに評されていたヒース・レジャーのジョーカーのモデルは、なんのことはない、当ブログではお馴染みのJL大先生だったのである。

 

わたしは特にレジャー・ファンだったというわけではないので、彼が好んで聴いていた音楽などは知らないが、オーストラリア出身だったということを考えれば、米国の俳優よりもピストルズなどの英国ミュージックの大御所は身近(HOME GROWN感という意味で)に感じられたはずである。

 

ヒース。ジョニデより趣味はよかったな。彼がJLを好きだったかどうかは知らないが、個人的には、トレイラーでの彼の映像や、「チャップリンの動きも参考にしたのではないか」というようなタレこみの内容なども総合すると、レジャーはうら若き瞬発型のピストルズのジョニー・ロットンというより、より洗練され、演劇的になったPILのジョン・ライドンをモデルにしたのではないかと思われるのだが、如何だろう。

 

http://www.youtube.com/watch?v=wzNjmIWbns4

 

 と考えれば、今夏、世界中で行われていた故レジャーの大供養は、実はライドン祭だった(それとは別にセックスピストルズ祭も行われているわけだが)のだと言うこともできるのであり、故人レジャーが本当にアカデミー賞をはじめとする各種映画賞にノミネートされるようなことにでもなれば、JLファンにとっても来年は趣深い映画賞レースになるだろう。

 

加え、レジャーはジョーカーのキャラクターに入り込み過ぎ、その狂気とダークさにやられて死んだ、などという映画界ゴシップ話も笑止千万。ということになる。

 

なぜなら、レジャーが本当にライドンを演じていたのなら、その類稀なるしぶとさと原始の昆虫の如き生命力にやられて、150歳まで生きていたはずだもの。

 

*********

 

いまだちょろちょろと戴き続けております日本語音楽推薦状。ここまで来ると一般的には“イロモノ”として片づけられそうなユニークかつオリジナルなサジェスチョンも出始めておりまして(由紀さおりの声には、坊主が泣き始めました。しんみり感と恐怖感はトドラーの脳内では繋がっているのかもしれません)、どのような形で収束してゆくのか興味深く見守っております。

 

皆様のメイルの11通に込められた真摯さと他者を思いやる心に、感謝し畏怖しながら、アイデンティティーと日本語ミュージックとカテキズムとウォッカと糞尿と洗濯物にまみれた日々。

 

ブライトンはとっくに白々と暗い秋です。

  
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2008年08月02日

死者をプロモの目玉にするのは下品。でも大供養。:「ダークナイト」随想

故人凄演。 故人(ヒース・レジャー)を大々的に利用して映画のプロモーションを行うなど不道徳きわまりない。恥知らずな行為である。

 

と、「ダークナイト」関係者への怒りをぶちまけたのはテリー・ギリアムであり、彼の激憤ぶりは一か月ほど前に英国のエンタメニュースのトップを飾っていた。

 

ギリアムは監督作「The Imaginarium of Doctor Parnassus」撮影中にヒースを亡くしたという経緯もあり、自分の作品が完成品としての彼の遺作にならなかったことへの口惜しさもあるのか、ヒースに対する哀惜の情がそう言わせているのか、いずれにしても、ジョニー・デップなどの大物俳優がヒースの後釜を演じることになったギリアムの作品にしたって、公開時には“死んだヒース・レジャーの”と呼ばれるのは間違いない。

 

が、デイリー・テレグラフ紙によれば、「ダークナイト」製作側は、ヒースが亡くなった際、かなりうろたえたらしいのだ。なんといっても「バットマン」シリーズである。夏のエンタメ映画である。出演者の、しかもドラッグによる急死というのは、イメージ的に暗い。と深く懸念し、ヒースの死後9日目に緊急会議が開かれたという。彼らはヒースの死を“好機”としてではなく“ピンチ”として受け取っていたようなのだ。

 

当初はヒース急死の事実を無視し、バットマン中心のマーケティング活動を行うことに決定しかけていたらしい。が、さらに議論を続け、ヒースの家族とも話し合った結果、いっそ彼の死を逆手に取ってジョーカーを柱にプロモ活動を展開してやれ。という商業的決断に至ったのだそうで、ヒースのアップをプロモ用ポスターに使用し、トレイラーでも全面的に彼の映像を使用するなど、徹底した死者活用作戦に打って出た。

 

その結果、「ダークナイト」は世界中で大ヒットをとばし、ヒースの“死者がアカデミー賞貰う説”まで盛り上がっているわけだが、その「こないだ死んだやつが出てるから凄い」みたいなあまりに安直な大衆の乗せられぶりに、「メインストリームな意見は全て疑ってみるべし」のモンティ・パイソン出身であるギリアムのような人物が激怒したくなるのは当然だろう。

 

しかし。である。

俳優、ミュージシャン、芸術家、作家、などという、所謂“出たがり”“わかってもらいたがり”を人間としての根本的資質とし、その資質のために自己表現などという恥ずかしいことをせずには生きていけないタイプの人間の一人が、である。

「僕の死を宣伝材料にして映画を多くの人に見てもらおうなんて、そんな下品なことしないで欲しいわ」とか、

「あのように不本意な死に方をしてしまったので、僕の映像はお蔵入りにしていただきたい」

なんてことを思うだろうか?

 

死んだ本人はがんがん自分の演技を見に来てもらって、大騒ぎしてもらって、「凄い」「ヤバい」と絶賛してもらいたかったにきまっているのである。

ヒースはそうした役者としての性を強く持つ俳優だったからこそ、人々に見てもらいたい一心で、褒められたい一心で、どんな役にも本気で体当たりし、熱演してきたのである。

 

であれば、「ダークナイト」製作側の商業的決断は、死者の意志でもあり、死者への餞でもあったのだ。

死んで花実が咲くものか。というようなことをよく言うが、死んで花実が咲いたりするのが人気稼業の常であり、常識であり、婀娜でもある。

奇しくも日本はお盆シーズン。

英米がヒース・レジャーへの大供養で盛り上がる中、ジャパーンではどうなるんだろうなあ。

なんてことに思いを馳せ、少し前から盛り上げネタをゴシップに混ぜて送ったりしつつ、実はわたしが今一番観たいのは「マンマ・ミーア!」だったりする。ははははは。

 

いや、飛行機の中で見たハイライトシーンでのピアース・ブロスナンの歌声が、ある意味ヒースのジョーカー以上に鮮烈かつ凄絶だったんで。

  
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