2010年04月27日

アナキスト・イン・ザ・UK

MMの葬式行列長いこと、わたしは底辺生活者サポート施設が嫌いであった。

それをネタにしてブログを書き続けてきたものの、嫌いだったのだ。

 

わたしは底辺託児所と底辺生活者サポート施設を切り離して考えようとしてきたし、なんかこう、あそこにゆったりと流れている空気というか妙な連帯感というか、そういうものに侵されてしまうと、もはや人ではなくなると考えていた。

 

「何も持っていない人々を支え、何かを始めさせようとする、この施設はブリリアントだ」

「コミュニティ・スピリットが最高」

みたいな熱いことを言う奴を見る度に、働かねえから何もないんだろ。そりゃあみんな仕事しないでだらだらしてるんだから、気分的に平和で助け合いの精神も生まれるわな。みたいな醒めた目線で見ていた東洋人。それがわたしであった。

 

翻って、先日のマルコム・マクラーレンの葬式である。

棺の脇に書かれた文句は Too Fast to Live Too Young to Die.

霊柩馬車の窓に置かれた花文字はCASH FROM CHAOS

 

「(俺達をだまくらかした時の)現金、一緒に持ってった?棺に入れてる?明日、墓に戻って来て掘ってもいいかな」という“お決まり”の追悼メッセージを寄せたスティーヴ・ジョーンズ。マルコム・ヴァージョンの“You Need Hands”に合わせて歌ったポール・クック。近所の気さくなおっさんみたいな風情で教会に腰かけていたグレン・マトロック。ジョニー・ロットンことジョン・ライドンのインパクトある不在も含め、セックスピストルズのメンバーは、それぞれがきっちり自分の役割を演じていた。

 

が、そんなことより、ぼんやりとテレビで見ていて気になったのは、マルコムの棺を乗せた馬車を一目見ようと街角にたむろっていた70年代パンク風の人々の姿であった。

クリーンカットなパンク君たち(思えば、日本のパンクは99%これであった。30年前でも)の中に混じり、なにかこう、だらけきったというか、もはや半分人間というか、30年前から同じ服を着て、しかも一度も洗濯してないんじゃないかというような汚物悪臭系パンクや、服装は全然パンクではないがリサイクルし過ぎて破れた服はもはや普通の社会人ではないよね、みたいな人々がいる。

 

ああ、こっちの方は、底辺生活者サポート施設のかほり。と思いながら飯を食っていたら、本当に関係者がいた。

「子供への最高の教育になると思ってブライトンから来た」

と言ってカムデンの路上に3人の子連れで座っていた、鼻ピアスのアナーコ・フェミニストの女性だ。

 

アナーコ・パンク。

アナーコ・フェミニズム

アナーコ・マルキシズム。

アナーコ・菜食主義。

底辺生活者サポート施設には、“アナーコ何ちゃら”のイベントのチラシやポスターが氾濫している。

 

これまでこのブログでは彼らを“自分の意志で底辺まで降りて来たインテリ・ヒッピーたち”と称してきた。が、実は、あまり使いたくなかった言葉なのではあるが、このタイプの底辺生活者サポート施設利用者たちは“アナキスト”なのである。

 

セックスピストルズの“アナキー”は、反体制的な“心の持ちよう”であった。

彼らが謳った“アナキー”とは、あくまでも“心のアナキズム”であり、反逆者的アティテュード&スタイルを総称するための、ポップなスローガンだった。だから、会社員や公務員のアナキストがいてもかまわないわけだし、心のアナキストは政府に税金も払う。が、アナーコ何某の方々はこのような半端なスタンスを良しとしない。彼らはマジでアナキストだから税金も払わないし、穢れ切ったビジネスの世界には参加せず、環境を破壊するスーパーマーケットなどでは間違っても買い物しない。畑を耕して、自給自足だ。

 

自らの思想のために、金銭の流通する生産&消費換金システムの枠の外で生きている。と書くと恰好いいが、ぶっちゃけた話、彼らもアンダークラス民である。アナーコ方面の人々は子供ができると、学校などという国の政策の出先には通わせず、ホームエデュケーションを施すことになるが、生活保護受給者が子供を学校に行かせてないとなるとソーシャルワーカーも絡んで来るし、現実的にはいろいろとずず暗い側面がある。

 

アナキストでも食っていけてるし、ソーシャルワーカーに子供を取られたくない。というような人々が、噂を聞いて頼って来るのが、わが底辺託児所のアニー(レノックス似の責任者)だ。なので、底辺託児所にはアナキストの子女がけっこういる。

あまり書きたくなかった話だが、底辺託児所のことを“アナーコ託児所”と呼ぶ人さえいる。

 

ということは、そこで働きながら資格を取ったわたしは、アナーコ保育士?

ふと思って、わたしはのけぞって笑った。

 

わたし自身は全然アナーコ何某ではないし、そうだったこともない。

心のアナキストでもないし、もはやそんなことはどうでもよい。

 

だからマルコムの棺を見ようと路上に座り込んでいたアナーコ・フェミニストの母親と3人の子供たちの姿をテレビで見ても、

「あーあ、またそういうことを言ってガキ連れでテレビに映ったりして、ソーシャルワーカーが見てたらどう思うだろうとか、考えないのかなあ」

とムカつきを覚える。

 

レズビアン寄りのバイセクシャルであるアナーコ・フェミニストの母親は、ドラッグ乱用の過去などもあるので、かなり深刻にソーシャルワーカーから介入されている。

彼女の息子の19か月になる男児は、託児所でわたしになついていて、とても可愛い。

ブチ切れると年齢にそぐわない凶暴性を発揮する子だが、当該託児所にはよくいるタイプなので、特にどうということはない。

 

わたしの“愛着理論”に対する懐疑心は、アンクールな連載書き物で言及したところであるけれども、この男児と母親は、愛着関係が構築できてないと判断されたらしい。

 

第一印象や、自分の“直感”を信じて親子関係を判断するのは危険である。ということは、特殊な託児所で働いて来たのでよく知っているつもりだが、しかし「児童保護問題では、最終的に頼りになるのもまた、自らのガット・フィーリング(直訳すると“腸感”。いい言葉だな)しかないのよね」というのはアニーの言葉であり、そうなんだろうなと最近思う。

 

わたしは、アナキストでバイセクでフェミニストな母親と、19か月の末っ子の関係を信じる。

それが、わたしが自分の腸で感じていることだ。

だから彼らが地方自治体によって引き離されつつあることは、とてもかなしい。

アナーコ託児所は、わりとかなしい職場なのである。

 

再び翻って、マルコム・マクラーレンの葬儀である。

カムデンを通って墓地に向かう馬車と、葬儀の参列客を乗せたグリーンのダブルデッカー。70年代パンク風の兄ちゃんたちが後部に飛び乗っているダブルデッカーの行き先はNOWHERE。

これだけベタベタにピストルズな葬儀は、ジョン・ライドンが他界してもないだろう。

 

“子供への愛情は感じられなかった”と公言していたマルコムが、実の息子と義理の息子が子供の頃、いっぱしの巷の親のようにベッドタイム・ストーリーを聞かせていたという。

「彼が語って聞かせるストーリーはいつもカラフルで、素晴らしかったが、完結することがなかった。続きは自分たちで考えろと言われた。彼は何かを始めるんだが、自分で終わらせることがない。それが僕や、多くの人々にとっての、彼の伝説だ。続けて行くのは僕たちなのだ」

ヴィヴィアンの連れ子だった義理の息子の追悼の言葉だ。

 

“心のアナキスト”を貫いて生きている人。

もはやそんなことはどうでもよくなった人。

本気でアナキストになってしまった人。

アナキストゆえに政府に子供を取られそうになっている人。

 

ピストルズが語り始めたストーリーはいろんな方向に発展し、恰好よかったり、どうにも情けなかったりしながら、現在でも続いている。

 

ふと、己のしょぼい続き具合についても考えてみた。

何の因果かアナーコ保育士。

逃れても逃れても、引きずり下ろされる何かがあるのだとこの頃では諦めている。

 

マルコム・マクラーレンの棺を乗せた馬車の窓から、Ⓐのアナキズムのシンボルマークに模られたフラワーアレンジメントが覗いていた。

 

 

  

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2010年04月10日

虚構(パンク)の花。わたしはマルコム・マクラーレンを追悼する

大風呂敷。

マルコムはいつも俺を楽しませてくれた。君たちも、そのことを覚えておいて欲しい。何よりもまず、彼はエンターテイナーだった。彼がいなくなって、俺は寂しくなると思うし、君たちもそう思え。

ジョン・ライドンのマルコム追悼声明@ブレイディ訳

 

マルコム・マクラーレンが“フェイク”だったとはわたしは思わない。

彼とピストルズの関係が、よくある“強欲マネージャーと搾取される若者”みたいなシンプルな構図だったとも思わない。そもそもビジネスマンとしての才覚はマルコムにはなかったのだ。彼の場合、底辺生活者サポート施設で大風呂敷を広げている無職のおっさんたちと紙一重のキャラだったから。

 

おそらく、そういうわかりやすい“強欲&搾取”の構図では説明できない何かがそこにはあったはずで、それを一番よく知っているのはジョン・ライドンだろう。

 

彼ほどインテリジェントな男が、自分の喋り方とマルコムの喋り方がそっくりなのに気づかないはずはないし、どうかすると(年を取って特に)表情や顔つきまで似てきていることは英国ではよく指摘されていた事実で、本人もかなり前から知っていたはずだ。

 

「彼はエンターテイナーだった」

1980年代のライドンなら嫌味だったかもしれないが、これは最高の、しかし陰影ある賛辞だ。彼の本質は芸人だった、などということを言っているのではなく、彼は自分の人生によって俺や君たちをエンターテインしてくれた。と言っているからだ。

 

いつも敗者にセクシーさや美しさを感じた。というマルコムは、ある意味その美学を貫いてひっそりと死んだ。

少なくとも、マルコムが亡くなる前日の晩に、米国のテレビ番組に出演して高らかにPILの復活を宣言していたライドンは、最終的な勝者に見える。

 

負けること。それを徹底して笑いを取ること。

これは非常に英国的なコメディ手法ともいえ、その意味でもライドンの言う通り、マルコムの人生は“エンタメ”だったといえる。

 

醜悪だった。が、どこか笑えて、ユーモラスだった。

どうしたって、やはり似ているのだ。

というか、それがあのバンドの核にいた人々のキャラクターであり、それは誰かが企画して拵えたというよりも、本人たちの人間性から滲み出た天然テイストだった。彼らが突出していた理由はそこだったのだ。

 

若くしてドラッグ中毒で死ぬのはドラマチックだが、死んだ本人はへろへろになっているからわけがわからんうちに逝ける。

が、癌はじわじわ系の病気だ。体だけでなく、精神的にも、正気でバトルしなければいけないから、きつい。

あのきつみと戦って死ぬ人は、“まっとうした”のだとわたしは思う。

 

などという何のひねりもないことを極東出身のおばはんにだらだら書かれても、彼は草場の陰で欠伸しているだろう。

 

「何よりもまず、彼はエンターテイナーだった」

マルコムが欠伸を止め、一瞬マジな目つきになった追悼文があるとすれば、やはりこれだ。

 

世の中には、そういう因縁的に濃厚な人間関係もある。

そしてこの関係こそが、あのバンドが残した最後の花だったのではないか。

 それすら確信犯たちの手による虚構だったとしても、わたしはその虚構に敬意を表したい。

 

真実が虚構に勝るわけではないということをわたしに教えてくれたのも、セックスピストルズだったからだ。

  
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2010年04月09日

今夜は中断。

2008年撮影 JOHN LYDONの反応に関心が集まるところです。

と、BBCニュースも、SKYニュースも、ITVニュースまで言っていた。そんな同一の切り口の報道でいいのか、君たちは。と思いながら、わたしは飯を食っていた。

「こいつまで癌だったのか。俺の病気パクリやがって。どこまでもオリジナリティーのない野郎だ」 (by うちの連合い)

「若かった頃、彼と恋に落ちました。彼はビューティフルだと思った。今でもそう思っている。彼が死んだのだと思うと、とても、とても悲しくなる。長いこと、連絡も取ってなかった」  (by ヴィヴィアン・ウエストウッド)

ハリウッド俳優がどうしたこうしたとかいうゴシップを書いていたら、どんどんこいつ関連の速報記事があがってくるので、気が散った。

というわけで、ようやく終わったので、中断。今夜はすべて中断して、飲んでいる。

http://www.dailymail.co.uk/news/article-1264639/Malcolm-McLaren-dies-aged-64.html

追記:わたしがゴシップ書いてた間にジョン・ライドン大公の反応も出ていた。邦訳はしない。あの、マルコムの喋り方にコックニーを混入したような発音で、こう語る彼の声が聞こえるような気がするからだ。

For me Malc was always entertaining and I hope you remember that. Above all else he was an entertainer and I will miss him and so should you.

声明文には、Johnny Rottenで署名したそうだ。

http://www.guardian.co.uk/music/2010/apr/09/mclaren-punk-dies?CMP=AFCYAH

 

 

 

  
Posted by mikako0607jp at 10:12TrackBack(0)