2008年10月31日

フューリーより赤く

海。ブライトンの 英国のチャイルドケア施設で働く人間には、預かっている子供が虐待されているのではないかという根拠ある疑いを抱いた場合、お上に通報せねばならぬ義務がある。

それがどの程度の義務なのかというと、わかっていて通報しなかったということが判明した場合にはこちらがお縄をちょうだいしてしまうという、きわめてリーガルな義務である。

 

虐待。と一言にいっても様々なタイプがあり、その一つには“ネグレクト(養育放棄)”という項目があって、その項目には“幼稚園、保育所、託児所などが終了する定時に子供を迎えに来ない親”という具体例なんかもあるわけだが、例えば、英国の幼稚園や保育園では、何度も連続して決まった時間に子供を迎えに来ない親がいれば、園側がソーシャルワーカーに連絡を取るのが普通である。

 

しかし、わが底辺託児所の場合には慈善施設の付設託児所であることから、いい意味でも悪い意味でもコミュニティ・スピリットに溢れているため、この辺が曖昧になってしまうことが多い。さらに、託児所に来ている子供たちの家庭にはすでにソーシャルワーカーが関与していることが多く、今度タレこみがあると子供が取り上げられるケースも往々にしてあるため、慎重になる意味も込めて、ちょっとお迎えが遅くなるぐらいは大目に見たりするのである。

 

が、4歳になったばかりのディランの母親の遅れぶりはここのところ尋常ではない。

5分や10分の遅れなら許せるが、彼女の場合、20分、または30分単位で遅れるのである。

 

こう書くとディランの母親はちゃらんぽらんな人間のようだが、20歳になったばかりの彼女は、“セックス、ドラッグ&子育て”な他の貧民街の若きシングルマザーたちに比べれば、質素につましく苦労してきましたといった風情で、拍子ぬけするほど地味である。

 

育児にも真剣に取り組んでいる様子で、ディランは若干臆病で癇癪持ちではあるが、しかし特に暴力的なわけでも扱いにくいわけでもなく、きちんと育てられている感じがする。

 

が。今秋、ディラン母は変わった。

全体的な地味さは以前と変わらぬものの、急に口紅の色が明るくなり、爪にマニキュアを塗るようになった。そして託児所にディランを預けるとすぐに慈善施設から姿を消し、託児所の閉所時間になっても戻ってこないのである。

 

噂に聞いた話では、男が出来たのだという。

相手はスリランカ出身の男性で、インディアン・レストラン勤務なので昼間しか逢瀬ができないらしい。最近やけに「僕はイングリッシュだ」とディランが言い始め、人種差別的発言をするジェイクの子分になってくっついて回っているのも、そうした事情があるのだろう。

 

ああいう生真面目な娘に限って恋に落ちる時は猛然と落ちてゆくから、きっともう自分の子供のことなんか見えてないんだろうなあ。

と考えながら、今日も母親が迎えに来ないディランをレゴで遊ばせつつ閉所後の託児所の掃除を始める。

 

しかし清掃を終える時間になっても彼の母親は姿を見せず、他のスタッフは用事があって早く帰らねばならないというので、結局わたしがディランと一緒に残ることになった。

 

「ここにいてもしょうがないし、外に出る?」

話しかけると、ディランが黙って立ち上がる。

“ディランとわたしは外にいます。ミカコ”と書いた紙を託児所玄関に貼り、公園へと続く託児所の裏口を出ると、4時半だというのに日が傾き始めていた。

「あ、そっかー。冬時間になったから、日が暮れるのが1時間早くなったんだよね」

明るく話しかけるが、ディランはそれを無視してすたすた砂場の方に歩き出した。

 

追いかけて砂場の方に行ってみると、坂の上にある公園から見えるブライトンの海は、圧倒的な色になってぎらぎら炎上していた。

太陽が海の向こうで真っ赤に変色して沈みかけ、海水全体をダークな朱色に染めている。

その血液のように赤黒い色を背景に、背中を丸めてポケットに手を突っ込んだディランが、どすっどすっと砂場の砂を蹴り上げ始める。

 

それは、しんとした凄みのある光景だった。

ディランは猛烈に恐れている。そしてそれだからこそ、激烈に怒っている。

母親に自分よりも大事な人間が現れたことを。

母親が自分の養育を全面的に放棄したいと思っている可能性があることを。

母親が自分を迎えに来る時間が10分遅くなる度にその可能性が大きくなっていることを。

 

ソーシャルワーカーにこんなことをタレこんでどうなるというのだろう。

ディランは母親に戻ってきて欲しいのだ。他の大人に助けて欲しいのではなく、自分の母親に迎えに来て欲しいのだ。

 

いよいよ辺りが真っ暗になってきたので、「中に入ろう」と声をかけるとディランが振り向いた。

4歳の子供が声も出さずに泣いていたのだということがわかり、なんとも言えないビターな心持になる。

「泣くな。泣くんじゃなくて、もっと怒りなさい。泣くのは諦めたということだから、わたしたちはいつも怒ってなきゃダメなんだ」

わたしがそんな頭の悪そうなことしか言えないものだから、ハグした途端にディランは声をあげて泣き始めた。

 

いつの間にか託児所内部には明かりが灯っている。

しかしそこでわたしたちを待っていたのはディランの母親ではなく、アニー(レノックス似の託児所責任者)だった。

「今回ばかりは、ソーシャルワーカーに連絡しなくてはいけませんね」

という上司の言葉にわたしは頷くことができない。

 

疲れきったディランはわたしの肩に顔を埋めて苦しそうに眠っている。

そのすうすうという寝息を首に感じつつ仁王立ちしているわたしの肩をぽんと叩き、アニーは電話のある隣室へと消えて行った。

  

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2008年10月25日

極道児とエンジェル児〜猿になれ〜

NO ANGEL ここ数年の貧民街の若い(というか幼い)女性たちを見ていて気づくのは、ブラックな子供を連れ歩いているホワイトなティーンエイジガールが急増した。ということである。

 

ジャージ系、全身タトゥー&ピアス系、キングスクロス街娼系(映画「London to Brighton」系ともいえる)、ハードコア×(パンク+ソウル+レゲエ)=UKストリート底辺MIX系、などのファッションをした若い(というか幼い)母親たちが、底辺託児所にもぞろぞろブラック&ホワイト混血児を連れてくる。

これらの幼児の中でもひときわ目立っているのがリアーナという2歳の女児だ。

何しろ彼女は群を抜いてストロングでバッドなのである。

 

他の子供が持っている玩具に興味を持てば、相手をグーで殴り倒したり脇腹に蹴りを入れたりしてそれを手に入れるし、大人が自分より小さな赤ん坊の世話ばかりしていると、生後15か月のベイビーの頭をざぶんと水槽に沈めたり、もみじのような愛らしい赤ん坊の手の甲に鉛筆をぶち立てたりしてヤキを入れる。

まるで極道のような女児なのだ。

 

珍しくお休みした日があったので、その翌朝、「何処かナイスなところに行ってたの?」と尋ねると、「JAIL」。などというごっつい答えが返ってきた。どういうことなのでしょうか。とアニー(レノックス似の託児所責任者)に問うてみれば、どうやら本当に刑務所で父親と面会してきたのだそうで、さすがというか、やはりヤクザである。

 

全身タトゥー×ピアス系の彼女の母親は、左の頬に大きな縫い傷がある。聞いたところによれば、リアーナの父親は大変にヴァイオレントな男性なのだそうで、彼女の母親に殴る蹴るの暴行を加えてDVで逮捕され、現在服役中らしい。

 

そんな流血のヴァイオレンスを家庭で日常的に見ているせいか、リアーナには、暴力のリミットというものがわからない。よって他者や自分自身を取り返しがつかないほど傷つける可能性もあり、それ故、彼女には常に専属の大人がつくことになっている。

 

そんなリアーナの担当に回された過日、彼女がある幼児のほうにどんどん近付いて行くものだからわたしの肝の温度が激沈した。

彼女が標的に定めたらしい幼児が、あろうことかアレックスだったからである。

9月から託児所に来るようになったアレックスは、底辺託児所のガキどもとは全く毛並みの違う子供である。

シングルマザーである母親が働いている昼間は元大学教授の年金生活者であるおじいさまに預けられており、そのおじいさまが病気で倒れた友人に代わって慈善施設のクリエイティヴ・ライティング教室で臨時講師のボランティアを始めたため、週に一度、2時間だけ底辺託児所に預けられているのだ。

 

しっかりした大人たちにしっかりと愛され、触れるべきものにのみ触れて、まだ触れるべきでないものからは守られて育っている2歳児のアレックスは、すくすくと成長している。

彼を見ていると、同じ年頃の底辺託児所の子供たちに足りないものがよくわかる。

 

他人と見れば怯えたり、無闇に攻撃的になったりする底辺託児所の子供たちと異なり、他人を信じきって大らかに微笑むアレックスはまるで天使のようだ。が、同時に非常に危なっかしい。

 

案の定、リアーナはいきなりアレックスを押し倒し、彼が握っていたミニカーを取り上げると、床に倒れている彼の脚に蹴りを入れ始めた。

アレックスは、最初は何が起こっているのかわからないといった表情で呆然としていたが、すぐに火がついたように泣き始めた。

「やめなさい、リアーナ」

わたしがリアーナを押さえにかかるのと同時に、アニーが飛んできてアレックスを抱きあげ、隣室に連れて行った。わたしはリアーナの正面にしゃがんで言う。

「あんた、蹴りまで入れる必要ないじゃん。他人から物を取り上げるのもいけないけど、すでに倒れている人間を痛めつけるのはもっといけないことだよ」

2歳ぐらいの子供を諌める場合、こんな話したって、こいつにはわかんないよなあ。と思うのが常だが、リアーナの場合は違う。何くだらない説教ぶっこいてんの、このばばあ。と言いたげなティーンエイジャーのように、にやにや笑ってこちらを見上げているのである。

 

だめだな。これは。と思いながら一応型通りに説教を終え、リアーナを粘土遊びのテーブルに連れて行って粘土をこねたり打ち叩いたりすることで暴力欲を発散していただいていたのだが、5分もすると彼女は飽き、また椅子から立ち上がって隣室に向かって歩き出した。

 

隣室では、アニーの脇に座ったアレックスが床に置かれたブラックボードにチョークでお絵かきをしている。リアーナは彼の姿を見つけ、執念深く近づいて行って、その真ん前に腰を下ろした。何らかの暴力をふるいたいのだろうが、脇にアニーが座っているので、できない。といった感じのじりじりした目つきで彼を睨んでいる。

 

と、何を考えたのか、いきなりアレックスが自分の持っていたチョークをリアーナに差し出した。さきほどの暴力沙汰があるので、殴られる前に自分の持ち物を差し出しているのか?と思っていると、次の瞬間アレックスはすっと両腕を広げてにっこり嬉しそうに笑い、リアーナを抱きしめたのである。

 

リアーナは何が何だかわからないといった表情でハグされていたが、アレックスが彼女の体から両手を離すと、おそるおそる彼を見た。アレックスは相変わらずにこにこしている。リアーナはしばらく彼を凝視していたが、やがてその笑顔につられるように微笑んで、2人は一緒にチョークでお絵かきを始めたのである。

 

目の前で展開されたシーンに軽く圧倒されているわたしに、アニーが言った。

「わたしたち、リアーナに“あれはいけません”、“これはいけません”、といつも言うわよね。つまり、NOばかり言ってるんだわ。でも本当に彼女に必要なのは、たった今アレックスがやって見せてくれたように、YESなのかもしれないわね。言い方を変えれば、愛。っていうか」

 

幼児たちに囲まれて働いていると、たまに物凄いシーンに出くわすことがある。

「汝の敵を愛せよ」というのはジーザス・クライストが人間に課した無理難題の一つだが、自分の尻さえ自分ではまともに拭けない猿同然の年齢の幼児にこの難題がクリアできるするのは、これは人間が猿に劣る生き物だからであり、“愛せよ”ということは即ち“猿になれ”ということなのかもしれない。

 

アレックスに自分の存在を全面的に肯定されたリアーナは、あれ以来彼とマブダチになった。

ブランコの上から飛び降りようとしたり、頭から先に滑り台から滑り落ちたりするような危険なことばかり天使児に教えているので、それはそれでちょっと問題になっているが。

  
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2008年10月14日

白髪の檸檬たち 〜底辺託児所とモンテッソーリ〜

「檸檬」 「大人は幼児に仕えるべきではありません。彼らが独立した人間として生きて行けるよう手助けをすべきなのです」

と言ったのは、高名なイタリアの教育者、マリア・モンテッソーリである。

 

イタリアで初の女性医学博士であった彼女は知的障害児の治療教育で大いなる成果を上げ、それを発展させて独自の教育法を作り出し、20世紀初頭に健常児教育にそれを応用した際には、ローマのスラム街に住んでいた底辺幼児の託児所からスタートした御仁である。

 

その底辺生まれとも言えるモンテッソーリ教育法が後に世界中に広まり、日本ではモンテッソーリ教育を取り入れた幼稚園は“お受験対策”で人気だというし、米国などには「一度でも大便を漏らした子は退学(園)」「先生の言うことがわからない子や言うことを聞かない子は退学(園)」などの非情な規則を持つ、完全なエリート組織と化した幼稚園が数多く存在しているという。

 

英国でも、モンテッソーリ系の幼稚園や学校は“ミドルクラス以上の家庭が子供を通わせる場所”というイメージがあり、わがブライトンのモンテッソーリ・スクールなんかも閑静な高級住宅街の一角にある。が、ちょっと他と違っているのは、校長が“スラム街からスタートしたモンテッソーリ教育の起源に立ち返り、貧しい家庭の子供たちが通えるよう、モンテッソーリ校の公立化を行おう”という運動を始めた点であり、ガーディアン、インディペンデントなどの新聞を巻きこんで運動を拡大し、2年ほど前に英国初の公立モンテッソーリ校をブライトンに建設する寸前にまでこぎつけたのだが、結局資金繰りの問題でおじゃんになっている。

 

一方、「大人が幼児のために何でもしてあげる必要はないの。うちの託児所に来るような子たちは、早くから自立して生きていかねばならない子供たちだから、他人に頼らなくとも生きていけるスキルと力を与えることが、真の意味で彼らを助けること」

と言っているのは、白髪のアニー・レノックスこと、わが底辺託児所の責任者である。

 

まるでローマのスラム街託児所時代のモンテッソーリみたいなことを言う人だなあ。と最初に聞いた時には思ったが、それもそのはず、どうやら彼女は国際モンテッソーリ協会公認の教員資格も持っている人なのだそうで、本人が望めば、底辺託児所みたいな乱暴な場所で働かなくとも、モンテッソーリ系の学校や幼稚園で裕福な家庭のお子様たちの面倒を見て、高額の給与を貰える人なのである。

 

彼女自身は自分の経歴をべらべら喋る人ではないので、彼女とモンテッソーリの繋がりを知る人は底辺託児所には殆どいない。わたしがそのことを知ったのは、ブライトンのモンテッソーリ・スクールの校長を通してであった。

 

保育コースでマリア・モンテッソーリについて学んだわたしは、ブライトンのモンテッソーリ・スクールを見学させてもらうことにした。で、その際に校長から「あなた、保育コースの実習はどこでやっているの?」と尋ねられ、底辺託児所の名を答えると、彼女が言ったのである。

「ふうん。私、あなたのボスを知っているわよ。私たち、若い頃にモンテッソーリ教員養成校で机を並べた仲なの」

痩身のアニー(レノックス似の底辺託児所責任者)とは対照的に肉付き&血色のよい校長は意味ありげに微笑んだ。「私たち、親友だったこともあるのよ」。

 

いつも色褪せたジーンズによれたTシャツで、寒くなると息子の革のライダースジャケットを羽織ってきたりするアニーと、ローラ・アシュレイ系の衣服に真珠のネックレスの校長が親友だったというのはピンと来ないが、そういえばわたしがモンテッソーリ・スクールを見学に行くと言った時、アニーの顔色が一瞬変わったような気がしたのだった。

 

「もう30年近く彼女とは会ってないわ。よろしく伝えてちょうだい」

校長はどこまでも上品な発音の英語でそう言い、自室に消えて行った。

娘時代は親友だったという60代の女たちは、その後、真逆ともいえるキャリアの進め方をしている。

1人はモンテッソーリのメソッドとフォーマットを頑なに守り、その看板を掲げて仕事を続け、もう1人はモンテッソーリの枠から飛び出し、創始者の精神だけを受け継いでいる。が、この正反対の女たちには、どこか似かよった匂いがするのだ。

 

「よろしく伝えてちょうだい、と言っておられました」

底辺託児所でアニーに言うと、普段はどんなに忙しくても必ず話しかけた人間の方を向いて話をする彼女が、珍しく目を落としている書類から顔を上げずに答えた。

「どうだったの?見学のほうは」

「幼児部を見せてもらったんですけど、子供たちが礼儀正しくて大人しくて、びっくりしました。暴れるどころか、大きな声を出す子すらいないんです」

「あそこはそういう子供たちが行くところだから」

「でもなんかこう、・・・物足りないような気がしたんですよね」

「うちと違って静かだからでしょう」

「けど、あそこの校長、英国初の公立モンテッソーリ校を作る運動をまだ続けておられるみたいですよ。一度駄目になったけど、まだ諦めてないって仰ってました」

「・・・」

「実現したら凄いですよね」

とわたしが言ったところで、アニーは他のスタッフに呼ばれて別室に立って行った。

 

「裕福な家庭の子供たちだけでなく、貧しい子供たちもこのような教育を受けられるようになればいいのにと思います」

とは、ロンドンのモンテッソーリ教員養成校で講演した際のマハトマ・ガンジーの言葉である。この言葉を自分の学校のウェブサイトに掲げてモンテッソーリ校公立化運動を始めた時、くだんの校長の脳裏には、底辺託児所で働く昔の友人の姿がよぎっていただろうか。

 

21世紀の今でも、英国は歴然とした階級社会である。

その国で、底辺の子供たちに階級を超越するための能力を与え、子供たちに階級そのものを破壊させようとしている人々がいる。

この白髪女たちのスピリッツは、世の不公平を呪ったり茶化したりしているパンク・ロッカーのそれより、よほどアナキーだ。

 

「この託児所に来ている子供たちが、公立モンテッソーリ校小学部に入学する、なんてことになったらブリリアントですよね」

別室から戻ってきたアニーに言ってみると、彼女は何も答えず、だが今度はまっすぐわたしの目を見て微笑んだ。

その笑顔はまるで、梶井基次郎が丸善の店先に置いた檸檬のようにカーンと冴え渡っている。

 

白髪の檸檬たち。

彼女たちの共通点は、老朽しないこのスピリッツの冴えなのだ。

  
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2008年10月10日

諦念のメアリー

色いろいろ。 底辺託児所の名物。ともいえるクソガキに、ジェイクという4歳児がいる。

当該託児所で働こうという気になった人は、まず一度はガキどもに蹴られる、何物かをぶつけられる、髪の毛を引き抜かれるなどの覚悟をしておかねばならないが、ジェイクの場合はそれらの行為を絶え間なく行っている点で異彩を放っており、そのフィジカルな暴力の連続に慣れた頃、大人たちには次なる関門が待っている。

 

Swear Wordsと呼ばれる卑語である。

英語における卑語というと、FUCKF言葉と称される、庶民の卑語)、CUNTC言葉と称される、F言葉より品のない言葉)、BLOODY(前述2つに比べるとぐんと品格の高い、王室の方々もお使いになられる御卑語)などが一般的には有名であるが、英国の底辺周辺をうろついているとこれ以外にも様々の卑語があることに気づくのであり、英国に来て日の浅い外国人などは、自分が言われている言葉が卑語であることに気づかないでぼんやりしている。という哀しい状況に立たされていることが往々にしてあるが、4歳のジェイクの場合がまさに、この外国人にはよくわからない底辺言葉の卓越した使い手なのである。

 

しかも、彼の場合は人を選んでそれらの言葉を発している(つまり、外国人の前でばかり発している)知能犯なのであり、彼が最近ターゲットにして遊んでいるのが、ガーナ出身のメアリーである。

メアリーは保育コースの学生で、母国では教師をしていたという。英国では、アダルトステューデントたちがパートタイムの保育コースを修了した後、大学に編入して小学校の教師になったり、ソーシャルワーク、児童心理学を学ぶ課程に進むことができるなど、いったん社会に出た大人向けの例外的な学問のルートがいろいろ用意されており、それだからこそいい歳こいていろんなことを勉強している人々がけっこういるわけだが、メアリーの場合は保育士の資格をスプリングボードにして英国でも教師の資格を取ろうとしている。

 

彼女はすでに英国在住20年であり、ブライトンで2人の子供を育て上げているが、おっとりした温厚なクリスチャンで、一貫してブライトンの貧民街で暮してきたにしては奇蹟的なほど英国底辺階級に染まっていない。きっとジェイクが発するような下品きわまりない言葉を使う近所の人々とはあまり付き合わず、元教師の折り目正しい移民としてひっそり生きてきたに違いない。

 

そんなメアリーに標的を定めたジェイクは、相手が優しいのをいいことに、最近では卑語だけではなく、「メアリー、なんでそんな黒い肌をしているの?」「メアリーは日焼け止めクリームとか塗る必要ないね。もう充分黒いから」などの問題発言をし始めた。

 

「どうしてそんな黒い肌をしているの?」といった質問は、子供らしい素朴な疑問だと主張するスタッフもいるが、それは問題を面倒臭くしたくないための詭弁だろう。ミドルクラスのぼんやりしたお坊ちゃまやお嬢ちゃまなら話は別だが、山あり谷あり社会福祉保険事務所あり家庭裁判所ありの、そこら辺の大人よりよっぽど豊富な人生体験を持っている底辺託児所のガキどもが、黒人の肌を見て、あらまあ、不思議ねー。と純朴に感心するなどという悠長な話があり得ようか。

 

ジェイクの場合は間違いなく、人種差別的発言をしてはゲラゲラ笑い合っている貧民街の大人たちを見て、そういうジョークを飛ばせる人間はクールなのだと思い込み、コピーしているのである。実際、人種差別的発言をするとインテリジェンスのない野蛮な人間だと思われるミドルクラス以上の階級とは反対に、この国の底辺周辺では人種差別的発言をする人間は痛快なヒーローとして受け取られる節がある。英国という国では、上層と下層で“クール”の定義が違うのである。

 

よって底辺幼児ジェイクは、WHITE TRASH(白屑)と呼ばれる近所の大人たちに近づこうと日々精進しており、メアリーへの人種差別的発言もだんだん悪質化しているのだが、当のメアリーはいつものように鷹揚と構え、ジェイクに腹を立てるでも諌めるでもなく、にこにこ笑いながら彼のそばにいる。

 

見かねた当該託児所の責任者代理が、ある午後ジェイクの正面に座って、「ジェイク、世の中にはいろんな色の肌をした人がいるの。私やジェイクの肌はホワイトでしょ、で、メアリーは?そう、ブラック。ケリーは何色?そうね、ホワイト。でもほら、ミカコを見て。彼女は何色?ホワイト?違うでしょ、ほら、彼女の場合はちょっと黄色くない?」と説き始めた。白・黒・抹茶・あずき・コーヒー・ゆず・桜、という、名古屋のういろうのCMソングが昔日本にあったが、英国の教育現場における人種教育も所詮ういろうのCMの範疇を出ていない。

いったいぜんたい、いろいろな色を取り揃えたからといってどうなるというのだ。

 

英国政府のイニシアティブにより今秋から実施となった幼児教育の新ガイダンスでは、この人種教育を“DIVERSITY”“INCLUSION”のテーマで最優先課題の一つにしているが、たかがいろんな色の人形や、いろんな色の主人公が出てくる絵本などを教育現場に取り揃えたぐらいでどうにかなる問題ではないということは、いろんな色の一つとして現場に取り揃えられた有色スタッフたちはよく知っている。

 

託児所での仕事を終えて帰りが一緒になった際、メアリーに訊いてみた。

「ジェイクが今日も妙なこと言ってたでしょ」

「わりとしつこい子供よね」

メアリーは目を細めて笑う。

「どうしてそんな風に笑っていられるの?わたしならとっくにブチ切れてるけど」

「もう慣れているもの」

「そうなの?わたしは慣れることはないな、ジェイクには」

「いや、そうではなくて」

「?」

「この国の人々に慣れた、ということよ」

優しいまなざしでメアリーは言った。「もう20年になるんだもの」

 

そのふにゃふにゃに柔和な表情とは対照的に、ずっしりハードな、鉛の如き諦め感がそこにはあった。

赦し。という言葉の本当の意味は、諦念。なのかもしれないな。

ふと神学的になりながら、道路の反対側に渡って行くメアリーの姿を見送る。

 

背後からは、慈善施設を出てくるジャージ、老年パンク、ヒッピー、もはや人間の形状すらなさなくなっている者。などの英国人底辺生活者の群れ。群れ群れ群れ。が、ぼんやり突っ立っているわたしを追い越して行った。

  
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2008年10月07日

突然ですが。

バイトしてくださる方を急募いたします。

バイトというほどのものでもないのですが、毎週月曜日の午後12時15分にブライトンのFiveways(正確にはStanford Ave)にあるNurseryまでうちの坊主を迎えに行き、午後2時にWhitehawkの某コミュニティーセンター(ここでわたしが保育のコースを受けているわけですが)まで連れて来てくださることの可能な方。

金銭的には何の足しにもならんような短時間のバイトですが、やってもいいかも。という方がもし万が一おられたら、例によってmikako0607jp@yahoo.co.jp までご連絡ください。

ものすごい急募です。できれば来週からでも。

  
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2008年10月04日

COUNTRY LIFEよりKERRYGOLD

再びお茶の間に。 英国市場で唯一の英国産バターらしいCOUNTRY LIFECMにジョン・ライドン大公出演。

http://www.enjoycountrylife.co.uk/upto.php

 

個人的には愛蘭土産のライバル商品、KERRYGOLDの濃厚さの方が好みなんですが。

 http://www.kerrygold.co.uk/index.php?s=home,1

 

愛蘭土人であることを妙に主張しておられた90年代から00年代前半の大公の言動は、あれは西洋社会での愛蘭土ブームに乗ってのことだったのか。と思うほど、英国産であることを前面に押し出しておられますなあ。最近。また揺れ戻しも必ずあると思いますが。

 

                     *************

 

先週は愛蘭土に行ってまいりました。

うちの不肖の息子に、ついにカソリックの洗礼を受けさせました。

どうせなら信心深い祖母の通っている教会で。というわけで。

ブライトンの、アレック・ギネス似の(ザル系)大酒飲みの神父に感謝。

酒好きは酒好きによって制せよ。という神の御業を感じました。

 

土産には当然アイルランド産のウィスキーを買ってきたわけですが、なにげに「自殺を考えていたが、アル中の神父によって救われた。今でも彼にはワインのボトルをさげて会いに行く」というミッキー・ロークの談話を思い出してしまいました。

 

              *************

 

神父とか教師(の中に保育者も入るのかしら)とかには、重大な欠陥があったほうがよい。小さき者たちの気持ちがわかるから。

と言ったのは、詩人をしていた愛蘭土人の昔の男でした。

 

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小さき者たちの気持ちどころか、自分のブログの使い方一つよくわかってないわたしは、いつの間にやらブログに拍手なんて機能がついていて、それが誰の意志によって登場したものやら、どうすれば消せるのかもわからないままエントリを続けておりますが、昨夜この拍手にはコメントなるものがついて来るのだということを初めて知り、その一覧を見ました。

 

コメントをお寄せくださった方々、どうもありがとうございます。

シカトしていたわけではないのです。数か月間その存在すら知らなかったのです。

  
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2008年10月01日

A GOOD BOY

寂しみのクレヨン。底辺託児所にやってくる子供の1人に、バングラデシュ人と英国人の混血児がいる。

肌色の違う両親から生まれた混血児なんて珍しくもなんともない英国でも、この褐色イスラム教徒×白人イングリッシュの組み合わせはやはり珍しい。

 

4歳になるカーンというこの男児は、折り目正しく、礼儀正しく、品行方正である。なぜ吐きだめのような当該託児所にこのような子供が来ているのかというと、彼の家庭にはけっこう問題があるからだ。

 

8歳になる兄は、学校で机や椅子などを投げて暴れる、同級生に殴る蹴るの暴行を働く、授業中に逃亡する、などの問題行為をはたらいたため、母親の育児に疑問を抱いたソーシャルワーカーの手によって取り上げられ、現在はフォスターファミリーの家から通学している。

 

さらに、カーン兄弟の父親にあたる英国人男性は法的にはまだ彼らの母親と結婚しているものの、実質的には7年ほど前から同居・別居を繰り返し、ドメスティック・ヴァイオレンスで投獄されたこともある万年無職のアル中男性で、現在はそういうタイプの人々が集団生活しているチャリティー系コミューンにいるらしい。

 

白人男性と所帯を持つことによりムスリム・コミュニティーを捨てたバングラデシュ人の母親は、外見的にはきわめてUK化されたイスラム女性だが、なんだか生真面目そうで神経質そうで“思い込んだら一途です”って感じで、わたしなどはわりと苦手な範疇に入る女性なのであまり話したことはない。が、よくアニー(・レノックス似の託児所責任者)と深刻そうな話をしている姿を目にする。

 

ゴシップ好きの古参ボランティアたちの話によれば、カーンの母親は、自らの家族を含むムスリム・コミュニティーから村八分にされながらもイングリッシュの男と結婚したわけだが、この男がろくな人間ではなかったために極貧生活を強いられ、しまいには生活保護を受けて暮らしていく、という身の上になったことをひどく恥じており、ムスリム・コミュニティーからも物笑いの種にされているという。

 

そんな彼女は、おムツが11か月で取れ、15か月の時には文章を喋っていたという長男に多大な期待をかけることとなり、「この子は天才」「末はオックスフォードか、ケンブリッジか」などといった、単にその場を盛り上げるために発せられる第三者の無責任な発言を真に受けて長男に勉強するよう強要し、言うことを聞かなければバスルームに閉じ込める、折檻をする、飢えさせる、といった激烈にストイックな養育を続けて行った。

 

その結果、長男は家庭では品行方正な子供になったが、学校では大変にヴァイオレントな振る舞いをするようになったのであり、そうこうするうちに彼が同級生の顔に噛みついて流血騒ぎになるという事件が勃発し、呼び出された母親が校長室で激昂して息子と取っ組み合いのファイトを繰り広げるという緊急事態になって、カーン兄弟はソーシャルワーカーの手によって母親の元から引き離されたという。

 

が、兄と比べるとぼんやりしたタイプのカーンは、母親から期待をかけられることもなかったらしく折檻などもされてないようだし、学校でもおとなしく何の問題を起こすこともなかった。加えて本人も母親を慕っているようなので、弟だけは母親の元に戻しましょう、という家裁の判断で、再び母親と同居するようになったらしい。

 

生まれてほんの数年しか経たない幼児や動物のライフを表現する場合、“数奇な人生を送ってきた”などという重厚かつ文学的な表現を用いて笑いを取るライティング手法があるが、カーン兄弟の場合は、冗談ではなく本気でその表現が当て嵌まる。

 

生活保護受給金は全て父親が飲んでしまうし、“女は家庭で子を育てるべし”のイスラム教徒的考えから抜け出せない母親は働こうとしないし、ってんで、家賃、住民税、光熱費などの支払ができなくなって住居から追い出された母親とカーン兄弟は、ブライトン警察署の正面玄関右手のロビーに寝泊まりしたこともあるそうで、その時カーンはまだ2歳だったという。父親の暴力に耐えられなくなった母親が2人の子供を連れてWomen’s RefugeDVに苦しむ女性たちのためのシェルター)に移住したことも1度や2度ではなかったようだし、底辺託児所のある慈善施設に母子が来るようになったのも、毎日タダ飯を食わせてもらうためだったという。

 

そのような底辺中の底辺ともいえる暮らしを経験させながら、本気で長男をオックスフォード大学に行かせてムスリム・コミュニティーを見返すつもりだったという母親の期待というのは、これはもう“多大”というより“アンリアリスティック”であり、はっきり言ってしまえば狂っている。

その狂気にヴァイオレンスで対抗してきた長男は自力でその狂気から逃れたわけだが、黙ってそれらすべてを見てきた弟カーンの品行方正さは、これはいったい何なのだろう。

 

「カーンは、とても礼儀正しく、物がよくわかったいい子ですね」

ある日、カーンの母親にそう言うと、

「サンキュー」

と興味なさげな返事が戻ってきた。そんなことはどうでもいいのよ、と言いたげな様子でアニー(レノックス似の責任者)の方へ行き、また深刻そうな会話を始めている。どうすれば長男を取り戻すことができるのか来る日も来る日も相談しているのである。

 

「カーンは、年齢にしては大人びた、とても賢い子ですね」

ある日、託児所のミーティングでそう発言すると、他のボランティアたちは全員“はあ?”みたいな顔でわたしを見た。そして「ああ、静かな子だよね」と短くコメントしてもっと華のある子供たちのことに話題を移行した。カーンは品行方正で頭のいい子なのだが、あまりに目立たないので、多くの人はそのことに気づかない。

 

「カーン。あんたって、いろんなことのわかった、いい子だね」

ある日、本人にそう言ってみると、彼は瞬時にくるっと後ろを振り返った。“カーン”と名指しで言ったにも関わらず、わたしが誰か別の子供のことを言っていると思ったのだ。

「あんたのこと言ってんだよ。カーンはとてもいい子だね」

わたしが言うと、彼は顔の筋肉が伸び切ったような白々した表情になってぼんやりとこちらを見つめ、やがて手元のクレヨンに目を落としてお絵かきを続けた。

「いい子だね」

と大人に言われたことのない子供は、喜ぶことも照れることも怒ることもできず、空虚な穴みたいな顔でしかその言葉に応えることができない。

 

「これ、今日カーンが描いた絵です。ブリリアントでしょう」

彼を迎えに来た母親に、彼のクレヨン画を渡してみると

「サンキュー」

と興味なさげな返事が戻ってきた。

 

託児所の営業時間後に掃除をしていると、茶色と黒のクレヨンで怪物らしき荒々しい物体の描かれたその画用紙が、靴箱の上にひっそり寂しく置き去りにされているのが見えた。

  
Posted by mikako0607jp at 09:53TrackBack(0)