2009年03月29日

背中で泣いてるアウトサイダー

昨年から底辺託児所に来るようになったエジプト出身のムスタファが、もうすぐ4歳になるのを機会に、底辺託児所以外のプレスクールにも通うようになった。

が、どうもそちらでは完全に孤立してしまっているらしく、言葉を全く発さないらしい。

 

英国に来てまだ数か月にしかならないのだから、同年代の子供たちに比べれば英語力は絶対的に劣っているにきまっている。それでも底辺託児所ではベーシックな表現を使ってそれなりに意志伝達を図るムスタファなのだが、他所ではむっつり口を閉じたまま一言も喋らず、誰とも打ち解けないというのである。

 

そういうわけで先方では地方自治体の幼児教育施設サポート部に連絡を取り、ムスタファのために通訳の派遣を手配したらしい。

「うちではそんなの必要ないわよねえ。彼、ちゃんと英語を喋っているもの」

と首をひねるアニーの命を受け、わたしがムスタファの通うプレスクールを見学に行くことになった。

 

プレスクールというのは、概ね何処かのコミュニティー・センターや教会のホールなんかを借りて運営されている「小学校準備お遊び教室」みたいなものであり、大半が午前&午後のセッションに分かれていて、主に2歳から4歳までの子供たちが通っている。なぜ4歳までなのかというと、英国の小学校にはレセプションクラスと呼ばれる幼児部があり、公立の学校に入学する子供たちのほとんどが学校に通うようになるのは4歳からだからだ。

 

だから「まだ3歳だから」みたいな悠長なことは言っておられず、さっさとどこかに通わせて集団生活を体験させておかねば。と考える親が大半であり、そういう親たちは夫婦共働きの場合には朝から晩まで子供を預かってくれる保育園に子を預け、時間的に余裕がある場合にはプレスクールに子供を通わせることになる。

 

で、ムスタファの場合はプレスクールに通っているのであるが、あろうことかそのプレスクールのあるエリアが、ブライトンでも有数の高級住宅地なのである。というのも、彼の母親がエジプトから逃げて来て頼った先の親類の家というのがそこにあるからで、と言ってもムスタファの親類の爺さんというのは元清掃作業員の年金生活者なのだが、当該地区がトレンディになって高級住宅街になるずっと前からそこに住んでいたのである。

 

そんなわけで、ムスタファが通っているプレスクールには、裕福そうなつやつやほっぺのお子さまたちが通ってくる。肌色的にも圧倒的にホワイトで、いかにも高そうなブランド物の子供服を着たインド・パキスタン系の子供が数人混ざっている。という感じだ。底辺生活者サポート施設で無料配給されているリサイクルの古着を身に着け、ひょろっと痩せこけた黒人のムスタファは、一見しただけですでにアウトサイダーである。

 

「階級が云々言い出すのは大人だけ。幼児にはそんなことはわからないし気にもしない」

などということを言うドリーマーな識者が時々いるが、幼児はしっかり自分のバックグラウンドを認識している。寧ろ、階級という状況説明用語やそのコンセプトを知らないだけに、大人よりも濃厚&本能的に他者との差異を感じていると言ってもいいだろう。

 

ある調査によれば、この国の子供が日々耳にする語彙の数は、ミドルクラスとワーキングクラスで5千語から1万語ほどの差があるそうだが、ガキのくせにやたら難しい言葉を使う某プレスクールの子供たちの英語は発音も厭味なほど美しい。語彙に乏しくその大半が卑語で、それぞれの単語の最終音をまともに発音しない底辺託児所の子供たちの英語しか聞いたことのないムスタファにとっては、同じ言語とは思えないほど違って聞こえるだろう。

 

加え、ムスタファの場合は苦労人である。エジプトではDVな父親に痛めつけられたし、渡英してからは底辺生活者サポート施設で昼間から妙なものを吸ってラリってる大人たちにからまれたり、凶暴児だの極道児だのからぼこぼこにされてきた。そんなムスタファが、大人から絵本を読んで聞かされておとなしく座っているばかりか、本気で笑ったりびっくりしたりしているような育ちのいい子供たちに、今更へらへら笑って混じって行けるわけがないではないか。

 

そんな彼は、某プレスクールではずっと後ろを向いていた。彼を遊びに参加させようとする保育士に手を引かれて行く時のどんよりした背中。用が足したいのにそれがうまく伝えられず漏らしてしまってトイレに連行される時のしょんぼりした背中。印象として残っているのが、どういうわけかすべて後ろ姿ばかりなのである。

 

「ムスタファはとても静かで、棒で他の子供を殴るとか、ナイフを持って他の子供を威嚇するとかそういうことも一切なく、表面的にはとてもいい子でした」

底辺託児所でアニー(レノックス似の責任者)にそう報告すると、彼女は訊き返した。

「表面的には?」

「ええ。いい子だったんですが、いつも後ろを向いていました。この託児所で、自分が受けた虐待を他の子供を相手に再現したりする時のムスタファは、ぞっとするほど悪い子ですが、きちんと前を向いている。いい子とか悪い子とかいう表面的判断より、向いている方向のほうがわたしには気になりました」

と言うと、アニーは意味深な笑いを漏らしながら言う。

「あなた、本当に子供たちに入り込んできたわね。1年前は、なんで私はここにいるんだろう、みたいな情けない顔をして働いていたものだけど」

 

赤面して黙り込むわたしの足元にムスタファがサッカーボールを蹴りつけて来た。

Let’s play footbaaaaaaaaaaall!!

ほらね。彼はちゃんと英語が喋れるのである。

 

あの地域に暮らす限り、プレスクールでも小学校でもムスタファはアウトサイダーだろう。なにしろ彼が住んでいる地区にはスクールランキング上位の公立校があり、そこに子女を通わせるため家を購入する親が後を絶たず、不況にも関わらず住宅価格が下がらないエリアだ。貧乏人の分際でその人気校に通えることを考えれば、彼は幸運なのかもしれない。が、自分は部外者であるという意識は今後ムスタファのスクールライフの基盤になるだろう。

 

I like football. I like it here .....and ......I like you

ムスタファはそう言って、わたしが投げたサッカーボールを蹴り返してきた。

ほらね。彼はちゃんと英語が喋れるのである。

 

他所での彼の寂しい背中を思い出すと、いいじゃないか、別に昇らなくても。階級なんて。ずっとここで一緒にサッカーしていようぜ。という気分にもなる。

が、きっと、いや、絶対に、そうではないのだ。

 

負けるな、ムスタファ。

叱咤激励の意味を込めて蹴り返したボールが彼の脚の間を抜けて砂場の方に転がって行く。

それを追いかけて走るムスタファの小さな背中に、春の陽があかあかと射していた。

 

  

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2009年03月18日

神の御使い

今月でわたしの保育コースも終了するが、最後に待ちうけていた課題が、SENSpecial Educational Needs…障害児その他の特別なサポートが無ければ健常児と同じ教育を受けることが困難な子供たち)についてのエッセイである。

 

貧困とか、住む家がないとか、家庭環境がぐちゃぐちゃで性格が歪んでいるとか、そっちの方のSENなら底辺託児所で豊富に経験済みだが、障害(身体的、精神的)となると、貧乏人のくせにやたら健康な子が多いわが託児所には該当児が存在せず、「困ってるんですよね」とアニー(・レノックス似の託児所責任者)に漏らすと、彼女が近所の保育園のSENCOSpecial Educational Needs Co-ordinator。障害児保育担当者)に連絡を取り、見学をアレンジしてくれた。

 

わが底辺託児所のある地域は全国的にも“貧しい”と認定されている地区だ。英国では通常3歳児からしか政府の保育補助金は支給されないものだが、例外的に2歳児から保育補助金が支給されている地区の一つである。その地域の障害児を多く引き受けているという保育園でわたしを待っていたSENCO40代(つまりわたしと同世代)の黒髪のおばはんであり、地味&カジュアルな服装に身を包み、すっぴんで働いてはいるものの、昔はストロベリー・スウィッチブレイドないしはスージー・スーだったことが伺い知れるようなゴシック感が髪型や靴のあたりに漂っていた。

 

「ま、いろいろ喋るよりも見てもらいましょうか」

と彼女に案内された保育園内部では、至るところに障害児の姿が見られた。ダウン症の子供。片腕の無い子供。目の見えてない赤ん坊。英国では、障害児を障害児だけが通う教育施設に閉じ込めるのではなく、健常児と同じ場所で教育を受けさせましょうという法律が90年代に制定されている。が、現実問題としてそれはいまだ難しく、特にこうした地区にある貧しい保育園には障害児受け入れが出来る場所は数少ない。

「この子たち、みんなこの地域の子ですか?」

「そう」

 

貧しいだけでも大変なことなのに、どうしてこんなに障害児がいるのかと思う。

そういえば貧民街には(役所をだまして障害者手当を貰っている健常者ではなく、本物の)障害者も多いので、遺伝的なものなのだろうか?または、アル中や薬物乱用などの健康に全く留意しないライフスタイルのせいで、障害児が生まれる割合が高いのだろうか?

 

部屋の隅で人形をいじっていた金髪の愛らしい女児がいたので

「ほら、お腹のところを押したら声が出るよ」

と軽い気持ちで話しかけてみると、

「あううううう、あわああああああああ、わああああああああああ」

と地の底から響くような声でうめき返された。

「ううううあああああ、わあああああああ、あああああわあああああああああ」

女児のうめきは止まらず、壁に背中をすり寄せてわたしを凝視している。

ゴシックSENCOが近づいてきて、女児に話しかけた。

「怖くないでしょ。彼女はあなたに挨拶しているだけなのだから」

SENCOはそう言って女児を抱き上げる。

「重度の発達障害児なの」

「うあああああああ、うおああああああ」

この声は何かに似ているなと思った。

そうだ。出産病棟に入院していた時に上階の分娩室から聞こえてきた、陣痛時の女のうめきに似ているのだ。とても人間の声帯から出ているとは思えない、あの異様に動物的な声。正気の人間のその正気の鎧を突き崩すような、とてつもなく根元的で、やるせない声。

 

そんなことを考えている間にもダウン症の幼児が歩いて来てSENCOにクレヨンを渡す。

「落ちてたの?ありがとう」

ここまで見ていてわかったのは、彼女は保育士によくありがちな「怖がらなくてもいいのよー、よちよち、ぎゅーっ」だとか「拾ってくれたの?えらいねー、すごいねー」をやらないということである。なんというかこう、全体的にクールなのだ。預かっている幼児たちが最早おべんちゃらでどうにかなるような相手ではないということなのだろう。

 

盲目の赤ん坊を抱いていたアシスタントがトイレに行きたいらしく、SENCOに赤ん坊を預けに来た。もうすぐ9か月になるというこの乳児は、びくびくと絶え間なく怯えた様子で、ずっと両手の拳で自分の目をこすり続けている。

「この子はずっと自分の目をこするのよ。どうしてなのかはわからないけど」

SENCOは言う。

彼は本能的に自分の体のその部分が人と違うことを知っているのだろうか。

生まれつき盲目なのだから他の人間の目の機能がどうかなんてわからないだろうに?

 

開け放した裏口から外に出てみると、10人ばかりの子供たちが狭い庭で遊んでいる。なんだかみんな薄汚れていて貧乏臭い。片腕のない女の子が滑り台の脇で転んだ。「ぎゃああーん」と泣く声。なんだかわけのわからないことをロシア語で喋りながらわたしにボールを投げつけてくるロシア系移民の子供。庭の片隅で三輪車の陰に隠れるようにしてじっと蝋人形のように動かない、洟をたらした自閉症の子供。

 

ぐずぐず沈滞している冬雨前線がいつにも増して英国の空を重苦しくしているせいなのか、戸外なのにここには全く明るみがない。光はあってもそれが妙に暗く湿っているのだ。

とめどもなく陰気な気分でロシア人の子供にボールを投げつけられながら立っていると、片腕の女児がわたしの傍に来て言った。

「リインボ、リインボ」

存在する方の腕を掲げて彼女が指すその方角を見てみれば、本当にうっすらとしたレインボウが上空にかかっている。

「ビーティフォー」

片腕の女児はいかにも嬉しそうに微笑み、わたしの脚に頭をもたれかけてくる。

わたしは暗澹とした空にかかった今にも消えそうなきれぎれの虹を見上げていた。

 

その間にも、ロシア人の子供は執拗にボールを投げつけてくるし、蝋人形になった自閉症児はおぞましい三白眼でわたしを睨み続けているし、盲目の赤ん坊は両手でぐりぐり目をこすっているし、虹の向こうには本物より何倍も派手で鮮明なレインボウ・フラッグがゲイ街のほうではたはた翻っている。

 

なんというところにまで来てしまったのだろうわたしは。思えば遠くへ来たものだ。

一瞬センチメンタルになって中原中也しているわたしの傍で、片腕の女児が「ビーティフォー」を一万回も反復している。わたしは彼女の頭を撫でながら答えた。

「ほんとうに、信じられないぐらいきれいだね」

 

彼女はもうすぐ3歳になるそうで、名はアンジェラというらしい。

貧民街の暗がりに舞い降りた天使のタイツは破れ、沁みだらけでほつれたセーターの胸元から覗く白い肌にはごつごつと鎖骨が浮き出ていた。

 

  
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2009年03月06日

癌スター/甲斐性のない女

I’m packing up.」と連合いが言った。

弱音を吐かない男がいよいよそういうことを言い出したので、よほどきつくなったのだろう。

 

21日周期で行われる化学療法も5サイクル目になり、「えっ、まだ働いてるの?」と担当医も驚くほどの頑丈さで毎日ダンプに乗り、積み荷の上げ降ろしを行うなどの肉体労働をこなしている人間が、「体が動かなくなってきた」と宣言しているのだから、治療を受けながら通常と同じ生活を行うことはもう無理なのだ。

 

「毎日家にいると気が狂いそうになるから、これまで通りの暮らしがしたい」

と言い続けてきた連合いだが、彼がここまで頑張って働いてきた理由には、年度末の3月まで働けば皆勤ボーナスがもらえるというエコノミカルな事情もあるのであり、3月末までは這ってでも行くと主張し、今日も仕事に行っている。

 

ボーナスと言っても、日本のそれとは違って20万円にも満たない金額なのだが、そのために癌患者が働かねばならない理由は、このわたしに甲斐性がないからである。

 

ステロイドも投与されている連合いは日々の気分の浮き沈みが激しく、癌病棟で働いている医師や看護婦さんなどはよくご存じだと思うが、沈むと周囲に八つ当たりをすることになる。うちの連合いもその例に漏れないが、わたしの甲斐性のなさについてだけはまだ言及したことがなく、それを考えると一層肩身が狭くなって気持ちが沈下する。

 

というように、貧乏人の癌というのは、あまり劇的なものでも、文学的なものでもない。

我が家などは初期の頃から非常にリアリスティックかつ事務的な会話が交わされており、

「あんた、もしもの時のために、これだけはやっといてよね」とか

「俺、2年前にお前に金借りてたから、今返しとく。死ぬと返せないし」とか

そういう乾いた会話が展開されており、

「あなた、死なないで」とか

「お前を愛しているよ」とか

そういうことは一度も言い交わされたことはない。

 

しかしながら癌という言葉には、他者の人生にはドラマをもたらす効果があるようで、うちの連合いに連絡を取ってくる人の数なども昨年末から激増し、

「癌は俺をスターにした」

と本人が言うような状況であった。中には

「君は一人ではないということを忘れるな。僕はいつでも君のためにここにいる」

「毎日妻と君の回復を願い、神に祈っている。ジーザスの平和が君と共にありますように」

などというドラマチックなメッセージ付きの花束を送ってきた、何年も会ったことのない知人らもいたが、さすがに癌発覚から5か月も経過するとみんな飽きたのか、めっきり我が家の電話のベルが鳴る回数も減り、生活にノーマル感が戻ってきた。

 

これは連合いにとってはいいことだ。何故なら、彼らに対して何度も癌について語らなければいけないことに彼は辟易していたからであり、「今週はどうだった?」「治療はうまく行ってる?」と尋ねてくる人々を避けるため、わたしが電話に出て「彼はいません」と嘘をつかされることもしばしばだったが、そうすると今度はわたしが質問攻めに遭うことになり、「貴様の稼ぎが足りねえから、彼はいまだに働いているんだよ」みたいなことを遠回しに言う人などもあったので、激憤&気持ちの沈下。を余儀なくさせられることがあって、電話恐怖症になった時期もあった。

 

善意と好奇心は、まったく非なるものであるようでいて、実はぞっとするほど似ている。

 

例えば、最近の英国ではテレビなどを見ていても余命数週間と宣言された末期癌のタレントの話題でもちきりだ。天下のBBCニュースまでもが、彼女の動きを逐一追っている。このタレントというのは、リアリティーTVショーで有名になった素人で、ただ有名であるということを職業としてきた女性だが、癌で余命数週間らしいので、2人の子供たちの将来のために金を残すべく、恋人と結婚式を挙げてその写真を掲載する権利を数億円で某ゴシップ誌に売ったりしている。

 

英国人は彼女の癌報道に妙に関心を覚えており、その理由は自分たちが知っている人間が本当に死ぬからに他ならないが、もし彼女が死ななかったらどうなるのだろう。医師の診断に反して彼女が長生きしてしまったりしたら、人々は「死ななかったじゃねえかよ」と言って怒るのだろうか。「さっさと死ね」と罵倒するのだろうか。

 

本当に死ぬ」ことを売りにして稼ぐだけ稼ぐと宣言し、数億円の収益をあげている20代のねえちゃんもいれば、「I’m packing up」と言いながら20万円にも満たないボーナスをもらうために働いている化学治療5サイクル目の50代の癌患者もいる。

人生がいろいろであるように、癌もいろいろである。

 

「俺はすぐには死なない気がするな。今までの人生を振り返ると、そんなにラッキーじゃないから」

当該タレントのニュースを観ながら連合いは言った。

これまでの人生の経緯、性質などを鑑みると、彼の場合は確かにじりじりした長期戦になるだろう。そして世の多くの癌患者もまた、「癌にかかりました」「はい死にました」という劇的な経緯で散るのではなく、ひっそりとしょぼいところで踏ん張り続けているのだ。

 

「普通病気ってのは治療が進めば気分が良くなるんじゃないか?この病気は治療が先に進めば進むほどクソみたいな気分になる」と連合いは言う。

どうも癌というのはそういう病気のようで、体に毒を入れて延命しようとしているのだからまあそれも当然だろう。

惜しまれて死ぬ人。と、毒にまみれて延命する人。

どちらが好みかといえばわたしの場合は圧倒的に後者だ。

生きること以外に人間の存在価値はない。

 

連合いのスキンヘッドに一部だけ髪が生え戻って来た。

「白髪?金髪?」と連合いは訊く。「きらきらしてるから、金髪」

「おおーっ、GREAAAAAAAT!」

久しぶりに嬉しそうに笑っている連合いの毛をわたしはまた剃刀で剃り落とす。

刃についてきた5ミリほどの細ぼそとした髪は、本当は真っ白だった。

 

甲斐性のない女。

自嘲的に発しているつもりのこの言葉が、これほど他嘲的に響いたことはない。

  
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2009年03月02日

小説家と底辺託児所

底辺託児所には男性のボランティアも何人か来ており、保育士になるのが目的で実習をしている人もいれば、児童心理学やソーシャルワークを学んでいる人などもいる。わたしが働いている曜日に来ているボランティアにも、ポールという男性がおり、くりくりの亜麻色の巻き毛にジョン・レノン眼鏡をかけ、70年代の日本の少女漫画に出てくる少年がそのままおっさんになったような感じの長身のヤサ男である。

 

英国でも保育の世界にはまだ珍しい男性の存在となると、圧倒的多数の女性ボランティアからランチ時のゴシップネタにされることが多いのは成り行き上しかたがない。

「すごいお坊ちゃん育ちみたいで、ボーディング・スクールに通ったみたいよ」

「何冊か本を出版したみたいで、ブッカー賞とまでは行かなかったけど、何かの賞にノミネートされたことがあるみたい」

「父親はBBCのカメラマンで、母親は著名なジャーナリストだって」

「・・・で、何でそんな人がここに来てるの?」

わたしが尋ねると

「ジェイミーの例もあるからね」

とボランティア女性の一人が答えた。

ジェイミーというのは底辺生活者サポート施設の名物的人物の一人であり、最近政府に資本を投入してもらったと報道されていた某大手銀行グループの取締役の息子だが、毎日ギターを背負って当該施設に入り浸り、食堂の真ん中でいきなり太極拳を始めたりする30代のモヒカン男性である。

 

底辺生活者サポート施設には、このテの富裕層ドロップアウト組が何人かいる。古着などを着用していかにも貧乏臭くてリベラルな感じを演出しているが、それらの人々の素生がすぐに知れてしまうのは英語の発音が妙に美しいからである。

そういえば、わが底辺託児所のアニー(レノックス似の責任者)なんかも非常に美しい英語を話すミドルクラス出身者で、そもそも彼女が教育に興味を持ったのは、自分がボーディング・スクールに送られて子供時代に寂しい想いをしたからだという。

 

そのアニーがここのところ託児所の資金難問題等で忙しく、最近、ふと気がつけば英国の知的富裕層出身のポールと日本のワーキングクラス出身であるわたしが2人だけで託児所で働いていたりする時がある。

 

リアリスティックであることを信条とするわたしに対し、ポールはドリーマーで優しい。よって彼と一緒に働いている時は、わたしがクソガキどもとサッカーボールを追い回し、カールは砂場で女児たちとままごと遊びに興じているという状況になっているわけだが、しかしどちらも「ぎゃあ」とか「わあ」とか言って騒がない人間だし、「さあみんなレッツ・ゴー」とリーダシップを発揮するタイプでもないので、ボランティアの中では一緒に働きやすい人の一人であり、偶然にパブで会った先日なども話をすることになった。

 

「あなたは、邪悪な子供たちと一緒にいることに違和感がないでしょう」

少し酔っているらしいポールは言った。

「わたしが邪悪だったからね。っつうか、今でもたぶんそうだけど」

「貧しくて、ハンディキャップを背負った子供たちと、あなたは普通に接することができる」

「まあ、わたしが貧しくてそのためにハンディキャップを背負ってたからね。っつうか、今でもたぶんそうだけど」

「僕は時折、駄目なんですよ」

「許せない」

「というか、わからない」

きっとこの人には辛いんだろうなと思った。育ちが良くて心根が優しいから、大変な境遇の中で生きていて、そのために歪んでいる子供たちと触れ合うのがきついのだ。

「頭で理解しようとするからいけないんだろうけど、そうしてしまう。同じところまで降りて行くことはできないから」

「降りる必要はないんじゃない」

「そうでしょうか」

「引き上げてやればいいんじゃないの。わかるようになるところまで」

わたしがそう言うと、ポールは何事かを考えるように沈黙し、じっとこちらを見ていた。

 

その翌週のことである。

FUCK(正確には、アック。Fサウンドがまだ発音できないらしい)を連発する1歳児のデイジーに、ポールが彼らしくもなく説教を始めたのだ。

「その言葉はやめようね。その言葉を聞くと、とても嫌な気分になる人がいるし、そんな言葉を言うと、デイジーを誤解する人がいるかもしれない」

「アック・ユー」デイジーは積み木で遊びながら、斜め下からの目線でポールを見ながら答える。

 

デイジーの両親はどちらも18歳で、よくある「出来ちゃったからとりあえず産んで、生活保護貰えばいいじゃん」な未婚の貧民街ティーンズだ。2人はデイジーが産まれて1か月もたたないうちに破局したが、現在もデイジーの養育問題(特に幼児養育補助金問題)などのため行き来しており、この2人の会話というのは50%FUCK又はFUCKINGで構成されている。

「あんたのこと(F)待ってたら(F)時間が(F)いくらあっても(F)足りない」

「てめえだけ(F)補助金(F)ネコババして(F)都合の悪い時にだけ(F)赤ん坊を(F)預けに来るな」

というような両親だから、デイジーが最初に喋った言葉がFUCKだというのもしごく当然である。

 

「デイジー、積み木でタワーを作ってみよう。どれだけ高くできるかな?」「アック」「デイジー、アックはやめようね」「アッキン・タワー。アック・ユー」「アッキンもアックも、悲しい言葉だから使ってはいけないよ」「アック・アック・アック」「ほら、この積み木には動物の絵が描いてあるね。これは何かな?」「ボロックス」

 

背中で聞いているにも笑いをかみ殺すのに往生する会話だ。

「イエ〜イ!ボロックス!!」デイジーの発言に反応してローラが言った

「ボロックスはここだよ。これこれこれ」と自分の睾丸をつかみながらスタンリーが猿のように飛び跳ねる。ついにこらえきれなくなったわたしが吹き出すと、深刻な顔をしていたポールまで笑い出した。

 

こんな風に笑いながらやって行けばいいのだ。

辛さと笑いは案外同じ場所から表出してくるものだから。

 

いろいろあって筆を折り、何年も物を書いてなかったというポールは、最近童話を書き始めたらしい。

それは彼が書いていた難解な小説より何倍も素晴らしいだろう。

読んだわけではないが、わたしにはそう思える。

 

卑語を悲しい言葉だと思える彼は、“アック”を文学にすることのできる人だ。

 

 

  
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